【8話完結】効率厨の転生魔導師は、あふれ出る魔力を持て余す騎士団長を「自律型・魔力炉」として利用したいだけ

キノア9g

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第7話:バグの発生(Fatal Error)


 嵐のような魔力暴走から一夜が明けた。
 ベルンシュタイン公爵家の別邸は、半壊した庭園の修復作業で朝から騒がしい。
 だが、その主寝室だけは、奇妙な静寂と熱に包まれていた。

「……重い」

 私が目を覚まして最初に発した言葉は、物理的な苦情だった。
 身体が動かない。金縛りではない。
 私の胴体に、丸太のような腕が二本、厳重に巻き付いているからだ。

 背中には、硬く引き締まった胸板の感触。
 耳元には、規則正しい寝息。
 昨夜の暴走を鎮めた後、私たちは気絶するように眠りに落ち、そのまま朝を迎えたらしい。

(……生存確認。バイタル安定。魔力値、正常範囲内)

 私は思考だけで背後の男――ジークハルトの状態をスキャンした。
 昨夜の『強制冷却』は成功したようだ。彼の体内を蝕んでいた焦熱地獄は消え、今は穏やかな魔力の波長だけが伝わってくる。

 問題なのは、私の方だ。
 
 ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。
 ただ密着しているだけなのに、体温が異常に上昇している。
 魔力回路のオーバーヒートではない。もっと物理的な、心拍数の上昇による発熱だ。

(おかしい。昨夜の接続(コネクト)による後遺症か? それとも、彼の魔力に残存していた『情動ノイズ』が、私の精神領域に感染したのか?)

 私は眉をひそめ、己のメンタル・プロトコルを診断(デバッグ)しようとした。
 その時、背後の腕がずるりと動き、首筋に温かいものが押し付けられた。

「……ん、……レイ」

 寝ぼけた声と共に、リップノイズが響く。
 首筋に口づけられたのだと理解するのに、コンマ五秒。
 その瞬間、私の顔面温度が沸点まで跳ね上がった。

「――ッ!?」

 私は反射的に身をよじった。
 だが、拘束は緩むどころか、さらに強くなる。

「……逃げるな。まだ足りない」
「か、閣下! 起きていますね!? 離してください、業務開始時間です!」
「業務? ……ああ、そうか。俺の調整の時間か」

 ジークハルトは低い笑い声を漏らし、私を抱きしめたまま身体を起こした。
 シーツが滑り落ちる。
 彼は上半身裸だった。鍛え抜かれた筋肉の塊が、朝日に照らされて彫刻のように輝いている。
 対する私は、ヨレヨレのシャツ一枚。

 彼は気怠げに髪をかき上げ、赤い瞳で私を覗き込んだ。
 その瞳には、昨日のような狂気も、以前のような殺気もない。
 あるのは、底なしの甘い蜜のような、粘着質な光だけだ。

「おはよう、俺の『生命維持基盤』」
「……その呼び方、気に入ったのですか」
「ああ。俺を生かすも殺すも、お前次第という意味だろう? 悪くない」

 彼は私の頬に手を添え、親指で唇をなぞった。

「昨夜は……凄かったな」
「技術的な話ですか? ええ、粘膜接触による転送は理論値の限界を超えていました」
「そうじゃない。……お前が、俺のために必死になってくれたことだ」

 ジークハルトは目を細めた。

「あの時、お前は逃げられたはずだ。俺が暴走している間に、帝国の連中と高飛びすることもできた。……だが、お前は俺を選んだ。命がけで、俺の中に飛び込んできた」

 指摘され、私は言葉に詰まった。
 確かに非効率な行動だった。
 暴走する魔力炉に生身で突っ込むなど、リスク管理の観点からは0点だ。

「それは……貴方という希少な資源を喪失するのが惜しかったからです。損益分岐点を計算した結果です」
「嘘をつけ」
「嘘ではありません。計算です」
「なら、なぜ今、そんなに顔が赤い?」

 痛いところを突かれた。
 私は慌てて眼鏡を押し上げ、視線を逸らした。

「これは……昨夜の魔力同調の影響で、不具合が生じているだけです。休めば直ります」
「不具合、か。……なら、もっと不具合を起こさせてやる」

 ジークハルトが顔を寄せ、私の眼鏡を外した。
 視界がぼやける。
 その隙に、再び唇が塞がれた。

「ん、む……ッ!」

 昨夜のような緊急措置ではない。
 優しく、丁寧に、味わうようなキス。
 魔力のパスなど繋いでいないのに、唇が触れるだけで、脳髄が痺れるような電流が走る。
 心拍数アラートが鳴り止まない。
 思考回路がショートする。

(……エラー。エラー。論理的解釈不能)

 私の手は彼を突き飛ばそうとしたが、なぜか力が入らず、彼の広い背中にしがみついてしまった。
 それが「許可」の合図だと受け取ったのか、彼はさらに深く侵入してくる。

 長い、長い口づけの後。
 ようやく解放された私は、肩で息をしながら彼を睨みつけた(つもりだったが、涙目で潤んでいた)。

「……こ、これは契約内容に含まれていません!」
「契約更新だ。粘膜接続を追加する」
「承諾していません!」
「事後承諾でいい。……お前も、嫌ではなかっただろう?」

 自信満々なその顔が憎たらしい。
 だが、否定できない自分がもっと憎たらしい。
 嫌ではなかった。むしろ、私の体内の全細胞が、彼の体温に歓喜していた。
 これは、魔導工学では説明がつかない。


 ◇◇◇

 昼下がり。
 私は別邸のテラスで、冷めた紅茶を前に頭を抱えていた。
 
「……重症だ」

 手元の羊皮紙には、今後の研究計画が書かれているはずだった。
 だが、私のペンは一行も進んでいない。
 脳内を占拠しているのは、数式や魔法陣ではなく、今朝のジークハルトの表情や、触れられた箇所の熱感ばかりだ。

