ミラー

komomo

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その日は9月らしく日が暮れるのが早い、夕方の事だった。日が沈むと、薄手の上着を羽織らないと少し肌寒い。

「じゃあ行ってくるね!」
「車に気をつけていきなさいよ」
「大丈夫だよ、ちっちゃい子じゃないんだから」
「だって…ちょっと前に市内でひき逃げ事故があったじゃない。まだ犯人捕まってないし…」
「夕方だから大丈夫!」
「本当に気をつけてね!」

スニーカーを履く私の背後から、母の声が見送ってくれた。

「まだ18時ちょい過ぎなのに、もう真っ暗。
急ごう!ほら、行くよシロ」

軽くリードを引っ張り歩き出す。
車通りの多い道を信号で渡り、住宅街を抜け、
小学校近くの公園へ向かう。
これがいつものシロとの散歩道だ。

この時間は帰宅の人で、そこそこ人通りがある。だから1箇所、駐車場と林の間を通る道があるが、たいして怖くなかった。

「よし、車来てない。行くよ!」

教習所で路上運転しだしてから、カーブミラーで車が来ているか見る癖がついた。
慣れると随分見やすく、今までも見ていれば良かったなあと思う。

カーブに差し掛かった時、ふとまたカーブミラーを見た。
「あ、人が立ってる。犬が苦手な人もいるから、リード短くして…」
以前小さい子におっきいワンワンがいる!と言われたのを思い出し、リードを短く持った。
けれどカーブを曲がったら誰もいなかった。

「あれ?家にでも…」

そこはちょうど畑と木が生い茂っているところで、住宅からはちょっと離れていた。
見間違い…だったかな…と、腑に落ちないながらも足が自然と早足になった。

しばらくすると、また別のカーブミラーがあった。くせでつい見てしまった。
そこには車が映っていたので、少し端によけると車が通り過ぎていった。
狭い道だったので、もう大丈夫かとつい…またミラーを見た。
また人が立っている…同じ人だ!
さっきも感じた違和感が何か気付いた。

“ただ立っているだけ…”

普通歩いたり、立っていてもスマホを見たりしているのに、俯いてじっと立っているだけ…
そしてまた気づいた…。その途端汗が吹き出した。暑いからじゃない、その日は肌寒かったからだ。そう、上着を羽織らないと少し肌寒い。
それなのに、カーブミラーに映る人はなぜノースリーブに裸足なんだ?!
身体が固まってしまい動けなかった。

その時、ミラーに車のライトが見えた。
すごいスピードできていた。
道路も照らされていた。
その女性が道路の真ん中に歩き出した。

“ひかれる…!”

ミラーの中の車は確かにひいた…
それなのにそのままこちらに走ってきた。
血はついていない。でもヘコんでいる。
白いワゴン車…
「あぶねえだろ!もっと端っこ歩け!」
運転手に罵声を浴びせられたが、それどころじゃない。
訳が分からなく、またミラーを見ると目が合った。ケガもなくさっきと同じように立っているだけ…でも、ミラー越しに目が合った…!
ニヤリと笑うとミラーの右側へ走り出した。
“ミラーの右側”
そう、今私がたっている方だ!
身体中の毛という毛が逆だった。
犬も吠えだし、元きた道を走って戻った。

口にするのも怖く、誰にもこのことを言わなかった。犬の散歩も親と行くことにしていた。

しばらくたった頃、夕食をテーブルに並べていた母が、テレビに目をやり言った。

「あら、ひき逃げ捕まったのね」

テレビに映っていたのは、あの日怒鳴り散らした運転手とワゴン…

私が見た女性はひき逃げされた女性だったのかもしれない。
もし、彼女に気づかず歩いていたら、あの乱暴な運転に轢かれていただろう。

あれからミラーを見るのが怖い
ほら、そこのミラーにうつってるのは、本当に生きている人間だろうか…

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