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1話 死体は死んでも帰りたい
死体は抵抗する
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嫌がるフィーナを無理やり抱えてたどり着いた近くの村で、青年は食堂に入った。
「む~……」
ふくれっ面のフィーナに青年は、ずらりと並べられた料理の中から切り分けた鶏肉をフォークに刺したまま差し出す。
フィーナはそれをパクッと一口に食べる。
「美味しい?」
口をもぐもぐと動かして、不服そうに頷く。
テーブルの下ではグレイヴが牛の骨をもらって夢中でガジガジとかじっている。
「ちゃんと食べた方がいいよ。これからまだ移動するから」
「……どこにいくの? あたし、家に帰りたい」
この村は一番近くの人里とはいえ、フィーナは生まれて初めて来た場所だ。不安で顔をあちこちに向けて落ち着きなくしてしまう。遠巻きにこちらを窺う大人や子どもたちの姿も気になった。
「もちろん、城に帰るんだ。僕は王子だからね」
「王子……? へ? お兄さん、王子さまなの?」
そう尋ねると、青年は不思議そうに目を瞬かせる。
「まさか、気づいていなかったの? 僕がこの国の王子、エルドレッドだって……」
そういえば、村人たちがすごくかしこまっていた。
食堂の主人も何も言わなくてもたくさん料理を運んできたし……。
フィーナは王子様はおろかこの村の人のことだって何一つ知らない箱入りのお嬢様、井の中の蛙、森の中の死霊術士だった。
「だってあたし、森から出たことなかったし……」
フィーナの毎日は日々の生活と死霊術の研究で満たされていて、外のことを知る手段はなかったし、関心もなかった。
ふむ、と興味深げな瞳をエルドレッドはフィーナに向ける。
「どうやら僕はこの森で暗殺されたみたいなんだよ。この森にある人物から呼び出されてね、それがまあ信頼できる相手だったから供をつけずに来たら、グサッと後ろから刺されてしまったというわけさ」
自分の死のことなのに、軽い調子で笑って話すのがなんだか変だ。
「でも、君に蘇らせてもらったのは僥倖だった。あれではかなり間抜けな死にざまだったからね。でも――これで、城に戻れる」
勝手なことを言い出すエルドレッドにフィーナが慌てふためいた。
「えっ、だめだよ! エルドレッドはあたしと森で暮らすの! エルドレッドはもうあたしのものなんだから!」
「それこそダメだよ。王子がいなくなったら国のみんなが困るだろう?」
「でもっ……でもっ……あたしのなのに……」
苦労して運んでやっと動かした死体なのに言うことを聞いてくれない。これから死霊術の研究のために体のあちこちをいじったりしたかったのに……
思い通りにならないことに腹を立てたフィーナが口をとがらせてうつむく。
「……もうヤだ。せっかくのきれいな死体だったのに……元に戻す」
「僕にまた死ねって言うの?」
フィーナが頬をパンパンに膨らませてうなずくと、エルドレッドはおかしそうに笑い出した。
「アハハ、ねえ君――ああ、名前は何だっけ?――フィーナ? そう、フィーナ、僕は王子様だよ。ここで僕が死んでごらん? 君、どうなると思う? 君が殺したことになるんだ。そしたら君は牢屋行きだ」
「えっ……?」
「つまりね、君にはもう選択権はないんだよ。さっき君は僕が君の物だって言ったね? それと同じように君は僕の物だ。大人しく城までついてきてもらうよ」
フィーナは紅い瞳に涙をいっぱい貯めて泣き出しそうな顔で、自分の不運を悟る。
それをエルドレッドは楽しげに見つめている。
青くなって口をはわはわさせて大混乱中のフィーナに、グレイヴが杖を口にくわえて示す。
――そうだ、死霊術はもうかかってるんだから、あたしが命令すればきいてくれるはず!
