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15、朱く染まる記憶
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「…………あんたたちが魂清請負人ってやつか?」
公園でわたしたちを待っていたのは、アオイに聞いた通りわたしたちと同じ高校生くらいの外見をした男の子だった。
「そうです」
「タメ語でいいよ。俺は死んでから肉体的に成長してるわけじゃないし。同い年くらいだろ?」
「……うん、わかった」
同年代の男子と話すのが久しぶりすぎて感覚がうまくつかめない。ちょっと先行き不安だ。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は秋津朱也。よろしく」
「わたしは伏見茜。で、こっちがアオイ。」
「ボクはアオイで構わないよ、シュウヤ」
アオイの馴れ馴れしさはいつも通りだけど、今回は何か別のベクトルで嫌な感じがする。つまり、同年代の男子にいきなり下の名前で呼ばせるな! ということである。アオイはかわいいんだから惚れられでもしたら困る! あれ? なんでわたしが困るんだろ?
「…………あの、伏見さん、だっけ? 俺なんかした? めちゃくちゃ怖い顔してるけど」
言われて我に返り、咄嗟に笑顔をつくる。
「え? いや、そんなことないよ! えーと、そうだ! わたしって近視だから? ちゃんと物を見ようとするとにらむ感じになっちゃうんだ!」
「? ボクはここ数日間キミと行動をともにしているが、そんなことは一度もなかったし、キミは普段裸眼で目がいい方だろう、アカ……むぐっ」
「はい、これで自己紹介は終わり! よろしくね、秋津くん」
アオイの口をふさぎながら強引にその場をしのぐ。
「…………なんか、思ってたのと違うな、魂清請負人ってのは。ほんとうにお前たちが俺の未練を断ち切ってくれるのか?」
秋津くんは訝しそうな目でこちらを見る。
「それは、もちろんまかせてよ。わたしたち、すでに二人の未練を断ち切ったんだから」
そう言ってわたしはアオイの口から手を離す。
「ぷはっ! ああ、ボクたちに任せてくれれば問題ない。では、さっそく話してくれるかい? キミの未練について…………」
***
「少し、長くなるかもしれないけど聞いてくれ」
わたしたちはコクン、とうなずく。
「もう、5,6年前ってことになるな。高校に入った時のことだ。俺は小学校からずっと野球をやってて、高校でももちろん野球を続けたいと思って野球部に入った。そこで、小学校卒業以来離れてた友達に再会したんだ。名前は江古田紺(こん)。」
秋津くんは、懐かしそうな、それでいて少し悲しそうな顔をして続ける。
「それであいつは俺に言ったんだ。『一緒に甲子園に出るって約束したこと、覚えてる?』って。…………俺は完全に忘れてたし、そんなことはまったく頭になかった。そもそもうちの高校は地方大会でベスト16に進めるかってレベルだったからな。」
「でも、あいつは本気だった。あいつのプレーを見ればわかる。一体中学時代にどれだけ練習したのか、ほんとに上手くなってたんだよ。そしてあいつは、俺がどの高校進学するのか親経由で聞いて、わざわざ俺と同じ高校に来たらしい。約束を叶えるためにな。」
漫画みたいな話だ、と思いながらも黙って話を聞き続ける。
「俺は全力で自分を悔いて、その日から猛練習を始めた。俺のポジションはピッチャー、あいつはキャッチャー。二人で毎日みんなが帰った後も練習してた。…………そして、最初は甲子園なんて行けるわけないって思ってたチームメイトも、先輩も含めてやる気になってみんなが必死に練習するようになったんだ。」
あの時は楽しかった、と書いてあるような顔で秋津くんは話し続ける。
