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第30話 守護神と破壊神

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 右脚の痛みに耐えながら、おれはリーシャンさんの荷馬車に揺られていた。2班の応援には隊長たちが向かったから、そうそうやられることはないだろう。そろそろ決着が着いている頃だろうか。

 軍笛のやり取りで2班の場所を突き止め、現場に向かった。

 ……何か変な音がするな。近づいていくに連れ、大きくなる衝撃音が聞こえてくる。まだやりあってんのかな? それにしちゃあ激しい音だな。ゼースさんが派手に暴れてんのか?

 現場に着いたおれたちは、気になっていた音の正体を目の当たりにした。

「お前最っ高だなぁ!! おれの兵にならねぇか!」
「生憎だがおれはお前のことが大っ嫌ぇでよ! 死んでも行かねえさ」
「ハッハッハ! そうか! なら死んどけや!」

 金髪でガタイのいい男が凄まじい連打でゼースさんを攻撃し続けている。何でか知らないけど、凄い楽しそうだ。対するゼースさんは精霊の加護、玄武の力で大盾を展開し、ひたすら防ぎ続けている。

「リーシャンさん、あいつ……!」
「ミリガン……ライラスだ。何でこんなところに」

 そいつは、モノスやその他の悪党を束ねている敵の総大将、ミリガン・ライラスだった。そしてこの戦場でもまた、敵は1人だけだった。

 やつはおれたちの住むライラス王国の元王子であり、現国王フロル・ライラスの血の繋がらない兄。

 ────そして赤い空の一件を首謀した張本人だ。

「これならどうだぁ? ちと本気を出すぜぇ!」

 ミリガンは右腕に赤黒いオーラを纏い、強烈な一撃を放った。激しい衝撃で互いのオーラが舞い上がり、雨水や泥が跳ねまくって何も見えなかった。
 それにしてもなんつう威力だ。ゼースさん、大丈夫だろうか。

 しばらくすると衝撃は収まった。立っていたのは2人ともで、ゼースさんは加護による盾がボロボロと砕け散りながらも、両腕を前に耐え忍んでいた。ミリガンの一撃を防ぎきったんだ。

「そんなもんかい……王子さんよ……」
「……ククク……ハーハッハッハ!! 」

 ミリガンは追い打ちをかけるわけでもなく、大きく笑ってその場を去ろうとした。

「どうした……まだ終わってねぇぞコラ」
「これでも結構忙しくてな。お前との決着はまた今度にしてやる」

 ミリガンが馬の方へ歩き出した。兵士たちは逃がすまいと攻撃をしようとするも、ガーストン隊長がそれを止めた。1対大勢でも、力の差がありすぎると判断したんだろう。
 おれも本当はこの場でヤツをぶっ飛ばしたい気持ちだが、体力も消費し、大怪我もしている。今はさすがに……

 なんて思うわけもなく、おれは荷馬車を転げ降りて、まだ動く左脚で地面を蹴り、ミリガンに飛びかかるように殴りかかった。不意をついた攻撃だったが、ミリガンは反応し、真下におれを殴り落とした。

「雷……さっきのはお前か。そのお前がここにいるということは、モノスはやられたのか」

 おれは立ち上がることも出来ず、地面に倒れたままミリガンを睨みつける。

「2度も下手うちやがったか。あいつはもう処分だな」

 ミリガンは馬に跨り、颯爽と駆けていった。おれは他の兵士たちに担いでもらうところで意識を失った。
 


 ◇



 次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。体を起こそうとすると全身に激痛が走り、身動きが取れなかった。

「エレナ動かないで」

 隣の椅子にヒスリー社長が座っていた。

「社長……ここってどこの病院?」
「王都にある一番大きな病院よ。みんなここに運ばれて治療を受けてるわ」
「そっか。ゼースさんとなっちゃんは大丈夫かな。みんなボロボロになってたから」
「ゼースさんは外傷だけで、大きな怪我はなかったわ。ナナは腕が骨折してるから結構なダメージね……。でもそれよりあなたが一番重傷よ!」

 社長は眉間にシワを寄せ、手に持っている紙をおれの顔の前に突き出した。

「鎖骨骨折に右脚粉砕骨折、鼻も折れてるし背中には切り傷、打撲の数は両手じゃ数え切れないほど!」

 え、おれそんな酷いの? どおりで体が痛すぎるわけだ。

「先生曰く、特に右脚の怪我が異常で、病院に着いてすぐに手術してもらったらしいわ。一体何をどうしたらこうなるんだって言ってた。何があったの?」
「ああ、それはね……」

 おれはモノスとの戦いの一部始終を話した。

「そんなことがあったのね。自分の体が耐えきれないほどの精霊の力……。とりあえずそういう技は今後使わないようにしましょう。こんなことに何回もなってたら、そのうち手も足も動かなくなって寝たきり生活になるわよ」
「……それだけは絶対嫌だ」

 あの時出した技は正直勢いというか、なんか力が溢れてきて思いつきで出した技だった。型は修行のときに考えていたけど、本当にただの蹴りの延長だった。雷々の力ってこんなに危険なものだったんだ。

「ちなみにおれの怪我ってどれくらいで治るの?」
「完治するのは3ヶ月くらいかかるらしいわ。ただ、入院は1ヶ月。それからは定期的に病院に通いながら、2ヶ月間安静にしてたら治るって。それまで仕事はお休みね」

 3ヶ月とか長すぎる。そんなにじっとしてたら逆に死んじゃうよ。ある程度回復したら修行でも始めるかな。

「休みっていうのは体を休めるってことだからね。目を盗んで訓練とかしてたらコレだからね?」

 社長は拳を握りしめてニコニコしていた。しかも精霊の加護を纏ってるし。この人こんなキャラだっけ? 笑顔なのがかえって怖い。

「はは、何言ってんの社長、あったりまえじゃん! おれがそんな人間に見え──」
「見える」

 即答ですか。

「大人しくしてます」
「よろしい。それじゃあ私は帰るから、しっかり治療に専念すること。退院のときにまた迎えに来るから」
「あ、うん。もしかしてわざわざこのために来てくれたの?」
「そうよ。大事な仲間だもん。放ったらかしになんかしないよ。それじゃあまたね」
「あ、ありがと」

 社長は軽く手を振って部屋を出ていった。やっぱ優しいなあの人は。 
 すると、隣のベッドで入院しているおっちゃんが仕切りのカーテンを開けて話しかけてきた。

「なんだボウズ、あの綺麗なねーちゃんはお前の彼女か?」
「ああ、そんなんじゃないよ。ただの上司と部下だよ」
「上司と部下ってお前さん、今いくつだよ」
「もうすぐ13になる」
「かぁー、そんなに若いのに働いてんのかい。それにその大怪我、何があったんだい」

 おっちゃんは気さくに話を続けてくる。することのない病室では、ただの会話が凄く貴重に感じる。

「ちょっと仕事でドジってさ。生まれて初めてこんな大怪我したよ。おっちゃんは何で入院してんの?」

「おれか? おれはちーとばかし酒を飲みすぎて肝臓を悪くしてな。まぁそれでも数日したら退院するけどな」
「ああ、酒ばっか飲んでそうな顔してるわぁ」
「どんな顔だよおれぁ」

 どーでもいいような話をしばらくおっちゃんと続けていた。

 これから1ヶ月間、おれは何して過ごせばいいんだろうか。やっぱり入院って死ぬほど退屈なんだよね……?
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