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第1話 その一瞬、その瞬間で
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「え…っ…なぜ、ここに…あなたがいるの…?」
綺麗なアーモンド型の目に見つめられ、私は手が小刻みに震える。
だって…だって…もうあれから5年経っているのに…。
◇◇◇◇◇
「おい!なんだまだ朝食の準備できてないのか。俺は毎日仕事行ってるんだぞ!?ったく、お前は朝早く起きて用意することすらできないのか」
スーツに着替える夫の和也の機嫌の悪さに、私は心臓の鼓動が速まるのを感じながら、慌ててエプロンをつけてキッチンに立つ。
「ごめんなさい、ちょっと寝坊しちゃって急いでメイクしてたの…。あなたスッピンだと怒るじゃない…?昨日寝るのが遅かったから、朝なかなか起きられなくて…だから…」
「あ?なんだ?俺のせいだっていいたいのか?お前は働いてないんだ、寝不足なら昼間寝ればいいだろ?夜のことくらいで文句言うな!」
バンとテーブルを叩き睨みつけてくる和也に、私はビクッと肩をすくめ、怖くて顔を見れず俯く。
昨夜は遅くに帰ってきた酔った和也に、ベッドに引きずられるように連れていかれ、無理矢理求められた。嫌がって抵抗する私に構わずに…。そして、和也が満足して寝たのはもう午前4時だった。
「…この話もう何回もしてるけど、私は働きたくないわけじゃない…。むしろ、働きたいの。なのに、働くのを許さないのは和也の方じゃない…」
「あ?また俺のせいか?俺と結婚するから仕事を辞めたのは、お前自身だろ!?」
「違う!そうじゃない…!私は仕事を続けられたけど、ここからだと遠くて通えないから、だから辞めざるを得なかったの…!」
「地方の田舎の仕事なんか、辞めたってなんも問題ないだろ?それに、ここに住めるの楽しみ~って、嬉しそうにしてたのはお前だろ!?人のせいにすんのは、いい加減にしろっつってんだろ!くっそ、朝から気分わりい。朝はいらねえ、もう行く」
そう言って、わざと大きな音を立ててドアを閉めて出て行った和也。私は夫がいなくなり、ホッと気持ちが落ち着くのが分かった。夫が家にいる間は、いつも緊張しているため、いなくなると本当に安心する。
「…私だって、毎回こんな言い合いしたくないよ…」
私はエプロンを外すと大きな窓の近くに立ち、外の景色を見下ろす。下には高層ビルが立ち並んでいるが、ここからでは高層と言われてもしっくりこないほどに小さく見える。そして、多くの車が、まるでおもちゃのように道路を走っている。
視線を上げると、目の前には綺麗な青い空と白い雲。
「……別に、私はこんな所に住みたかったわけじゃない……」
夫の希望でタワーマンションの最上階に住んでいるが、私自身は普通の一軒家でも、もしくは普通のマンションの一室でも、住めるならどこでも良かった。
夫の和也とは別々の大学だったが、学生が開いた食事会で出会い、その後、互いに就職した数年後に結婚した。夫は最初こそ優しく、大手の会社に就職した後も、ぐんぐんと成績を出し昇進し忙しいながらも私と小まめに会ってくれていた。マメで優しい人で、本当にこの人と結婚できたら幸せに慣れるって思っていた…のに、結婚してまもなく価値観の違い、生まれ育った環境、それから性格の違い、そして、考えや思いが違いすぎて、気持ちのすれ違いが始まり、4年目の今では喧嘩も絶えない仲となった。最近は、話せば喧嘩になるので、私から話すこともなく会話はない。いわゆる世間的にはいえば、これが家庭内別居なんだろう。
寝室も別にしているのだが、夫が酔ったときは夫に羽交締めにされ無理やり夫のベッドへ…。私は夫の力に抵抗できるはずもなく、昨日のようなことになってしまう…。
