ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

ポンコツなイケメン③

 
 そこまで小野寺が変なことを言っているわけではない。
 付き合い、同棲を視野に入れるカップルはいる。

 だけど、千幸の中ではようやく昨日に気持ちの上でも彼氏だと実感したばかり。
 それを小野寺もわかっているはずで、やっぱり唐突感が拭えない。

「だから、なんでそう一足飛びなんですか?」
「少しでも一緒にいたいからに決まってる。千幸はそういうの嫌?」

 思わず眉間を揉み、落ち着こうと目の前にトンッと置かれた鍵の二つを前に溜め息まじりに呟く。
 千幸が寝ている間に料理だけでなく、これも隣に取りに行っていたようだ。

「嫌かどうかを考える前に、そこまで考えがいかないっていうのが正直なところです。だから一緒に住むなんてまだ早いと思います」
「俺は早くない。もともとそのつもりだったし」
「もともと?」

 えっ、もともとってどの時から? さっきから気になっていたが、何で二つ?
 千幸が言葉に引っかかっている間に、小野寺は熱弁する。

「よく考えてほしい。仕事は忙しいし、隣にいても会えない日もあるから少しでも顔を会わせる時間を増やしたいと思うのはラブラブカップルには当たり前のことじゃないか?」
「ラブラブ?」

 何か死語のように聞こえるのは気のせいかな? 
 仲が悪いとは言わないが、自分たちはうふふ、えへへっというイチャイチャカップルではないはずだ。

「そう。ラブラブ。一緒にいて変な我慢もしなくてよくなったから、もっとそばにいたい」

 ――変な我慢。ああ~、我慢していたんだ。

 それを言葉にされると居た堪れない。
 やっぱり、あれだけ煽っておいて我慢してないとかないですもんね。

 今までのことを思うと、申し訳ないやら恥ずかしいやら。
 ただ、それを誇らしげに繰り返されて、千幸は頭を抱えたくなった。

 やっぱり恥ずかしい。
 真顔で頷く相手はとても真剣に告げていることはわかるので、余計に否定することも羞恥を表に出すこともできない。
 とりあえず話は聞いてみようと続きを促す。

「……そうですか。で?」
「それができる環境にある。隣だから必要なものを少しずつ移すこともできるし、どうしてもの時は隣に戻ればいい。俺も出張だとか急に入る時はあるから」
「言わんとしていることはわかります。でも、私にはどうしても唐突に思えて。そもそもなぜ二つも鍵が?」

 昨日の今日だとは思っていても、唐突だとは思っていても、本当のところは小野寺がこうしたいという気持ちが高まった理由もわからないでもない。
 本人も申告していたように、朝を一緒に迎えたことで満たされる思いに突き動かされているのだろうとは考えるくらいに、今の空気が甘いのも自覚している。

 そういうのは嫌じゃない。
 嫌じゃないけど、やっぱり展開についていけないというのが正直なところ。

 思っていても実行するかしないか。
 そこのネジのつき方が違う。持っているポテンシャルが違う。

「ああ。一つは隣の。その黒のカードキーはもう一つのマンションのものだ」
「もう一つ?」
「正確にはいくつか所有するものの一つで、ここに来る前はそこに住んでいた。ここよりは広いしセキュリティーもしっかりしているから、ゆくゆくはそこで一緒に住みたい」
「…………」

 当たり前のように小野寺の中にあるプランを聞かされ、また思考が固まった。
 やけに現実味があるからこそ、すぐにでも実現可能な状態であるからこそ、驚きを通り越して言葉が出ない。

 ──だから、唐突なんだって!!

 世の中の大抵のカップルは、そいうのは話が出てお互いの了承を得て物件を探したり、時期を考えたりするものだと思う。
 だけど、自分たちはそうしようと思えば隣なので今からでも可能。
 それが恐ろしい。
 それが、唐突だと思う理由。

「俺は少しでも千幸と一緒にいたい。そうするために出来ることを妥協したくないんだが? 千幸は一緒にいたくない?」
「……ずるいです」

 いたい、いたくないで言えば千幸だって一緒にいたいに決まっている。
 小野寺も言っていたが、多忙な相手だ。
 こんなにも近いのに会えない日もあって、そういう日は、ご飯しっかり食べてるかな? ちゃんと睡眠取っているかな? と気になっていた。

 行き来できる鍵があるのは、心配する間に確かめられて安心できるので魅力的だ。
 相手の顔色だとか、無理していないだとか、共に過ごすことでフォローできるのは利点だろう。

 隣に住んでいてもそういうことはわからない。
 ただでさえ、小野寺は千幸に時間を割こうとして無理しているのではと感じる時はある。

 さっきだって、朝がつらいだろう千幸を思って料理をしてくれた。
 料理はいつも仕事が多忙な小野寺に合わせて千幸が作っていたから、小野寺がそういったことをできるとは知らなかった。

 それでも普段からお皿洗いだとか手伝ってくれたり、相手のことを考えて動ける人なのは知っていた。
 できる人ができる時に。
 どちらがどうとか決めてしまうのではなくて、そういう当たり前をさらっとしてくれる相手とそういった未来を描くのは、こうなった今はストンッと千幸の中に入ってくる。

 そして、今は互いに色ボケ中。
 ふわふわっと思考が甘い自覚も存分にあって、そんなタイミングで存在を認め求められることは嬉しいし、強く否定なんてできない。

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