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114話 ただいま、おかえり

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 "弩(ど)"のつく、外道非道の極みなる、ならず者の集まり、『薔薇挽き肉団』の構成員達は、思いがけない尼僧の大飛翔からのバウンド、そこからの鮮やかなローリングと街路樹への激突、枯れ葉の雨までもを、無惨なアンハッピーセットとして見送った。

 そして揃って首を返して、魔法の使用者である若い女達。
 ミニスカートみたいなローブのユリア、そしてお澄まし顔のビスとを見つめた。

 この上なく不健康に痩せた中年の魔法使いは、ギョロ目の三白眼を見開き、それを正しく点にして
 「ハハハン。こいつは驚いたね。アイツが得意の神聖魔法の"聖拳"で押し負けるとは……。
 んんん。お嬢ちゃんたちゃ、一体全体何者だいね?」
 表層は冷淡なる平静風を装ってはいるが、その内心は完全に泡を喰って戦慄(わなな)いていた。

 マリーナは、頬を、ポリポリと掻きながら、惚(とぼ)けた美貌を、ツイと横にして
 「えっ!?古い!?ユリア、アンタ今、古いって言ったのかい?
 ん?それって、一体どーいうこったい?」
 少しの魔法も使えない、純然たる生粋(きっすい)の戦士職の最高峰は、在るがままに湧いた疑問を、端(たん)的な言葉とした。

 ユリアは、褐色の滑らかな肌のビスの顔を見てから、小刻みにうなずき、よもやこれもやむ無しという顔で解説に入った。

 「あー、マリーナさんは戦士だから分からないのか。
 あのですね、私達が"古い"って言ったのはですね、どうにもこうにも、そのものズバリ、この人達が使ったマジックミサイルと聖拳が、恐ろしく時代遅れなことを言ったんです。
 先(ま)ず、あの人のマジックミサイルなんですけど。
 今時、五条の直線飛行のペンシルミサイルなんて、魔法ギルドに通う、こーんな小さい児(こ)が、参観日の発表会で、親御さんの前で案山子(かかし)に向かって、えーいっ!て感じで撃ってみせる、最低レベルのお遊戯(ゆうぎ)みたいなモノでして……。
 それ以外には、先ずお目にかかれません。
 それくらいに、魔法を学ぶ者としては出来て当たり前、本当にお粗末なモノなんですね。
 多分、魔法を学んだことのないマリーナさんでも、私達がこの場でコツを教えたら、直ぐに放てるようになるでしょう。
 ええ、ええ、これがまた大袈裟(おおげさ)でなく本当なんですよ。
 それから神聖魔法の聖拳ですけど、アレもビックリするくらい小さかったですし、回転していない、素直に真っ直ぐ翔ぶ、稚拙(ちせつ)さがカワイイ、あんなお間抜けな姿なんかは生まれて初めて観ましたね。
 ある意味キチョーな体験でした、ハイ。
 さっきの二つは、あの方々には悪いですけど、ハッキリ言って、目を覆いたくなるような、ちょっと観るのも恥ずかしかった位のレベルでしたねー。
 あんなのを、もしお師匠様の前なんかでやったら、三日くらい口を利いてもらえないですよー。
 まぁ要するに、何時の時代もナインサークルズ魔法大学、それから神聖魔法学会というものは、常により新しく、より効果的な魔法の研究・開発を休むことなくやっていまして。
 その無駄なく、より強力な効果を発揮するための詠唱呪文のスペル配列、それから魔法使用にあたっての魔素への意識の飛ばし方等を常に更新して、それを大陸各地の全ギルドに伝え、そうして刷新されたモノが新しい基準となって行くんです。
 ですが、この人達が使って見せたモノは、どちらも、とーっても時代遅れな、もう教科書にすら載っていないような、低レベル過ぎるモノだったので、つい、古い!って言っちゃったんですね。どーもスミマセン。
 しかも、その、ウフフ……それを、ヘイお嬢ちゃん!これ喰らいなー!みたいにして、あんなにも自信満々にやられては、ちょっと、その……ねぇ?」
 口元を押さえるアンとビスの方を向き、その目が合うと、堪(たま)らず三名の遠慮というバリケードは決壊し、爆笑が津波となって氾濫(はんらん)したのである。

 「薔薇挽き肉団」には、なんの話をされているのか、かつ何故(なぜ)笑われるのかがさっぱり分からず、闇に堕した魔法使いは小男のアサシン、鋼の巨人とを見上げて、ウーンと唸(うな)って首を捻っていた。

 その神妙な顔つきが、またもやアンとビス、ユリアの笑いを誘い、その爆裂は暫(しばら)く止むことはなかった。

 その様を見ているうちに、何の事だか判然としないながらも、どうやら自分が嘲笑されていることに気付いた魔法使いは、皮脂で光る顔を赤黒くさせ
 「このガキ娘共めい!う、うるさい!うるさい!!黙っておれば人の事を、さんざんと小馬鹿にしおってからに!
 大体、さっきのマジックミサイル等は、ほんの小手調べじゃないか!
 分かったよう!それじゃあワッシの得意中の得意、大火炎魔法を浴びせてやる!これでもまだ笑えるかい?」
 魔法使いは、痩せこけた身体を舞わして、複雑な身振りをしつつ、速やかに魔法語を詠唱した。