私は自分の寝室に向かうと、ベッド脇の小さな棚の引き出しを開ける。
その中には、独身時代に自分のお金で買って集めた、綺麗な小物入れがたくさん入れている。
そのうちの1つ、貝殻の形をした小物入れを開けると、中の薬の数を確認する。
「1…2…3…4……うん、まだ1週間分くらいはあるし、大丈夫ね」
夫と結婚してから、あまりにも夫と自分との違いに、このまま流されて子供をつくっていいのだろうか、と悩んだ挙句、念の為と婦人科でピルの処方箋を出してもらい、夫には内緒で飲んでいる。今となっては、それが功を奏している。
夫から食費用としてクレジットカードを預かっているが、万が一のことを考えて、自分の貯金を崩して婦人科には通っている。
「本当、働いていたときのお金、貯金していて良かった…」
独身時代は同僚は皆、ハイブランド品や旅行などにお給料を使っていたが、私は漠然と将来に不安をもっていたので、コツコツと地味に貯金ばかりしていた。
「あっ、もうこんな時間、早く行かなきゃ」
棚の上のに置いてある小さな時計を見ると、急いで引き出しを閉めて立ち上がり、部屋の中にある両扉の衣装タンスを開く。
「今日も、このジーンズにタートルネックのこの服でいいかな?」
夫には、そんな服はタワマンらしくない、早く捨ててもっと綺麗な格好をしろ、と言われているが、捨てたふりして、1人で出かけるときにコッソリ着ている。
夫曰く、こんな普通の格好をしている女と一緒にいるのは恥ずかしくて、隣を歩きたくないのだとか。
私は適当にご飯を済ませ片付けると、コートを羽織り小さなバッグを持ち家を出る。
エレベーターで1階のロビーに降り立つと、コンシェルジュと目が合い、頭を下げ無言で挨拶をし、私は足早に外に出る。
タワマンから出た途端、体中に走っていた緊張が一気にほぐれるのが分かった。
ハァ~~…っ。
大きく息を吐くと、私はスマホの時計を確認して、足早に駅に向かう。
今日は小学校からの友人が開催する、ボランティアの活動日だ。
とあるビルの一室で、月に2回集まっている。
ビーーーー
インターフォンを鳴らすと、友人がドアを開けて顔を出した。
「桜良~!やほー!いらっしゃ~い!」
「こんにちは~あづさ、ありがとう~!元気そうだねえ~」
友人のあづさは就職を機に上京してきており、大人になった今もこうして定期的に会えることが、私にとっては嬉しかった。
「うん、まあ元気だよ~!でも、なんか最近忙しくてさ~。風邪の患者さんが多くなってきたからさ、桜良も風邪引かないように気をつけてねー」
ボランティアのリーダー役をしているあづさは、普段は医者をしており激務だ。そのため、あづさの休みの日に合わせて、ボランティアのメンバーが集まり活動をしている。
「あづさ、もう皆んな来てる?」
私は靴を脱ぎ部屋に上がると、着ていたコートを脱いで手にかける。
「うん、来てるよ~」
「うわ~いつも、皆んな早いよ~。私これでも時間前なのに」
「あはは、そうだよねー!まあ、そんなこと気にしなくていいよー」
ボランティアの人数は少なく、あづさと私を含めても5人だ。
私は、いつも皆んなと打ち合わせをするテーブルがある部屋へと、廊下の先のドアノブに手をかけて開ける。
「あ、桜良!そう言えば言ってなかったけど——」
ドアを開けた途端、テーブルにいる知らない顔の人が視界に入り、私はドアの所で固まる。
「今日から新しい方が入ったの。西園寺さん。よろしくね」
「こんにちは、西園寺です。今日からよろしくお願いします」
立ち上がった彼に挨拶をされ、その後、確か私もよろしくお願いします、とか、一般的な言葉を口にしたかもしれない。けれど、正直なところ、何を話したのか覚えていない。