 帝国の使節団は、昨夜のうちに帰国したらしい。
 今朝届いた『採用辞退届』には、震える筆跡でこう書き殴られていた。
 『ベルンシュタイン騎士団長は制御不能の魔獣だ。あんなものを抱え込んでいる王国は正気ではない』
 これで私の「好条件での転職(ヘッドハンティング)」の話は完全に消滅した。

 本来なら、絶望すべき状況だ。
 研究予算は再び王国の渋い財布に依存することになるし、何より、あの「魔獣」に一生付きまとわれることが確定したのだから。
 なのに。

「……なんで、ホッとしているんだ」

 胸の奥にあるのは、喪失感ではなく、奇妙な安堵感だった。
 彼が他の誰か(帝国の研究者など)の手に渡らなくてよかった。
 彼が私の手の届く範囲(テリトリー)にいてくれてよかった。
 そんな、非論理的で感情的な思考が、私の合理性を侵食している。

「レイ様。お茶のおかわりはいかがですか?」

 声をかけられ、ビクリと肩が跳ねた。
 見れば、ジークハルト……ではなく、屋敷のメイドがポットを持って立っていた。
 私はホッと息をつくと同時に、微かな失望を覚えた。

(……なんだ、彼じゃないのか)

 ハッとした。
 私は今、何を期待した?
 彼が来るのを待っていた? あの暑苦しい男を?

「……末期だ」

 私は天を仰いだ。
 認めるしかない。
 私の制御システムには、致命的な欠陥(バグ)が発生している。
 原因は明確。対象名:ジークハルト。
 症状:論理的判断力の低下、対象への過度な依存、および……恋愛感情に近似した精神錯乱。

 魔導師として、あるいは元エンジニアとして、このバグは修正(フィックス)すべき案件だ。
 感情で判断が曇れば、研究に支障が出る。
 私はこのエラーを排除し、彼を単なる「魔力炉」として再定義しなければならない。

 そう決意して立ち上がった時。
 庭の方から、ジークハルトが歩いてくるのが見えた。
 彼は上半身裸で(なぜ服を着ないんだ、排熱効率の問題か?)、庭師たちに指示を出して瓦礫を撤去させていた。
 汗に濡れた背中。陽光を弾く金色の髪。
 彼がふとこちらを見上げ、私に気づいてニカッと笑った。
 屈託のない、少年のように無邪気な笑顔。

 ドクン。

 胸の奥で、何かが決定的に壊れる音がした。
 修正不能(アンフィックスブル)。
 バグではない。
 これは、大規模な仕様変更(メジャー・アップデート)だ。

「……はあ」

 私は深い、深い溜息をついた。
 完敗だ。
 私はどうやら、あの厄介極まりない(トラブルメーカー)魔力炉に、心臓(コア)ごとハッキングされてしまったらしい。


 ◇◇◇

 その夜。
 ジークハルトが寝室に戻ってきた。
 彼は上機嫌で、「庭の修復は明日には終わる。これでまた静かに暮らせるな」と言いながら、私のベッドに潜り込んできた。

「……閣下。自分の部屋で寝てください」
「ここが俺の部屋だ。お前のいる場所がな」

 当たり前のように抱き寄せられる。
 私は抵抗するのを諦め、彼の方を向いた。

「ジークハルト」
「ん?」
「貴方は、本当に私でいいのですか? 私は性格も悪いし、金遣いも荒いし、貴方のことなど研究材料としか見ていませんよ」
「知っている」

 彼は即答した。

「だが、俺の痛みを消せるのはお前だけだ。俺の暴走を止めて、叱り飛ばしてくれるのもお前だけだ」

 彼は私の手を握り、その指先に口づけを落とした。

「お前が俺を材料として見るなら、俺は最高の素材であり続けてやる。……だから、俺を見限らないでくれ。これは俺の一生をかけた願いだ」

 それは、騎士団長としての命令ではなく、一人の男としての懇願だった。
 その瞳に見つめられ、私は観念した。
 論理も効率も、この熱量の前では無力だ。

「……仕方ありませんね」

 私は彼の手を握り返した。

「貴方の魔力炉としての性能は、今のところ代替不可能です。……契約を、無期限で延長してあげましょう」
「! 本当か?」
「ええ。ですが条件があります」
「なんだ? なんでも言え。国でも星でも取ってきてやる」
「服を着てください。それと、研究予算を倍増してください。あと、最新型の魔導コンロが欲しいです」

 私の要求に、ジークハルトはポカンとした後、腹を抱えて笑い出した。

「ははは! 色気のない条件だな! ……いいだろう、全部叶えてやる」

 彼は愛おしそうに私を引き寄せ、額を合わせた。

「その代わり、俺の条件も飲んでもらうぞ」
「なんですか?」
「毎晩、こうして俺の腕の中で眠ること。……それだけだ」

 あまりに安すぎる対価だった。
 だが、今の私にとっては、それが最も「高コスト」な要求であることに、彼は気づいていないだろう。
 これ以上、稼働中(起きている時)に心拍数を上げられたら、私の冷却機能が追いつかないのだから。

「……善処します」

 私が不貞腐れたように答えると、彼は満足げに微笑み、再び甘い口づけを落としてきた。

 窓の外には、修復された庭園と、満天の星空。
 私の「引きこもり快適ライフ」は大きく計画変更を余儀なくされたが、この暖かすぎる湯たんぽ(ジークハルト)付きの生活も、そう悪くはないかもしれない。
 私はそっと目を閉じ、彼の体温に身を委ねた。
 システムエラーのアラートは、いつの間にか心地よいリズムに変わっていた。

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