「それで、その年、俺たちはうちの高校では10年以上行けなかったベスト8まで進んだ。まあ、俺はスタメンじゃなかったけどな。その年はそこで負けたけど、その時は少しづつ、夢が現実に近づいてる気がしたんだ。」
「そして2年生になって、スタメンになって、練習もたくさんして、上手い新入生も入ったこともあって、俺たちはその年、ベスト4まで進んだ。準決勝で負けた相手はその大会での優勝校。いよいよ、俺たちは夢が現実になる一歩手前まで来たんだ、って思った。」
おお! と話を聞いてて内心テンションが上がっているのに気がつく。少年漫画とか読まないけど読んだら案外はまるかもしれない。
でも、ここまでの楽しそうな顔とは打って変わって、秋津くんの表情は一気に暗くなる。
「…………それから、どうなったの?」
嫌な雰囲気を感じながらも、尋ねる。
「……………………」
秋津くんは黙り込むと、おもむろに右手につけていた手袋を外し、服の袖をまくった。
「! それって……!」
そこには、生身の人間の腕とは違う、無機質な材質で形づくられた腕があった。
「ああ、義手だ。俺は事故で右腕を失ったんだ」
「…………あれは、3年生になって新入生も入って、最後の甲子園に行くチャンスに向けてみんなで気合を入れていた春のある日のことだった」
「練習が終わって、チームのみんなと別れて帰る途中、近づいてきた車の音を聞いた直後、気がついたら俺は道に倒れていて、とにかく右腕が痛くて、血が、たくさん出ていたのを覚えてる」
わたしはただ、固唾を飲んで話を聞いていた。
「あとで聞いた話によると、後ろから来た大型車が道路の脇にいた俺にぶつかってきたらしい。運転手は、酒を飲んでいたらしい」
「命を失うことはなかった。ただ、俺の右腕は切断するしかなかった……。右腕は俺が何百球何千球何万球と、ボールを投げ続けてきた腕だ。俺はあの当時、命よりも大事なものを失った」
「噓…………」
わたしの目に涙が溜まる。そんな簡単なことで、そんな、つまらないことで…………。見つめた義手が、涙でぼやける。
「そうか……」
わたしと対照的に冷静を保っているアオイが口を開く。
「キミたち幽霊の姿かたちはキミたち自身のイメージする魂の形だ。人間が死んでも現実に残る無機物は基本的には死後、幽霊とともに現界はしないはずだが、それが本人の心に強く残っている物ならばその限りじゃない。つまり……義手、いや、キミが右腕を失った事実が、キミの未練と浅からず関わっている、ということになる」
「ああ、俺が右腕を失ったことは、要は俺が未練を抱くことになった大元の原因だ。そして、これから話すのが俺自身の後悔…………大丈夫か?」
秋津くんはわたしの方に目を向ける。そうだ、わたしたちはただ話を聞くためにここに来ているわけじゃない。わたしたちの役割を全うするためにここにいるんだ。わたしは服の袖で強く涙をぬぐう。
「……うん、大丈夫! 続けて!」
秋津くんは頷くと、話を元に戻す。
「それから俺は絶望した。あれだけ毎日投げていたボールがいきなり投げれなくなったこと、そして紺やチームのみんなとの約束が果たせなくなることへの申し訳なさ。なによりもう、自分自身の夢になっていた甲子園に挑戦すらできないことへの悔しさで、頭がいっぱいになった」
「そして俺は、退院してからも学校に行かず、自分の部屋に引きこもった。生きる糧を失った俺は、どうしたらいいのか分からなくなったんだ」
わたしは、アオイと出会う前のわたしの状況を思い出す。自分の部屋は、外敵から身を守る城塞のような気がしていた。でも、それは違った。それは、ただの檻なんだ。それも、鍵穴は内側にあって、外に出るための鍵は自分の手の中にある。
「俺が部屋に引きこもるようになってから1週間くらい経った頃かな、俺の家にチームのみんなが来たんだ。みんな、俺を心配して来てくれたんだ。紺は『投げられなくてもいい! 俺たちはチームだ! 俺はお前と甲子園に行きたい!』って言ってくれた」
