腐りきったこの世界で。

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第1章 終わりの始まり

「<死>の恐怖」

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「ーーーえ?」

だが、もう遅かった。
博は扉を閉め切らずとも、
その瞬間、ガタン!と音が鳴って扉の軋む音がした。

「ヤバっ…」

周辺に音が反響する。
それが何を意味するかは、誰もが何となく察していた。
博がそのまま廊下を見ると、顔を青ざめた。
俺達も野次馬のように外に出る。
すると、案の定、せっかく遠ざけた<奴ら>がこちらにわらわらとこちらに向かって来ていた。
見た瞬間、俺たちはそこから動けなくなってしまった。
俺も、博も、美結も、山田くんも、橋山さんも、佐橋先生も…死ぬかもしれないという恐怖や絶望にに体が凍りついた。

「嘘でしょ…?こんなとこで僕は死ぬのか?嫌だ…嫌だ…嫌だ…」

山田くんはその場で「ガタガタガタガタガタガタガタ」と震え、錯乱している。

「そんなこと言わないでよ…誰だって嫌だよ…私だってこんなところで死にたくないよ…」

美結が声を振り絞って言った。

「ダメだ…体が言うことを聞かない…」

佐橋先生でさえも恐怖で動けなくなっていた。

 …少しずつ、<奴ら>が近づいてくる。
俺は時間の感覚さえも忘れ、数秒しか経っていないだろうが、とても気の遠いような時間そこに突っ立っている気がした。

ーーーそんな中、申し訳ないと思ったのだろうか。
何とか体を動かして、博が机と椅子でできた粗末なバリケードの下をくぐって動けない俺たちを申し訳なさそうに見る。
もう奴らは10メートルくらいまで近づいている

「すまん…俺のせいで…」

「バカ!博お前何やってるんだ!戻れ!」

俺は死ぬ気で動かない体を動かし、机越しに手を伸ばす。
が、博は手を取らず博は俺を見てぎこちなく微笑んだ。

「おい翔生、お前なら分かるだろ?あの大群だぜ?こんな即席のへなちょこバリケードなんが一瞬で倒されるに決まってるじゃねぇか。」

「ーーーっ!」

俺は反論が出来なかった。
博の言っていることは正しい。
数匹ならともかく、相手は最低でも二十体以上…
仮に全員が武器を持ち、戦えるとしてもせいぜい一人につき同時に三体までしか相手はできない。
それ以上は逃げた方が懸命だ。
こっちは六人…そして、武器もない…
どう考えても勝ち目が無かった。
博は椅子を一脚掴んで、<奴ら>の方を向いた。
その手は少し震えているように見えた。

「お前、そんな顔すんなって。体力テスト一位舐めんじゃねぇぞ。」

自分でもどんな顔をしたかわからなかった…
多分涙を流してクシャクシャになっているのだろう。

「おい、!椅子借りてくぜ!」

いつもの調子で博は大声で俺に言った。
それに呼応するように<奴ら>も歩くスピードを上げた。
こんな危険な状況でも、周りを元気づけようとしている姿が、本当に主人公のように見えた。

「ーーー…ーーーーーー。」

博が何か言ったのは分かったが気が動転していたのか、聞き取れなかった。
すると博は、右にある渡り廊下に向かって走り出した。
そしてガンガンと椅子を叩く音がした。

「おい!人間はこっちだ!」

<奴ら>は博の声と音に反応し、唸り声を上げて進行方向を変える。
 俺たちは教室に入って、窓から博の姿を見守って生き延びることを願うしかなかった。
博は渡り廊下を走り、椅子を使って<奴ら>を殴った。
椅子は<奴ら>の腹に直撃し、1メートルくらい後方によろけた。

「博!頭を狙え!」

俺はとっさに窓から声を上げた。

「あぁ!!分かってるよ!!」

その声をかき消すように博も声を上げた。
博は懸命に椅子を振り回して<奴ら>を殴りまくった。
その中の何発かは頭にクリーンヒットして、眼球に椅子の脚がめり込んだり、その衝撃で首がありえない方向に曲がった<奴ら>は、その場に倒れたことが分かる。
ーーーだが、それでもジリ貧だ。
少しずつ、本館の方に追い詰められる。幸いにも扉は解放されていて、本館に逃げることが出来そうだ。

博は椅子を持ったまま<奴ら>に背中をむけ、本館の方に椅子を叩きながら走り出した。
そして、本館に入って博が階段を降りようとして姿が見えなくなりそうになったその時だった。

博はピタッと足を止めて、後退りをし始めた。
もうすぐ後ろまで迫っていた<奴ら>は、一斉に博に掴みかかろうとした。
博はすんでのところで躱すことが出来たが、背後から現れた<奴>に、首を噛まれたのが見えた。

「痛っーーー!がぁぁぁ!!!」

首から血が大量に出血する。

「い、いやーーー」

ヒステリーを起こしそうな美結の口を、橋山さんが片手で塞いでくれた。
山田くんはその場で気絶し、倒れそうになったのを佐橋先生が抱え、ゆっくりと床に下ろした。

博は必死に抵抗するが、それでも引きはがせず、出血が酷くなり、口からも血を吐いた。
博はそれでも力を振り絞って蹴りを入れて何とか引き剥がした。
それと同時に、首の肉も少し持っていかれたのだろう。
首からダラダラと更に血が流れた。
博は首を抑えて吐血しながらも、よろよろと階段を降りていった。
奴らもそれを追うように下に向かっていったのが見えた。

「嘘だろ…なんで…」

俺は呼吸がまともに出来なくなり、視界がぐらついてその後の言葉が出てこなくなった。
あいつは、博は、首を噛まれた。
たとえ感染していなくても、あの出血量は致命傷だ。
生き伸びれるはずがないのは自明だった。
俺は心臓がぎゅうと締め付けられ、その場にしゃがみこんだ。

 それと同時に…とても小さい音だったが確かに俺には聞こえた…
背後で「ピコン!」という無機質な機械音がなったのを…

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