フィーナは杖をエルドレッドに向けてかまえると、魔力のこもった言葉を口にした。
『森へ帰るんだよ。さあ、立ち上がって歩き出すの』
エルドレッドの体がビクッと跳ねた。
やった!と思った。これで帰る。術者の命令は絶対――のはずだった。
しかし、エルドレッドはテーブルの端を掴んで苦しげに震えながらも、命令に抗っていた。
「!? どうして……!?」
「……フフ……どうして……ッ……かな……ッ……キツイけど、耐えられないほどじゃない……ッ」
脂汗を垂らしながら耐えるエルドレッドが無理やりに作った笑顔をフィーナに向ける。
「さあ……ごはんはもういいのかな? じゃあ先を……っ急ごうか、夜までには城につきたいからね」
フィーナは慌てて杖を置いて、食事を食べる。命令が解除されて、エルドレッドは荒い息でフィーナの食べっぷりを見守る。
食べ逃しの連続に、フィーナのおなかはもう我慢してくれなかった。
そしてフィーナがデザートまで食べ切ると、すぐに城へと出発するのだった。
城までは馬での移動となった。
エルドレッドが村人に頼むと、すぐに村一番の良馬を貸し出してくれた。栗毛の賢い顔立ちをした馬にエルドレッドが乗りその前にフィーナが乗せられる。グレイヴは馬の横を歩く。
「うう~、こんなはずじゃ……」
「ハハハ、まあ運が悪かったと思ってあきらめるんだね。いや、むしろ運が良かったんじゃないかな? つきあってもらうお礼にたくさん贅沢させてあげるよ。何が欲しい?」
「……魂の入ってない新鮮な死体」
「難しいこと言うね。なかなか人間の死体は手に入らないんだよ。それに王族と言えども死体を融通するなんて倫理に反するからね。僕で我慢なさい」
フィーナはぷうっと頬を膨らます。
「でも、エルドレッド、言うこと聞いてくれないし」
「そうだな、じゃあ、僕に今日一日つき合ってくれたら何でも好きなことを一つだけ聞いてあげるよ? それでどう?」
ぱあっとフィーナの顔が輝く。
「ホント!? なんでも?」
「うん、なんでも」
「まだね、あなたの体でやろうと思ってた実験がいっぱいあるの! ○○を××させたり、△△の代わりに□□を入れてみたり……」
フィーナの実験は家に残された代々の死霊術の実験をなぞり人体への理解を深めていくものだ。決して面白半分ではない。ないはずだ。
楽しそうに話すフィーナにエルドレッドの顔が引きつる。
「う……、それして死なない?」
「うん! だってあなたもう死んでるもの!」
「……じゃあ、まあいいよ」
「やった! じゃあ約束! 絶対だよ!」
フィーナが小指を立ててエルドレッドに差し出すと、エルドレッドはフッと柔らかく笑ってその小さな指に自分の小指をからませて、約束を交わした。
順調に旅路を続け、その日の夜遅くに王都についた。
王城の周りにはたくさんの馬車が留まり、辺りには群衆が押し寄せて騒然としていた。貴族も平民も入り乱れてざわめいていた。
不穏な空気を感じてフィーナは不安そうにエルドレッドを見上げる。エルドレッドも険しい顔を見せている。
「えと……ここに入っていくの……?」
「当然だ。ここが、僕の家だからね」
王城の門に着いて一番最初に驚きを見せたのは門番の兵士だった。
「……!? エルドレッド様……!?」
「亡くなられたと……!」
ざわめきが周囲の人々に伝わる。
「ほら! やっぱり嘘じゃないか!」
「エルドレッド様が死ぬわけないのさ!」
「やっぱりあのデコ野郎のでまかせだ!」
エルドレッドは群衆の真ん中で威風堂々片手を上げて宣言する。
「皆の者! 心配をかけた! だが、僕はこのとおりここにいる! 今まで通り安心して過ごすといい!」
わああっっ!