秋津くんの声が震え始める。
「ほんとうに……嬉しかった。俺はその日みんなが帰った後、久しぶりに部屋を出て親の顔を見た。そして、明日は学校へ行こうと決めた」
話を聞きながら、わたしは内心でほっとした。秋津くんには、わたしと違って、ちゃんと心配してくれる人がいたんだ。それが、ちゃんと心の支えになったんだ、って。
「でも、俺は次の日、学校には行けなかった」
だから、わたしはその言葉に驚きを隠せなかった。
「? どういうこと…………?」
「朝、部屋を出ようとした瞬間、俺は自分の右腕が目に入ったんだ。…………そして、思ってしまった。この姿を、学校のみんなやチームのみんなが見たらどう思うだろうか、って。今考えれば、なんてことはない。もし俺が逆の立場なら、最初は驚くかもしれないけど、そいつがそいつのままだとわかったら、きっとすぐに元通りだ」
「…………でも、その時の俺にはそんなことは考えられなかった。失って気づいたんだ。右腕は俺の大きなアイデンティティだったんだって。右腕のない自分は自分じゃない。この先右腕のない自分が生きていて、それは自分だって言えるんだろうかって。」
秋津くんは、少し寂しそうな顔をして右腕の義手に目を向ける。
「そしてついには、チームメイトまで疑ってしまったんだ。みんなとの関係は、右腕があったから維持できていたものだったんじゃないか、って。やがて両親を見る目も変わって、そして、今の自分を、許せなくなっていた。」
「…………そして、数日たった後、俺は部屋で首をつって自殺した。」
空気が凍り付く。わたしは、口を手で覆う。アオイは、表情はそのままに黒目だけを少し逸らしていた。
その空気に気がついたのか、秋津くんは元の雰囲気を取り戻す。
「おっと、悪い。空気を重くするつもりはなかったんだが。つまり、だ。」
その言葉に続くようにアオイが言う。
「キミの未練は、チームメイトや両親に謝りたい、といったところかな。もちろん、そんな単純な感情ではないのは分かっているが」
「まあ、平たく言えば、な。俺は、死んでこの姿になった後、みんなの様子を見てずっと後悔してる。みんな、俺の死を悲しんで、みんな、それに多い少ないはあっても責任を感じてる。みんなに悪いところなんてひとつもないのに、だ。…………そして野球部は、士気が落ちて散々な結果になっちまった…………。だから、特にチームのみんなには、紺にはほんとうに悪いことをしたと思ってる」
「だから、俺はみんなに気持ちを伝えたい! 俺のあの時の気持ちを話して、みんなに負い目を感じずに生きてほしいんだ。そのために、お前たち二人に協力してほしい!」
…………秋津くんはわたしとは違う。環境も、感情も。でも、似ている。自分で自分を縛って、抜け出せないまま死を選んだ。そこでアオイに助けられて命をつないだのがわたしで、そうならなかったのが秋津くんだ。だったらきっと、これはわたしの大事な役目。
「うん、わたしたちに任せて! きっと秋津くんの未練を、断ち切ってみせる!」
公園でわたしたちを待っていたのは、アオイに聞いた通りわたしたちと同じ高校生くらいの外見をした男の子だった。
「そうです」
「タメ語でいいよ。俺は死んでから肉体的に成長してるわけじゃないし。同い年くらいだろ?」
「……うん、わかった」
同年代の男子と話すのが久しぶりすぎて感覚がうまくつかめない。ちょっと先行き不安だ。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は秋津朱也。よろしく」
「わたしは伏見茜。で、こっちがアオイ。」
「ボクはアオイで構わないよ、シュウヤ」
アオイの馴れ馴れしさはいつも通りだけど、今回は何か別のベクトルで嫌な感じがする。つまり、同年代の男子にいきなり下の名前で呼ばせるな! ということである。アオイはかわいいんだから惚れられでもしたら困る! あれ? なんでわたしが困るんだろ?
