無気力ヒーラーは逃れたい

Ayari(橋本彩里)

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1巻

1-1




   プロローグ 聖女召喚とヒーラー引退


 ぐるりと大きく描かれた魔法陣。
 そこにはさっぱり読めもせぬ古代語が書かれているそうで、魔法陣に向けて魔力を注ぐべく神官たちが周囲を囲み、この国最大の魔力の持ち主である第二王子が最後の詠唱をした。
 天井は女神の庇護ひごを受けるべくぽっかりと丸い穴が開き、そこにぴたりとはまるように満月が見えている。
 月の女神ルナの力が注がれ、魔力を外に逃さぬよう魔法陣に淡い光が届く。
 中心から離れれば離れるほど、闇に溶け込み顔は見えなくなる深夜。
 ジジジッ、ジジジッ……
 蝋燭ろうそくの炎がゆうらりと揺れ、いかにもこれからですよという空気が流れる。
 俺、レオラム・サムハミッドはおごそかに行われる儀式の隅っこで、雰囲気って大事だよなぁっとささくれだった気持ちを抱えたままじっと魔法陣を眺めた。
 いい歳をした大人が身体を折りたたみ一心不乱にぶつぶつ唱える姿は、はたから見て滑稽だ。
 聖女召喚。このたび、魔王討伐に向けて勇者一行の治癒士ヒーラーとして異世界の少女を呼び出しているところだ。
 俺はこの一年間勇者パーティのヒーラーとして活動をしていた。彼らと活動できるくらいなので実力はそこそこ。
 ただ、聖女はたぐい稀なる力があると伝えられ、魔王が勢力を伸ばしてきた今、聖女の力が必要とされた。つまり俺はお払い箱。
 それについて、特に問題はない。むしろ大歓迎だ。
 そもそも、ここに嬉々として参加しているわけではない。できることなら宿に帰って眠りたいのだが、無理矢理連れ出されてなぜか強制的に参加させられた。
 だからといって、歓迎されてもいない。勇者たちも体裁を整えるためにしぶしぶ連れてきたのだろう。
 お互いしぶしぶ。だから、俺もその態度を隠すことなく邪魔にならないように隅っこで大人しくしていた。
 連れてこられたまま、あとは知らんとばかりに放っておかれ、成り行きで見守っているにすぎない。
 早く終わらないかなと思わず漏らしそうになった溜め息を呑み込みながら、ぼんやりと中心に立つ人物を見つめる。
 このような特別な場でないと、じっと視線を向けることは不敬にあたる高貴な方。
 この中で一番魔力の消耗が激しくつらいはずなのに、その表情は一切ゆがむこともなく泰然としていた。
 長い襟足を一つにまとめた銀髪の第二王子の姿は、美しすぎる美貌とこの独特の空間と相まって神のようだ。
 その王子を中心とし集められた周囲も、おいそれとお近づきになれない方たちばかり。
 やはり場違いにも程があるよなと、どこか他人事のように感じる。
 この儀式の場に萎縮いしゅくしつつも、緊張感が長続きしない。

「はぁ」

 俺はこそっと溜め息をついた。
 誰も自分など気にはしていないが、万が一このような場で溜め息をついているのに気づかれたら大変なことになる。
 全く興味がないわけではないが面倒でしかなく、本来ならば今頃はと考えてしまう。
 ──絶対、ぜぇ~ったい、終わり次第速攻帰る!
 今夜は密かに一人でお祝いをするつもりだったのだ。
 なのに、こんなところに連れてこられて人数合わせのためにいるだけなんて無意味な時間だ。
 問題を生じることなく少しでも早く帰るにはと思考を巡らせようとしたその時、カチリと歯車がはまった音が脳内に響く。
 何事かと周囲をうかがうと、周りも同じように異変を感じ取ったようで顔を見合わせたり首を傾げたりしていた。

「集中」

 第二王子の声が響き、魔法陣へと込められる魔力が強くなった。
 さすがの俺も、その光景に目を奪われる。
 誰もが固唾かたずを呑み見守るなか、魔法陣を囲むように空気の道ができていくのが見えた。
 次第にそれは大きく波動し、側から見ていても二層の違った空間ができあがっていく。それが互いに拮抗しながら光が集まり、目を開けていられないほどの明るさになった。

