退屈な魔王様は冒険者ギルドに登録して、気軽に俺TUEEEE!!を楽しむつもりだった

有角 弾正

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209話 痛いは生きてる証拠

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 妖艶なる殺戮者トーネは、自身の尖った白い顎の先を左手の親指で押しながら、やや遠間にて、おそろしく優雅に六角棍を舞わす、痩身の灰銀色のメイド服ふたつを眺めていたが、ツイと、わずかに小首をかしげた。

「ン?あれ、あれえ?あの、ピンとお耳のおっ立った娘たちの漏らす、真冬の朝の手桶に張ったような、冷ったい氷みたいな殺気はどうだい?
 ハハハ、ちょいとお姉さん?こりゃあ"仇討ちする気は毛頭ない"が聞いて呆れるよ?」

 これにシャンは、苦い顔(かんばせ)の目をふせて、およそ慚愧(ざんき)に堪えない、とばかりに静かに首を横に振るう。

「──うん。そこはどうにも、ちぐはぐで、たいへんに申し訳ない限りなのだが……。
 是非に、是非にとも、御手前の比類なき超絶の武力というものを今一度、そう、あと一度だけ、我等にご披露いただけないだろうか?
 非礼千万は承知で、どうかお頼み申し上げる」
 と、心底から請い、詫びるように述べるや、その〆(シメ)に、キッチリと総髪の頭を深く垂れてさえみせたのだった。

 それを呆(ぼう)っと横目にしていたマリーナも、忽(たちま)ち、ハッと何かを覚(さと)ったような顔になり
「あっ! う、うんっ! アタシからもお願いするよ!」
 慌てたように言い添え、親友の懇願の形をなぞるように頭を垂れたので、高く結った黄金色の房の先端が顔前へと流れた。

「フフフ……まあったく。大体が、アンタたちは明後日の競美会の参加が目的で、こんな、なあんの色気もない軍事拠点にまで、はるばる"でばって"きなすったんじゃあないのかい?
 それがまた……フフ……本当、とおんだ格闘狂いの嬢ちゃん達もあったもんだねえ?アハアハ!」
 トーネは半ば呆れ返り、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

「うん──確かに。こればかりは、どう嗤(わら)われても仕方がない、かな」
 ニコリともしないシャンが顔を上げ、平然と、いつもの細い上腕を握りこむような腕組みに戻る。

「ま、こんな立派な調練座敷を借り入れてもらった恩も、あるにゃああることだし。
 そこに免じて、特別に、もう一回こっきり、ってえことなら遊んであげてもいいかも、ねえ?」

 正直トーネは、シャンのみせる"固執"とも云える、一種異常な戦闘への探求心、また拘(こだわ)りが無性に可笑しくなり、なにやらすっかりと毒気を抜かれたようになっていた。

 加えて、常に自己のすべてを死闘・格闘の向上の為だけになげうってきたトーネとしては、この明らかに格下とはいえ、シャンたちのような、いわゆる修験者然とした求道の人種が嫌いではない。

 だから正直、なにやらうっすらと、親近感とも愛着ともつかぬ、実(げ)に不可思議な好意のようなものすら芽生えてきていた。
 
「うん。では武芸者殿、確かに頼んだ。ではアン! ビス! 二人とも、失礼のないよう死力を尽くすのだ!」
 といった具合で、一旦、己の願いが通じたとなれば、これがまた、いっそ清々しいほどに強(したた)かになれるのが、シャンという女アサシンであった。

 すると、その両脇から即答の勁烈(けいれつ)な声が上がり、お澄ましの双子姉妹が油断なく歩み出た。

 なんとこのふたりも、指示したシャンに負けず劣らず、一切気負うこともなく、最初から全開。とうにあの"獣人深化"などは済ませており、聖なる獣神あたりを想わせるような、白銀と漆黒の狼犬の頭部を同時に深く垂れ、慇懃に腰を折ってみせた。

 だが、だが無論、一見すると厳(おごそ)かですらある彼女達の内奥には、先の戦いにおいて、圧倒的弱者である筈のユリアへ向け、冗長に過ぎる追撃を為したトーネへの恨みの一念が、猛(たけ)き焔(ほむら)の渦となって逆巻いていた。

「ヘェー。コリャ、一体どーいう闘いになんのか楽しみでタマンナイねぇー!!
 ンーンー。こうなるとヤッパリさぁ?マズマズあーゆう長モノが相手ときたら、あのオネェさん、とにかく、あの娘たちのどっちかのフトコロに入ってー、ペキポキパキッ! てーキメるのが、まあジョーシキってトコだよねぇ?」

 マリーナが心底愉しげにブラウンの柳眉を上げ下げしては、隣に立つシャンへと"肉薄してからの各個撃破"という、所謂(イワユル)、定石を確認するように訊いた。

「ああ。その当たり前の"常套"というヤツを、どこまで覆してくれるかが一番の見所だな。
 うん。あの魔人のごとき女武芸者なら、我々の描く、ごくごくありきたりな予想など、早々と、ぶっ壊してくるに違いないだろう──フフフ……」
 シャンの黄色い瞳は、急速に迫り来る特大の好奇と興奮とで異様に濡れ光っていた。

「ウンウン。でもさでもさー、あんだけの長モノでもってー、しかも、あの娘達のタダモンじゃない腕前で、左右からツキまくられちゃー、中々(なっかなか)キビシーモノがあるだろねぇ?
 て、はぁっ! 分かったー! アタシってば分かっちゃったよー! あのオネェさんさー!
 えと、そっ、アンかビスかのくり出す、どっちかの棍をカンイッパツで、ヌルリって感じで交わしてさー、そんでそんでー、その空振りのスキを狙って、ピョイとばかりに棍に乗っかって、そのまんま、ツツツーッ!とイッキに手元まで走ろーってんだねー!? 
 ハッハアーン! んだがしかーし! さーてさて、ウチの頼れる用心棒こと、あのロリコン(ライカン)ふたりを相手に、そうカンタンにウマクいきますかなー? アハッ!」
 マリーナも鼻息荒く興奮しており、この女戦士らしくも好き勝手に先走っては、愉しげに間近に迫る展開を描き起こしてみせるのだった。

 さて、その熱い視線らの先、この地下調練場の真中の赤い円の上に立つトーネは、シャンとはまた色相の異なる、琥珀色の美しい瞳を油断なく右のアン、左のビスへとやり、淫靡な黒塗りの唇を、ペロリと舐めた。
 その風情とは、どこか、死魚にありついた不吉な黒猫を想わせるようであったという。

「へえ……アンタ達、そこそこには、やるんだねえ? 
 もうほら、その佇(たたず)まいだけで、相当な達者ぶりが匂ってくるよ。
 しかもさあ、そこらの一山幾らの棒術使いじゃないのが二人ってのに、その上"ライカン"のオマケ付きとくりゃ、まずは上々のおもてなしだねえ。
 フフン、アタシャいっぺんで気に入ったよ。よしよし、じゃ、覚悟が出来た方から、イヤ、ふたりまとめてかかっておいで」
 トーネは余裕の淡い笑みなどを浮かべ、漆黒の戦闘グローブの端を、グッと引っ張りつつ、自身をはさむように左右へと別れ、手にした得物の六角棍が最も得意とする、絶妙に計算しつくされた過不足のない距離に立つアンとビスとに手招きをする。

 こうして、苛烈な決闘の火蓋が切って落とされようとした、そのときだ。
 シャンが、スッと左の手を挙げた。

「うん、武芸者殿。この度の闘いなのだが、貴殿に相対するこのふたりが、各々手にした棍を地に落とした、その時点で止(と)め、ということでお願いしたい。
 ──では、存分に格闘されよ」

 この決着の設定に、アンとビスは鼻先に皺(シワ)で、グルル……と猛獣よろしく、低く唸り、耳まで裂けそうな口腔の縁(へり)、漆黒の唇の端を捲(まく)るようにして、ゾロリ、世にも恐ろしい白牙の列を晒すのだった。

(シャン様! な、なにを!? それでは、まるで……)

 アンとビスは想わず鋼を強く握りしめ、少なからずの"心外"を覚えないでもなかった、が──

「はっ。では失礼のなきようッ!!」
「滅殺するつもりで参りますッ!!」

 鋭く吼えたきり、一切の淀みもなく動き出した。
 だが、この度だけは、あの得意の倒れそうな前傾姿勢による猛突進ではなく、トーネの左右真横から、まるで事前に申し合わせたかのように、断じて牽制(ジャブ)程度ではない、猛烈な直線突きを同時に放ったのである。