「…………あの、伏見さん、だっけ? 俺なんかした? めちゃくちゃ怖い顔してるけど」
言われて我に返り、咄嗟に笑顔をつくる。
「え? いや、そんなことないよ! えーと、そうだ! わたしって近視だから? ちゃんと物を見ようとするとにらむ感じになっちゃうんだ!」
「? ボクはここ数日間キミと行動をともにしているが、そんなことは一度もなかったし、キミは普段裸眼で目がいい方だろう、アカ……むぐっ」
「はい、これで自己紹介は終わり! よろしくね、秋津くん」
アオイの口をふさぎながら強引にその場をしのぐ。
「…………なんか、思ってたのと違うな、魂清請負人ってのは。ほんとうにお前たちが俺の未練を断ち切ってくれるのか?」
秋津くんは訝しそうな目でこちらを見る。
「それは、もちろんまかせてよ。わたしたち、すでに二人の未練を断ち切ったんだから」
そう言ってわたしはアオイの口から手を離す。
「ぷはっ! ああ、ボクたちに任せてくれれば問題ない。では、さっそく話してくれるかい? キミの未練について…………」
***
「少し、長くなるかもしれないけど聞いてくれ」
わたしたちはコクン、とうなずく。
「もう、5,6年前ってことになるな。高校に入った時のことだ。俺は小学校からずっと野球をやってて、高校でももちろん野球を続けたいと思って野球部に入った。そこで、小学校卒業以来離れてた友達に再会したんだ。名前は江古田紺(こん)。」
秋津くんは、懐かしそうな、それでいて少し悲しそうな顔をして続ける。
「それであいつは俺に言ったんだ。『一緒に甲子園に出るって約束したこと、覚えてる?』って。…………俺は完全に忘れてたし、そんなことはまったく頭になかった。そもそもうちの高校は地方大会でベスト16に進めるかってレベルだったからな。」
「でも、あいつは本気だった。あいつのプレーを見ればわかる。一体中学時代にどれだけ練習したのか、ほんとに上手くなってたんだよ。そしてあいつは、俺がどの高校進学するのか親経由で聞いて、わざわざ俺と同じ高校に来たらしい。約束を叶えるためにな。」
漫画みたいな話だ、と思いながらも黙って話を聞き続ける。
「俺は全力で自分を悔いて、その日から猛練習を始めた。俺のポジションはピッチャー、あいつはキャッチャー。二人で毎日みんなが帰った後も練習してた。…………そして、最初は甲子園なんて行けるわけないって思ってたチームメイトも、先輩も含めてやる気になってみんなが必死に練習するようになったんだ。」
あの時は楽しかった、と書いてあるような顔で秋津くんは話し続ける。
「それで、その年、俺たちはうちの高校では10年以上行けなかったベスト8まで進んだ。まあ、俺はスタメンじゃなかったけどな。その年はそこで負けたけど、その時は少しづつ、夢が現実に近づいてる気がしたんだ。」
「そして2年生になって、スタメンになって、練習もたくさんして、上手い新入生も入ったこともあって、俺たちはその年、ベスト4まで進んだ。準決勝で負けた相手はその大会での優勝校。いよいよ、俺たちは夢が現実になる一歩手前まで来たんだ、って思った。」
おお! と話を聞いてて内心テンションが上がっているのに気がつく。少年漫画とか読まないけど読んだら案外はまるかもしれない。
でも、ここまでの楽しそうな顔とは打って変わって、秋津くんの表情は一気に暗くなる。
「…………それから、どうなったの?」
嫌な雰囲気を感じながらも、尋ねる。
「……………………」
秋津くんは黙り込むと、おもむろに右手につけていた手袋を外し、服の袖をまくった。
「! それって……!」
そこには、生身の人間の腕とは違う、無機質な材質で形づくられた腕があった。
「ああ、義手だ。俺は事故で右腕を失ったんだ」
「…………あれは、3年生になって新入生も入って、最後の甲子園に行くチャンスに向けてみんなで気合を入れていた春のある日のことだった」
「練習が終わって、チームのみんなと別れて帰る途中、近づいてきた車の音を聞いた直後、気がついたら俺は道に倒れていて、とにかく右腕が痛くて、血が、たくさん出ていたのを覚えてる」
わたしはただ、固唾を飲んで話を聞いていた。
「あとで聞いた話によると、後ろから来た大型車が道路の脇にいた俺にぶつかってきたらしい。運転手は、酒を飲んでいたらしい」
「命を失うことはなかった。ただ、俺の右腕は切断するしかなかった……。右腕は俺が何百球何千球何万球と、ボールを投げ続けてきた腕だ。俺はあの当時、命よりも大事なものを失った」
「噓…………」
わたしの目に涙が溜まる。そんな簡単なことで、そんな、つまらないことで…………。見つめた義手が、涙でぼやける。
「そうか……」
わたしと対照的に冷静を保っているアオイが口を開く。
