冒険記

幽華

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薔薇族の里

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シンさんが先頭を歩き、間にロンとライムさんとリクの順で続き、最後尾は俺である。暗い洞窟の中をシンさんが持つ橙色の灯だけが照らしている。シンさんが時々道の凹凸や段差を注意してくれる以外に俺たちの間に会話は無く、足音や息を吐く音、荷物が擦れる音のみが洞窟内に響いていた。とても、静かだ。
「……皆さん、大丈夫ですか? 随分と緊張してらっしゃるようですが……」
シンさんの落ち着いた声が、やたらと大きく響いた。俺を含め、その声に答える者は居らず、少し背中が肌寒くなってきた。体温が下がっているのだろうか。シンさんが持つ灯が消え、周囲が真っ黒になり、俺は視線を前に固定し、歩みも止めず、手探りで腰の剣をいつでも出せるように柄を硬く握った。先程までは石と砂利の音を踏みしめる感触しかなかった地面が液体を踏む音に変わり、周囲が一気に鉄臭くなった。誰かが生唾を飲む音が前の方から聞こえた。リクは大丈夫だとして、ライムさんとロンは大丈夫だろうか。
横から聞こえる泣いているのか笑っているのかよくわからない声が気持ち悪い。一体どのくらいまで歩けば良いのだろうか。
「……よし。着きました。今開けますから、少し待っていて下さいね」
橙色の灯が再び点り、前方からシンさんの声がした。重い岩を動かす音と共に、光が溢れる。段々と光が大きくなり、大人の男が屈んだら入れる程度の穴から、暖かい空気が流れ込んできた。ロン、ライムさん、リクの順で入り、俺もそれに続く。最後にシンさんが入ると、岩は自動的に閉まった。
「……ふぅ。お疲れ様です、皆さん。絶対に喋らず、歩き続け、前を見続ける……いやー、良くやってくれました! お疲れ様です!」
シンさんがめっちゃ俺の肩を叩いてくる。コイツこんなキャラだったっけ。
「シンさんのお願いってあと10個くらいありましたよね。そんなに守らなきゃ殺されるんですか?」
「いや、念のため……かな。脅しのようなモノだよ。薔薇族の子を……特に、エテルニテを見れば、嫌でも守りたくなるさ!」
俺たちの返答を待つ事もせず、シンさんは洞窟で使っていた灯を置いて、薔薇族の元へと続く道を歩き始め、俺たちもそれに続いた。シンさん、エテルニテっていう子にお熱だなきっと。

薔薇族の里に着いた。とても良い匂いだ。幸せな気持ちになる。
「ようこそ、薔薇族の里へ。道中お疲れになったでしょう? シンネリア様、客人のご案内をありがとうございます。エテルニテ様ならーー」
「いや、大丈夫だ。何と無く分かる。……君は客人の案内を任せたよ」
どんだけエテルニテって子にべた惚れなんだろうか。案内の子も苦笑してるし。そのまま返答待たずに消えたし。シンさんは短気なのかもしれないな。
「……シンネリア様が行ってしまい、さぞ不安でしょう。僕の名前はローイです。薔薇族ではないのですが、ここに住まわせて頂いています。どうぞよろしくお願いしますね」
端正な顔立ちをした黒髪黒目の男が、友好的な微笑みで話し掛けてきた。
「ローイさん、よろしく! お願い! します!」
ロンが元気の良い挨拶と共にすごく綺麗なお辞儀をし、俺たちもそれに続いた。
「では早速、薔薇族の里を案内させて頂きますね」

「これで、大体の案内は終わりですね。まあ……水と、森と、家しかない小さな場所なので、嫌でも覚えますよ、きっと」
丁寧かつ長い案内を受けた。ロンとライムさんも流石にヘトヘトなようだ。
「……さて、最後にエテルニテ様のところへ向かいましょう。シンネリア様も落ち着いている頃でしょうし、ね」
少しも疲れた様子を見せず、ローイさんは微笑みを崩さないまま大きい建物へ向かった。
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