王子に彼女を奪われましたが、俺は異世界で竜人に愛されるみたいです?

キノア9g

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第3話:無自覚な光

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 アズールハイトでの生活は、王都にいた数時間とは比べ物にならないほど、俺にとって驚きの連続だった。

 セレスティンのお城の部屋は快適で、食事は信じられないほど美味しかった。何より、竜人たちは俺を「珍しい」と好奇心の目で見るものの、決して嫌な顔はしなかった。それは、王都で経験した、まるで気味の悪いものを見るかのような視線とはまったく違っていて、俺の心を少しずつ癒していった。

 セレスティンは俺を「コレクション」と呼ぶけれど、その態度はかなり親切だった。朝、彼が用意したらしい俺のサイズに合わせた竜人の服が部屋に置かれていた。それはゆったりしたローブみたいな服で、着心地がとてもよかった。

「どうだ、私の趣味は? 君によく似合っているよ、日当悠真」

 朝食の席でセレスティンが言う。彼は俺が新しい服に着替えるのを予想していたかのように、上品にカップを傾けていた。

「ありがとうございます。着心地もいいです」

「それは何より。私のコレクションは、常に最上級の輝きを放っていてほしいからね」

 相変わらずのキザなセリフに、俺は少し呆れたが、その言葉に悪意がないことはもう分かっていた。むしろ彼の言葉には、どこか楽しそうな響きがあった。

 アズールハイトは本当に豊かな場所だった。城の周りには広大な庭園が広がり、珍しい草木が咲き乱れていた。そしてそこには、様々な精霊たちがキラキラと輝きながら舞っていた。俺が庭を散歩していると、小さな光の粒がひらひらと俺の周りを飛び回る。

「わあ……きれい」

 思わず手を伸ばすと、その光の粒は俺の指先に触れ、ふわりと弾けた。それはまるでお互いの存在を確かめ合っているかのような、優しい感触だった。

 ある日のことだ。庭園の片隅に、葉が枯れかかった小さな花があった。元気がないように見えて、俺は思わずその花に手を伸ばした。いつもならこんなことはしないのだが、なぜか今は──そうした方がいいと思った。

「頑張れよ」

 そう呟いてそっと茎に触れる。するとどうだろう。枯れかかっていた葉がみるみるうちに青々とした色を取り戻し、しおれていた花びらもピンと張って鮮やかな赤色に輝き出したのだ。

「へ……?」

 俺は自分の目の前で起こったことが信じられず、何度も瞬きをした。まさか俺が触れただけで、こんなことが起きるなんて。たまたまだろうか。

 その日の夕食時、セレスティンが俺をじっと見つめていた。

「日当悠真、君は先ほど庭園にいたかい?」

「はい。少し散歩をしていました」

「……やはりそうか。あの瀕死の植物が生命を取り戻したのは、君の仕業だろう?」

 セレスティンの問いに、俺はドキリとした。知られていたのか。

「い、いや、ただちょっと触っただけで……」

「……ふふ。君はやはり面白い。そして予想以上に『力』があるようだ」

 セレスティンは意味深な笑みを浮かべていた。俺には正直よく分からなかったが、この世界に来てから、自分の体が少しずつ変わってきてる気はしていた。アズールハイトに着いてからは、体が軽くて、心も少しだけ穏やかだった。

 数日後、俺はこの街をセレスティンの案内で歩いていた。竜人の街は人間界のそれとはまったく違っていた。建物は石や木をそのまま使ってる感じで、飾り気はないけど、どこか温かくて、街全体が落ち着いた雰囲気だった。人々の表情は豊かで、俺の黒髪姿を見ても、ただ珍しそうに見つめるだけだった。

 その時、一人の小さな竜人の子供が地面に座り込んで泣いているのが見えた。どうやら転んで膝を擦りむいたらしい。周囲の大人たちはどうしたのかと声をかけているが、子供はよほど痛いのか泣き止まない。俺はとっさに駆け寄った。

「大丈夫か? それ痛いよな」

 そう言って膝を擦りむいた子供の小さな頭を撫でる。すると驚いたことに、子供の膝から滲んでいた血がみるみるうちに引いていき、擦りむいた傷口も綺麗に塞がっていったのだ。子供は泣き止んで、きょとんとした顔で自分の膝を見つめている。

