その婚約破棄お待ち下さい、保険適用外です!

東稔 雨紗霧

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保険適用外

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 「その婚約破棄お待ちください、保険適用外です!」

 王宮内にある一室で今まさにミゲル王子の最愛の恋人、リカを害したとして彼の婚約者であるオフィーリア公爵令嬢有責での婚約破棄が告げられようとした時、そう言いながらドアを開けその場に割って入る者がいた。

 「なんだ貴様は!邪魔をするのであればお前も国外追放させるぞ!」
 「突然の乱入失礼致します!私はシェンロン保険会社の婚約破棄部門を担当しているシュエン・リーガルと言う者です、以後お見知りおきを」

 シュエンは胸元からトランプ半分程の大きさのカードを取り出しミゲルに差し出す。
 そこには『シェンロン保険会社 婚約破棄部門担当 シュエン・リーガル』と書かれていた。
 『シェンロン保険会社 婚約破棄部門』とは隣国の発足初期に創立された大陸内最古の保険会社であり、今で言う『海上保険』の先駆けである『冒険保険』を考案したシェンロン社が数年程前に新たに設立させた部門だ。
 契約者を常日頃からシェンロン社の調査員が記録する事で、婚約を一方的に破棄された場合は相手から告げられた婚約破棄の原因が本当に破棄に至るまでの物であったのか、虚偽や不当な主張をされてはいないかを精査し、証拠及び証言者として契約者へ提供し、不当に陥られていた場合であれば契約者の名誉挽回、損害軽減を保障してくれる。

 更にはアフターサービスとして、契約者に非が一切無いとシェンロン社が判断した場合には契約者の要望に従ってシェンロン社の全勢力を以て要望に該当する、もしくは出来るだけ近い条件での新たな縁を紹介して貰える充実した内容で、今では殆どの未婚貴族が加入していると言われており、記念すべき保険適用者第一号の話題性も相まって大陸内でその名を知らぬ者はいない。
 もちろん、ミゲルもシェンロンの社名も婚約破棄部門についても知っているし、自身もシェンロンの保険に加入している。

 「ふん、それで保険員が何の用だ? ああ、保険適用外とか言っていたな、オフィーリアの婚約破棄保険が適用外であろうと俺には関係無い。お前は引っ込んでいろ」
 「いいえ!保険適用外なのはミゲル様の方です!」
 「……は?」

 呆気にとられるミゲルにシュエンは言葉を続ける。

 「ミゲル様が加入された保険には王族特約として『廃嫡プラン』が盛り込まれております。当プランは正当な理由無く廃嫡された場合、その後の生活で保障金を受け取れるといった内容です。
 ですが、今回の場合ですとミゲル様にはこの『正当な理由無く』が該当されず、保険金を受け取る事が出来なくなります」
 「待て待て、そもそも今は婚約破棄の話をしているのだろう? 何故それが廃嫡に繋がるんだ?!」
 「それは、このままでは貴方は廃嫡される可能性が高いと思われるからです」
 「だからその根拠を話せ!」
 「畏まりました」

 シュエンは何処からか取り出したアタッシュケースから四角い板の様な物を取り出す。
 それの表面に指を滑らせると板の上空に四角い光が浮かび出る。
 そこには『ミゲル王子に待ち受ける三つの未来予想』と書かれていた。

 「ではご説明いたしますのでこちらをご覧下さい」
 「いや、何だそれは?!」
 「こちらは我がシェンロン社の技術部が開発した新魔道具、その名も『パワポ』と申します。これはこの板で操作し、こちらの提示する資料を紙を消費する事無く他の皆様へお見せし内容を共有する事が出来る魔道具でございます。
 本日はこちらを使用してのご説明をさせて頂きます、よろしいですか?」
 「あ、ああ」
 「ではまずこちらをご覧下さい」

 『ケース1 このままオフィーリア様と成婚して正妃へと迎え、後日リカ様を側室として召し上げる場合
 これにより考えられるデメリットは以下の通り
 ・オフィーリア様からの了承を得られなければ側室へと召し抱えられず、愛妾にしかなれない。
 ・仮に側室へなれたとしても、オフィーリア様とリカ様が良好な関係を築けなければ、将来的に後継者争いが激化し、国が荒れる可能性がある』