 すると、そのカーキ色のローブの前に、かざすようにして出した左手の先、そこの掌に忽然(こつぜん)とバレーボール大の火球が現れ、それをおもむろに頭上へと掲げた魔法使いは、青髭の顎をしゃくるようにして、悪党らしき極めて邪悪な笑みを浮かべ
 「もうどうなっても知らんぞ?ワッシを笑った罰だ!
 これで骨まで焼き尽くされるがいいやさ!!」
 言うや、その手を振ってファイアーボールを放ったのである。

 これにマリーナは、闇夜に燦然(さんぜん)と輝く烈火の球に「いっ!?」と目を剥き、それを防ごうと、惚れ惚れする程に滑らかな動きで、背の斬馬刀のごとき長大な剣を引き抜いて
 「ユリア!危ない!」
 とサフラン色のローブへと平手をかざして叫んだが、そこの小柄な女魔法使いは警戒するどころか、なんと大アクビをしていた。

 そして、それを噛み殺しつつ涙目となって、ブツブツと何事かを呟(つぶや)くと、そこに空飛ぶ火球が翔び込んできた。

 だが、それは直線運動から不自然な線を画き、ユリアが前方へ突き出した魔法杖に引き込まれるように弾道を曲げ、ブルンッ!と振り回されたそのルビーロッドによって、まるで水飴を絡める割り箸のごとく、炎塊は見事に捕獲されたのだった。

 そしてその魔法の炎は、魔法杖の先の大きなルビーの周りをその衛星のごとく、ボウボウと唸りつつ公転軌道したかと思うと、ユリアが杖を再び前方へと振ったのに従うようにして、鷹狩りの鷹のごとくそこから羽ばたいた。

 そうして、なんとその火球は「薔薇挽き肉団」の魔法使いに、急遽(きゅうきょ)なる里帰りをして、そのカーキ色のローブの腹に着弾。
 即座に、中年魔法使いの身体に沿って破裂するようにして、バオンッ!と広がって、彼を人型の松明(たいまつ)としたのである。

 これには堪(たま)らず悲鳴を上げ、地を転がる魔法使いに、イボ鼻のアサシンは目を剥いて、消火をしてやるのも忘れて、あっと驚き、あわわ……と狼狽(うろた)えた。

 ユリアはソバカスの愛らしい顔を、キッと頑然(がんぜん)たる厳しいものにして
 「だ!か!ら!古いんですってー!!見てるコッチが本当に恥ずかしくなるから、いい加減もう帰ってくださいよー!!
 そして、これからは心を入れ換えて、魔法ギルドで、ちゃんとしたお勉強を一からやり直して、立派な魔法使いさんになってから、魔王と戦う為の冒険に出て下さい!
 私からは以上です。
 ん?アンさん、来ますよ!」
 僅(わず)かに顔を動かして、イボ鼻アサシンの放った矢に喚起させた。

 アンは「はいっ!」と言ってうなずき、二歩ほど前に出て、嵐の夜の風車のごとく猛回転させた鋼の六角棒で、器用に三本同時に放たれた鋼鉄の矢を、ガインッ!ギンッ!ガキッ!と無造作に弾き落とした。

 「げえっ!?」
 と叫んでから、背中の矢筒へと手を回して、更なる手練(てだ)れた弓撃を放つ、背の曲がった小男であった。

 が、アンは倒れるような前傾姿勢でそこへと突進しており、至近距離の真正面から飛来する次弾をも難なく弾いて、恐慌状態のアサシンに迫り、その尖ったほっかむりの頭頂部に、遠慮なく鋼の棍の棒先をめり込ませた。

 レイラを殺害する悪漢役の酔ったアサシンは
 「はがあっ!!」と短く叫んで、小さな頭を亀のように胴体にめり込ませて、即座に昏倒した。

 そこへ、鋼の全身鎧の巨人が振るう戦斧が、断頭のギロチン刃のごとく、青い尾を引いて降り下ろされたが、アンは楽々とそれを見越しており、タンッ!と軽やかに地を蹴って、疾風怒濤の体捌(たいさば)きで、灰銀色の一陣の風となり、隙間なく鋼で包まれた巨体の裏側へと駆けていた。

 そして、唸(うな)る六角棒で巨体の左の膝裏を打ちのめし、バランスを崩した鎧巨人の後ろ頭に、直径50㎜の棍による、マシンガンのごとき猛烈な突きの乱打を放って、闇夜を一瞬照らすような火の彼岸花(ひがんばな)を咲かせた。

 「うおっ!?」と堪らず仰け反った巨人がやっと振り返ると、今度はその鋼鉄のプレートメイルの背後に、矢のごとく疾走してきたビスが、アンに負けないほどに強烈なマッセの乱打を浴びせた。