「あれ……? 痛くない」

 子供が不思議そうに呟くと、周りの竜人たちがざわめき始めた。

「今、何が……?」

「傷が癒えたのか!?」

「まさか、あの少年が…」

 俺はまたしても自分の身に起こったことに驚き、どう反応すればいいのか分からなかった。ただ、子供が痛がっていたから思わず頭を撫でただけなのに。

 ふと視線を感じて振り返ると、セレスティンが静かにこちらを見ていた。彼の瞳は深く、そして強い光を宿しているように見えた。

「これはまさに……聖女の力だ」

 セレスティンが誰にともなく呟くのが聞こえた。聖女? 俺が? あの美咲がそう呼ばれていたんじゃないのか? 俺は「おまけ」だったはずなのに。

 それからアズールハイトでは、俺の周りで不思議なことが頻繁に起こるようになった。

 竜人たちの間で流行っていた軽い風邪が、俺が近くを通るだけで症状が和らいだり、彼らが疲れている時に俺が傍にいると心が落ち着くと感謝されたりした。精霊たちは以前にも増して俺の周りを飛び回るようになり、まるで歌を歌っているかのように心地よい音を奏でる。

 俺自身は、自分の力について深く考えたことはなかった。ただ、周りの人たちが喜んでくれるのが嬉しくて、自然と手助けをしてしまうだけだ。困っている人がいれば放っておけない。それは元の世界にいた頃から変わらない、俺の性格だった。

「悠真、君は本当に純粋な光を放っているな」

 セレスティンは、俺が竜人のおばあさんの肩を揉んであげている様子を見て、そんなことを言った。

「俺はただ、できることをしてるだけです」

「その『できること』が、この世界の多くの者にとって奇跡なのだよ」

 セレスティンの言葉には、いつものキザな響きだけでなく、深い意味が込められているように感じられた。彼は俺の頭を優しく撫でた。

「君は、私が探し求めていた、真に輝くコレクションだ。いや、もはやコレクションという枠には収まらない、私の宝物だ」

 宝物、という言葉に俺の胸が温かくなった。王都で感じた孤独も、美咲に捨てられた傷も、アズールハイトに来てから少しずつ癒えていくのを感じる。ここでは、俺の黒髪も学ランも、何もかもが「珍しい」と肯定的に受け止められている。

 セレスティンは俺の聖女の力を試すかのように、様々な「困りごと」を俺の元へ持ち込むようになった。曰く「病気の子供を診てやってくれないか」、曰く「あの畑の作物が最近元気がなくてね」、曰く「精霊が荒ぶって困っているのだが」。俺は混乱しつつも、困っている人がいると放っておけなくて、ついつい手を差し伸べてしまう。そしてその度に竜人たちから心からの感謝の言葉を受け取る。

「悠真様、本当にありがとうございます!」

「あなたのおかげで、この子の熱が下がりました!」

「精霊たちが穏やかになったのは、悠真様のお力です!」

 そんな言葉を聞くたびに、俺の心は温かい光で満たされていくようだった。人から必要とされ、感謝される。それは王都で「おまけ」として扱われた俺にとって、何よりも嬉しいことだった。

 セレスティンは、俺の様子をどこかでいつも見ているみたいだった。気がつくと視線を感じるし、目が合えば、彼の瞳の奥に、何か深くてゆるがないものが映るような気がした。あれは、ただの興味じゃない。言葉にできないけれど、それ以外のものが、確かにあの眼差しには込められているような気がした。

「なるほど。これほどまでに純粋な光は、私のコレクションの中でもひときわ輝く宝石となるだろう」


 その日の夜、いつもよりよく眠れていたはずなのに、なぜか途中でふわりと意識が浮かんだ。

 誰かがそばにいる気配がして、ほんの一瞬だけ、眠りの底から引き上げられたような感覚があった。目は開けれなかったけれど、髪を撫でられるような優しい触れ方と、額に落ちる温かさを確かに感じた気がする。

 そのとき、低く穏やかな声が、すぐ近くでささやいた。

「私の聖女よ……この地は君を愛し、君はこの地を愛するだろう」

 夢だったのか、現実だったのか分からない。けれど、その声も、温かい気配も、胸の奥にゆっくりと染み込んでいくようだった。

 朝になっても、あの感触ははっきりとは思い出せなかったのに、なぜか額のあたりだけが、優しく火照っていた。あの優しい声を思い出すと、なぜか胸の奥がふわりと浮くような感覚がある。それが何なのか、俺にはまだ分からない。ただ、今日もセレスティンに会えることが、少しだけ楽しみだった。
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