「「「「「わぁ~」」」」」

 歓声が上がるなか、まばゆいほどの光が降り注ぎ次第に薄れていくその中央に一人の少女が現れた。
 白い光に包まれし聖女。ルナの加護を受け、この世界を救う力を持つ最強の聖女ヒーラー
 第二王子が「お待ちしておりました」とうやうやしくお辞儀をした。それに倣い、儀式を執り行っていた神官や貴族たちも頭を下げる。
 異国の衣服を身につけた少女は伝承通りの黒髪黒目。白い肌に細い腕、驚き見開かれた瞳は涙で潤み、はくはくと戸惑いを伝える唇はぷるっと艶やか。
 この世界の女性よりも華奢きゃしゃな彼女は、この場にいる者たちの保護欲をき立てる。

「えっ、ここは……?」
「この世界は聖女様がおられた世界と異なります。ここは世界アージと申しまして、二十八ある国の一つであるベルジュレント王国です。あなたさまのお力をお借りしたくおびいたしました。どうかお力を貸してくださいませんか?」
「……ベル、ジュレント? えっ、さっきまで橋を渡ってたのに……。えっ!? 聖女って何? その、あなたは?」

 おずおずと聖女がたずねると、ゆっくりと王子が彼女に近づいた。

「失礼いたしました。私はこの国の第二王子カシュエル・フラ・ベルジュレントと申します」
「第二、王子?」
「はい。あなたさまは聖女として召喚されました。こちらに来られたばかりでさぞかし混乱されているかと思います。まずは聖女様が落ち着かれる場所に移動していただき、その後に王より話がありますのでその際にご質問をどうぞ。我が国は聖女様を決して不当に扱いませんので、待遇などの心配はご無用です」
「……はあ」

 流れるようなカシュエル殿下の説明に圧倒されるように、聖女様は戸惑いながらもうなずいた。それを見て、俺もほっとする。
 パニックやお怒りになれば、魔王退治に参加してくれない可能性がある。
 まあ、あまりのことにまだ頭が働いていない可能性はあるが、騒がないだけ話が通じる相手だと思いたい。
 彼女が魔王討伐に行くことは最終的には絶対なので宰相あたりが言いくるめるだろうが、揉めれば揉めるほど時間が取られる。
 それは互いに無駄でしかないので、双方気持ちよくことが進むのが望ましい。

「おわかりいただけたでしょうか? 聖女様」
「あっ、はいっ! あの、聖女というのは慣れなくて名前を呼んでいただけるほうが」
「そうですか。それでしたらお名前を教えていただけますか?」
「カツラギミコトと言います。下の名前がミコトです」
「ミコト様ですね。どうぞよろしくお願いいたします」

 にこっとカシュエル殿下が微笑むと、ここからでもわかるくらい聖女はぼふんと顔を赤らめた。
 それからわたわたと服を整えぶつぶつと聖女が何か言っているようだが、小さな声はここまで聞こえない。
 ちらちらと王子を見ては顔を赤らめてと繰り返し落ち着かない様子で、王子が主に話しているからでもあるが、その美貌しか目に入っていないようだ。
 ──うーん。聖女様は少々……、かなり面食い?
 確かにカシュエル殿下は誰もが認める美貌の持ち主だ。
 だが、この状況でも見惚みとれる余裕があるのなら、ある意味肝が据わっている。魔王討伐も問題ないかもしれない。
 勇者一行も顔はいいし俺以外には対応は良いはずなので、そちらの面でも聖女に魔王討伐の参加をお願いするにあたって良い条件となりそうだ。
 聖女がこの場に降り立ったその瞬間から、彼女は女神ルナの使いとして侯爵の庇護ひごが与えられることが決められていた。話を漏れ聞く限り、ダルボット侯爵家の養女となるようだ。
 異世界の少女もまさか召喚されてすぐ、侯爵家に迎え入れられるとは思ってもいないだろう。
 というか、王族が保護するものと思っていたのだがそうではないらしい。しかも、公爵家でもなく侯爵家。その辺は大人の事情というものがありそうだ。
 ダルボット侯爵家は力がある貴族なので、ある意味これも保護ということなのだろうか。
 高位の方の考えていることはわかってもわからなくても一緒か。自分には関係のないことだと考えるのをやめ、俺は中央へと視線を戻した。