 「こちらは他国でも良く見られる一般的な物ですね」
 「リカを愛妾などと無礼者め!それに彼女へ不当な扱いをしたオフィーリアを正妃になどする訳が無いだろう!!」
 「あくまでも一般的な意見であり、私の意見ではございません事をご了承頂けないでしょうか? 全てのご説明が終わった後でもまだ腹の虫が収まらないとおっしゃられるのであれば如何様な処分もお受け致します。どうか何卒!」

 頭を下げ、そう懇願するシュエンにミゲルは溜飲を下げる。

 「ふん、そこまで言うのであれば最後までは聞いてやろう。人生最後のプレゼンだ、心してかかれよ」
 「寛大なお心、ありがとうございます!では続いて二つ目をご説明させて頂きます」

 シュエンは二つ目を表示する。

 『ケース2 最愛の恋人であるリカ様とご婚約された場合
 これにより考えられるデメリットは以下の通り
 ・現婚約者であるオフィーリア様のご実家、エヴァレット家からの支持を失う事になる
 ・それに伴って他家からの支持を失う事にも繋がる
 ・事態の収拾を上手く行えれば望みはあるが、失敗した場合は立太子へ可能性が低くなる。
 ・リカ様の能力によっては国政への不安が残る』
 「待て!」

 再度待ったが掛けられる。

 「何故婚約を破棄した程度でエヴァレット家からの支持を失う事になるんだ?!今回の婚約破棄はどこからどう見てもオフィーリアの有責なのだからエヴァレット家から謝罪があるのは当然としても、支持を失う結果には繋がらないだろう?!
 そもそもこの婚約はオフィーリアが熱望したから結ばれた物であって、俺が望んだ物では無いのだからこちらから破棄しても何の問題も無いはずだ!」
 「それがそもそものミゲル様の思い違いなのです。お二人の婚約はミゲル様の立場を強固にする事を望んだ王妃様たっての願いで、王家からエヴァレット家へ乞われたからこそ結ばれた物なのです」
 「なんだと?!」

 シュエンの言葉にミゲルは驚愕する。
 そんなはずはない、幼少期の顔合わせ時にオフィーリアが言った言葉をミゲルは覚えている。
 『貴方が私の旦那様になる方ね!貴方みたいに素敵な王子様と結婚したかったの!』
 彼女は確かにそう言っていたのだ。
 すなわち、二人の婚約は彼女が俺に一目惚れして親に結婚を強請った事に他ならない。
 そう主張するミゲルにオフィーリアは溜息を吐いた。

 「今のお話で何故わたくしが貴方に一目惚れをした事になるのです? 確かに幼少期に絵本に出てくる様な王子様に憧れは致しましたが、それは幼少に多くの者が抱く一過性の感情です。わたくし、貴方に恋愛感情を抱いた事は一度もありませんわ」
 「な、なんだと……?!」
 「わたくしが今までに一度でも貴方に愛の言葉を贈った事があって?」

 オフィーリアに言われて思い返してみれば、今までミゲルは彼女に愛を囁かれた記憶は無かった。
 だが、誕生日等のイベント毎以外にも贈り物を彼女から受け取る事は何度もあった、それは愛情を示す行為以外の何物でも無いだろう。
 そう反論したミゲルにオフィーリアは溜息混じりでその行為の意味を語る。

 「愛は無くとも今後の人生を共にする事が決まっていた相手なのですから、今後の関係を円満にするために心を配るのは当然の事でしょう。身も蓋もなく無く言ってしまえばそれらは全て未来のわたくしの為の投資ですわ。
 自信を持つのは結構な事ですが、状況を考えずに過剰に持ち過ぎるのは良くないと昔から申し上げておりましたでしょうに、未だに直ってはいなかったのですね」
 「くっ……!」

 顔を赤くし、震えるミゲルにオフィーリアは呆れた顔を向けた。
 
 「では、お話も終わった様ですので次に行かせていただきますね!」

 二人の話をぶった切ったシュエンは三つ目のケースを表示させる。

 『ケース3 このままオフィーリア様を有責として婚約破棄を告げた場合
 これにより考えられるデメリットは以下の通り
 ・資格不十分として王太子の座を剥奪
 ・王家及び国家経営の損失に繋がる懸念から廃嫡される可能性が高い
 ・廃嫡後、今後の不穏の芽となる事を防ぐ為に良くて幽閉、悪くて暗殺』
 「待て!」

三度待ったが掛けられた。

 「はい、なんでしょうか?」
 「これこそ可笑しいにも程があるだろう?!オフィーリアはリカをその立場と権力を利用して虐げていたのだぞ?!未来の国母となるべき人間がその様な醜い心持であっては将来国民達へどんな事をしようとするか想像に容易い。
 そんな未来を避ける為にもここでその罪を詳らかにして断罪するのは何も間違ってはいないと自信を持って断言できるし、それに対して廃嫡や暗殺が結末として待ち受けるのは可笑しすぎるだろ!?」
 「まあ、おっしゃる事は分かりますし間違ってはおられないと思います」
 「だろう!?」
 「ただし、それは本当にオフィーリア様がリカ様を虐げていた場合であればの話です」
 「……は?」
 「そのリカ様が虐げられていたと言う内容をお聞きしても?」

 ミゲルが告げた内容は他の女生徒と関わろうとするのを権力を使って圧力をかけて邪魔したり、集団で囲って暴言を放ったり、歩いているに態と足を引っかけたり、教室に置いていた教科書がビリビリに破られていたり、学校に付けて行っていた母の形見である髪飾りを壊されたり、極めつけには学園の寮にある自室に忍び込まれ、制服を切り裂かれた上に近くに『これ以上ミゲルに近付くと次はお前がこうなる』と書かれた脅迫文が置かれていたと言う内容だった。

 「なるほど、それが事実ならば学園警備へ報告して犯人を特定するべきだったのでは? 最後の制服の件に関しては明確に命の危険もありますし、ミゲル様がそうなさらなかったのは疑問が残ります」
 「リカが大事にしたくないと言ったんだ。『いけないと分かっているのに私がミゲル様に惹かれてしまったからオフィーリア様にこんな事をさせてしまったのです』と言ってな」
 「あら、彼女は婚約者の居る者に近付くのは非常識だと言う認識はあったのですね」
 「それは……」
 「わたくしはその様な下らない事をしてはおりませんわ。そもそも王妃教育でそんな暇はござませんもの。まあ、ミゲル様はそう言ってもわたくしの言葉を信じようとはしないでしょうけれど」

 皮肉気にそう言ったオフィーリアをミゲルは睨みつける。

 「良くもぬけぬけと……!」
 「ミゲル様、そのオフィーリア様がリカ様を虐げていたと言う証拠はございますか?」
 「あるに決まっているだろう」
 「それはどんなモノですか?」
 「リカが切り裂かれた教科書や壊された髪飾り、それに制服だ。勿論、暴言を放たれた時や足を掛けて転ばされた時の日時も聞き出して記録している」
 「それを今ここにお出しする事は可能ですか?」
 「無論、今日はその罪をオフィーリアに突き付ける為に既に運んである」

 ミゲルの合図で別室からいくつかの箱がテーブルの上に置かれる。

 「まず、これが破かれた教科書だ」
 「見事にビリビリですね」
 「そうだろう?」

 一つ目の箱が開けられると破られた教科書が出て来た。
 背表紙事裂かれたその状態から絶対にボロボロにしてみせると言う強い意志を感じる。

 「ここで魔道具の使用許可を頂けないでしょうか?」
 「内容は?」
 「過去見でございます。この教科書がこのような状態になった時の記憶を見る事ができます」
 「は?!なんだそれは?!」 

 聞いた事もない魔道具にミゲルは驚愕する。

 「我がシェンロン保険会社の技術を集結して作られた最新技術の一つでございます。『スーパーサトリ君』と言うお客様の過去の記憶を読み取り、表示する魔道具を改良して作られたその名も『スーパーサトリ君EX』。
 これまでの『スーパーサトリ君』ですとご契約者様に道具に手を当てていただき、見たい記憶に関連するワードを言って頂かなければ過去の記憶を見る事が出来ず、それも手を当てている個人様の記憶しか見る事が出来ませんでした。
 ですが!この『スーパーサトリ君EX』ならば個人の記憶だけでなく、物の記憶を見る事も出来るのです!物にも記憶がある筈と言う理論に当社の技術者が着目した結果、特に物にはその物が破損、あるいは破壊された時の記憶が色濃く残っている研究結果が出まして、今回の様な婚約破棄と物の破損が関係ある場合には大きく活躍しているのです!
  勿論特許も取得しており、最近では騎士団との提携をっと、ゴホンッ失礼しました。兎に角素晴らしい物ですのでこれを使用すればどちらの意見が正しいかを証明する事が出来ます」
 「わ、分かった、使用を許可しよう」
 「ありがとうございます。では、早速」

 あまりの勢いに若干引いた様子を見せながらミゲルは許可を出す。
 シュエンは手の平程の大きさの水晶玉を取り出し、上から教科書を透かす様な持ち方をして道具を起動させると上空に映像が現れた。

 【「よし、誰も居ないわね……これで、えいっ」
 周囲に誰も居ない事を確認したリカが勢い良く教科書を自分の手で破っていく。
 一つ二つと教科書を取り出し、全ての教科書を破った後にそれらを自分の机の中へと仕舞うと満足そうに頷き去って行った】
 「あらまあ」
 「なっ!なんだこれは!おいお前!これは捏造じゃないか!!」
 「失礼な!いくらミゲル様であろうとも当社の技術者を疑うのはお止め下さい!シェンロン社は『全てのお客様に中立に』をモットーに誠実に運用しているのです。証拠を捏造などと薄汚い手口に染まる事などありません!!」
 「で、では、この映像は」
 「一切手を加えていない真実です!」
 「嘘を吐くな!」
 「あらあら、嘘だと断定されるのは他の証拠品の記憶を見てからでも良いのでは? それとも、ミゲル様のリカ嬢への愛はこの程度で揺らぐ様な物なのですか?」
 「そんな訳ないだろう!良いだろう、そこまで言うのであれば見てやろうではないか!!」

 オフィーリアの挑発的な物言いに感化されたミゲルが上げていた腰をソファへと戻し、次の記憶を再生する事を求めた。
 オフィーリアに目配せをされたシュエンは慌てて次の証拠品の記憶を再生させる。
 次はオフィーリアに壊されたと言うリカの母親の形見の髪飾りだ。

 【「よし、せーの!」
 掛け声と共にリカが手にしていたトンカチを髪飾りへ向かって勢い良く振り下ろした。
 髪飾りほパキリッと音を立てて壊れ、見るも無惨な姿へと変わる。
 リカは壊れた髪飾りと破片を拾い集めてハンカチへと丁寧に包んだ。
 「よし、後はミゲル様にこれの前で泣いているのを発見されれば完璧ね!」】

 最後に切り裂かれた制服の記憶を再生させる。
 【寮の一室にあるベッドに腰掛けながら制服と大きなハサミを取り出すリカ。
 何度か角度を変えて制服を眺めていたリカはやがて大きく頷くと刃を制服の裾に当て、切り裂き始めた。
 初めは少しの躊躇いも見られたが、段々と勢い良くなり最後には鼻歌を歌い出しそうな程楽しそうにハサミを操って制服をボロボロにしたリカはハサミを仕舞い、ボロボロになった制服をベッドの上に投げ捨てる。
 「ちょっと勿体無いけど、これも未来への投資ね」
 満足そうにそう呟き、彼女は部屋を出て行った】

 「以上になります。補足致しますと、リカ様のお母様の形見と言われているこの髪飾りですが、去年平民向けの雑貨店で売りに出された物で、量産されている物でして、それに更に付随致しますとリカ様のお母様はご健在しておられます」
 「そんな……馬鹿な……」
 「これでどちらの言い分が正しいのかはっきり致しましたわね」
 「…………」

 オフィーリアの言葉にミゲルは力無く項垂れた。
 だって本当に悲しそうにリカは泣いていたのだ、その悲しみのあまりに消えてしまいそうな程儚いあの少女がまさかオフィーリアを貶める為にこんな事をしていたなんて、ミゲルは一欠片も想像しなかった。

 「さて、ミゲル様はわたくしと婚約破棄をなさりたいのでしたね?」
 「そ、それは……」
 「保険屋さんの未来予想では婚約破棄をされるとミゲル様は幽閉か廃嫡の未来だそうですし、ミゲル様の保険が適用外であろうとわたくしには関係の無い話ですわね」
 「ほ、保険屋!この状態から、この状態から入れる保険は無いのか?!」
 「ありません!」
 「そんな……!」
 「ですが……!」
 「!!」
 「なんと……!今回に限り……!」
 「ごくりっ……」
 「アドバイザーを入れる事が出来ます!」
 「あ、アドバイザー? 良く分からないが何とかしてくれるのか?!」

 聞いた事もない単語だったが、今は藁を掴む気持ちでシュエンへとすがり付く。
 そんなミゲルにシュエンは満面の笑みで書類を取り出した。

 「では、追加料金を頂きますのでこちらにサインをお願い致します」
 「え、」

 渡された書類にはミゲルの個人資産の半分程の値段が書かれており、流石にその金額にミゲルは絶句した。

 「もう少し安くはならないだろうか? これは、流石に……」
 「おやおや、今後の人生が懸かっているのにここで出し渋られるのですか? まあ、気が乗らないと言われるのであれば、このお話しは無かった事に……」
 「わ、分かった!契約するから助けてくれ!」
 「畏まりました」

 引っ込められそうになった書類を慌てて掴み、ミゲルはサインをする。
 契約が完了した書類をアタッシュケースに丁寧にしまったシュエンは「少々よろしいでしょうか?」とオフィーリアを別室へと連れて出ていく。
 紅茶でも飲んでお待ち下さいと言われたがこんな状況で飲める訳もなく、二人が戻ってくるのを待つ間まんじりとしていると部屋の扉が開いた。

 「漸く戻ったか……リカ」
 「ミゲル様~、お話は終わりましたか?」

 部屋に入って来たのはオフィーリア達では無く、リカだった。

 「オフィーリア様と婚約を破棄して私と結婚してくれるんですよねぇ? ミゲル様がオフィーリア様が可哀想だから皆の前じゃなくてぇ、こんな個室で今までの酷い事を問い詰めると言ってましたけどぉ、上手くいきましたかぁ? やっぱり皆の前じゃないと、オフィーリア様は罪を認めてくれないと思うんですぅ」

 ミゲルの左腕に抱き付き、上目遣いで見つめてくるリカにミゲルは薄ら寒い物を感じた。
 これまではあんなに愛くるしく見えていたのに、あの所業を知った今ではどんな手を使ってでも他人を貶める事を厭わない恐ろしい女だとしか思えない。
 今も執拗にオフィーリアを大衆の前で貶めるようにとミゲルに進言してくるその様子から、どうして自分はこの女に夢中になっていたのだとミゲルは己の愚かさを過去の自分に突き付けられた。
 そっと抱き付かれた腕を外し、リカと一歩分距離を取る。

 「その事なんだが、どうやら俺は(リカの言い分を信じて婚約破棄したら)廃嫡になるようだ」
 「えっ!?廃嫡!?」
 「もし、俺が廃嫡になったらリカも一緒に幽閉されてくれるか?」
 「はあ?!冗談じゃないわよ!!」

 一応、まあ、一応彼女も俺を心から愛してくれているかも知れないし、確認の為に聞いてみるか、と()の中を省いてミゲルがした質問にリカは眉を吊り上げた。

 「私があんたに近付いたのは王妃になって贅沢三昧する為よ!廃嫡なんてされたら私の明るい未来がぱあじゃない!」
 「……そうか、残念だよ」

 ある意味予想通りとも言える反応にミゲルは乾いた笑いしか出なかった。

 「あら? 学園では散々ぱら真実の愛がどうこうとおっしゃっていたのに、貴女の言う真実の愛とはその程度なのですわね?」
 「!」

 いつの間にかオフィーリアとシュエンがドアの部屋の前に立っていた。
 口元を扇で隠してはいるが、目元は愉快そうに歪んでいる。

 「誰が通るのか分からないのに扉を開いたままでお話をするのは無用心ではないこと? ああ、それとも、何か他の方に見せびらかしたい事があったのかしら?」
 「そ、それは」
 「まあ、そんな事はどうでも良いわね。それよりも、真実の愛を盲信して廃嫡される王子で良ければ差し上げるわよ? 貴女、あんなに欲しがっていたものね?」
 「はあ?!廃嫡される奴なんかこっちから願い下げよ!退いてちょうだい!」

 怒りで顔を真っ赤にしながら、オフィーリアとシュエンを押し退けてリカは部屋から走り去って行った。
 あまりの逃げっぷりの潔さにミゲルは逆に感心した。
 邪魔者が居なくなり、ドアをきっちり閉めてからさて、と話の続きをするためにソファへと戻る。
 判決を受ける罪人の気持ちで座るミゲルを鋭い目線で数秒眺めた後、オフィーリアが口を開いた。

 「先程のお話の折りに言いましたが、わたくしはミゲル様に恋愛感情を抱いた事は一度もありません」
 「……」
 「……ですが、幼少の砌より交友を深め、将来共に国を治める戦友としての情はありますのよ?」
 「!」
 「わたくしは廃嫡の危機になったからとすぐさま見捨てる程、薄情ではありませんの、どこかの小娘と違ってね」

 リカの去って行ったドアへをオフィーリアが流し見た。
 渇く唇で、「で、では?」とミゲルが先を促す。

 「今回の事は目を瞑りましょう。それとも、ミゲル様はまだわたくしと婚約破棄なさりたいですか?」
 「そんな訳ない!俺が愚かで浅はかだった、本当に申し訳ない!」

 立ち上がり、心からの謝意を込めて頭を下げるミゲルに、オフィーリアは目元を緩めた。

 「頭をお上げ下さい。わたくしも一時のお遊びならばと放置していたのが悪いのです。これからはきちんと婚約者としての立場に相応しい行いをする様に致しますわ」

 そう言って微笑むオフィーリアにミゲルは為政者としての器を見た。

 「いや、全面的に俺が悪いのだ。オフィーリアに落ち度は一切無い。これからは個を捨て、国の為に邁進すると誓おう」

 そんなオフィーリアの隣に立っても恥ずかしく無いようにもっと視野を広げて王の座に相応しい人間を目指そうとミゲルは固く心に誓った。
 当初のギスギスとした雰囲気から穏やかな雰囲気に変わった事にホッとした様子でシュエンが明るい声を出す。

 「では、今回の婚約破棄は無かった事として一軒落着ですね!いやぁ、今回の様に王城の個室で婚約破棄を告げる選択をする慧眼がミゲル王子にあって本当に良かったです。これがもし夜会での出来事となると流石にこちらもどうすることもできなかったですから」
 「あ、ああ」

 実は当初はリカの発案でその予定だったミゲルは冷や汗を背に流した。
 愛しのリカの為であっても、今まで共に過ごしたオフィーリアへ必要以上に恥をかかせるのは忍びないと情けをかけたつもりが、結果的に自分を救う事に繋がったのは皮肉な物だ。
 もう何があっても片方だけの意見を鵜呑みにする事をしないのとオフィーリアには逆らうまいとミゲルは今回の教訓を胸に刻んだ。

 こうして間一髪の所で廃嫡を免れる事が出来たミゲルはシェンロン社に深く感謝し、その繁栄と発展を願うのと、今後生まれた子供にも必ずシェンロン社の保険に加入させようと固く誓ったのであった。
 もちろん、廃嫡保険の特約を付けて。







  













 「この様な流れでよろしかったでしょうか?」
 「ええ、助かったわ。流石、かのシェンロン保険会社の方ね」
 「とんでもございません」

 礼を言うオフィーリアにシュエンは畏まる。
 今回シュエンがミゲルの廃嫡を防ぐ為にバッチリのタイミングで部屋へ乱入できたのは全てオフィーリアのお膳立てがあってこそだった。
 そうでなければ、護衛が扉を守っているのに王族がいる部屋へ乱入する事など出来るはずがない。
 ミゲルがリカに誑かされ、婚約破棄をしようとしている情報を得たオフィーリアは国王夫妻へそれを報告し、ミゲルの目を覚まさせる為にシェンロン保険会社の手を借りて一芝居打つ事にした。
 ミゲルが無意識の内に目を逸らしていた、そのまま行けば彼に待ち受けているであろう未来をしっかりと直視させ、運命の恋人等と称して彼を良い様に使おうとしていたリカを排除する為にはまさにシェンロン保険会社はうってつけだった。
 お陰で目的は達成され、ミゲルに反感を持たせる事無く今後の夫婦生活での立場をオフィーリアが制する布石を打つ事に成功し、大満足の結果となった。
 オフィーリア自身が加入している婚約破棄保険の補償の解釈を大きくして適用された今回の一件で、この国の王族との良好な繋がりを得る事に成功したシュエンにはこの後、特別ボーナスが手配される予定となっており、お互いにwin―winである。

 こうしてシェンロン社の協力の元、未来で起こり得た争いの火種を消す事に成功したオフィーリアはいざと言う時の保険の大切さをしみじみと感じ、加入していて良かったと心から思い、将来生まれる子供にも必ずシェンロン社の保険に加入させる事を誓ったのだった。

 シェンロン保険会社に栄光あれ!


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