大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナイツと童

李洪

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 六華将が一人「示現の太刀マドロトス」と正面きって戦う事となった李洪は、先ずは密かに側近を数名離脱させる。
彼等の役目は李洪隊の左右に位置する韓任、賀憲隊への援軍要請であり、流石にマドロトスを自分一人で討ち取る自信と実力はなかった。

 だが、援軍を呼んだのは李洪だけではない。
マドロトスも自らの登場にあたって下げた兵達を再度攻め上がらせ、将同士の一騎討ちに先んじて兵同士の戦闘を展開させる。
その戦力差は千対三百といった所であり、李洪隊は数・士気ともに劣っていた。

(乱戦の状況は時を稼ぐには有効だが、今の戦力では長くはもたない。かと言って私の腕ではマドロトスを討つ事も難しい)

「怖じ気付いたか? ならば俺から切り始めるぞ!」

 相対して改めて状況を把握した李洪は、圧倒的劣勢に閉口してしまう。
マドロトスはその様子から李洪が早くも冷静を取り戻したと察し、彼の気が変わり、ひいては自分の気分が害されないうちに切り結ぶべく間合いを詰めた。

「行かせるか! 敵大将マドロトス、覚悟!」

「邪魔だ雑魚ども」

 群れる輝士兵を縦、横、斜めと様々な切り方で両断していく。
一太刀で一人ずつではない。縦、斜め切りでも最低二人、横方向の切り払いでは多くて五人を同時に切り伏せている。

「仕方ない……参る!」

 数で劣る現状を、マドロトス一人によってこれ以上悪化させる訳にはいかない。
李洪は槍に普段の三倍近い魔力を帯びさせ、迫り来るマドロトスと刃を交える。

 だが、李洪では個人の武勇に於いてマドロトスに太刀打ちできるものではなかった。
踏み込みと同時に振り下ろされた一刀を槍の柄で防ぎ止めた李洪であるが、マドロトスの長刀は槍に帯びさせた守護色の魔力を一瞬で打ち消す。

「うわぁっ⁉」

 魔力が断ち切られた李洪はその反動で大きく弾き飛ばされた。
二名の護衛兵を巻き込み、三人揃って灰の大地に背をつける。

「ハハハ! 運が良かったなー! それとも計算通りか?」

 皮肉たっぷりの笑いとともに長刀を引き起こし、肩にかけるマドロトス。
彼が言った通り、李洪は運に味方されていた。
普段通りの魔力量であれば接触の衝撃すら起きず、李洪は一刀両断されていたであろう。
狙って行った事ではないものの、結果として李洪はまたしても生き永らえたのだ。

(……たった一撃で槍にひびが入るなんて……!)

 マドロトスの嘲笑を忌々しく思いつつ、得物の槍を交換。李洪は万に一つもない勝機を前にして尚、戦う意志を示す。

(……私の方が援軍の到着まで耐えられそうにない。……どうすれば……)

 敵と深く切り結んだ今、下手に背を向ければその敗勢はナイツ本陣にまで波及してしまう。だが刃を交えた所で結果は目に見えている。

「たった一太刀で万策尽きたのか? もっと粘れよ青年」

「……簡単に……言ってくれる!」

 李洪は先程と同程度の魔力を帯びさせた槍をマドロトス目掛けて投げつけた。

(ハッ、身を以て不利を知れば、即座に戦い方を変える……か。冷静かつ妥当な対処だがな……)

「既に一度通じなかった技が、俺に届くと思ったか!」

 長刀を垂直に振り下ろし、真っ正面から迫る槍を弾き返す。そればかりか紫の斬撃が地を駆け抜け、逆に李洪へと迫り来る。

「くぅっ……⁉」

 間一髪でマドロトスの攻撃を躱した李洪だが、完全に避けきる事はできず、左足の三箇所に刀傷とも見れる形状の怪我を負ってしまう。
彼の傍に控えていた数名の護衛兵も巻き添えを喰らい、全身を縦に切り裂かれて即死した者や、体の一部を欠損して倒れこむ者がいた。
これだけでも互いの力量差が如何ともし難いと分かり、マドロトスにとっては軽い一撃でも李洪達には死を思わせる大技だった。

「……やはり、ナイトやファーリム級の剣豪でなければ張り合いがないな。どいつもこいつも小手調べ程度で音を上げてしまう。……兵卒を頼みとした将の強さであれば、お前程度でも充分だろうが、面と向かって俺と死合うには足りなさすぎだ」

 己が望む死合いとは遠くかけ離れた戦いに興冷めを起こしたマドロトス。
彼は李洪との一騎討ちを余興程度にしか感じておらず、知将の武力限界が予想よりも低いと知るや否や、見る価値はなくなったと判断。
大上段の構えで長刀を握り直し、早々に決着をつけようとした。

「……ふっ、言っていろ」

 だが、気配を変えて歩み寄るマドロトスに臆す事なく、李洪は微笑を浮かべた。
敵の目に付かない様に左手の中指を折り曲げ、目に見えない魔力の糸を引き、長刀に弾かれ何処かへ飛んで消えた槍を手繰り寄せる。
槍は白霧の中を滑空し、突如マドロトスの背後を狙って現れた。

(一気に貫け!)

 霧に身を隠し、風を切る速度で背後に廻った飛槍には流石のマドロトスでも気付かないのか、彼は背を向けたままだった。
李洪は六華将の死、若しくは重傷を予期した。

 然し、数瞬後にはそれは甚だしい勘違いであったと判明する。

「なっ……⁉」

 マドロトスは槍に背を向けたまま手首だけを後ろ側に捻り、大上段に構えた長刀の刃先を十二時から四時の方向へと変えた。

「キェヤァー!」

 そして飛槍が長刀の軌道内に入った正にその時、通常の太刀筋より大きく振り降ろし、槍を粉砕するついでに本気の斬撃を放つ。
マドロトスの剣技の一つ、紫影の太刀。昨日、土塁を破壊する際に用いた技だ。

 足を負傷して避ける事の叶わない李洪は、自身の前方に守護色の魔力によって形成される半透明の膜を張った。
これを「魔障壁」と呼び、消費する魔力の量が多いほど頑強な結界を成す事ができる。

(防ぎ……きれない……!)

 最後の抵抗とばかりに消費限界量の六割近くを用いた李洪であったが、それでもマドロトスの斬撃は止められず、勢いを弱める程度しかできなかった。

「……く……そぉ!」

 魔障壁はあっという間に削られ、死に瀕した彼は本能的に魔力の量を増やす。

「ふぅ……無駄な足掻きだ」

 長刀を引き起こしたマドロトスが、李洪の必死の抵抗に冷然な眼差しを向ける。
そして半ば自棄を起こす李洪に弱者の見苦しさを感じたのか、彼は小さな溜め息をついた。
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