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第8話:聖なる光、そして永き誓い
しおりを挟む人間の国を救う——そう決意した俺の心は、不思議なほど澄み渡っていた。恐怖や不信感が消えたわけではない。けれど、それよりも困っている人々を助けたいという気持ちが、俺の中で大きくなっていた。
「悠真、君の聖なる光は、ここからでも届く。わざわざ、あの穢れた地へ足を踏み入れる必要はない」
セレスティンはそう告げると、俺を自分の腕の中に優しく抱き寄せた。彼の腕はひんやりしていて、その独占的な抱擁が、今の俺にはたまらなく心強い。
「でも、本当にここから届くんですか? 穢れが広がっているあたりは、ここからかなり離れていますよね?」
俺が不安でそう尋ねると、セレスティンは俺の髪をそっと撫でながら、耳元で甘く囁いた。
「心配ない。私の魔力と、そして他の竜人たちの力も借りれば、君の光は届く。いや、必ず届けてみせる」
彼の息がかかるたび、俺の頬が熱くなる。
「私たち竜人は、膨大な魔力を持つ種族だと前に話したことがあっただろう? そして、それを互いに供給し合うこともできる。私たちの魔力が、そのまま君の力となる」
「え、そんなことが……」
「ああ。私たちは古来より、そうして大きな危機に際しては力を合わせてきた。君の願いを皆も支えたがっている」
セレスティンの説明を聞いたとき、俺は驚きと同時に、胸が温かくなった。彼は俺の決断を尊重するだけでなく、俺が傷つくことなく目的を達成できるよう、最善の方法を考えてくれていたのだ。
それから三日が経った。俺たちは竜人の国の境界線へと向かった。そこには、かろうじて穢れの気配を感じ取れる場所があった。
「悠真様、準備が整いました」
「我々も力を合わせましょう」
周りには、この日を待っていたかのように、たくさんの竜人たちが集まっていた。彼らは皆、俺に力強く頷いてくれる。その目には、決意と団結の光が宿っているように感じられた。
「ありがとうございます、皆さん」
俺がそう言うと、竜人たちの間に頼もしい笑顔が広がった。
セレスティンは、俺を後ろから抱きしめる。彼のたくましい腕が俺の体を包み込み、背中からは彼の体温が伝わってくる。
「準備はいいかい、悠真。安心して、私にすべてを預けるがいい」
「はい……お願いします」
彼の声は、まるで子守唄のように穏やかで、俺の緊張が少しずつ解けていく。セレスティンは、そっと魔力を俺へと注ぎ込み始めた。それは、力強く、そして限りなく優しい光の奔流だった。
「うわあ……」
俺の胸の奥で、燃えるような熱いエネルギーが湧いてくる。セレスティンと竜人たちが魔力で繋がり、その途方もない魔力がセレスティンを通して俺へと流れ込んでくるのがはっきりと分かった。
意識を集中する。体中にみなぎる魔力が、俺の聖女の力を強くしていく。まるで、乾いた土に水がしみ込んでいくみたいに、俺の内に眠っていた力が目覚めていく。
「聞こえる……人間の国の人々の声が……」
俺の心が、人間の国で苦しむ人々の声を感じ取った。
「大丈夫だ、悠真。君なら必ずできる」
セレスティンの言葉に後押しされ、俺は聖女の力を最大限に行使した。全身から聖なる光が溢れ出し、空へと昇っていく。それは、まばゆいばかりの白い輝きで、アズールハイトの森を照らし出し、さらに遠く、人間の国の方角へと伸びていった。
「悠真様の光が、あんなに遠くまで……」
竜人の一人が感嘆の声を上げた。
俺から放たれた聖なる光は、人間の国へと降り注ぎ始めた。最初は薄いベールのように、そして次第に空全体を覆うほどに濃密な光の雨となって、穢れた大地を洗い流していく。
◇◇◇王都
その頃、人間の国の王都では、人々が空を見上げていた。
「空が……空が明るくなってる!」
「あの光は何だ?」
黒い瘴気に覆われていた空が、悠真の聖なる光によって次第に浄化されていく。魔物たちは光に触れると苦しみだし、やがて塵となって消滅していった。
「魔物が消えた!」
「植物が……緑を取り戻している!」
枯れていた植物は青々と芽吹き、病に倒れていた人々は奇跡のように癒されていく。
「母さん、母さん! 目が開いた!」
「おじいちゃんの熱が下がったよ!」
人々の顔に、絶望ではなく、希望の光が宿り始めた。
