ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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3惑甘ネジ

誤算 side翔②

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兼光かねみつ令嬢・・が社長に会いたいと来られているようです。フロントのほうから連絡が入りました」

 その言葉で秘書のこの微妙な表情も理解し、翔は小さく息をついた。
 白峰秘書がどうされますかと聞かないのは、今内装の請けおいしているホテルのオーナーの娘だからだ。

 会社にまで訪てきて、機嫌を悪くしあらぬことを吹聴されても困る。
 昨今、政治家でも積極的に情報を操り国を動かす時代だ。情報戦争が当たり前の時代に、迂闊なことはできない。
 対策はすぐにたてると決め、会うくらいは仕方がないかと応接室へ通した。

 やってきた彼女の今日の姿は控えめで清楚なワンピース。前回は身体の特徴を強調するような服を着ていたが、清純路線できたらしい。
 だが、胸元は強調されるよう開いており、見え透いた狙いに翔は呆れる。
 それほど自信があるのだろうが、TPOを知らないのか。ここは職場であり、現在勤務時間内であることをわかっているのだろうか。

「急に訪問してごめんなさい」
「いえ。美しい方にお会いできるのは悪い気はしませんよ」

 そう答えながらも、社交辞令の判断もつかないのかと思ってしまう。
 にっこり笑顔を向けながら気づけよと内心舌打っているのに気づいているのは、お茶を置きにきた秘書くらいだ。

「まあ。嬉しいです」

 伝わってほしい相手には伝わらず、目の前で頬を染められる。

「ですが、スケジュールが詰まっていますのであまり時間を取れません。ご用件はなんでしょうか?」

 密室の部屋で二人きりはまずい。
 忙しさを装うまでもないがそのまま秘書には同席してもらい、たまに指示を出す振りをして仕事をしてもらっていた。
 察しのいい秘書は令嬢の恨めしそうな視線を何食わぬ顔で受け止めその場にいた。

「そうなのですね。でしたら、改めてお時間をいただけないかと」
「時間、ですか……」

 今、忙しいと言ったばかりだ。
 ちらりと秘書に視線をやると、目でゆっくりとわかっていると頷く。頃合いを見て切り上げるように仕向けてくれるだろう。

 それにどうでもいい女と時間を過ごす暇があるなら、そのすべてをもって注ぎ込みたい人がいる。
 今朝もしっかり見送った愛しい女性を思い浮かべ、翔の瞳の光彩が柔らかく光る。

 家に帰れば、隣に千幸がいる。
 いくつか持っている物件の一つだが、そこが翔の今の拠点だ。

 千幸が隣にいるというだけで、どれだけ疲れていても仕事で遠くに移動していたとしても家に帰ることが億劫ではなくなった。
 今までになく楽しく、満たされている。

 イレギュラーもたまにあり、このようなことも想定内だ。なので、本筋の仕事に影響していなければ少し煩わしいくらいのもので、概ね仕事は順調である。
 だが、ここ最近少し引っかかることがあった。

 本気で欲しいのだと、落とす宣言してから一週間以上経っている。
 蔑む視線も、困った視線も、ふと気を許したように笑う姿も、すべてが愛おしくて目に入れても痛くなくて、もっともっと見ていたい。

 相変わらず可愛い千幸であったが、ここ最近の千幸はじぃっと翔の目を見てくることが増えた。自分に向ける視線が勘違いではなく意味ありげだった。
 初めは単純に喜んでいたが、どうも何かが違うようだった。

 だから翔は少しでもそれらの意味を理解しようと必死にあれこれまた話しかけるのだけど、いまだに解明できていない。
 そして千幸はときおり考えるように轟を見ることがあって、それも気になった。

 何を考えている?
 もしかして、轟のほうがよいとか?

 そんなことまで考えてしまうほど、翔は千幸の行動に一喜一憂している。
 なのに、そんなことなどなかったようにいつも通りの時もあって、千幸の考えていることはよくわからなくて不安になることもあった。

 本日の千幸は新しい服を着ていて、それに合わせて口紅の色も変えたのかとっても可愛かった。
 春から夏を思わせる明るい色味もとても似合っている。
 それについてべた褒めしていたら、むっとした表情の中でも少し赤くなった頬なんか、非常に可愛くて食べてしまいたかったくらいだ。

 そう思いじっくり顔を覗き込んでいれば、大きく溜め息をつかれたりしてじぃっとけぶるような瞳で見られるのだからたまったものではない。
 何かを確認するように見つめられ、そのまっすぐな瞳に見惚れているうちに彼女は瞬き一つでいつも通りに戻るとさっさと仕事へと出ていった。

 そのマイペースさに、翔は溜め息が出そうであった。
 今まで付き合ってきた女性の機微など気にしたことなく、向けられるわかりやすい感情のみに対応していた。

 思えば、千幸とは出会いからそうだ。何を考えているのかわからない。予測できないほかとは違う何かに、翔の心は乱される。
 これが『恋』だと言われ腑に落ち、『恋』とはこれほどまでにもどかしいものだと初めて知った。

 忙しくても気づけば千幸のことを考えるほど、生活のあちこちが千幸で埋め尽くさている。
 なのに、いつまで経っても千幸は千幸のままで変わわらず、翔は焦っていた。

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