1 / 8
第1話「存在しないはずのモブ」
しおりを挟む──こんな展開、知ってる。
けれど、知っているはずの物語に、僕の居場所なんて、最初からなかった。
目の前で光を浴びていく誰かを、ただ見つめるだけの──まるで背景の一部みたいな、僕はそんなモブだった。
石造りの広間に、静寂が満ちていた。
光が差し込む高窓、荘厳な装飾の施された壁、並び立つ甲冑の騎士たち。
その中心に、金髪碧眼の少年が立っている。
「おお……! ついに、救世の勇者様が降臨された!」
感極まった声が響く。
王座の前でひざまずく魔術師が、震える手で慎を指し示していた。
その言葉に、場の空気が一変する。
貴族らしき人物たちがざわめき、騎士たちが敬礼し、慎を見つめる目が熱を帯びる。
「……マジかよ」
何気ないはずのその声に、なぜか僕の心がざわついた。
目の前に立っているのは、三崎慎(みさき・しん)。
僕と同じ高校二年、同じクラス。
成績優秀で、運動神経抜群、顔もいい。教師からも女子からもチヤホヤされる、“完璧”な男。
でも僕にとっては──ただの“いじめっ子”だった。
そして、そんな彼の隣に、僕もいた。
……僕の名前は、藤崎蓮(ふじさき・れん)。目立つのが苦手で、本ばかり読んでいた、ごく普通の──いや、平凡以下の高校生。
なんで僕までここに来たのか、自分でもよくわからない。ただ、あの光に包まれて気がついたら……慎の隣に立たされていた。
僕たちは二人同時に、突然光に包まれ、この世界に召喚された。
けれど、歓迎されたのは慎だけだった。
「……そちらの方は?」
王座に座る壮年の男が、不思議そうに僕を見た。
「ああ?」
慎が面倒くさそうに振り返る。
「ああ、コイツ? 俺のおまけみたいなもんですよ」
慎の言葉に、胸がざわつく。
……そうだ、昔から、彼はいつもこうだった。
慎は、僕を“からかうための道具”みたいに扱っていた。
中学の頃、たまたま隣の席になったあの日から──いや、それより前からかもしれない。
「お前は空気なんだから、俺の邪魔だけはすんなよ」
そう言われた言葉が、未だに頭から離れない。
言い返したかった。でも、何を言っても無駄だと知っていた。
慎にとって、僕はいつだって「おまけ」だった。
教室でも、廊下でも、体育館でも。
どれだけ傷つけられても、どれだけ否定されても、誰も気にしなかった。
だから──異世界に来たって、何も変わらない。
静かに俯いた僕に、王は一瞥をくれた後、興味を失ったように視線を慎へ戻した。
そして、重々しく告げる。
「勇者よ。我が国に降臨してくださったこと、心より感謝する。我らを救う力を、どうかお貸し願いたい」
慎が、口の端を持ち上げる。
「……ま、話を聞かせてもらいますか」
尊大な態度。けれど、王も周囲も、それを咎めるどころか、むしろ頼もしげに頷いた。
(ああ……やっぱり、この世界も、慎を選ぶんだ)
僕の胸が、ひどく冷たくなる。
──ここは、僕が愛読していた異世界漫画の世界だった。
タイトルは『聖勇者の軌跡』。
よくある異世界転生したモノで、主人公が勇者になって魔王を倒す王道ファンタジー。
ハーレム展開もあり、異性も同性も勇者に惚れる。
中でも、騎士団団長ジグルド・エーベルヴァインは、物語の中盤で勇者に心を奪われる重要人物だった。
(……知ってる。慎はこの世界でも、異性にも、同性にも好かれる)
僕は、そっと王座の横に立つ人物を見た。
鋭い金の瞳。深い青の髪。
威厳と静謐さを兼ね備えた、堂々たる騎士の姿。
ジグルド・エーベルヴァイン。
僕が、密かに憧れていたキャラクター。
誠実で、真っ直ぐで、強い男。
(彼も、慎を好きになるんだ……)
物語の展開を知っているからこそ、胸が痛む。
慎がどれだけ傲慢で、自分勝手で、残酷な人間か──彼らは、まだ知らない。
異世界での生活が始まると、慎の態度はますます横暴になっていった。
僕に対するいじめは変わらず続き、王城の人々も慎に従うように僕を冷遇し始めた。
「お前、本当に何の能力もないんだな」
慎は吐き捨てるように笑う。
転移者には何らかの特別な力が授けられるはずなのに、僕には何の才能も見つからなかった。
慎が「勇者の力」を手に入れたのとは対照的だった。
「ま、今更か。お前、昔から役立たずだったもんな」
そう言われても、もう何も感じなかった。
それでもなぜか、胸の奥がちくりと痛んだ。
──ただ、ひとつだけ。
ジグルドだけは、僕を庇ってくれた。
「慎が手を出したのか?」
廊下で倒れていた僕に、低く静かな声がかけられた。
金の瞳が、まっすぐに怒りを帯びている。けれど、責めるような色はない。
「勇者であろうと、理不尽な暴力は認められん」
慎が舌打ちをする。
「……チッ、つまんねえ」
その日以来、慎は蓮に直接暴力を振るうことはなくなった。
だが、陰湿ないじめは続いた。
食事を抜かれ、部屋を荒らされ、侍女に無視される。
(……助けてくれる人なんて、いるわけない)
そう思っていたのに。
「藤崎。少し休め」
何度も手を差し伸べる人がいた。
それが、ジグルドだった。
◇◇◇
「お前さ、ジグルドに告白してこいよ」
ある日、慎が言った。
あまりに突然の命令に、僕は目を瞬かせた。
「……は?」
「どうせ、あいつも俺に惚れるんだろ。でも俺、男は無理なんだわ」
慎が退屈そうに笑う。
「とりあえずあいつ、俺のこと好きになる予定だし。ちょっと揺さぶってこいよ」
僕の手が震えた。
「……そんなこと、できるわけない」
声が震えた。胸の奥が、ひどく痛む。
僕が、どれだけ彼に憧れていたかなんて──慎は知らないくせに。
「できるだろ? 俺の言うこと、聞けよ」
慎の声は冷たく、押しつけがましい。
僕は、拳を握りしめた。
(どうして……)
好きな人に、嘘をつかなきゃいけないんだろう。
──こんな展開、知らない。
これはもう、僕の知っている物語ではなかった。
285
あなたにおすすめの小説
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。
めちゅう
BL
末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。
お読みくださりありがとうございます。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる