【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g

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第1話「存在しないはずのモブ」

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 ──こんな展開、知ってる。
 けれど、知っているはずの物語に、僕の居場所なんて、最初からなかった。
 目の前で光を浴びていく誰かを、ただ見つめるだけの──まるで背景の一部みたいな、僕はそんなモブだった。



 石造りの広間に、静寂が満ちていた。
 光が差し込む高窓、荘厳な装飾の施された壁、並び立つ甲冑の騎士たち。
 その中心に、金髪碧眼の少年が立っている。

「おお……! ついに、救世の勇者様が降臨された!」

 感極まった声が響く。
 王座の前でひざまずく魔術師が、震える手で慎を指し示していた。
 その言葉に、場の空気が一変する。
 貴族らしき人物たちがざわめき、騎士たちが敬礼し、慎を見つめる目が熱を帯びる。

「……マジかよ」

 何気ないはずのその声に、なぜか僕の心がざわついた。

 目の前に立っているのは、三崎慎(みさき・しん)。
 僕と同じ高校二年、同じクラス。
 成績優秀で、運動神経抜群、顔もいい。教師からも女子からもチヤホヤされる、“完璧”な男。

 でも僕にとっては──ただの“いじめっ子”だった。

 そして、そんな彼の隣に、僕もいた。
 ……僕の名前は、藤崎蓮(ふじさき・れん)。目立つのが苦手で、本ばかり読んでいた、ごく普通の──いや、平凡以下の高校生。
 なんで僕までここに来たのか、自分でもよくわからない。ただ、あの光に包まれて気がついたら……慎の隣に立たされていた。

 僕たちは二人同時に、突然光に包まれ、この世界に召喚された。

 けれど、歓迎されたのは慎だけだった。


「……そちらの方は?」

 王座に座る壮年の男が、不思議そうに僕を見た。

「ああ?」

 慎が面倒くさそうに振り返る。

「ああ、コイツ? 俺のおまけみたいなもんですよ」

 慎の言葉に、胸がざわつく。

 ……そうだ、昔から、彼はいつもこうだった。
 慎は、僕を“からかうための道具”みたいに扱っていた。
 中学の頃、たまたま隣の席になったあの日から──いや、それより前からかもしれない。

「お前は空気なんだから、俺の邪魔だけはすんなよ」

 そう言われた言葉が、未だに頭から離れない。


 言い返したかった。でも、何を言っても無駄だと知っていた。
 慎にとって、僕はいつだって「おまけ」だった。
 教室でも、廊下でも、体育館でも。
 どれだけ傷つけられても、どれだけ否定されても、誰も気にしなかった。

 だから──異世界に来たって、何も変わらない。

 静かに俯いた僕に、王は一瞥をくれた後、興味を失ったように視線を慎へ戻した。
 そして、重々しく告げる。

「勇者よ。我が国に降臨してくださったこと、心より感謝する。我らを救う力を、どうかお貸し願いたい」

 慎が、口の端を持ち上げる。

「……ま、話を聞かせてもらいますか」

 尊大な態度。けれど、王も周囲も、それを咎めるどころか、むしろ頼もしげに頷いた。

(ああ……やっぱり、この世界も、慎を選ぶんだ)

 僕の胸が、ひどく冷たくなる。



 ──ここは、僕が愛読していた異世界漫画の世界だった。

 タイトルは『聖勇者の軌跡』。
 よくある異世界転生したモノで、主人公が勇者になって魔王を倒す王道ファンタジー。
 ハーレム展開もあり、異性も同性も勇者に惚れる。
 中でも、騎士団団長ジグルド・エーベルヴァインは、物語の中盤で勇者に心を奪われる重要人物だった。

(……知ってる。慎はこの世界でも、異性にも、同性にも好かれる)

 僕は、そっと王座の横に立つ人物を見た。

 鋭い金の瞳。深い青の髪。
 威厳と静謐さを兼ね備えた、堂々たる騎士の姿。

 ジグルド・エーベルヴァイン。

 僕が、密かに憧れていたキャラクター。
 誠実で、真っ直ぐで、強い男。

(彼も、慎を好きになるんだ……)

 物語の展開を知っているからこそ、胸が痛む。
 慎がどれだけ傲慢で、自分勝手で、残酷な人間か──彼らは、まだ知らない。




 異世界での生活が始まると、慎の態度はますます横暴になっていった。
 僕に対するいじめは変わらず続き、王城の人々も慎に従うように僕を冷遇し始めた。

「お前、本当に何の能力もないんだな」

 慎は吐き捨てるように笑う。
 転移者には何らかの特別な力が授けられるはずなのに、僕には何の才能も見つからなかった。
 慎が「勇者の力」を手に入れたのとは対照的だった。

「ま、今更か。お前、昔から役立たずだったもんな」

 そう言われても、もう何も感じなかった。
 それでもなぜか、胸の奥がちくりと痛んだ。

 ──ただ、ひとつだけ。

 ジグルドだけは、僕を庇ってくれた。

「慎が手を出したのか?」

 廊下で倒れていた僕に、低く静かな声がかけられた。
 金の瞳が、まっすぐに怒りを帯びている。けれど、責めるような色はない。

「勇者であろうと、理不尽な暴力は認められん」

 慎が舌打ちをする。

「……チッ、つまんねえ」

 その日以来、慎は蓮に直接暴力を振るうことはなくなった。
 だが、陰湿ないじめは続いた。
 食事を抜かれ、部屋を荒らされ、侍女に無視される。

(……助けてくれる人なんて、いるわけない)

 そう思っていたのに。

「藤崎。少し休め」

 何度も手を差し伸べる人がいた。

 それが、ジグルドだった。


 ◇◇◇


「お前さ、ジグルドに告白してこいよ」

 ある日、慎が言った。
 あまりに突然の命令に、僕は目を瞬かせた。

「……は?」

「どうせ、あいつも俺に惚れるんだろ。でも俺、男は無理なんだわ」

 慎が退屈そうに笑う。

「とりあえずあいつ、俺のこと好きになる予定だし。ちょっと揺さぶってこいよ」

 僕の手が震えた。

「……そんなこと、できるわけない」

 声が震えた。胸の奥が、ひどく痛む。
 僕が、どれだけ彼に憧れていたかなんて──慎は知らないくせに。

「できるだろ? 俺の言うこと、聞けよ」

 慎の声は冷たく、押しつけがましい。
 僕は、拳を握りしめた。

(どうして……)

 好きな人に、嘘をつかなきゃいけないんだろう。

 ──こんな展開、知らない。

 これはもう、僕の知っている物語ではなかった。
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