【8話完結】効率厨の転生魔導師は、あふれ出る魔力を持て余す騎士団長を「自律型・魔力炉」として利用したいだけ

キノア9g

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第1話:適合者(The Match)


 王宮の大広間は、はっきり言って地獄だった。
 数百の蝋燭が燃える熱気、密集した貴族たちが発散する体温、そして何より、彼らが無意識に垂れ流している微弱な魔力の残滓(ノイズ)。
 それらが澱みとなって滞留し、私の不快指数を限界まで押し上げていた。

「……換気効率が悪すぎる」

 私はグラスの中のぬるくなった果実水を睨みつけ、小さく毒づいた。
 私の名前はレイ・オルコット。王宮魔導研究所に所属する、しがない三席魔導師だ。
 だが、その中身は少し違う。かつて「日本」という技術大国で、システムエンジニアとして数多のデスマーチを生き抜いた前世の記憶を持っている。

 だからこそ、この世界の「非効率」が我慢ならない。
 なぜ、魔法という超常の力がありながら、彼らはそれを「火の玉を飛ばす」だの「剣を強化する」だのといった野蛮な用途にしか使わないのか。
 生活水準の向上(QOL)こそが、技術の本来あるべき姿ではないのか。

 私は、脳内に構築された設計図を思い浮かべる。
 『恒常式・空間温度調整結界(コンスタント・クライメート・コントロール)』――前世でいうところの「エアコン」だ。
 理論は完成している。術式コードの最適化も完璧だ。
 だが、実装には致命的な問題があった。

(ハードウェアのスペック不足だ……ッ!)

 私は自身の貧弱な掌を見つめた。
 この体――レイ・オルコットの魔力保有量は、中の下。
 扇風機(ウィンド・ファン)程度なら回せるが、部屋全体を冷却するコンプレッサー級の術式を維持するには、圧倒的に出力が足りないのだ。
 魔石を使えば解決するが、高純度の魔石は国家予算レベルの価格がする。一介の研究員の給料で買えるものではない。

「ああ……涼しい部屋で、冷えた麦酒(ビール)が飲みたい……」

 前世の社畜時代ですら享受できていた「文明」が、ここにはない。
 その絶望に打ちひしがれ、壁の一部として撤退のタイミング(定時退社)を計っていた、その時だった。

 ざわり、と会場の空気が震えた。
 音楽が止まる。談笑していた貴族たちが、蜘蛛の子を散らすように左右へ割れた。
 現れたのは、一人の男だ。

 長身の偉丈夫。夜の闇を溶かしたような黒髪に、血のように赤い瞳。
 王国の騎士団長、ジークハルト・フォン・ベルンシュタイン。
 大陸最強の剣士であり、同時に「歩く天変地異」と恐れられる男。

(……うるさいな)

 周囲の令嬢たちが「キャーッ」と本気の悲鳴を上げて遠ざかったが、私の反応は違った。
 私の目(魔導視覚)には、彼が人間に見えなかった。
 あれは、人間ではない。
 巨大な、あまりにも巨大な「魔力の塊」だ。

 彼の全身からは、制御しきれない魔力が絶えず噴出していた。
 バチバチと空気が焦げる音が聞こえる。彼の周囲だけ温度が異常に高い。
 あれは「威圧感」などという精神的なものではない。単なる魔力過多による「熱暴走(オーバーヒート)」だ。
 体内で生成される魔力量が排出量を上回っているため、常に全身が内側から焼かれている状態なのだろう。

(なんて燃費の悪い……いや、待てよ?)

 私は眼鏡の位置を直し、その「天変地異」を凝視した。
 あれだけの高濃度魔力を、無意味に大気中に廃棄しているのか?
 何たる資源の無駄遣い。
 もし、あの排熱エネルギーをすべて回収し、変換することができれば。
 私の『温度調整結界』どころか、『食材保存用・氷結結界箱(冷蔵庫)』と『温水洗浄便座』を同時稼働させてもお釣りがくるのではないか?

 ゴクリ、と喉が鳴った。
 目の前に、国家予算クラスの「自律型・高濃度魔力炉(マナ・リアクター)」が歩いている。
 しかも、メンテナンス不足で今にも爆発しそうだ。

 ジークハルトは、苦しげに眉間を寄せていた。
 顔色は青白く、脂汗が滲んでいる。
 彼はふらりとよろめき、あろうことか、私が立っている壁際へと倒れ込んできた。

「――っ、く」

 周囲が息を呑む。
 触れれば大火傷をする、と誰もが知っているからだ。彼の暴走した魔力は、物理的な熱となって触れる者を拒絶する。
 だが、私は逃げなかった。
 逃げるわけがない。コンセントが向こうから差し込まれに来たのだから。

 私は反射的に、倒れてくる彼の身体を受け止めた。

「危ないですよ、閣下」

 ドサリ、と重い衝撃。

「ぐ、っ……重た……ッ!」

 鍛え上げられた騎士の質量は、貧弱な研究員の足腰を容赦なく軋ませる。
 本来なら二人まとめて床に激突するところだが、私は膝を震わせながら踏ん張った。
 瞬間、私の腕に灼熱が走る。

 ――否。
 これは熱ではない。「未処理の魔力データ」だ。
 膨大な情報の奔流が、私の細い回路(パス)を焼き切ろうと雪崩れ込んでくる。

(素晴らしい……ッ! 何という出力(パワー)だ!)

 常人ならショック死するレベルの魔力圧。
 だが、私は魔導術式のエキスパートだ。
 流れ込んでくる暴力的なエネルギーを、脳内で瞬時に解析(パース)する。
 属性は火と雷の複合。純度はSランク。不純物なし。
 私は即座に自身の魔力回路を開き、彼から溢れ出る余剰魔力を「ドレイン(吸収)」する術式を展開した。

 もったいない。一滴たりとも漏らすものか。
 私の体内の枯渇したタンクが、ものすごい勢いで満たされていく。
 至福だった。
 空腹の獣が極上の肉に食らいつくような、根源的な充足感。
 私は無意識に、彼を支える手に力を込めた。もっとだ、もっと寄越せ。

「……あ、……ぁ?」

 腕の中で、ジークハルトが掠れた声を漏らした。
 苦痛に歪んでいた彼の表情が、みるみると緩んでいく。
 当然だ。
 彼の体内を蝕んでいた「毒(過剰魔力)」を、私が吸い出しているのだから。
 彼にとって、これは治療行為に等しい。
 血管をきしませていた圧力が消え、焼けるような熱が引いていく。その感覚は、泥のような安息をもたらしたはずだ。

 周囲の貴族たちは、凍りついたように私たちを見ていた。
 無理もない。
 あの「触るものみな傷つける」狂犬のような騎士団長が、地味な文官風情の男に抱きとめられ、あまつさえ陶然とした表情で脱力しているのだから。
 彼らの目には、まるで熱烈な抱擁、あるいは怪しげな愛の逃避行に見えているかもしれない。

 だが、真実はただの「給油(チャージ)」である。

「……う、……」
「お静かに。今、回路(パス)が繋がりました」

 私は耳元で囁き、彼の背中に回した手からさらに深く魔力を吸引した。
 私の容量(キャパシティ)は限界に近いが、あふれた分は即座に周囲への『熱交換術式』へと変換して放出する。
 とん、とん、と私が彼の方を叩くたびに、会場の温度がわずかに下がっていく。
 なんという高効率。
 彼という熱源(ヒーター)を利用して冷房を効かせる、夢のエネルギー循環システムの完成だ。

 数分後。
 体内の余剰魔力を粗方吸い取られたジークハルトは、完全に意識を手放していた。
 気絶ではない。あまりの心地よさに、強制シャットダウン(睡眠)したようだ。
 私の肩に、ずしりと重い頭が乗せられる。
 均整の取れた寝顔は、先ほどの鬼神のような形相が嘘のように幼く、安らかだった。

「ふぅ……」

 私は眼鏡の位置を直し、深く息を吐いた。
 体中が魔力で満ち溢れている。これなら、帰宅してすぐに『氷結結界箱』の試作に取り掛かれるだろう。
 私は、自分の肩で寝息を立てる「最高級の魔力炉」を見下ろし、口角を上げた。

「素晴らしい出力でした、騎士団長閣下。……暴発する前に、私が定期的に『排熱処理』して差し上げましょう」

 周囲の呆然とした視線をよそに、私は頭の中で、彼をどうやって研究室(ラボ)へ搬入するかを計算し始めていた。
 これは、運命の出会いではない。
 極めて有益な、リソースの発見であった。

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