でも確かなことは、あの一瞬が、あの瞬間が、彼と出会ってしまったことが、結婚した私に再度おとずれるはずのない、愛したい、愛されたい、という欲求の始まりだったのだ。
綺麗なアーモンド型の目に見つめられ、私は手が小刻みに震える。
だって…だって…もうあれから5年経っているのに…。
◇◇◇◇◇
「おい!なんだまだ朝食の準備できてないのか。俺は毎日仕事行ってるんだぞ!?ったく、お前は朝早く起きて用意することすらできないのか」
スーツに着替える夫の和也の機嫌の悪さに、私は心臓の鼓動が速まるのを感じながら、慌ててエプロンをつけてキッチンに立つ。
「ごめんなさい、ちょっと寝坊しちゃって急いでメイクしてたの…。あなたスッピンだと怒るじゃない…?昨日寝るのが遅かったから、朝なかなか起きられなくて…だから…」
「あ?なんだ?俺のせいだっていいたいのか?お前は働いてないんだ、寝不足なら昼間寝ればいいだろ?夜のことくらいで文句言うな!」
バンとテーブルを叩き睨みつけてくる和也に、私はビクッと肩をすくめ、怖くて顔を見れず俯く。
昨夜は遅くに帰ってきた酔った和也に、ベッドに引きずられるように連れていかれ、無理矢理求められた。嫌がって抵抗する私に構わずに…。そして、和也が満足して寝たのはもう午前4時だった。
「…この話もう何回もしてるけど、私は働きたくないわけじゃない…。むしろ、働きたいの。なのに、働くのを許さないのは和也の方じゃない…」
「あ?また俺のせいか?俺と結婚するから仕事を辞めたのは、お前自身だろ!?」
「違う!そうじゃない…!私は仕事を続けられたけど、ここからだと遠くて通えないから、だから辞めざるを得なかったの…!」
「地方の田舎の仕事なんか、辞めたってなんも問題ないだろ?それに、ここに住めるの楽しみ~って、嬉しそうにしてたのはお前だろ!?人のせいにすんのは、いい加減にしろっつってんだろ!くっそ、朝から気分わりい。朝はいらねえ、もう行く」
そう言って、わざと大きな音を立ててドアを閉めて出て行った和也。私は夫がいなくなり、ホッと気持ちが落ち着くのが分かった。夫が家にいる間は、いつも緊張しているため、いなくなると本当に安心する。
「…私だって、毎回こんな言い合いしたくないよ…」
私はエプロンを外すと大きな窓の近くに立ち、外の景色を見下ろす。下には高層ビルが立ち並んでいるが、ここからでは高層と言われてもしっくりこないほどに小さく見える。そして、多くの車が、まるでおもちゃのように道路を走っている。
視線を上げると、目の前には綺麗な青い空と白い雲。
「……別に、私はこんな所に住みたかったわけじゃない……」
夫の希望でタワーマンションの最上階に住んでいるが、私自身は普通の一軒家でも、もしくは普通のマンションの一室でも、住めるならどこでも良かった。
夫の和也とは別々の大学だったが、学生が開いた食事会で出会い、その後、互いに就職した数年後に結婚した。夫は最初こそ優しく、大手の会社に就職した後も、ぐんぐんと成績を出し昇進し忙しいながらも私と小まめに会ってくれていた。マメで優しい人で、本当にこの人と結婚できたら幸せに慣れるって思っていた…のに、結婚してまもなく価値観の違い、生まれ育った環境、それから性格の違い、そして、考えや思いが違いすぎて、気持ちのすれ違いが始まり、4年目の今では喧嘩も絶えない仲となった。最近は、話せば喧嘩になるので、私から話すこともなく会話はない。いわゆる世間的にはいえば、これが家庭内別居なんだろう。
寝室も別にしているのだが、夫が酔ったときは夫に羽交締めにされ無理やり夫のベッドへ…。私は夫の力に抵抗できるはずもなく、昨日のようなことになってしまう…。
私は自分の寝室に向かうと、ベッド脇の小さな棚の引き出しを開ける。