「ご不安は多くあるかと思いますが、まずお話を聞いていただけないでしょうか?」
「話……、えっ、ちょっと本当にここは異世界?」

 王子の説得は続いている。そして、聖女はやはり現状を理解しきれていないようだった。
 現在、誰もが視線を彼女とこの場の最高指揮権を持つ王子へと注いでいた。
 この国の王族は皆美しく、特に第二王子はこの国の至宝とも呼ばれて次元の違った美しさを誇る美貌の持ち主であった。
 そして、王子がこの国に施している魔法によって多くの命が助かっているのが現状であり、王子の功績あって発展した分野も多くある。この国になくてはならない人だ。

「話を聞いてくださるのでしたら、まず冷たい地べたではなく柔らかい場所に座っていただきたい。どうかこの手を取って一緒に来ていただけますか?」
「わかりました」

 混乱しながらも目の前の銀髪の美青年に目を奪われているようで、王子に促されるままうなずいた。
 そろそろとカシュエル殿下に手を伸ばす姿はまるで催眠にかかったようだと、なかば感心しながら観察する。
 間近ではないが、何度か謁見えっけんの際に遠くから第二王子の顔を拝見している。
 離れていてもわかる血が通っていない人形のように整いすぎたご尊顔。それとはまた違った意味で、すべてを見透かすようで蠱惑こわく的な紫の眼差しは凶器のようだった。
 一瞬視線が絡まっただけでぶるりと背筋に怖気おぞけが這い上がったあの感覚を今でも覚えている。
 王族を許可もなく不躾ぶしつけに見るものでもないとすぐに視線を外したが、しばらく妙な感覚が残っていて忘れられなかった。
 それからはどうしても謁見えっけんなどに参加しなければならない時は、周囲がこの機に拝見と意気込むのとは正反対に、俺は視線を第二王子に向けなかった。
 集まったお偉方は彼らのそのやり取りを息を凝らし見守っていたが、無事に意思疎通できそうだと見なしたのか、徐々に緊張を解いて騒ぎ出した。

「聖女様がうなずかれた」
「これで大丈夫ですね」
「ああ~、よかった。よかった」

 ──いやいや、魔王討伐はまだわかっていなそうだけど?
 勝手にすべてが終わったと安堵しているお偉方たちに、俺は思わず心の中で突っ込む。
 常々、上位貴族たちは人任せで危機感が足りないと思っていたが、その見解をガッチリ固める発言に気持ちは引き気味だ。

