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薄暗い路地裏で

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その日からシャロンは掃除に洗濯、繕い物に料理まで、使用人がすることはなんでもやらされるようになった。

中でも特にやらされたのはリネットの身の回りの世話だ。
毎朝、美しいブロンドの髪に丁寧にブラシをかけさせながら、リネットは鏡越しにほくそ笑んだ。
そしてことあるごとに、歌うような口調で言うのだった。

「お姉様は、おばかさんね!
ブレント様の誘いを断るなんて、信じられないわ。
私なら喜んでお相手するのに。
でも一晩で終わりになんてさせないわ。
私は絶対にプロポーズされるのよ!
ああ、早く私も社交界デビューしたいわ。
そしてブレント様にお会いしたい!」

シャロンは疲れ切って部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
ぐったり重い体を、ベッドが優しく受け止めてくれる。
部屋だけは元のまま使えていることに感謝した。

モニカは、始めは部屋も使用人部屋に変えさせるつもりだったらしい。
しかし思いとどまったのは、シャロンの父親であるノアが帰ってきた時のことを考えたせいに違いない。

長期出張中の為、まだしばらく戻る予定がないとは言え、用心に越したことはないと判断したのだろう。
娘思いのノアならば、シャロンが使用人同然の扱いを受けていると知れば、モニカもリネットもただでは済まされないだろうから。

「ああ、このまま眠ってしまいたい。
……でも買い物に行かないと」

シャロンは重い体を引きずるようにして起き上がると、買い物に出かけた。
最初はシャロンを見て戸惑っていた店主達も、今ではすっかり顔馴染みだ。
もちろん事情は、あっという間に噂となって、町中に広がっているのだろう。

いまだに時折投げかけられる好奇の目だけはシャロンを苦しめたものの、それを除けば、この買い物に出る時間は唯一彼女にとって心休まる時だった。

以前は、外出時には必ず侍女を連れて歩かなければならなかったというのに、今では1人で自由に歩ける。
もちろん道草を食うことなどできなかったが、モニカとリネットの目を気にせず歩けるだけで幸せだった。

シャロンはパン屋の主人に挨拶をしていくつか買い物を済ませると、次の店へと向かった。
見上げれば、先ほどまで晴れていた空が分厚い雲で覆われている。
今にも雨粒が落ちてきそうな、どんよりと黒い雲に思わず首をすくませて、シャロンは足を早めた。

「濡れるのはごめんだわ。
近道しましょう」

足を踏み入れたのは、普段ならまず通らない、昼間でも薄暗い路地裏だった。
小汚い男達がウロウロしていることが多い為、若い娘が通るのに安全な道とはとても言えない。

しかし今は迷っている暇はなかった。
すでにポツリポツリと、雨粒が額に当たり始めたのである。
このまま土砂降りになってはかなわないと、シャロンは駆け出した。

走って通り過ぎれば、あっという間だ。
そう思っていたのだが、不意に腕を引っ張られたものだから、危うく転倒するところだった。
なんとかぐらつく体を立て直したものの、強く壁に背中を打ちつけてしまう。

痛みに顔をしかめながら辺りを見回すと、そこには3人のニヤついた男の顔があった。
どれも見覚えのない顔である。
3人の中で一番背の高い男が、素早くシャロンの腕を掴んだ。

「これが本当に伯爵家のお嬢様か?
ひどい格好だな。
これじゃまるで使用人だ」

すると、残りの2人が低く笑う。

「噂は本当だったんだな。
でもボロを着ていても、やっぱりお嬢様だ。
その辺の女共とは全然違う」
「……なんなんですか、あなた方は。
手を離してください」

しかし長身の男はつかんだ手を離すどころか、ますます強く握りしめると、無理矢理に引っ張った。
抵抗することも出来ずに、シャロンは引きずられるようにして彼の前に立つ。
男が自分の頬の辺りに顔を寄せてきたものだから、ビクリと肩が震えた。

「なんだか良い匂いがするな。
甘ったるい匂いだ」

後ずさろうにも、腕を掴まれているせいで動けない。
それどころか、残りの2人もシャロンを囲むようにして、にじり寄って来る。

「肌も白くて綺麗だな。
柔らかそうだ……」
「早く連れて行こうぜ。
雨が降ってきてる。
続きは家の中で楽しもうじゃないか」

それを聞いて、シャロンは目を見開いた。

「冗談じゃないわ!
誰がついて行くものですか!
離してよっ」
「静かにしろよ、お嬢様。
王子様も手に入れられなかった女の味を試してみたいってんで、最近ずっとあんたを探していたんだよ。
やっと見つけたんだ。
少しは楽しませてくれたって良いだろう?」
「そんなの知らないわよ。
いいから離して!」
「あんまり威勢がいいと、体に傷が残るぜ?
ほら、来い!」
「いやよ!やめて!」
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