「キミたち幽霊の姿かたちはキミたち自身のイメージする魂の形だ。人間が死んでも現実に残る無機物は基本的には死後、幽霊とともに現界はしないはずだが、それが本人の心に強く残っている物ならばその限りじゃない。つまり……義手、いや、キミが右腕を失った事実が、キミの未練と浅からず関わっている、ということになる」
「ああ、俺が右腕を失ったことは、要は俺が未練を抱くことになった大元の原因だ。そして、これから話すのが俺自身の後悔…………大丈夫か?」
秋津くんはわたしの方に目を向ける。そうだ、わたしたちはただ話を聞くためにここに来ているわけじゃない。わたしたちの役割を全うするためにここにいるんだ。わたしは服の袖で強く涙をぬぐう。
「……うん、大丈夫! 続けて!」
秋津くんは頷くと、話を元に戻す。
「それから俺は絶望した。あれだけ毎日投げていたボールがいきなり投げれなくなったこと、そして紺やチームのみんなとの約束が果たせなくなることへの申し訳なさ。なによりもう、自分自身の夢になっていた甲子園に挑戦すらできないことへの悔しさで、頭がいっぱいになった」
「そして俺は、退院してからも学校に行かず、自分の部屋に引きこもった。生きる糧を失った俺は、どうしたらいいのか分からなくなったんだ」
わたしは、アオイと出会う前のわたしの状況を思い出す。自分の部屋は、外敵から身を守る城塞のような気がしていた。でも、それは違った。それは、ただの檻なんだ。それも、鍵穴は内側にあって、外に出るための鍵は自分の手の中にある。
「俺が部屋に引きこもるようになってから1週間くらい経った頃かな、俺の家にチームのみんなが来たんだ。みんな、俺を心配して来てくれたんだ。紺は『投げられなくてもいい! 俺たちはチームだ! 俺はお前と甲子園に行きたい!』って言ってくれた」
秋津くんの声が震え始める。
「ほんとうに……嬉しかった。俺はその日みんなが帰った後、久しぶりに部屋を出て親の顔を見た。そして、明日は学校へ行こうと決めた」
話を聞きながら、わたしは内心でほっとした。秋津くんには、わたしと違って、ちゃんと心配してくれる人がいたんだ。それが、ちゃんと心の支えになったんだ、って。
「でも、俺は次の日、学校には行けなかった」
だから、わたしはその言葉に驚きを隠せなかった。
「? どういうこと…………?」
「朝、部屋を出ようとした瞬間、俺は自分の右腕が目に入ったんだ。…………そして、思ってしまった。この姿を、学校のみんなやチームのみんなが見たらどう思うだろうか、って。今考えれば、なんてことはない。もし俺が逆の立場なら、最初は驚くかもしれないけど、そいつがそいつのままだとわかったら、きっとすぐに元通りだ」
「…………でも、その時の俺にはそんなことは考えられなかった。失って気づいたんだ。右腕は俺の大きなアイデンティティだったんだって。右腕のない自分は自分じゃない。この先右腕のない自分が生きていて、それは自分だって言えるんだろうかって。」
秋津くんは、少し寂しそうな顔をして右腕の義手に目を向ける。
「そしてついには、チームメイトまで疑ってしまったんだ。みんなとの関係は、右腕があったから維持できていたものだったんじゃないか、って。やがて両親を見る目も変わって、そして、今の自分を、許せなくなっていた。」
「…………そして、数日たった後、俺は部屋で首をつって自殺した。」
空気が凍り付く。わたしは、口を手で覆う。アオイは、表情はそのままに黒目だけを少し逸らしていた。
その空気に気がついたのか、秋津くんは元の雰囲気を取り戻す。
「おっと、悪い。空気を重くするつもりはなかったんだが。つまり、だ。」
その言葉に続くようにアオイが言う。
「キミの未練は、チームメイトや両親に謝りたい、といったところかな。もちろん、そんな単純な感情ではないのは分かっているが」
「まあ、平たく言えば、な。俺は、死んでこの姿になった後、みんなの様子を見てずっと後悔してる。みんな、俺の死を悲しんで、みんな、それに多い少ないはあっても責任を感じてる。みんなに悪いところなんてひとつもないのに、だ。…………そして野球部は、士気が落ちて散々な結果になっちまった…………。だから、特にチームのみんなには、紺にはほんとうに悪いことをしたと思ってる」
「だから、俺はみんなに気持ちを伝えたい! 俺のあの時の気持ちを話して、みんなに負い目を感じずに生きてほしいんだ。そのために、お前たち二人に協力してほしい!」
…………秋津くんはわたしとは違う。環境も、感情も。でも、似ている。自分で自分を縛って、抜け出せないまま死を選んだ。そこでアオイに助けられて命をつないだのがわたしで、そうならなかったのが秋津くんだ。だったらきっと、これはわたしの大事な役目。
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