王城では、美咲がその光景を呆然と見上げていた。
「そんな……まさか……」
彼女の目の前で、自分が成し遂げられなかったことが現実のものとなっていた。空から降り注ぐ幻想的なその光は、美咲が悠真から奪い取った膨大な力を、まるで意味のないもののように感じさせた。
「どうして……私じゃないのよ……」
美咲は、虚ろな目をして呟いた。彼女が掴もうとした栄光は、今、完全に彼女の手からこぼれ落ちていったのだ。
「この光は……誰が……」
しかし、彼女の心のどこかで、その答えを知っているような気がしていた。
人間国の状況は、瞬く間に落ち着きを取り戻していった。人々の心に安堵が広がり、秩序が回復していく。そして、静かな平穏が訪れた。
◇◇◇悠真
光を放ち終えた俺は、セレスティンの腕の中でぐったりとしていた。途方もない疲労感に襲われていたけれど、それ以上に、人々の苦しみを和らげられたことへの安堵が胸を満たしていた。
セレスティンは、俺の汗で濡れた髪を優しく撫で、額にキスをした。
「よくやった、悠真。君の光で、穢れは全て浄化された。これでもう、人間の国も大丈夫だろう」
「全て……浄化できたんですね」
彼の言葉に、俺の心に大きな達成感が広がっていく。
「悠真様、見事でした」
竜人たちが口々に賞賛の言葉をくれる。俺は少し恥ずかしくなりながらも、笑ってそれを受け取った。
人間国が平穏を取り戻し、国賓として聖女として扱うという書状が届いた後も、俺がそこへ戻ることはなかった。戻ろうとも思わなかった。俺が望むのは、竜人の国で、セレスティンの隣での生活だけだ。
そんな穏やかな日々が一週間ほど続いた頃、セレスティンの表情に時々、何かを考え込んでいるような様子が見られるようになった。俺は気になっていたが、直接尋ねるのもためらわれて、そのまま日が過ぎていった。そして、そんな俺の心配を知ってか知らずか、セレスティンがいつもより真剣な表情で俺に声をかけてきた日があった。
その日の夕方、セレスティンが俺を連れて行ったのは、アズールハイトで最も美しいと評判の、巨大な水晶の洞窟だった。
「わあ……きれい」
天井からは無数の水晶がシャンデリアのように輝き、足元には澄み切った水が満ちていた。その幻想的な空間には、たくさんの竜人たちが集まっていた。
「今日は何かあるんですか?」
「ああ、君に伝えたいことがある」
セレスティンは優雅な仕草で俺の手を取り、水晶の光に包まれた洞窟の真ん中へと案内してくれた。足元の水面に映る光がゆらゆら揺れて、まるで星空の下を歩いているような気分になる。
「この場所は、竜人にとって特別な意味を持つ」
彼の声が洞窟に響く。周りの竜人たちの瞳には、温かい光が宿っていた。
「特別な……?」
「永遠の誓いを交わす場所。古来より、竜人たちはここで運命の相手と結ばれてきた」
セレスティンの言葉に、俺の心臓が高鳴った。まさか、この美しい場所に俺を連れてきた理由は……。
セレスティンは、その場で片膝をついた。
「え……セレスティン?」
「日当悠真。私の最高の『コレクション』として君を迎えようとしたあの日から、私の世界は君を中心に回っている。君の笑顔が私の朝を照らし、君の涙が私の心を震わせる。君の存在こそが、私にとって何よりも価値のある宝物だ」
彼の目は、水晶の光を反射してキラキラと輝いていた。
「君の純粋な心、揺るぎない優しさ、そして何よりも君という存在そのものが、これまで見てきたどんな存在よりも、まぶしく輝いている。君と過ごす日々は、私の永い生の中で最も輝かしい時間だ」
セレスティンは俺の両手を包み込むように握り、俺の目を深く見つめた。
「悠真、君は私にとって、もはやただの『コレクション』などではない。そんなものでは到底満足できない。君こそが私の魂の片割れなのだ。君なしでは、私は空っぽの器に過ぎない。君の愛があってこそ、私は本当の意味で生きていると実感できる」
彼の声が震えているのが分かった。強く誇り高い竜人の彼が、俺の前で一人の男として、心をすべて見せてくれている。
「私は君を、『コレクション』としてではなく、永遠の伴侶として迎え入れたい。今ここで、君に誓おう。私の命尽きるまで、君だけを愛し、守り続けることを」
セレスティンの声は、洞窟に美しく響いた。
