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第2話:旧友との再会
しおりを挟む隣国の街に到着して数日が経った。
これまで王族としてぬくぬくと生きてきた俺にとって、この街の雑踏やざわめきはどこか現実感が薄い。
だが、今や俺はただの平民だ。
この世界で生きるには、自分で働き、生きていく力を手に入れなければならない。
冒険者ギルドの扉を押し開けたとき、体のどこかが震えているのが分かった。
壁際にびっしりと並ぶ依頼書。忙しそうに行き交う冒険者たち。その光景に、ただ圧倒される。
「本日は依頼受注ですか?」
受付嬢の明るい声に促され、なんとか頷く。
だが、問題はこれからだ。
まだ初心者の俺にできる仕事なんて、限られている。
「初心者向けの依頼なら、こちらですね」
受付嬢が示した依頼書に書かれていたのは、「街路の清掃」。
正直、俺のプライドがちくりと痛む。かつては王族として何もせずとも快適な暮らしが保証されていたのに、今や掃除をして金を得る立場になったのだから。
だが——今の俺に選択肢などない。
小さく息を吐き、依頼を受け取った。
翌朝、指定された場所で箒を握り、黙々と地面を掃く。
王宮にいた頃なら、こんな仕事は侍女か使用人がするものだった。
……いや、そもそも「掃除」という行為自体、俺の人生には縁がなかった。
だが今は違う。
「……これも、生きるためだ」
自分に言い聞かせながら、手を動かす。
額に汗を滲ませながら作業を終え、ギルドへ戻ると、受付嬢が銀貨を一枚手渡してくれた。
「お疲れ様でした! 依頼主の方が『きれいになって嬉しい』とおっしゃってましたよ」
たった銀貨一枚。
それでも、これが俺が自分の力で得た初めての報酬だと思うと、少しだけ誇らしい気持ちになった。
ギルドを出て、宿へ戻ろうとしたとき——
「——カイル?」
不意に聞き覚えのある声が耳に届いた。
振り返ると、そこに立っていたのはレオナード=フィオナーレ。
「……レオ?」
思わず名前を口にすると、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
「やっぱり君だったか」
「……なんでレオがここに?」
俺が警戒するように問うと、レオナードは苦笑しながら肩をすくめた。
「君がフィオナーレにいると聞いてね。様子を見に来たんだ」
「……わざわざ俺のために?」
「当然だろう?」
さらりと言う彼に、言葉を失う。
レオナードは昔から冷静で理知的な男だったが、一度決めたことは最後まで貫く芯の強さを持っている。
……俺がどれだけ落ちぶれようと、彼の中で俺の価値が変わることはないというのか?
「俺はもう王族じゃない。ただの落ちぶれた男だぞ」
「それがどうした?」
レオナードは即答した。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
静かな声に、胸がざわつく。
王族の地位も、財産も、名誉もすべて失った俺に——彼は変わらぬまなざしを向けてくる。
「……俺が、どんな状況になっても、気にしないと?」
「気にはする。心配していたし、こうして会いにも来た」
「……お前、暇なのか?」
「暇ならこんなところまで来たりしないよ」
レオナードは小さく笑い、それから真剣な顔になる。
「君があまりに突然いなくなったからね。手紙の一通もなく消えたと聞いて、さすがに放っておけなかった」
レオナードは静かに言ったが、その口調の裏にわずかな怒気を感じた。
俺が何も伝えずに王都を去ったことを、彼なりに気にしていたのだろう。
「……俺のことは気にしないでくれ。自分の力でやっていくって決めたんだ」
そう言うと、レオナードの瞳が一瞬曇るのが分かった。でも彼はすぐにいつもの柔らかい表情に戻り、ただ静かに頷いた。
「分かった。でも、困ったときはいつでも頼ってほしい」
「そう簡単に頼るわけにはいかない。俺はもう、お前と対等な立場じゃないんだ」
「……君は昔から変わらないな」
レオナードは小さく笑った。
「変わらない?」
「何でも一人で背負い込もうとするところが、だよ」
その言葉に、思わず目をそらした。
レオナードは俺の性格をよく分かっている。
だからこそ、今こうして俺の前に現れ、心配そうにしているのだろう。
「でも、君がどんな状況になっても、僕は君を友人だと思っているよ」
その一言に、胸の奥が強く揺さぶられる。
だが、今の俺にそれを受け入れる資格がない。
「……ありがとう」
短くそう告げて、俺は彼に背を向けた。
宿に戻る途中、手の中の銀貨を握りしめる。
「これで今日の夕飯はパン一個か」
自嘲気味につぶやきながらも、どこか達成感があった。
自分の力で稼いだ銀貨。それは、俺にとって新しい人生の第一歩だった。
ふと、また視線を感じた気がした。振り返っても誰もいない。
それでも、どこかでレオナードが俺を見守っている気がしてならなかった。
(……俺は大丈夫)
空を見上げ、小さくそう呟いた夜だった。
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