秘める交線ー放り込まれた青年の日常と非日常ー

Ayari(橋本彩里)

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────1・可視交線────

8憂い①

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 なんとなく目を惹いた一本の大きく立派な桜の木の前で立ち止まると、蒼依はズドーンと肩を落とした。

「あ、穴があったら入りたい」
 
 落ち込む蒼依の頭上から、うっすらとピンクに染めた花びらがひらひらと舞い降りてくる。
 それに釣られるように、青空に向けて隆々とそびえ立つ大樹を見上げた。

 淡いピンクとは受ける印象が違うのに、同系列の色味に赤髪を思い出す。

「やっぱり、寮長は鬼だ……」

 今朝ここに来る前、寮長の南条に言われた言葉を思い出し唇を尖らせた。





 朝から詫びれもなく南条は蒼依の部屋にやってくると、当たり前のように飲み物を要求しながら告げられた内容に、ぎゅっと真っ赤な前髪を引っ張ってやりたくなった。

「コーヒー飲みたい。砂糖入りで。そう言えば蒼依は特待生だったな。あと、首席。だから今日の始業式に、高等部の新入生代表としてスピーチあるから」

 へえ、自分は特待生だったのかぁと驚きながら、ついでに首席だと言われ驚く間もなかった。
 慣例では内部生がするのだが、生徒会長に面白そうだから蒼依にやらせたらいいと、伝言を仰せつかっていたらしい。

 面白そうだからって何?

「………えっ?」
「昨日、あの抱っこが強烈で話すの忘れてたんだよな。悪い悪いってことで、今日スピーチな」

 やっとのことで意味を理解し驚きの声を上げるが、その時のことを思い出したのかぶふっと笑う南条。
 軽い謝罪といい、他人事だと丸わかりの楽しそうな姿に殺意が目覚める。

 やはり、あなたにはささやきの呪いをかけるべきだった。今からでも遅くない、ぽんっと肩に手を置いてささやいてみよう。
 そう思って手を伸ばしたその時、

「まあ、許してくれよ。姫さま」

 さっと手を掴まれ手の甲にキスをされそうになり、蒼依は慌ててズボッと手を引いた。


 ──なぁ~にぃ~??

 
 警戒して一歩後ろに下がると、おやっと眉を跳ね上げニヤッと笑われる。
 ふ~んとしげしげと眺められ、ぽんぽんと子供にするように頭を撫でられた。

「よしよし」

 言葉にされると、さらにバカにされているような気がしてむっとする。
 やっぱり昨日の出来事は何かしら尾を引いており、これは完全に揶揄われてる。

「なんですか、それ!」

 やっぱり、一日ではそれを忘れてくれないらしく文句を告げると、「お姫様のご機嫌取りでもと思ってな」と言われた。
 不満に口を引き結びじとっと睨むと、ははっと軽く笑われる。

「そう警戒しなさんな」
「警戒されるようなことしたの誰ですか?」
「俺?」
「そこは疑問系ではないです。男の手に口づけしようなんて、例え振りでもやめてください」
「細っこい手だし違和感ないけどな」

 そう言われると、余計にむくれたくなる。

 あと、スピーチって何?
 慣例では内部生なのなら、それでよくない?

「もういいです。それよりも説明をお願いします」
「いいか。よく聞けお姫さま。会長であるあいつは己の欲望に忠実で、楽しいことにイカれてる奴っていうの? で、ここは生徒会は絶対的存在、風紀は逆らったら別の意味で怖い。ってことで、この二つの力が強いから彼らの言葉はほぼ強制。足掻いても無駄。ま、頑張って目立ってこい」

 楽しいことにイカれてるって何? そんな言葉聞いたことないし。
 イカれてるって、確実に良い言葉ではない。
 目の前の人物といい、ここの先輩方は暇を持て余しているのか。

「嫌です」

 嫌に決まってる!!

「まあ、そう言うな。首席の結城くん」

 他人事だと思って非常に軽い寮長の言葉。だが、意外にも瞳は真剣だったので、断らない方がいいのは本当のようだと悟る。
 蒼依はがっくりと項垂れた。

「南条先輩。絶対、忘れてたって嘘でしょう?」
「あっ、バレた? 正確には別れた後思い出したんだけどさ、もういっかと思って」
「赤鬼寮長、本当にいい性格してますね」
「褒めても何も出ねえぞ」
「はい。わかってます。そして褒めてませんから」
「まあ、ファイトだ。陰ながらハンカチ持って見守ってやる」

 しっかりコーヒーも飲み干してから、言うだけ言ったと満足げにらひらと手を振り去っていた南条の背中を見送る。
 妙に伸びた背筋が憎い。いつかその背中に落書きしようと決める。


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