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第3章
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しおりを挟む「うーん、流石に他人の記憶を連続で見るのは疲れるねぇ」
『そうだな、寝た気がしない』
「出発前に軽く寝た方がいいかもねぇ」
最終日の朝、テオの記憶まで見終わったチュリとフェンリルは二人揃って伸びをする。
流石国の王子とその側近たちと言うべきか中々ドロドロとした記憶が多かったが、中でも一番色が悪かったカイルの記憶は壮絶だった。
元は村人だったが奴隷落ちした親から産まれ、生まれながらに奴隷として生活してきたカイル。
そんなある日、呪術師の男に実験の材料として買われ一緒に買われた仲間と肩を寄せ合って暮らして来た。
一人また一人と死んでいく中、何とか生き延びようと必死で考えたカイルは自分が材料以外でも使えるとアピールすれば死ななくて済むかもしれないと考え、男の身の回りの世話を買って出た。
幸い、奴隷生活で培った掃除や炊事等の家事で何とか男に気に居られる事に成功したが、かつて一緒に買われた仲間や新しく買われてきた奴隷の命が呪術に使われるのを見ながらいつ気まぐれな彼にいつ材料にされても可笑しくはないと怯えながら必死で生活する毎日。
世話を買って出たかいあってカイルは殺される事無く買われた日から二年生き延びる事ができた。
だが、二年と少ししたある日。
「そうだ、お前を使えば上手くいくかもしれん」
実験に行き詰っていた男がふと顔を上げ、笑顔でそう言った。
他の使い捨ての奴隷よりも長く傍に置いて少し愛着も湧いたカイルならば感情に呼応する魔術的な物が作用してよりよい結果が出るかも知れないと言う、荒唐無稽な話にカイルは絶望した。
逃げ出そうにも手慣れた男に呪術で身動きを封じられ、あっと言う間に解剖台の上へと運ばれたカイルは今度こそ死を覚悟する。
もっと昔に死んでいたはずの命だ、2年延びた事でももった方だと。
男がナイフを手に取り、カイルの胸へと当てたその時、部屋の扉が荒々しく開かれた。
「我々は騎士団の者だ、大人しく手を上げろ!」
舌打ちをした男が扉へと振り向きざまに何かを投げたのが分かった。
それは扉を開けた者へと辺り、勢いよく燃え出す。
「ぎゃあああああ!!」
地面へとのた打ち回り火を消そうと必死になる騎士の男とマントで火を消そうとする仲間を尻目にカイルを解剖台から降ろし、小脇に抱えた男が虚空に手を向けブツブツと呟く。
すると男が手を向けていた虚空に黒い霧の様な物が現れた。
首だけは自由に動いたカイルは何だこれはと男を見上げた瞬間、男の胸から何かが飛び出した。
ごぷりと男の口から赤黒い血が湧き出すと小脇に抱えられていたカイルの身体が地面へと落ちる。
相変わらず身動きの取れない体で男を見上げるとその後ろに騎士が立っており、男の胸へと剣を突き立てていた。
その剣が抜かれると男の体はカイルの横へと崩れ落ちる。
ごぷり、ごぷりと血を吐いた男はしばらくすると静かになり、カイルの自由に動くようになった身体が男が死んだ事を教えた。
「大丈夫か少年。もう安心していい」
そう言って差し出してくれた騎士の手を掴んだカイルは震える足で何とか立ち上がる。
カイルの首に嵌められた首輪を見た騎士に君はこいつの奴隷だったのかと聞かれたカイルは頷く。
「そうか、ではこいつについて色々聞かせて貰えないか?」
「はい、かしこまりました」
場所を移動すると言い、歩き出す騎士の後に続こうとしたカイルはふと足元で事切れている男の亡骸を見下ろした。
男に対するこれまでの恨みとかざまあみろと言う気持ちだとかそう言うのが浮かぶかと思ったがカイルの胸中に浮かぶのは男に対する憐憫に似た感情だけだった。
部屋の入り口でついて来ないカイルに振り返って呼びかける騎士の声に男に対する関心を失ったカイルは一度も振り返ることなく2年を過ごした地獄を後にした。
後に、男と2年を過ごす内に呪術に関する知識を蓄えていたカイルは男の遺品捜査等に大いに活躍しその後、縁あって助けてくれた騎士、イーサンに仕える事となる。
文官であるイーサンが何故騎士の真似事などしていたのかはさておき、彼の元で様々な知識を学びながら今日に至る。
産まれた時から虐げられる事が決まっている人生、気に入らないと振るわれる暴力、あちらこちらが赤黒い液体で汚れた薄暗い部屋、檻の中で怯えていたり虚ろな表情で座っている人々、常に風前の灯火である己の命。
男と同じ存在である呪術師の男への態度といい、これは結晶が濁っても仕様がないなと一人と一匹は納得した。
最後に見たのはテオの記憶だったが、彼の記憶は様々な国や集落を巡った物で溢れており、まるで冒険譚を読んでいる様な気分になった。
わりと高頻度で女性とのあれこれがあったのは御愛嬌だろう。
しばらく過ごして感じたテオの性格的に女性と酒と金が大好きなのは分かっていたが、ライアン達の仲間に加わった理由が本当にアメリアに一目惚れしたからと言うのには驚いた。
てっきり何か他の目的でもあるのかと思っていたチュリは己の邪推だったかと心の中でテオに謝罪した。
そんな感じでテオの記憶はあの中で一番楽しく見る事ができたので最後に見た記憶が彼の物で良かったとチュリは心底思った。
『準備は良いのか?』
「うん、バッチリさ」
フェンリルへと得意げにチュリは背負っている愛用のリュックサックを見せつけた。
いつもの制服とジャージ、スニーカーの恰好をし、その上から簡素だが魔獣で作った脛当てと小手、胸当てを付け、それらを隠す様にフードのついた紺色の外套を着ている。
背中にはリュックの他に矢筒と矢を背負い、腰には小さな革袋や手袋、ナイフがいくつか連なっているベルトを装着し、服の下にもいくつかの武器を。
「こんな重装備するのは久々だねぇ。フェンリルは何も付けなくて本当に良いの?」
『ああ、我には自前の物があるからな。余計な物は動き辛い』
「うん、じゃあいつでも出発できるね」
しばらく留守になる家の中を一度見渡した後、チュリは頷いた。
「おっと、挨拶してかなきゃ」
入口に鍵を閉め、そのまま家の裏へと向かうとそこには大きな岩がある。
岩は一面だけ平らになっており、そこには複数の人物の名前が彫られており、上の方にある文字は一部風化して読み辛くなっている物も多い。
その中でも一番新しい掘り口の文字を一度だけなぞるとチュリはそっと両の手を合わせた。
そのまましばらく佇んでいたチュリは一つ息を吐くと目を開き、背後で待っていたフェンリルへと振り返る。
「お待たせ、じゃあ行こうか」
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