喝采が上がる。
エルドレッドが自信にあふれた笑みを浮かべている前で、フィーナはたくさんの人に注目されていることが居心地が悪くて小さくなる。
「さあ、フィーナ、ここからは降りて行こう」
エルドレッドはそう言うとフィーナを抱えて降りて、馬を兵士に任せる。
王城の中へと喝采を背に受けて入っていった。
王城の誰もがエルドレッドの登場に驚いていた。
エルドレッドは堂々とした様子で玉座の間に直行する。
はじめての場所――それも城に圧倒されて、フィーナはキョロキョロと周囲を見渡すばかり。その横にグレイヴは寄り添う。
豪奢な飾りのついた扉の前で、フィーナはエルドレッドを見上げる。とても――怖い顔をしている。まるで、これから戦いに挑むかのように。
「……あたしもついて行かなきゃ、ダメ?」
袖を引いて尋ねると、エルドレッドは表情を緩ませて優し気に微笑んでフィーナの頭をくしゃりとなでる。
「怖いかい? ここで待っていてもいいよ。すぐ終わるから」
その言葉に、フィーナはコクンと頷く。
フィーナはグレイヴの首を抱きしめて、玉座の間に入っていくエルドレッドを見守った。
「む~……」
ふくれっ面のフィーナに青年は、ずらりと並べられた料理の中から切り分けた鶏肉をフォークに刺したまま差し出す。
フィーナはそれをパクッと一口に食べる。
「美味しい?」
口をもぐもぐと動かして、不服そうに頷く。
テーブルの下ではグレイヴが牛の骨をもらって夢中でガジガジとかじっている。
「ちゃんと食べた方がいいよ。これからまだ移動するから」
「……どこにいくの? あたし、家に帰りたい」
この村は一番近くの人里とはいえ、フィーナは生まれて初めて来た場所だ。不安で顔をあちこちに向けて落ち着きなくしてしまう。遠巻きにこちらを窺う大人や子どもたちの姿も気になった。
「もちろん、城に帰るんだ。僕は王子だからね」
「王子……? へ? お兄さん、王子さまなの?」
そう尋ねると、青年は不思議そうに目を瞬かせる。
「まさか、気づいていなかったの? 僕がこの国の王子、エルドレッドだって……」
そういえば、村人たちがすごくかしこまっていた。
食堂の主人も何も言わなくてもたくさん料理を運んできたし……。
フィーナは王子様はおろかこの村の人のことだって何一つ知らない箱入りのお嬢様、井の中の蛙、森の中の死霊術士だった。
「だってあたし、森から出たことなかったし……」
フィーナの毎日は日々の生活と死霊術の研究で満たされていて、外のことを知る手段はなかったし、関心もなかった。
ふむ、と興味深げな瞳をエルドレッドはフィーナに向ける。
「どうやら僕はこの森で暗殺されたみたいなんだよ。この森にある人物から呼び出されてね、それがまあ信頼できる相手だったから供をつけずに来たら、グサッと後ろから刺されてしまったというわけさ」
自分の死のことなのに、軽い調子で笑って話すのがなんだか変だ。
「でも、君に蘇らせてもらったのは僥倖だった。あれではかなり間抜けな死にざまだったからね。でも――これで、城に戻れる」
勝手なことを言い出すエルドレッドにフィーナが慌てふためいた。
「えっ、だめだよ! エルドレッドはあたしと森で暮らすの! エルドレッドはもうあたしのものなんだから!」
「それこそダメだよ。王子がいなくなったら国のみんなが困るだろう?」
「でもっ……でもっ……あたしのなのに……」
苦労して運んでやっと動かした死体なのに言うことを聞いてくれない。これから死霊術の研究のために体のあちこちをいじったりしたかったのに……
思い通りにならないことに腹を立てたフィーナが口をとがらせてうつむく。
「……もうヤだ。せっかくのきれいな死体だったのに……元に戻す」
「僕にまた死ねって言うの?」
フィーナが頬をパンパンに膨らませてうなずくと、エルドレッドはおかしそうに笑い出した。
「アハハ、ねえ君――ああ、名前は何だっけ?――フィーナ? そう、フィーナ、僕は王子様だよ。ここで僕が死んでごらん? 君、どうなると思う? 君が殺したことになるんだ。そしたら君は牢屋行きだ」
「えっ……?」
「つまりね、君にはもう選択権はないんだよ。さっき君は僕が君の物だって言ったね? それと同じように君は僕の物だ。大人しく城までついてきてもらうよ」
フィーナは紅い瞳に涙をいっぱい貯めて泣き出しそうな顔で、自分の不運を悟る。
それをエルドレッドは楽しげに見つめている。
青くなって口をはわはわさせて大混乱中のフィーナに、グレイヴが杖を口にくわえて示す。
――そうだ、死霊術はもうかかってるんだから、あたしが命令すればきいてくれるはず!
