大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナシュルク解放戦

流儀と想い、それとやっぱり宴会が絆を築く

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 終戦後。王国連合軍が水難者の救助と捕縛に当たる傍ら、ナイト達は陸地にて、捕縛されたゲルファン王国軍の諸将と面会した。

「おとーさん! 兎人形のおじさん! 兎人形! ほらっ!」

 連れてこられた張真達に掛けられた第一声は、陽気に満ちた涼周の一言であった。
ナイトや我昌明は最初、涼周が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 だが、ナイツが張真との関係を説明するや、二人に加えてキャンディとメスナまでもが表情を穏やかにする。

「そうだったのか。あの包囲から抜け出せるように、お前が息子兄弟を逃がしてくれたのだな。礼を言うぞ、張真!」

 ナイトは敗軍の将に、仲間の仇の息子である張真に、深く頭を下げた。
張真やシュクーズは言葉を失って呆然とする。得も言えない状況だった。

 それを察してか、ナイトは一拍置いてからメスナに問い掛ける。

「…………さて……メスナ、張真はマノトを戦死させた奴の息子だ。……どうしたい?」

「若と童ちゃんにお任せします!」

 メスナは笑顔で即答。これで張真の処遇は、半ば決まったようなものだった。

「……念の為もう一度聞くが……いいのか?」

「はい。父さんの仇は、もう大殿が討ってますでしょ? だったら私は充分です。父さんも、若や童ちゃんを助けてくれた恩人を殺してまで墓参りしてほしいなんて思ってない筈です」

 マノト似の気楽さと、リーリア似の慈悲深さを持つメスナ。
彼女は戀王国軍がマノトの仇の一部と捉える張真に、何ら恨みを抱いていなかった。
それは昨日今日に改めて知った事実である事も影響しているが、彼女はそれ以上にナイツと涼周を助けてくれた張真に対する感謝が大きかった。

「いつまでも恨み骨髄に徹するだけじゃ、みんな嫌ですよ」

 憎悪や怒りを溜め込まない性質のメスナは、終わりなき仇討ちの応酬を嫌う。
偏に、喧嘩両成敗こそが彼女の解決方法だと言えた。

「ナイツ、涼周。二人はどうしたい?」

 流石はマノトの娘だ。ナイトはそう思って更に笑みを強め、メスナの言う通り息子兄弟に判断を仰ぐ。

「涼周助けてもらった。だから兎おじさん逃がしたい。それに涼周、もっと兎欲しい!」

 先に答えたのは涼周。
今こそ恩を返すべきだと主張する弟は、見事に木彫り人形の虜になっていた。

 そして「兎欲しい」の一言に、我昌明がすぐさま反応する。
兎を目指して伸ばす茶髭を数本抜き取り、涼周にプレゼントしようとしたのだ。

「ゴッホッホ! 我輩が欲しいとは、いやはや嬉しい限り! ほれ、兎の毛じゃ!」

「…………ぅ?」

「…………え? 欲しいのではないのか? ほれ、兎の毛じゃ」

「…………にぃに、あげる。兎の毛」

(いらねぇーーー)

 王国連合のマスコットを自認する我昌明の茶髭もとい兎の毛は、一瞬だけ涼周の手に渡った後にナイツの手に渡り、ナイツはそれをメスナに譲ろうとして――

「いやいや要りませんって。何の役に立つんですかそれ」

 即行で拒否されてしまい、結局ナイツが貰うはめになった。
一応このアイテムの性能を説明すると、顎に装備する事で攻撃力が二倍になるが三秒毎に精神ダメージ(弱)を受ける……だ。

「……まぁ、これは置いといて。…………俺もどちらかと言えば助けたいですが……」

「うむ。「ですが」……何だ?」

「はたして彼等を解放する事が王国連合にとって正しいのかどうか……。俺は逆に、災いを残す結果に繋がるのではないか、そんな風に思うのです」

 涼周が感情論で物事を採決する反面、ナイツはやはりと言うか戦略的思考を優先した。
情に流されて張真達を解放すれば再び敵となって現れる。そうなった際には、また多くの犠牲を覚悟して戦わなければならない。今後の事を思うなら張真は処断しておくべきであり、シュクーズ達も同様に処すべきだろうと。