 「アガガガガッ!」と絶叫する八頭身の巨人だったが、その悲鳴にも一切の慈悲を見せないアンとビスの真骨頂とは、まさにここからであった。
 
 二人は全くの同時に一息吸うと、其々(それぞれ)が白と黒の神獣みたいな犬の顔となって跳躍し、そこの高みにユラユラとする、大魚の頭を模した鋼鉄兜を四方八方から滅多打ちに叩きまくり、鋼の兜を歪(いびつ)に凹ませ、ベコベコの残骸にして、遂にその大男を地に仰向けに倒れさせたのであった。

 大地を揺らして、ドオッと倒れた巨人の兜と、その首の鎧の繋ぎ目からは、噴火した火山の裾野(すその)のごとく、鮮血が溶岩のように末広がりに溢(あふ)れて流出していた。

 彼の剛健なる鋼の兜は、六角棍の角による擦過傷(すりきず)は免れたようであったが、ただそれだけであった。

 こうして、『薔薇挽き肉団』は瞬く間に壊滅させられ、直ぐに御用の縄が掛けられたのである。

 マリーナは、何処(どこ)で習ったか、彼等の肩と股関節とを、念入りに深紅のブーツで踏んで外し、猿轡(さるぐつわ)と綱での戒めを極(き)めた。

 そうして、よっこらしょっ、と立ち上がって、埃(ほこり)を叩(はた)くようにして、大きな手を打ち鳴らし
 「ふぅ。コイツ等ったら、街を一個ダメにしたとか聴いたからさー、まぁ、どんなオッソロシー悪党団かと思ったけど、とーんだ雑魚だったねぇ。
 アタシも、水の精霊ちゃんも全く見せ場がなかったよ」
 と、さもモノ足りなそうな顔で微笑み、余ったロープをオーズに返そうと、その簡素な家屋の木戸へと戻ろうとしたところで、不意に、見える景色が溶けて伸び、それは滝の表のように、砕けて下へと流れ落ちた。

 同様の奇妙で不可思議な感覚を覚えて、皆が困惑し、その一面の競(せ)り上がった水鏡へと目を凝らすと、その激流は逆巻く赤水となった。

 だが、それは急速に凪(な)いで揺らぎを鎮(しず)め、二呼吸ほどする内に、赤い照明に照らされた薄暗がりの空間を映し出し、そこに座した紫の人影、演奏を終えて長い弓(ボウ)を掲げたシャンとなった。

 マリーナは、ペロッと眼帯をめくって、サファイアのような美しい両目を、パチクリとさせ
 「おー!シャン!たっだいまー!」と紅いグローブの手を挙げた。

 ユリアとタチアナ、アンとビスも買い物袋の転がる地下の庫室を見回して、正しく幻想曲(ファンタジア)の終演を理解した。

 エルフの店主、オーズも何かを抱くような姿勢で、見慣れた自分の店の景色を見回して
 「ど、どうやらお客様の演奏が終わったので、幻も消えたようですね。
 決して出てはならないと言われておりましたが、あの悪辣(あくらつ)なる者達がどうなるか気が気でならず、扉を僅かに開いて、皆様のご武勇を拝見させて頂きました。
 あ、ありがとうございました!!
 み、皆様のお陰で、私、本当に胸がすくような思いでございます……。
 これまでの八十年というもの、如何(いか)なる想いを籠(こ)めようとも、私の独力では、あの悪夢の顛末(てんまつ)は何一つとして変えられはしなかったのです。
 はは……。こ、これで……これでレイラの魂も慰められ、きっと安らかな眠りにつくことでしょ、」

 「あなた?私が何ですって?」
 と、その時。地上へと続く階段上から女の声がした。

 そこの薄暗がりの螺旋階段を軽やかに降りてきた白いドレスの女は、黄金の長い髪を靡(なび)かせる、額にペリドットをあしらった、繊細な金の頭飾り(サークレット)をした、花のように愛らしい、美しいエルフの女であり、言うまでもなく、あのレイラであった。

 オーズは、頭を上から押さえ付けられたような、強い眩暈(めまい)のようなモノを覚えて、そこの床を、たたらを踏むようにして茫然としつつ数歩歩き、柄杓(ひしゃく)を返したように溢れる涙で首まで濡らし、そこへと夢の中を歩くように、忘我の境を行くようにして歩んだ。

 そうして、キョトンとする最愛の恋人を震える両腕で強く抱き締め
 「あぁ!レイラ!?君は……レイラなのか!?
 本当に、本当に君なのか!!?
 これは!な、なんと、なんという奇跡だ!!」
 と痛がる女エルフを余所(よそ)に、そこの場に両膝をついて号泣したという。

 シャンは、全てを知り尽くした超越者のごとき、溢(あふ)れる叡智(えいち)を感じさせる、上質なトパーズみたいな目を細め、マスクの面(おもて)を波立てて、誰に向けてということもなく

 「おかえり……」

 とだけ言った。 
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