ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
5 / 143
1ネジ

隣、空いてるよ③

しおりを挟む
 
「んー。そう? あいにく、今名刺は切らしているからあれだけど免許証なら見せることはできるよ。俺は見る目はあるし、これも縁だと思うんだよね。困っているみたいだし、俺も管理を任されているから住んでくれたら楽だと思って提案を持ちかけた。ギブアンドテイクだね。心配なら弁護人も用意するから安心してくれたらいいよ」
「はぁ」

 弁護人? 弁護士ということであっているだろうか。
 こんな話で弁護人が出てくること自体、ハイソの人の世界はよくわからない。

 しかも、安心してって何に対して安心しろと?
 見る目あるから安心ってどういう理屈だろうか。安心なのは自己満足している相手のほうであって、全くこっちには関係ない。

 突っ込みどころがありすぎて、怪しさを通り越すと面白さまで感じる。
 ふぅーんと妙な感心をしていたが、あれ? とまた疑問が浮かぶ。
 言葉遊びなのか、たとえ弁護士が登場したとしてそれはどちらの弁護人になるのか。

「誰の弁護ですか?」

 疑問をそのまま千幸が口にすると、男性は小さく目を見開いたが、その質問には答えず自己紹介をした。

「俺は小野寺おのでらしょう

 しっかり目を見ながら、財布から免許証を取り出し見せられる。
 まっすぐに向けられる視線は力強く、やましさがあるようには見えない。

 だが、明らかにさっきの疑問はスルーされた。
 差し出された免許証に視線を落とし顔と名前が一致していることを確認したが、疑念が晴れない。見せられたところで何もすっきりしない。
 対応に困った千幸に構わず、相手は話を勝手に進めていく。

「で?」
「で、とは?」

 こちらの質問も答えてもらえず、で? と言われてもと相手を眺めると、名前を教えてと請われる。
 警戒して黙っていると、長い腕が伸びてきて免許証をずいっと押しつけ見せられた。

 何? と思って相手を見つめると、期待の籠った双眸とかち合う。
 にっと自信満々に口の端を上げ、これで大丈夫だろうと堂々とした態度な何なのか。
 それに、間近で見せられる個人情報。

 ────だだ漏れすぎですけど!? このご時世的に大丈夫??

 そこまで知りたいと思っていないのに、免罪符のごとく提示され困ってしまう。
 反応できずまだ黙っている千幸に、「んっ」とばかりに眼前まで突きつけられる。

 ――近すぎて見えない。

 個人情報の提示は信頼の証でしょと言わんばかりの態度は、よくよく考えると詐欺師ではなくて子供っぽいかもと笑ってしまう。
 すると、小野寺がほっとしたように目元を緩めた。
 肩肘をつくと覗き込むように優しく千幸を見つめ、まるで口説くような甘い響きで言葉を重ねる。

「名前、教えてほしい」

 うっわぁ、と自身の心の声がこだまする。
 至近距離で軽く首を傾げ甘え諭すような角度で見せられる顔と、低音でしっとりと響く声が半端ない。

 すべてがこれでもかというほど顔と声に合う仕草で見つめられ、これが世にいう余裕あるモテ男というものなのだろうと、不自然にならないようにそっと視線を外した。
 思わず心の中で感嘆の声を上げたが、まだ警戒しているので表情には一切ださない。
 だけど、免許証はしまわれず、存分に見てくれよと目につく範囲に置かれてある。

「………………」

 ────これは信用したほうがいいのだろうか?

 理解ができなさすぎて思考が働かないのか、気持ちが傾きかけてきた。
 これも手口? 詐欺師だろうか?

 それにと、やっぱり目の前にすると容姿に視線がいってしまう。
 なかなかお目にかかれるものじゃないなと、他人事のように思いながら静かに葛藤する。

 しばらく注がれ続ける視線とがっちり合わないように逸らしていたのだが、とうとう我慢できず千幸は目を合わせた。
 すると、渇望し訴えるような眼差しは外されないまま見つめられ、にっこり微笑まれる。

 ────うぅっ。意味がわからないが、甘ったるい。なんかこしょばい!!

 ぞわぞわと肌を撫でるような感覚を逃すように一度目をつぶり、なぜかしつこく関わってこようとする相手に仕方なく名前を告げる。

「藤宮………………、千幸です」

 名字だけと思ったが、期待のこもった視線が強かった。
 根負けして名乗るとふわっと微笑まれる。

「そう、千幸ちゃん。よろしく」

 フレンドリーに下の名前で呼ばれたが、よろしくの部分は返したくなくて黙っていると、ぼそっと相手は何か告げた。
 千幸には聞こえず聞き返すのも抵抗があり黙っていると、相手は穏やかに微笑み話をまとめにかかった。

「とにかくその男との縁は切ってしまおう。互いに需要が成り立つし、このまま荷物を取りにいくのは悪くないと思うけど」

 千幸が口を挟む前にスーツのポケットからスマホを取り出すと、小野寺は誰かに電話をかけだした。
 引っ越しの了承をした覚えはないのに、話が勝手に進んでいく。

 隣で車を寄越してと誰かに連絡しているのを聞きながら、千幸は疑問を抱えたまま黙り込む。
 普段ならすぐに反応してずばりと切り込むほうなのに、酔っているせいか相手が上手うわてなのか、ペースが掴めず流されっぱなしだ。

「じゃ、車回したから行こうか」
「えっ? 小野寺さんも一緒に行くのですか?」
「もちろん」
「えっ? えっ!?!?」

 千幸が戸惑っている間に会計もすませ、あれよあれよと相手に外へと導かれる。
 店長には苦笑されながら、小さく最後に頷かれ送り出された。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...