(個人としての恩情を取るか、勢力としての利を取るか。これは流石に悩むだろうな。……どちらも正しく、そして間違っているのだから)

 酷な判断を任せてしまったと、ナイトは心の中で息子兄弟に詫びた。
それでも彼が口出ししないのは、偏に兄弟の経験を積ませたいが為でもあった。
母親であるキャンディも同じように兄弟の成長を願い、我昌明とメスナもナイトの考えを察した為、皆が一様に助言を控えてしまう。

 そうなれば、結局はナイツの判断で全てが決まる。
涼周と同じであれば議論の余地もなく解放であり、処断であれば協議の後に斬首だ。

「…………一つ聞かせて。于詮隊との戦いで俺達を見逃してくれたのは、なぜ?」

 決めかねたナイツは判断材料を増やすべく、張真本人に質問した。

 問われた張真は目を瞑って一呼吸空けた後、ありのままを伝える。

「…………我も同じだった。父の戦に従った初陣の折り、勢いに乗って深追いしてしまった先で伏兵に遭い、部隊は壊滅。だが我は、その時の敵将に見逃してもらえたのだ。「恩を感じるなら俺に返すな。受けた恩は同じ様に他人に与えてやれ」…………そう言われてな。だから我は、目前にある子供が敵であっても必ず殺さぬと心に決めた。そしてあの戦場にお前達兄弟が居たから助けた。……ただそれだけだ」


(お前が一軍の将となった時、それがお前を救う事になるだろうよ。じゃあな、一人の兵)


 本当なら、この一言が後に続いていた。
然し張真は言わなかった。命乞いの為に媚びていると思われたくなかったからだ。
それが最期の言葉になろうとも、将軍として惨めな姿勢を自ら晒したくはないと思って。

「…………分かった。なら遠慮なく……」

 張真の過去を聞き、彼の優しさの起源を理解したナイツは処遇を決めた。

「皆で国に帰って」

「!?」

 その一言に、ゲルファン王国軍の者達は驚いた。
堂々とした張真の姿とナイツの口振りから、彼等は皆が処断を覚悟していたのだ。

「…………何故だ? 何故、我を助けようと思った」

「張真の流儀と弟の想いに従ったまでだよ」

 曰く、張真の流儀に従ってシュクーズ達を解放し、涼周の想いに従って張真を解放する。
ナイツは感情によって判断を下したのだ。

「よぉし! そうとなればゲルファン王国軍の諸君!」

 息子兄弟の決定を喜んだナイトがニヤついた笑顔を作り、唖然とする張真達に近寄った。
ゲルファン王国軍の諸将は解放が決まったものの、未だ捕虜である事に変わりはない。
彼等は解放を前にして、ナイトから何を要求されるのかと身構えた。

「一晩は付き合ってもらうぞ! お前達の飲みっぷりが、俺と我昌明に勝るのかを勝負だ!!」

「……おっ!? お……おぅ!」

 張真とシュクーズの肩に手を置いたナイトは、威風堂々とした宴会漢の目をしていた。
それに対して張真は拍子抜けした返事を返し、シュクーズは分が悪い勝負に戦慄。

「ゴハハハハ!! 良いですなぁ!! 戦勝と激励を兼ねた大宴会と参りましょうぞ!!」

「おぅ!! 息子よ、全軍を集めろ!! 宴会だぁーー!!」

『ウオオォォォーー!!』

 ナイトと我昌明の大声によって殆どの兵が集まり、召集を掛ける必要のなくなったナイツは苦笑。好きにしてくれと言いたげの表情を浮かべる。

「はふふっ! やっぱり、貴方達は好きよね。賑やかな事が!」

 晴天の下で開幕を告げられた大宴会。キャンディは穏やかに笑う。

「……はぁ……メスナ。俺達は事後処理に当たろう……」

「えっ!? あっ! あの…………はぁ~い……」

「…………やっぱり俺だけでやるからいいよ。メスナも楽しんできな」

「はぁーーいっ!!」

 唯一止められそうな母も乗り気であり、メスナも涼周と一緒にソワソワしている。
ナイツはもう……色々と諦めた。
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