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3章
第23話:聖女の決断と、終焉の安らぎ
しおりを挟むガギィィィィンッ!!
耳をつんざくような金属音が広間に響き渡った。
俺が展開した黄金色の結界と、悪魔の漆黒の爪が激突し、激しい火花を散らす。
「くっ……うぅっ……!」
凄まじい衝撃が腕に伝わり、膝をつきそうになる。
目の前には、涎を垂らして俺たちを睨みつける巨大な悪魔の顔があった。その赤い瞳には、純粋な食欲と殺戮の意志しか宿っていない。
「悠真!!」
背後からセレスティンの悲鳴のような叫びが聞こえた。
悪魔がさらに力を込め、爪を押し込んでくる。結界の表面にピキピキと亀裂が走り始めた。
怖い。足がすくむ。
それでも、俺は後ろにいる美咲を庇って一歩も引かなかった。
「させ……ないッ!!」
俺は歯を食いしばり、体中の魔力を振り絞って結界を維持した。
その時だ。
「私の伴侶に、その汚い爪を立てるなッ!!」
烈火のごとき怒声と共に、横合いから閃光が走った。
セレスティンだ。彼が放った極大の氷魔法――絶対零度の槍が悪魔の脇腹に深々と突き刺さる。
「グギャアアアアアアッ!!」
悪魔が苦悶の叫びを上げ、俺たちから飛び退いた。
セレスティンは瞬時に俺の前に滑り込み、背中で俺と美咲を庇う体勢をとる。その背中は、怒りで震えているように見えた。
「悠真! 無事か!」
「は、はい……俺は大丈夫です」
「馬鹿者! なぜ飛び出した! そんな女、放っておけばよかったものを!」
セレスティンは俺を叱責しながらも、その視線は油断なく悪魔を捉えていた。
「俺……やっぱり、目の前で人が死ぬのは嫌なんです。それが美咲であっても……見殺しにはできませんでした。そんな後味の悪い記憶を、セレスティンとの幸せな思い出に混ぜたくなかったから!」
「……君という奴は」
セレスティンは呆れたように短く息を吐いたが、その声色には安堵が混じっていた。
「グルルルゥ……!」
手負いの悪魔が、憎悪をたぎらせてこちらを睨んでいる。傷口からは黒い瘴気が噴き出し、周囲の空気を汚染していく。
「邪魔をするな、竜人……! 俺は腹が減っているんだ! その女を食わせろ!」
「貴様の食事事情など知ったことか。私の悠真を危険に晒した罪、万死に値する」
セレスティンが右手を掲げると、広間中の空気が凍りついた。無数の氷の刃が空中に生成され、切っ先を悪魔に向ける。
その魔力量は、先ほどの比ではなかった。本気の、王としての力が解放される。
「消えろ、下等生物。塵の一つも残さん」
セレスティンが冷徹に告げ、手を振り下ろした。
数千の氷刃が嵐のように殺到し、悪魔の巨体を貫き、切り裂き、粉砕していく。
「ギ、ギャアアアアア……ッ!!」
悪魔は断末魔の悲鳴を上げ、その体は黒い霧となって弾け飛び、そして氷漬けにされて砕け散った。
圧倒的な力だった。竜人の王たるセレスティンの前では、下級悪魔など敵ではなかったのだ。
広間に静寂が戻った。
キラキラと舞うダイヤモンドダストの中、セレスティンがゆっくりと振り返る。
「はぁ……はぁ……」
俺はへなへなと座り込んだ。極度の緊張が解け、全身の力が抜けていく。
「悠真」
セレスティンがすぐに駆け寄り、俺を抱き起こした。
「怪我はないか? どこか痛むところは?」
「大丈夫です。魔力を使いすぎて、ちょっとフラフラするだけです」
「そうか、よかった……。本当によかった」
セレスティンは俺を強く抱きしめた。
俺の髪に顔を埋め、何度も深呼吸をしている。彼の心臓の音が、早く激しく打っているのが伝わってくる。彼もまた、恐怖していたのだ。俺を失うかもしれないという恐怖に。
「二度とあんな無茶はしないでくれ。心臓が止まるかと思った」
「ごめんなさい。でも……ありがとう、セレスティン。助けてくれて」
俺は彼の背中に腕を回し、その温もりを感じた。
終わったんだ。
美咲の計画も、悪魔の脅威も、これで全て終わった。
「あ……あぁ……」
背後で、小さな声がした。
振り返ると、美咲が腰を抜かしたまま震えていた。顔は涙と鼻水で汚れ、かつての自信に満ちた聖女の面影はない。
「助かった……の……?」
美咲は信じられないといった様子で、自分の体を確認している。
「命拾いしたな、女」
セレスティンが冷ややかに見下ろした。
「悠真の慈悲に感謝するんだな。本来なら、私がこの手で殺していたところだ」
「……っ」
美咲はセレスティンの視線に怯え、小さく身を縮こまらせた。そして、恐る恐る俺を見た。
「悠真……あんた、どうして……私を……」
「勘違いしないで」
俺は美咲の言葉を遮った。
「君を許したわけじゃない。ルシア様やエリク様を人質にとったこと、絶対に忘れない。ただ……君が化け物に食われて死ぬのを見たくなかっただけだから」
美咲は口をパクパクさせたが、結局何も言い返さなかった。その目には、安堵と、そしてバツの悪そうな色が浮かんでいた。
もう、彼女に俺たちを害する気力は残っていないだろう。完全に心が折れている。
「立て。貴様はこのままアズールハイトへ連行する」
セレスティンが美咲に命じた。
「母上たちの呪いを解除させ、その後は……法の裁きを受けてもらう。一生、牢獄から出られると思うな」
美咲は抵抗しなかった。力なく頷き、よろよろと立ち上がる。
「帰ろう、悠真」
セレスティンが俺の手を取り、優しく微笑んだ。先ほどまでの修羅のような表情が嘘のような、いつもの甘い笑顔だ。
「ああ、腹が減ったな。帰ったら何を食べようか」
「そうですね……。俺、温かいスープが飲みたいです。あと、ルシア様から頂いたお菓子も」
「いいな。最高級のスープを作らせよう。お風呂も沸かして、ゆっくり休もう。今日はもう、君を離さないからな」
「ふふ、また消毒ですか?」
「当然だ。今日は特に入念にする必要がある。君があんな無茶をした罰として、朝まで眠らせないかもしれないが」
セレスティンがいたずらっぽく囁くと、俺は顔を真っ赤にした。
でも、そんなやり取りができることが、何よりも嬉しかった。
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
張り詰めていた空気が緩み、温かい幸福感が胸を満たす。
ルシア様やエリク様も無事だ。美咲も捕らえた。
もう何の憂いもない。
俺たちの前には、再び穏やかで幸せな日々が待っている。
「さあ、行こう」
セレスティンが俺の手を引いて歩き出す。
俺は美咲を促し、セレスティンの背中を追った。
広間の出口から差し込む光が、俺たちを照らしている。
その光は、俺たちの明るい未来を約束してくれているようだった。
セレスティンの大きな手が、俺の手を包み込んでいる。この温もりがあれば、俺はどこでだって生きていける。
「愛しています、セレスティン」
俺が呟くと、彼は立ち止まって振り返り、愛おしそうに俺の額に口づけを落とした。
「私もだ、悠真。心から愛している」
俺たちは寄り添いながら、ゆっくりと広間を後にした。
もう、何も心配することはない。
そう確信して、俺は幸せな気持ちで一歩を踏み出した。
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