「我が国の悲願を」
「ぜひ、魔王を倒してください」
「カシュエル殿下はさすがでございます」

 周囲も聖女の召喚という奇跡に目を奪われていた者たちも思い出したように口を開き出し、この場が一気に熱気に包まれた。
 一方、カシュエル・フラ・ベルジュレント殿下は、聖女召喚という大それた儀式を終えたというのに何事もなかったかのごとくスマートに聖女をエスコートした。
 カシュエル殿下が彼女とともに広場から辞す。
 一世一代の成果を上げ、魔力を盛大に消費したにもかかわらず、姿勢の良いその後ろ姿は貫禄があった。
 さすがはこの国の聖君と呼ばれる第二王子だ。
 この国から離れた小国の王族の次女であった第二妃である美貌の母親の容姿を受け継ぎ、大国の姫であった正妃を母に持つ兄の王太子を常に立てている。さらには持て余すほどの魔力でこのベルジュレント王国のために多大な貢献を二十三という歳で成し遂げた。
 そんな聖君と聖女の姿に見惚みとれる者多数。
 あまりにその姿が絵になるので、ゆくゆくは第二王子に聖女をあてがえば、いまだ婚約者も決めぬ王子の身辺は落ち着くだろうと考える者がいそうだ。また、年頃の独身の身内がいる者は、我が血族をぜひ嫁がせたいとその瞳がギラッと光らせる。
 しかし噂では、カシュエル殿下はすでに心に決めた人がいるという話だ。
 国への貢献はそのためのもの。その方以外添い遂げる気がないとの意思表示だと言われていた。
 実際、ここまで力を示した殿下に歯向かったりその力を失ったりすれば、国として痛烈な打撃になる。なので、第二王子への対応はとても慎重になった。
 多大な成果を示し周囲を黙らせようとするのは、お相手によほど身分差があるのかもしれない。
 それと同時に、召喚の儀式に熱心であったあたり、もしかしたらご執心の相手はこれから呼び寄せる聖女なのではとも噂されていた。
 どちらもあくまで噂だ。
 どのみち聖女をこの国で囲うことは前提としてあるので、第二王子が絡んでも絡まなくても扱いは丁重になる。
 とりあえず、実際の年齢や見た目や気質もわからぬため、どっちに転んでもいいように、王家ではなく侯爵家の養女とするのが落とし所としてよかったのであろう。
 ダルボット家になるまでも、それはそれはいろいろあっただろうことは推測できる。
 そこまで考えて、なるほどと納得すると同時に、そういったことにはよく皆頭が回るなと感心もする。
 そんな渦巻く思考を理解すると、神聖な場が一気に淀むようだ。
 ヒーラーとして思惑が入り交じった空気に敏感な俺は静かに溜め息をついた。その際に長めの前髪が視界の邪魔をする。
 俺は茶色の髪に茶色の瞳、どこにでもあるような凡庸ぼんような顔立ちだ。
 特に悪くもない顔だとは思うのだが、いかんせん周囲がなんとも派手なので余計に地味平凡に見えるらしい。
 そのせいで俺をよく思わない輩に不釣り合いだと絡まれうんざりしていたが、これでようやくお役御免だと肩の荷が下りた。
 軽くはなったが、召喚された聖女を思うとあまり気分はよくない。
 俺自身が解放されたという個人的なやましい気持ちがあるので主張しきれないし、もともと強く出ることのできる身分でもない。
 だが、あまりにも勝手すぎないかとこの現状に思うところはあった。
 俺だってこれまで命を張って頑張ってきたのだ。死戦に出たことのない彼らとは視点が違う。
 この達成感に満ちた空気でおかしくなっているかもしれないが、何のために聖女を呼び出したかそろそろ現実に戻ろうぜって思う。
 ──おっさんら、それよりも先に魔王討伐だから!