「どうか、私の伴侶となって、永遠を共に歩んでくれないか?」
そばにいられるのなら何でもいいと思っていた。ただこの幸せがずっと続けばと。でも、彼は俺を永遠の伴侶にと望んでくれている。俺の目から、涙が溢れ出した。
「はい……! 喜んで……!」
俺は涙ながらに頷いた。セレスティンは立ち上がり、俺を強く抱きしめた。
彼の腕の中で、俺は生まれて初めて、心から愛されているという実感に包まれた。あの絶望的な日から、こんなにも幸せな瞬間が訪れるなんて。
「セレスティン……俺も、あなただけを愛します。永遠に」
俺の言葉に、セレスティンの顔に今まで見たことのないような、心からの幸せに満ちた笑顔が浮かんだ。いつも冷静な彼が、今は俺と同じように感情を溢れさせてくれている。
「悠真。私を選んでくれて、ありがとう」
彼の幸せそうな笑顔を見て、俺もまた嬉しくなった。その瞬間、洞窟中の水晶が一斉に強く輝き、まるで俺たちの愛を祝福しているかのようだった。
「末永き二人に祝福を!」
「セレスティン様、悠真様、お幸せに!」
竜人たちの間から祝福の歓声が上がった。
その時、洞窟の竜人たちが一斉に歌声を上げ始めた。それは古来より竜人に伝わるという祝婚歌で、美しいハーモニーが洞窟全体に響き渡る。
「すごい……」
俺の心は感動で震えていた。皆にこんなに祝ってもらえるなんて。
歌声が終わると、竜人たちは次々と俺たちに近づき、祝福の言葉をかけてくれた。年老いた竜人は俺の手を取り、若い竜人たちは花を投げて祝ってくれた。
「悠真様、私たちにとっても、あなたは大切な家族です」
「セレスティン様を、どうかよろしくお願いします」
竜人たちの温かい言葉に、俺の心は満たされた。彼らは俺を、セレスティンの伴侶として受け入れてくれているのだと分かった。
祝福の儀式が一段落した後、セレスティンは俺を少し離れた場所へと導いた。水晶の光に包まれた静かな空間で、彼は何かを取り出そうとしていた。俺の胸は高鳴り、この特別な瞬間がさらに深い意味を持つことを予感していた。
セレスティンはそっと俺の左手を取り、俺の薬指にきらめく銀色の指輪をはめてくれた。それは、彼の瞳の色にそっくりの、美しいアイスブルーの宝石が埋め込まれた、シンプルだが気品のある指輪だった。
指輪をはめた瞬間、俺の体に温かい何かが流れ込んできた。それは、セレスティンと俺を結ぶ、見えない糸のような感覚だった。俺の胸が熱くなり、彼への愛しさが一層深くなるのを感じた。
「この指輪は、私の竜の心臓の欠片から作られている」
セレスティンの声は、いつもより優しく響いた。
「言葉の通り、私の心の一部を君に託すという意味がある」
「心臓の……欠片?」
俺は驚きながら、指輪を見つめた。こんなに美しい宝石が、彼の心臓から……。
「竜人が生涯に一度だけ、心から愛する者が現れた時にだけ、取ることのできる宝石。これを身に着けていれば、私と君は生を共有し、私たちの絆は永遠に結ばれる」
セレスティンは俺の表情を見つめ、愛おしそうに微笑んだ。
「絆を、感じているようだね」
「はい……あなたの心が、俺の中に」
俺の言葉に、セレスティンの目が優しく細められた。
俺たちは見つめ合い、そして同時に微笑んだ。今、俺たちの心は一つになったのだと実感した。
「俺もあなたに、心を贈りたいです……少しかがんでもらえますか?」
俺は勇気を振り絞り、セレスティンの唇にそっとキスをした。俺の正真正銘のファーストキス。そして、心をこめた永遠の愛を誓う神聖なキス。
真っ赤になりながら、キスを終え離れようとすると、セレスティンは俺の額に、頬に、そして再び唇に、優しくキスを重ねた。
「愛してる、悠真。この気持ちは、永遠に変わらない」
「俺も……心から愛しています、セレスティン」
俺たちは再び抱き合った。今度は、永遠の伴侶として。この瞬間が、俺たちの新しい人生の始まりだった。
あの日、絶望の淵で始まった俺の新しい人生は、セレスティンという真実の愛を見つけ、心から安らげる居場所を得ることで、真の輝きを取り戻した。
俺の日々は、セレスティンと共に、どこまでも、どこまでも、続いていく。この、愛と光に満ちた場所で。
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