猟師救国物語

東稔 雨紗霧

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第3章

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  「チュリが仲間になると言うのであれば、差し当たって早急に教育したいことがあるのだが」
 「なんだい?」


 ライアンから解放されたのにホッとする間もなくチュリに教育したいと言い出したイーサンは馬の手綱をカイルへと渡し、フェンリルに跨ったチュリへと近付く。


 「とりあえず言わせて貰うが、ライアン様を前にしていつまで騎獣している! さっさと降りなさい」
 「はーい」
 「それと数日だけだと我慢していたが君のライアン様の呼び方はなんだ。呼び捨てるな、様をつけたまえ様を!」
 「ライアン本人が様を付けなくていいって言ったんだ。あたしの意志じゃないよ」
 「その時は良かったかもしれんが今はライアン様に仕える身になったのだから分をわきまえなさい」
 「あたしは雇われる事には同意したけど仕える事には同意した覚えはないよ? ライアンはあくまでも雇用主だ。仕えるのとはちょいと違うんじゃないかねぇ?」
 「同じような物だ。いずれにせよ雇用主だとしてもそれなりの態度はとるべきではないのかね?」
 「ふーん、そういうもんかねぇ。ライアン様って呼べば良いのかい? それか殿下? それともライアニル様?」
 「今はお忍びの身であられるからライアン様とお呼びしなさい」
 「オッケー」
 「桶? ふざけているのか」
 「えー、了解って意味なんだけど」
 「イーサン様、魔の森の民ならではの言葉なのでは」
 「そうそれ!」
 「そうか。ならば仕方がないか」


 カイルによる助け舟のお陰でイーサンのお小言を脱出する事ができたチュリはイーサンにバレない様にカイルに親指を立てた。
 そんなやりとりを見ていたライアンが悪戯気な顔で言った。


 「私は別に呼び捨てでも構わないのだがな」
 「それでは他の者に示しがつきませぬ。止めて下さい」
 「そうか、残念だ」


 全然残念そうには見えない顔で肩を竦めるライアンに全くこの人はとイーサンはため息を吐いた。


 「それとチュリ」
 「はいはい」
 「はいは一回。リアムと私を呼ぶときは敬称を付ける様に。貴女最初は付けていたのにいつの間にかとってるのは何故だ?」
 「いや、イーサンが私の事をチュリ殿って呼ばなくなったからじゃあいっかなって」
 「リアムは付けて呼んでいても敬称をつけずに呼んでいるみたいだが?」
 「ライアンも呼び捨てなのに一人だけ敬称付けて呼ぶのも可笑しな話だと思ってさ」
 「それなりに理由があったのは理解できたが却下だ。私達は貴族だ、敬称を付けなさい」
 「オッケー」
 「それとその話し方をゆくゆくは教育していくので覚悟しておく様に」
 「マジかよ、オッケー」
 「……今のは?」
 「本当に、とか信じらんないって意味らしいよ」


 テオの解説にチュリは笑顔で親指を立て、テオも笑顔で親指を立て返した。
 二人のやり取りを不可解な物を見る目でイーサンが見ている。


 「……なんだその手の合図は?」
 「グッジョブ! 良い仕事したねって意味の合図さね」
 「なんか楽しいよね、こう言うの」
 「……魔の森の民の文化は独特だな」
 「そうかい?」
 「他にはどんな合図があるのだ?」
 「それはおいおい教えていくよイーサン。それより、レゲルに入らなくて良いのかい?」


 チュリの指摘に一行は我に返った。
 ここはまだレゲルの手前で入国の検問も超えていないのだ、道行く人は立ち止まっているのを不審な目で見ている。
 その事に気付いたライアンは自分がここでチュリを勧誘したからだなと反省した。
 まあ、彼女を口説くのは先ほどが絶好の機会であり、何度やり直しても自分はまた同じことをするだろうが。
 レゲルへと入る為に馬に乗りなおした一行にチュリが手を上げた。


 「あぁ、あたしは一回魔の森に帰るよ」
 「何故だ!?」


 驚くライアンにチュリは苦笑し、両手でスカートの裾を広げて見せた。


 「フェンリルはここでは目立ってるから一緒に入ったら余計に噂になるから一回離れた方が良いんじゃないかい? それと、忘れてるかも知れんがあたしゃあんたらと出会った格好のままで旅装束とかでもないし旅の支度とかは一切していないんだよ。あたしの荷物の中の物だって遭難した時のための物だし、こんなんじゃ旅もままならん。支度しに帰りたいんだよ」
 「なるほど」


 思い返してみれば確かに出合い頭に道案内を勧誘したのだ、支度する時間は一切無かった。
彼女は一切不自由ない様子で過ごして居た様に見えたが実は色々と困っていたらしい。
 それならば別に止める必要はない。
 ライアンに視線を向けられたアメリアが一つ頷くと懐からメダルの様な物を取り出し、ライアンへと手渡した。
 ライアンはメダルに刻まれた紋章を確認した後、下に居るチュリに差しだした。


 「チュリ、これは王家の紋章とは別にある私個人の紋章だ、あの検問を通る時にこれを見せると良い。私達が泊まる場所に案内する様に言っておこう」
 「ありがとう。それと準備期間だけど長期離れるんだったら家の支度とかもしなきゃだからねぇ。移動時間込みでも最低でも五日、あわよくば一週間欲しいね」
 「最低が五日なのか!?」


 魔の森からここまでの道で九日かかっている。
 追手がいるのはライアン達だからチュリが街道を通れるのは分かるがそれでも半分以下の日程で往復できると言うのだから埒外な期間だ。
 ライアンの言葉を勘違いしたチュリはえぇーと不満の声を漏らした。


 「出来たら頑張って家の事を一日で済ますって言ってるんだから五日位いいじゃないか」
 「……いや、すまぬ。そう言う意味では無かったのだ。一日では大変だろう。一週間にしよう」
 「やった!言ってみるもんだねえ。明日から一週間ね! じゃあ、あたしは行ってくるよ」
 「ああ、分かった」
 「あ、そうだ、このまま逃げる訳じゃないって事でアメリアにナイフを一本預けていくよ。師匠に貰った大切な物だからよろしく!」


 ライアンから受け取ったメダルをリュックサックへと放り込んだチュリは腰から取り外したナイフをアメリアへと手渡し、笑顔で一行に手を振った後ひらりとフェンリルへと跨った。
 チュリを背に乗せるとフェンリルは直ぐに駆けだした。
 今までどれだけ飛ばしても息切れ一つしていなかったフェンリルがどれだけライアン達に合わせていたのかが良く分かる飛ばしっぷりだった。
 ちなみにフェンリルが遊びに行っている間、チュリは徒歩でライアン達の馬に追いついていたので魔の森はやはり規格外なのだと思い知らされた様な気がしたライアン達だったのであった。
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