   第一章 無気力守銭奴ヒーラー別れを告げる


 ──魔王討伐。
 そう。そうなのだ。
 現在進行形で魔王が放つ魔物退治が行われ、いずれその先には魔王との戦いが控えている。
 聖女が召喚されたからもう勝てる的なムード満載だが、絶対ではない。魔物のレベルも上がってきており、切迫した状態であったから聖女召喚を行うことになったのだ。
 そこのところをすっかり忘れている高貴な身分の方はのんきなもので、目先の己に関わることに思考を燃やしているようだ。
 この国の未来に華やぎを。そして我が一族に恩恵を。
 打算的な欲が轟々ごうごうと燃え広がるように見える。聖女召喚が行われた神聖な場だからこそ余計に際立つ俗悪さ。
 まあ、第二王子と聖女の組み合わせは国としてはありなのだろうなと、貴族の端くれなので俺も思うところはある。
 王太子の正妃はすぐ懐妊され、もうすぐお子がお生まれになる。そして、二人いる側室のうちお一人も最近になって懐妊していると発表されたばかりだ。
 お腹の子が男女どちらかわからないが、二人も懐妊しているのなら男児である確率が上がり、何より王太子の子を成す能力に問題はなく、この先王家の血統が途切れることはないだろうとの見解だ。
 なら、聖女の力を他国に流さずこの国につなぎとめるには、第二王子の妃とはいわずとも側室くらいに収めたい。あの華々しい二人が並んだことでそう考えた者も増えたに違いない。
 ──ああ、よくやるよ。
 第二王子の意思を尊重するふりをしながらまるっと無視して、周囲が勝手に暗躍しているだけだが、王侯貴族というものはそういうものだ。
 外堀をめられたほうが負けの世界。
 だから、第二王子も頑張っているのだろうと思うと健気にさえ見えてくる。
 もっとも、この国で誰よりも怒らせてはならないのは、国王でもなく、軍事国家出身の王妃でもなく、その二人の息子の王太子でもなく、この第二王子であるカシュエル殿下だと言われている。
 聖君王子が怒るところは想像できないが、それくらい第二王子の魔法の力は桁違いで、そのため周囲もあれこれ策動するのだろう。
 まあ、それはそれだ。思うことはあっても、俺には関係のない話だ。
 結局、対魔王に関して、戦うのは人任せなあの人たちには、ここまでやったのだからあとは頑張れよ、死んだら死んだで別の者をまた立てたらいいし、生きて戻ってきたら褒美くらいやるからなという感覚なのだろう。
 とにかく、聖女召喚の儀式は無事行われ成功したが、思っていたより呆気なかった。
 俺が見たところ、同じヒーラーとしては異次元な力をお持ちのようだが、どのように反映されるかは実戦にならないとわからない。
 巨大な敵に立ち向かうには、ヒーラーの有無と実力は非常に大事なこと。
 異世界から召喚された少女はこれからこの国のために活躍してもらう代わりに、国賓として迎えられるため、今頃は待遇の説明をされているはずだ。
 混乱しているだろうし、勝手に連れてこられてかわいそうではあるが、こうなったら運命として諦めてこの国で幸せになってもらいたいものだ。
 俺の代わりとなってもらう聖女には悪いが、本当に面倒だったんだ。歓迎もされていないところで働くのは苦痛でしかないし。それでも耐えてさ、仕事はちゃんとしたよ。
 契約期間は一年、もしくは聖女が現れるまでだったからこれでおしまい。
 ちょうど今日で一年。そしてその日に聖女が現れた。
 聖女には申し訳ないが、解放されて俺的にはすごくスッキリした。
 しぶしぶここに来たが、成功した今は見届けることができてよかったと思う。
 ──うん。長かった。この一年、ものすごーく長かった。
 こんな下っ端の自分が聖女の行く末を心配したところで何も変わらないし、後のことは関係ない。
 なんてったって待ちに待った聖女降臨だ。周囲が丁重におもてなしをするはずだ。
 気持ちを切り替え、さあ、帰るかと俺は歩き出した。
 来る時はげんなりして通ったものだが、今はあの扉が新たな門出に見える~なんてちょっぴり感動した。
 少し浮かれているかもと客観的に判断しながら口元を緩め、出口に差し掛かったところでぐっと右肩をつかまれた。

「待て」
「何ですか?」

 やっぱり絡まれるのかとげんなりしながらゆっくりと振り向き聞き返すと、勇者に苛立ちのこもった眼差しで睨まれた。
 射貫くような鋭い眼光はさすが勇者。たくさんの魔物を退治したその手にぎゅうっと力が入り、ミシッと肩が鳴る。かなり痛い。
 痛みに顔をしかめてしまったが、文句は言わない。俺はきゅっと唇を噛んで我慢した。
 勇者一行の中でも俺への仲間意識は底辺。ないに等しく、底を突き抜けて穴に埋まっているかもしれない。
 パーティの中で一番の実力者である勇者に逆らうのは、かえって扱いが酷くなり文句が長くなるため何もいいことがない。
 契約には金銭が伴っており、いわば、勇者は俺の雇い主。それも今日で終わる。
 そうだ。これで最後だと、俺は勇者のアルフレッドをじっと見つめた。
 絡まる視線。
 そういえば、こうやって勇者をまっすぐに見るのは初めてだなと思いながら、その美しく輝く青の瞳を視界に捉える。
 普段はうつむきがちでろくに視線を合わせずに淡々と働いていたので、勇者だけでなく人と視線を長く絡ませることはほぼない。
 まじまじとこんな顔でこんな瞳をしていたのだなと眺めていると、こくりと喉を鳴らした勇者が、ちっと舌打ちした。

