大戦乱記

バッファローウォーズ

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第二次カイヨー解放戦

武力全振りで育った女将

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 ナイツ騎馬隊の奇襲攻撃は、シセン隊を越したメイセイ隊に伝わっていなかった。
シセン隊の陣地がメイセイ隊の居る場所に比べてやや高所にある事も影響するが、何より魏儒がシセンの扱いに優れている事が大きかった。

 猛女として名高いシセンは前述の通り猪突猛進型の将軍であり、極端に視野が狭い。
更には守りと指示されていても、敵が迫り来たら出撃して迎え討つに限ると言って防陣を捨てた単純な突撃を行う程に、血の気が多く考えも浅い人物。
魏儒は彼女に戦術を説いても時間の無駄と捉え、どうせ出撃するのだからせめて孤立しない様な防陣を築くべきだと、シセン隊の陣地を予め南に下がった場所に設けている。
簡単に言えば、攻め寄せたメイセイに対してシセンが出撃する事で、漸く承土軍はほぼ一直線の横陣が形成されるようになっているのだ。

 これは純粋に、ナイツ騎馬隊とメイセイ隊との距離を本来の倍にしていた。
剣合国軍の策は、ナイツ騎馬隊がメイセイ隊と共に前後からシセン隊を挟撃。横陣の端を崩し、そこを基点として西へ進撃しながら敵部隊を各個撃破していくというもの。

「……ナイツ様の部隊は見えるか?」

「いえ! 依然として姿が見えません!」

 然し、現状は純粋な距離が倍になって合流どころか互いの姿すら認識できない状態だ。
メイセイがシセンとの一騎討ちを演じている間、部隊の指揮を任されている副将の陳樊チンハンは戦局が大きく動く瞬間を今か今かと待っていた。

「うぉぉ……! 副将、まだですか! 我々の出番は……まだですか!」

「我等全員、今にもはち切れそうであります!」

「待ちきれんであります! 一刻も早く、メイセイ将軍と共に戦いたいであります!」

 シセン隊一万七千と対峙するメイセイ隊一万三千。
その内、実際に交戦している数は出撃したシセン本隊一万とメイセイ直々の先鋒隊七千。
残る七千のシセン兵は陣地を守り、後方に待機している陳樊率いる六千のメイセイ兵こそが本隊にして主力。

「まだだ……まだ堪えよ。ナイツ様は直に現れる!」

 血気に逸る主力部隊を宥める陳樊だが、実は彼も限界に近かった。
上官や部下達が将兵一丸の猛攻を示す姿をじっと見ていられる程、彼は落ち着きのある性格ではないのだ。

「メイセイ! お前さんの部下達は大丈夫なのかい! 武者震いで地震起こしてんじゃんか!」

「貴様の部下共こそ、ずっと心配そうな眼差しを向けているぞ」

「お互いに大変な部下を持ったなおいっ!」

「元凶の貴様が言うな。部下共は貴様の馬鹿さ加減を心配しているのだぞ」

「あぁ! あたしのどこが馬鹿だよ!」

「十二を三で割ってみせろ」

「わりぃが今、手を離せないからよ。計算は後にしてくれや!」

 メイセイの大剣をいとも簡単に防ぐシセン。実力はあるのだ実力は。
だが彼女の知力は十二を三で除そうとして、おっと手の数が足りない! 足も使うか! という程に壊滅的。本当の意味で武一辺倒の将軍だった。

 メイセイも彼女の実力は認めているが、その反面でこんな馬鹿に押し勝てない自分が情けなく思えていた。

(ちっ! さっさとシセンを倒して戦線を押し上げたい所だが…………ん?)

 左肩を刀身に添え、突き出されたシセンの矛を大剣の中心で防ぎ止める。
がっしりとした体躯を活かした防御は、シセンの強力な一撃を前にしても不退転の姿勢を崩させない。

 そして全身を使って矛を弾き返し、シセンを仰け反らせた時だ。
強敵を弾いた事で気持ちに僅かなゆとりが生じ、数瞬の間だけメイセイの視野が広がる。

 彼にはその数瞬で充分だった。
隻眼ながらも視力に優れた彼は、シセンの後方にあって彼女の代わりに指揮を執る将校が、報告を受けて動揺した様をしっかりと目に刻んだのだ。
しかもメイセイは常に最前線で戦い続けた為、戦局の変化を肌で感じれた。

(……来たな)

 シセン以上に指揮経験を持つであろう部下の驚き様、激戦を潜り抜けてきた事で会得した自らの第六感。二つの要素から導き出せる結果は一つだ。

「いいぞ陳樊!! 攻めて来い!!」

 突然放たれたメイセイの一喝に、シセンは驚きの色を示して目を見開く。
それと同時に、痺れを切らす寸前だった陳樊率いる主力部隊六千は、天にも轟く咆哮と地を揺らす猛突進を以て応える。

「お任せおぉぉー!! 全兵突撃だァー!!」

「ウボオオオォォ!!」

 遂にメイセイ隊主力が突撃を開始し、第二陣としてシセン隊に切り込もうとした。

「おおっ! 大きく動きやがったなメイセイ! 此方も負けんな! 陣の中の奴等も出撃だ!」

 強者同士の突撃合い。これぞ戦の華であり、戦そのものである。そして漢の戦い方を見せたメイセイに自らも漢たり得る姿を見せなくてはと、シセンは全軍に出撃を命じた。

 然し、彼(女)の号令は不発に終わり、陣の守備隊は討って出ようとはしない。

「あぁ、おい! 大丈夫だって、俺が勝たせてやるからよー! お前等も出てこいよ!」

 一向に自陣の中から出撃しない部下達を見て、シセンは彼等がメイセイ隊の勢いに怖じ気付いたのだと勘違い。将軍としては非常にフレンドリーな言葉を掛けて鼓舞した。

「ふんっ!」

 部隊状況を一つも知らないであろうシセンが見せた隙に、メイセイは大剣を振りかざす。

「おっと危ねぇ」

 だが武力に才能を全て注ぎ込んで育ったであろう彼女は難なく防ぐ。

「おっ、見ろよメイセイ! 来るぜ! 来るみたいだぜ!」

 互いの刃を交えながら、味方の出撃を律儀に伝えるシセン。
対するメイセイは、本当に何でこんな女に足止めされているのか不思議に思った。

「突破ぁ!!」

 やがてシセンの陣内が慌ただしくなり、数分後にはナイツの騎馬隊が姿を現す。
群れる承土軍兵を蹴散らし、防柵を吹き飛ばし、声高らかにシセンの背後を取ったのだ。

「おおっ、勢い良く出てきたな! それでこそ承土軍シセン部隊ってもんよ! さぁ来な、あたしごと剣合国軍を吹き飛ばすつもりでやって来な! 一緒にメイセイをぶっ倒そうぜ!!」

 ナイツ隊の防陣突破を横目に見たシセンは盛大に勘違いし、自らのやる気を上昇させる。
もう何だか……メイセイはとても可哀想に思った。
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