ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)

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訳あり女性 sideランドルフ②

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「そもそもなんで行先はそこなんだ?」
「そこに行けばこの子が無事でいられると思うから」

 女は臨月になったお腹を撫でて穏やかな笑みを浮かべる。
 右手の中指の金の指輪がきらりと光り、ランドルフはお腹と指輪をじっと見つめた。

 それから彼女はノアと名付けた男の子を無事産み、一か月ほどしてから移動を開始した。
 その村の護衛までで、村に入る前に女は中指に嵌めていた指輪を外すとランドルフの手に握らせてきた。

「これが最後のお願い。この指輪を預かってほしいの。でも、強制はしないしできたらでいいわ」
「そう言ったら聞かないといけなくなるな」
「ランドルフならそう言ってくれると思ったわ。でも、本当にできたらでいいの」

 本音を隠すような笑みを浮かべた彼女に、ランドルフはふっと息を吐いた。
 強引なくせにどこか諦めてもいるような表情をされると簡単に諦めるなよと、諦めさせたくない思いが強くなる。

「聞くだけ聞こう」
「あなたが必要だと思う時に大きくなったこの子に渡してほしい」
「自分で渡せばいい」
「……持っていてくれるだけでもいいの」

 古びた服を着てもそれだけは手放さなかったことから大事なものなのだと推測できる。それをも預けるとはどういう了見なのか。

「大事なものじゃないのか?」
「大事だからこそ、私たち以外の者に渡せない。私がこのまま持っていればいずれ居場所がばれる可能性が高くなる。だからお願い」
「再会できるとは限らない」

 この地は遠く、途中何度か魔物に襲われたため容易に来られる場所でもない。そもそも無事辿り着けたけれど、途中どうやって来られたのかはあやふやだ。
 特殊な隠蔽魔法がかかっていると魔導士であるエイダが言っていたので、ここを訪れるには何か条件が必要みたいだ。
 その証拠に彼女と赤子は村の敷地内に踏み入れることはできるが、自分たちは村の様子が見えているのに中に入ることはできない。

 それにその問題以前に、自分もいつまで冒険者を続けられているかわからない。
 怪我をして身動きできなくなっている可能性もあるし、彼女たちが今後どう動くかでも変わってくる。
 この時点で、彼女が子供を孤児院に預けて一人違う場所に行くことは想像だにしなかった。

「わかっているわ。だから、できたらでいいの。あなたが持っていても問題ないのだけど、持ってはいけない人もいるから。そいつらの手に渡ることが一番恐れていることだから」

 瞼を伏せると彼女は赤子の頬をちょんと突き、まだ薄い髪をそっと梳かした。
 今にも泣きそうな顔で我が子を見る彼女の様子は気になったが、聞いてくれるなと拒否する空気に自分たちは触れることはできなかった。

「……なら預かっておこう」
「ありがとう」

 そう告げると、ほっとしたように彼女は笑った。
 泣きそうなでも幸せそうなその顔が印象的で、ランドルフはずっと忘れられなかった。

 それから目的地に着いたから用は済んだとあっさりばいばいと手を振る彼女と別れ、自分たちも次第に日常に忙殺されていた。
 だけど、十年以上経ったある日妙な胸騒ぎを覚え仕舞ってあった指輪を取り出し、パーティメンバーとともにその場所へと向かった。

 忘れたくても忘れられないずっと喉に引っかかった存在に、全員の意見は一致した。
 彼女のこと、赤子のこと、元気でいてくれたらそれでいいと、必要なら指輪を返し、または護衛をして戻ってきてもいいだろうと思ってのことだった。
 ちょうど隣国は魔物の氾濫が頻発しているという話を聞いていたため、相談してパーティで十二年ぶりに辿り着き言葉を失くした。

 まず強固に張られていた決壊が作動してない。村は燃え建物は崩れ、ランドルフたちが着いた頃には魔物はなぜか移動した形跡もなく全滅していた。
 生存者がいないか捜索し、荒れ果てた土地に血と泥まみれの子供を見つけた。
 一目見てノアだとわかった。彼女にそっくりだった。

「それからはわずかな生存者を見つけ手当し、俺たちはノアとともにその地を出た。ノアは魘されることが多かったのでエイダが記憶の封印魔法をかけた。これが俺の知る事実だ」

 言葉にするとものすごく薄っぺらく聞こえてしまう。
 彼女と過ごした日々も、ノアが生まれた感動も、最後の何とも言えない別れとこれまでの日々を伝えるのにはどれだけ言葉を尽くしても足りないだろう。
 それくらい短い期間だったけれど、ランドルフにとって忘れられない人となった。


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