「これでお前は用なしだな」
「そのようですね」

 それを言いたくて来たのか……。お暇なことだとあきれる。
 そう思っていることが態度にも出ているようで、俺のふてぶてしさが気に入らないらしい勇者は、ぎりっとまた肩をつかむ手に力を入れてきた。
 ──だから、痛いんだって。馬鹿力っ!!
 そっと払おうと手を置くと、ぴくっと身体を跳ねさせた勇者はばっと嫌そうに自分の手を離した。
 そっちから触ってきてその反応、本当になんなんだ。
 勇者はいつもこうだ。自分勝手に接触してくるくせに、今のようにこちらからの意思で接触すればひどく嫌そうな顔をする。
 顔も見たくなくて触られたくもないのならヒーラーを代えればいいのに、抜けることに関しては最初に契約したからと許可が下りない。
 だから、仕方なく一年働いた。仕方なくであったが、役割はしっかりこなしたつもりだ。
 その間に、聖女早く来ないかなぁなんて思ってはいたが、最終的に契約も終了された。
 先々、勇者パーティに最大のヒーラーが加わることになったので、後腐れもなく非常にいい終わり方だろう。
 そもそも、勇者がそういう態度なので、仲間も俺をいいように扱った。
 こちらはヒーラーなので何か起こった場合に治療してもらえないと困るからか、実際に暴力があったわけではない。
 ただ、召使いのように雑用を押し付け、些細ささいなことでも嫌味を言い、それ以外はただただ空気みたいな扱いをするだけ。
 でもそれは人としての尊厳を奪い、俺にとって苦痛の日々だった。
 ふぅっと息を吐き出し、自分を無理やりここに連れてきた勇者一行を静かに眺める。それから、最後にもう一度勇者へと視線を向けた。
 勇者の金の髪、青い瞳の絵姿は王都では大人気だ。
 魔王討伐後は爵位も譲渡されるとあって、身分に関係なくモテモテのモッテモッテの青年だ。年齢は二十一歳。
 俺にはこんな態度だが、普段は紳士で剣を振るう姿は荒ぶる鬼神のようだとギャップがまた人気に拍車をかけているのだそうだ。
 勇者に優しさを向けられたことのない俺にはわからないが、もし彼と争いになるなら誰もが勇者の味方をすることは容易に想像がつく。
 だから、俺もできるだけ刺激しないように、息をひそめるようにパーティについていた。

「ちっ。もう少し悔しがれよ」
「アルフレッドの言う通りだな」

 勇者の言葉に、銃使いが嫌そうに賛同する。ぐっと眉間にしわを寄せこちらを睨みつけ、気に食わないと態度ではっきりと示してくる。
 俺は小さく息を吐き出し、なるべく声に感情を乗せないように努めた。

「聖女様が降臨されたのでしたら、彼女の加入は誰が見ても最善です。それこそ、勇者様ももっと周囲と同じように喜ばれたら」

 せっかく聖女が無事召喚され、いつかくる魔王退治に希望が見え始めたのにあまり嬉しそうではなく、こんな時でさえ自分に絡んでくる勇者にそう告げる。

「お前はいつもそうだな」

 腹立たしげに言われ、俺は首を傾げた。
 一応、礼節を持って接しているつもりなので、これ以上を求められても困る。

「アルフレッド、こんなヤツ放っておいたらいい。どうせ今日でおしまいだ」
「…………」
「そうですね」

 勇者が黙り込んだので、代わりに俺がうなずくと勇者一行全員に睨まれた。

「最後まで可愛げがない」
「それはすみません」

 淡々と心にもない謝罪を述べると、剣士がぎろりと俺を睨んできた。
 接近戦の多い剣士は怪我が多く、こっちはお前何回治してやったと思っているんだと文句の一つも言いたくなるが、勇者に憧れている彼は俺がとことん気に食わないだけなのだ。
 こちらは勇者にぞんざいに扱われているのに、剣士の目からすれば構われているのに懐かない可愛げのないガキなのだそうだ。きっと興味もないから俺の年齢を知らないのだろう。
 本当、よくわからない。憧れは瞳を曇らせる典型的な例だ。
 あと、同世代の相手にガキと呼ばれるのも腹が立つが、俺は百六十五センチと小柄で勇者一行の男性陣は百八十センチを皆超えている。魔導士である唯一の女性も俺より高いので、余計に幼く見えるらしい。
 それに、可愛げと言われても本気で困る。
 そちらが攻撃的なら、ひ弱で後ろ盾もないこちらは受け流すしか選択肢がない。
 可愛げを出す以前の話であって、剣士も意味がわからないことで文句を言ってくるが、こちらは仕事だと割り切っているので無視をする。
 反論すればさらに反感を買うのは目に見えているのだから、そのほうが穏便だ。
 それさえも気に食わないと言われれば、俺にはもうどうしようもなかった。
 だから、報酬さえもらい生きて帰れたらそれでいいと割り切り、俺はこの一年頑張ってきた。


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