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第7話「最後の告白」
しおりを挟むもうすぐ全てが終わる——その予感は、肌に感じる風の匂いにまで染み込んでいた。
空を切り裂く鋭い咆哮、灰を撒き散らす巨大な魔獣の羽ばたき。
俺たちが討伐の最後に向かったのは、かつて“封じられた地”と呼ばれた古代の戦場だった。
風化した遺跡の残骸に、長い戦いの記憶が積もっているような場所。そこに、最後の“災い”が残されていた。
僕はもう、怯えていなかった。
ジグルドと肩を並べることが、当たり前のように感じられるようになっていた。
強くなれたわけじゃない。けれど、もう逃げないと決めた。
誰かの後ろじゃなく、ジグルドの隣に立ちたくて、ここまで来たんだ。
「終わりにしよう。……俺たちの手で」
その言葉を交わして、最後の魔獣と相対する。
炎が渦を巻き、空が鳴り、視界が灼けるような光に満たされる。
けれど僕たちは、互いの影を見失わなかった。
ジグルドの剣が闇を裂き、僕の術がその隙を穿つ。
息を合わせた動きは、もはや言葉を必要としなかった。
背を預け、信じて託し、共に切り開いた。
——誰かに命じられた戦いじゃない。これは、僕たち自身の選んだ戦いだった。
そして——すべてが静かになった。
◇◇◇
戦場に夜の帳が降りる。血と魔力の匂いは風に洗われ、焦げた大地に星の光が降ってくる。
僕たちは、生きていた。生きて、やり遂げた。
「……終わった、んですね」
膝を折り、崩れた岩に腰を下ろす。
胸の奥がじんと熱くなって、でもどこか空っぽで、何かを言わないと壊れそうだった。
だから、僕は口を開いた。
「……ジグルドさん」
「……ああ」
「……ずっと、好きでした」
声が震えるのを止められなかった。
でも、もうこのままじゃ終われないと、本能が叫んでいた。
「最初は、嘘でした。でも……気づいたら、本当になってて。あなたのそばが、一番あたたかくて。だから、この戦闘も怖くなかったんです。ずっと、そう伝えたくて……」
ジグルドは黙って、ただ僕を見ていた。
沈黙が痛いほど長く感じられたけれど、その静けさの奥に、確かな温度があった。
「……俺も、君が好きだ」
低くて、確かで、まっすぐな声だった。
「え……? ほんとに……?」
信じられなくて、でも嬉しくて、胸がぎゅうっと締めつけられる。
顔が熱くなって、言葉が続かない。
でも、ジグルドの視線が優しくて、すべてを肯定してくれているようで——涙が零れた。
その瞬間、何かが報われたような気がした。
全部が幸せだった。
でも——
足元に、紫の光が浮かんだ。
「え……?」
魔法陣だった。淡く輝きながら、ゆっくりと回転を始める。それは、“元の世界”への帰還の合図だった。
「まって……そんな、今……!」
身体がふわりと浮く。足が地から離れ、視界が滲む。
僕はまだ、ここにいたいのに。あなたの声を、もっと聞きたいのに——。
「蓮っ!!」
ジグルドが、僕の身体を強く抱きしめた。
その腕の力は、まるでこの世界に縛りつけようとするかのように、強くて、熱かった。
「俺のそばにいてくれ。お願いだ。……手放したくないんだ」
その声に、心の奥底が震えた。
胸に積もっていた迷いも不安も、すべてが溶けていく気がした。
この人の言葉なら、何度でも信じたくなる。
全身の力が抜けて、彼の胸に顔を埋めた。
「……はい。僕も、いたいです。ずっと、一緒に……」
その瞬間だった。
魔法陣の光がふっと消えた。まるで最初からなかったみたいに、痕跡すら残さずに。
「……消えた……?」
「……やはり、効いたか」
ジグルドが小さく呟いた。
僕が顔を上げると、彼は懐から小さな、古びた護符を取り出して見せてくれた。
「この世界に“強く留める”ための打ち消しの護符だ。君が帰されそうになった時のために……用意していた」
「それって……」
「君が“帰る”と言うのなら、止める資格はないと思っていた。だが、願っていた。……一緒にいたいと、願ってくれることを。この世界で、俺と一緒に、生きてほしい」
言葉が胸に深く沈んでいく。苦しいくらいにあたたかくて、僕はまた、泣きそうになった。
「そんなの……ずるいです。そんな大事なこと、黙ってて……」
「すまない。だが、信じていた。君が俺を選んでくれる日を」
頬に触れたその手が、やさしくて、寂しさを押し流してくれた。
その手のひらが僕の輪郭を確かめるように撫でるたび、心が満たされていく。
僕はもう、ひとりじゃない。
もう、“ただのモブ”じゃない。
「……ジグルドさん。僕、ずっとここにいます。あなたの隣に、いたいんです」
「ありがとう。……蓮」
ジグルドがそっと僕の頬を引き寄せ、唇を重ねた。
最初は触れるだけの、確かめるような口づけ。
けれどすぐに、ふたりの想いが重なって、深く、強く、確かに結ばれた。
夜風が二人の髪を撫で、星がこぼれるように瞬いた。
何もかもが、終わりではなく、始まりのように思えた。
——そして、二人の新しい物語が、静かに動き出した。
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