 これぞまさしく、この大陸広しといえど、この双子にしか放てぬであろう、永きに渡る徹底した棍術修練と、人類を遥かに凌駕した筋力と反射速度とが絶妙なまでに混成した、惚れ惚れするような同時突きであった。

 その唸りをあげる二つの棍の馬鹿げた速度に一瞬、天然岩石をも容易(たやす)く貫く、三メートル超えの硬質剛健なる、この鋼のふた振りが、まるで無限大に伸長したようにさえ映った。
 
 さあ、謎の修羅一族最強の女闘士よ、どう避ける?

 果たして、これにトーネは前後、また天にも地にも動かず、まるで頬を張られたように、ただ白い顔を真横に振りながら、両の手を水平に広げて、猛然と左右から迫りくる鋼の棍、その六角の先を各々の掌で受けたかと思うと、その腕を船の舵輪でも回すように大きく舞わしたのである。

「っんなぁにぃっー!!?」

 これに思わずマリーナが眼を剥いて喚く。

 それもそのはず、もうこの上はウルフマンしかいないという上位ライカン、その狼犬のふたりが誇る、恐るべき膂力で真っ直ぐに突き出された直径50㍉超えの鋼の棍の二本であったが、その凄まじい突貫力をまとったはずのそれらが、ただトーネが天地上下に回転させた両の掌に招かれ、そして、つき従うように、グニャッと飴のように、楽々とひん曲げられたのである。

 つまり、双子の突き出した剛棍は、半瞬で、その各々が、殆ど"?"を真横にしたような形になるまでに激しく歪(ゆが)められたのだった。

 そして、その直後──
 猛烈な破砕音が炸裂し、鋼の大蛇のように曲がった棍のふたつは、ほとんど爆発するようにして放射線状に砕け散ったのである。

「イッッ!? ンナナナッ! ナンじゃあコリャアッ!!?」
 と、鋼鉄の雨に手をかざすマリーナが、すっとんきょうな声を上げた、その刹那──

「クッ!?」

「ウアッ!?」

 両の手に馴染み切った自慢の長柄武器を、気絶怪絶極まる妖しい術にて手玉に取られたとはいえ、確かに攻撃を放った側である筈のライカンの姉妹らが、ほとんど同時に苦鳴をもらしたのである。

 見れば、アンとビスは棍を突き出したその格好のまま、遠吠えの狼のように大口を開け、戦慄(わなな)きつつ上向いているではないか。

「な、なんと!? あんなことが、あんなことが出来るものなのか!?」
 この度のシャンは陶然となるより先に、凍えるほどに戦慄した。

 その刮目する眼の先、あくまで中距離武器用のインターバルをおいて、左右からトーネを挟みこんだ格好のアンとビスだったが、その各々(それぞれ)の肩口と背中は今、奇妙、いや異様に盛り上がっていた。

 見れば、彼女達の肩あたりの白いブラウスは、まるで壊れた傘か、テントの梁(はり)のごとくに、ビンッとばかりに張り出した謎の突起が内側から立っているようであり、上方へと恐ろしく"いかって"いた。

 そして、ふたつの華奢な胴体の背、その中央あたりも、まるで大きな背鰭(せびれ)でも生え出たかのように、派手に後ろへと張り出していた。

 この突如発現した怪現象に、アンとビスは激しく戦慄(わなな)き、堪(たま)らず、といった具合に、いまや拳より少し長いくらいにまで極端に短くされた手中の棍を地に落とした。

「えー!? いいい、意味が分かんないよーっ!? 
 はっ!? なんでー!? なんで、あのふたりがデッカイ蚤(ノミ)みたいになってんのー!?
 ええっ!? あの肩と背中のビヨーン!って、ええっ!? んまさか、ひょっとしてー……ほ、骨が、外に向かってイッセイに、コンニチワーしてんのかいー!?」

 マリーナは、この不可思議な事態を、持ち前の野性的勘で素早く診断しながら、同時に烈(はげ)しく驚愕していた。

「──うん……。そう、きたか……」
 シャンも、ただ眼を見張って唸るしかなかった。

「フフフ……。なんだって?ノッポのお姉さん?意味が分かんない、だってえ?」
 トーネは陰陽・天地上下の奇妙なポーズを解いて、幾らか満足そうに艶然と微笑んだ。

「へッ?だ、だってさ、ソレ……オッカシイでしょ?」

 とマリーナが指差す先は阿鼻叫喚。
 いまやブルーグレイの瞳などは、グルリ真上へと消え失せ、極端な前屈(まえかが)みのようになって大口を開け、ただただ激痛に身をよじるばかりの、直視できぬほどに上半身を破壊された双子が戦慄(わなな)いていた。

 ああ、なんということか、マリーナの指摘通り、確かにアンとビスとは、トーネの放った怪異なる魔技によって、その両手両腕のあらゆる関節を外されたうえ、身体の支柱である背骨をも含めた、それらの骨を皆、体外へと突出させらていたのである。

 だが、その間違いなく表皮を突き破って内より出(い)でて、ジワジワと中からブラウスを汚す、赤ともピンクとも云えぬ体液に滑(ぬめ)る骨らが今、彼女達ライカン特有の超的復元力により、一辺の遠慮・容赦もなく只、グリグリと元の定位置に戻ろうとする際の、まさしく人外の痛みに悶えている様子だった。
 
「フフフ……なあんにも可笑(おか)しいことなんてないさ。
 なにしろ、このアタシの閂毀(かんぬきこぼし)は、だだ自分に向かってくる、すべての攻め手の弱味を捕らえてから、そいつをまとめてブッ壊すってえ、端(はな)からそういう技なんでねえ」
 トーネは微塵も得意になる風もなく、ただただ面白くもなさそうにこたえた。

「イヤイヤイヤイヤッ!! んだ!かっ!らぁっ!! 
 そこに散らばってる鋼の棒にゃ、カンジンの関節ってーのがないでしょーがぁ!?」
 マリーナは、石の床に降った鋼鉄の欠片の大小を指して喚く。

 問われたトーネであるが、彼女は指ぬきグローブの手を開き、なんとはなしに、その爪の先を眺めていたが、そこに、フッと息をひとつ吹いてから首を回し、トドメに、コキと鳴らしただけだった。

「ハァ……。も面倒だから、あとは、そっちのトリカブトの香るお姉さんにでも教えてもらいなよ。
 じゃ、約束通り、アタシャ帰らせてもらうよ」

 と、解説を見こまれたシャンだったが、親友のマリーナからの射すような視線を、チラリと一瞥してから、両の踵(カカト)を上げて床を踏み、ツイと上向いた。

「……うん。つまりだ。あの恐るべき魔技とは、断じて、単なる関節破壊の術に非ず、ということだな。
 うん。およそ、その本質とは、ある一定以上の力によって動かされた物体の、いうなれば、その"威力"という、逆巻く荒波のごときものの流れを手玉にとり、暴走させ、それを造りの最も脆弱な方向へと導き、然(しか)るのち、そこで破裂、氾濫させるといった、そういった類(たぐ)いの技なのではなかろうか?
 そして、それをもしも究極的に極めることが出来たならば、例え、それが人体内部の白き骨々であろうが、一見するとまったく継ぎ目のなさそうな鋼の棒切れだろうが大差はない。
 ただただ、そこには無残極まりない破壊があるのみ、といったとこだと、そう思う……」

 と紡ぐように持論を供したシャンの東洋的美貌とは、煌々(こうこう)とした地下灯火に照明されて影深く、また、どこか死人のようにも映って見えた。

「ウンウン、んーんー、ナールホド、ナルホド。さっすがはシャンだよ。こーいうときゃホントいい読みするよね、ウンウン。イヤ、ホントホント……やーるもんだぁ。
 えーと……じゃ、なにかい?あの人に向かっていくのってさ、スンゴイたっかいとこから落ちるのと、そー変わんないって、そゆこと?」
 マリーナはシャンそっくりに腕を組んで短く思索してから、己が理解度を提出した。

「うん。遠からず、ご明察だ」

 薄く首肯したシャンが振り返った空間には、すでにあの修羅の女戦鬼の姿はなかった。 
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