フィーナは杖をエルドレッドに向けてかまえると、魔力のこもった言葉を口にした。
『森へ帰るんだよ。さあ、立ち上がって歩き出すの』
エルドレッドの体がビクッと跳ねた。
やった!と思った。これで帰る。術者の命令は絶対――のはずだった。
しかし、エルドレッドはテーブルの端を掴んで苦しげに震えながらも、命令に抗っていた。
「!? どうして……!?」
「……フフ……どうして……ッ……かな……ッ……キツイけど、耐えられないほどじゃない……ッ」
脂汗を垂らしながら耐えるエルドレッドが無理やりに作った笑顔をフィーナに向ける。
「さあ……ごはんはもういいのかな? じゃあ先を……っ急ごうか、夜までには城につきたいからね」
フィーナは慌てて杖を置いて、食事を食べる。命令が解除されて、エルドレッドは荒い息でフィーナの食べっぷりを見守る。
食べ逃しの連続に、フィーナのおなかはもう我慢してくれなかった。
そしてフィーナがデザートまで食べ切ると、すぐに城へと出発するのだった。
城までは馬での移動となった。
エルドレッドが村人に頼むと、すぐに村一番の良馬を貸し出してくれた。栗毛の賢い顔立ちをした馬にエルドレッドが乗りその前にフィーナが乗せられる。グレイヴは馬の横を歩く。
「うう~、こんなはずじゃ……」
「ハハハ、まあ運が悪かったと思ってあきらめるんだね。いや、むしろ運が良かったんじゃないかな? つきあってもらうお礼にたくさん贅沢させてあげるよ。何が欲しい?」
「……魂の入ってない新鮮な死体」
「難しいこと言うね。なかなか人間の死体は手に入らないんだよ。それに王族と言えども死体を融通するなんて倫理に反するからね。僕で我慢なさい」
フィーナはぷうっと頬を膨らます。
「でも、エルドレッド、言うこと聞いてくれないし」
「そうだな、じゃあ、僕に今日一日つき合ってくれたら何でも好きなことを一つだけ聞いてあげるよ? それでどう?」
ぱあっとフィーナの顔が輝く。
「ホント!? なんでも?」
「うん、なんでも」
「まだね、あなたの体でやろうと思ってた実験がいっぱいあるの! ○○を××させたり、△△の代わりに□□を入れてみたり……」
フィーナの実験は家に残された代々の死霊術の実験をなぞり人体への理解を深めていくものだ。決して面白半分ではない。ないはずだ。
楽しそうに話すフィーナにエルドレッドの顔が引きつる。
「う……、それして死なない?」
「うん! だってあなたもう死んでるもの!」
「……じゃあ、まあいいよ」
「やった! じゃあ約束! 絶対だよ!」
フィーナが小指を立ててエルドレッドに差し出すと、エルドレッドはフッと柔らかく笑ってその小さな指に自分の小指をからませて、約束を交わした。
順調に旅路を続け、その日の夜遅くに王都についた。
王城の周りにはたくさんの馬車が留まり、辺りには群衆が押し寄せて騒然としていた。貴族も平民も入り乱れてざわめいていた。
不穏な空気を感じてフィーナは不安そうにエルドレッドを見上げる。エルドレッドも険しい顔を見せている。
「えと……ここに入っていくの……?」
「当然だ。ここが、僕の家だからね」
王城の門に着いて一番最初に驚きを見せたのは門番の兵士だった。
「……!? エルドレッド様……!?」
「亡くなられたと……!」
ざわめきが周囲の人々に伝わる。
「ほら! やっぱり嘘じゃないか!」
「エルドレッド様が死ぬわけないのさ!」
「やっぱりあのデコ野郎のでまかせだ!」
エルドレッドは群衆の真ん中で威風堂々片手を上げて宣言する。
「皆の者! 心配をかけた! だが、僕はこのとおりここにいる! 今まで通り安心して過ごすといい!」
わああっっ!
喝采が上がる。
エルドレッドが自信にあふれた笑みを浮かべている前で、フィーナはたくさんの人に注目されていることが居心地が悪くて小さくなる。
「さあ、フィーナ、ここからは降りて行こう」
エルドレッドはそう言うとフィーナを抱えて降りて、馬を兵士に任せる。
王城の中へと喝采を背に受けて入っていった。
王城の誰もがエルドレッドの登場に驚いていた。
エルドレッドは堂々とした様子で玉座の間に直行する。
はじめての場所――それも城に圧倒されて、フィーナはキョロキョロと周囲を見渡すばかり。その横にグレイヴは寄り添う。
豪奢な飾りのついた扉の前で、フィーナはエルドレッドを見上げる。とても――怖い顔をしている。まるで、これから戦いに挑むかのように。
「……あたしもついて行かなきゃ、ダメ?」
袖を引いて尋ねると、エルドレッドは表情を緩ませて優し気に微笑んでフィーナの頭をくしゃりとなでる。
「怖いかい? ここで待っていてもいいよ。すぐ終わるから」
その言葉に、フィーナはコクンと頷く。
フィーナはグレイヴの首を抱きしめて、玉座の間に入っていくエルドレッドを見守った。
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