その中には、独身時代に自分のお金で買って集めた、綺麗な小物入れがたくさん入れている。
そのうちの1つ、貝殻の形をした小物入れを開けると、中の薬の数を確認する。
「1…2…3…4……うん、まだ1週間分くらいはあるし、大丈夫ね」
夫と結婚してから、あまりにも夫と自分との違いに、このまま流されて子供をつくっていいのだろうか、と悩んだ挙句、念の為と婦人科でピルの処方箋を出してもらい、夫には内緒で飲んでいる。今となっては、それが功を奏している。
夫から食費用としてクレジットカードを預かっているが、万が一のことを考えて、自分の貯金を崩して婦人科には通っている。
「本当、働いていたときのお金、貯金していて良かった…」
独身時代は同僚は皆、ハイブランド品や旅行などにお給料を使っていたが、私は漠然と将来に不安をもっていたので、コツコツと地味に貯金ばかりしていた。
「あっ、もうこんな時間、早く行かなきゃ」
棚の上のに置いてある小さな時計を見ると、急いで引き出しを閉めて立ち上がり、部屋の中にある両扉の衣装タンスを開く。
「今日も、このジーンズにタートルネックのこの服でいいかな?」
夫には、そんな服はタワマンらしくない、早く捨ててもっと綺麗な格好をしろ、と言われているが、捨てたふりして、1人で出かけるときにコッソリ着ている。
夫曰く、こんな普通の格好をしている女と一緒にいるのは恥ずかしくて、隣を歩きたくないのだとか。
私は適当にご飯を済ませ片付けると、コートを羽織り小さなバッグを持ち家を出る。
エレベーターで1階のロビーに降り立つと、コンシェルジュと目が合い、頭を下げ無言で挨拶をし、私は足早に外に出る。
タワマンから出た途端、体中に走っていた緊張が一気にほぐれるのが分かった。
ハァ~~…っ。
大きく息を吐くと、私はスマホの時計を確認して、足早に駅に向かう。
今日は小学校からの友人が開催する、ボランティアの活動日だ。
とあるビルの一室で、月に2回集まっている。
ビーーーー
インターフォンを鳴らすと、友人がドアを開けて顔を出した。
「桜良~!やほー!いらっしゃ~い!」
「こんにちは~あづさ、ありがとう~!元気そうだねえ~」
友人のあづさは就職を機に上京してきており、大人になった今もこうして定期的に会えることが、私にとっては嬉しかった。
「うん、まあ元気だよ~!でも、なんか最近忙しくてさ~。風邪の患者さんが多くなってきたからさ、桜良も風邪引かないように気をつけてねー」
ボランティアのリーダー役をしているあづさは、普段は医者をしており激務だ。そのため、あづさの休みの日に合わせて、ボランティアのメンバーが集まり活動をしている。
「あづさ、もう皆んな来てる?」
私は靴を脱ぎ部屋に上がると、着ていたコートを脱いで手にかける。
「うん、来てるよ~」
「うわ~いつも、皆んな早いよ~。私これでも時間前なのに」
「あはは、そうだよねー!まあ、そんなこと気にしなくていいよー」
ボランティアの人数は少なく、あづさと私を含めても5人だ。
私は、いつも皆んなと打ち合わせをするテーブルがある部屋へと、廊下の先のドアノブに手をかけて開ける。
「あ、桜良!そう言えば言ってなかったけど——」
ドアを開けた途端、テーブルにいる知らない顔の人が視界に入り、私はドアの所で固まる。
「今日から新しい方が入ったの。西園寺さん。よろしくね」
「こんにちは、西園寺です。今日からよろしくお願いします」
立ち上がった彼に挨拶をされ、その後、確か私もよろしくお願いします、とか、一般的な言葉を口にしたかもしれない。けれど、正直なところ、何を話したのか覚えていない。
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