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第二部 1章 森の国

ビフォーアフター

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 …………。
 俺は今、まさしく言葉にならない驚きってやつを体感している真っ最中だ。

 ああいや、俺だけじゃない。

「ウソ……」
「……ありえない、わ」

 委員長なんて、唖然と驚愕で口が半開きになっている。
 美作さんが目を丸くした姿とか、中々にレアな光景じゃなかろうか。

「おねーちゃんおねーちゃん、ミリー頑張ったですぅ! 労基法軽く無視した鬼畜雇用主怪獣マレイシャに理不尽なしいたげを受けながらも、皆のためにお薬の材料を集めてきたのですぅ!」
「ボクに対する評価こそ理不尽な件について。これが風評被害か……悲しいものだね、遺憾のEだよ。ついでにこのまま、ボクのおっぱいもEになればいいのに」

 仔猫さながらな様子で、彼女・・に擦り寄っているミリーちゃん。
 その傍ら、マレイシャの奴が自分のまな板を撫で下ろしつつ、到底実現不可能な夢物語をほざいていた。
 推定AAからEになるのは、手術をしても無理だと思う。

 ――て言うか。
 ほんの数十秒前のことで悪いんだが、アイツなんつった?
 誰か教えてくれ。

「そうか……偉いぞミリー、よくやってくれた」
「えへへへぇ」

 ふにゃっと笑みを浮かべるミリーちゃんの頭を優しく撫でる、エルフの女性。
 否。外見の印象に従うなら、少女と呼ぶべきだろうか。

「お前みたいな小さな子に危険な役回りを任せるなんて、情けない限りだが……これで重傷者の手当てが出来る、本当に助かった」
「ねえ、ボクに対する労いは? ボクもそりゃあ頑張ったんだけど」

 見てくれ相応な年齢のミリーちゃんやマレイシャの例があるとは言え、それでも人間の十倍以上にも及ぶ寿命を持つ長命種。
 どこまで自分達と同じ感覚で捉えていいのか今ひとつ分からないが、容姿からして恐らく十代半ば。
 つまり、マレイシャとほぼ同年代。

 しかしながら、発育不良のマレイシャと違って背は160ちょいの委員長よりも高い。
 ついでに痩躯が基本、必然的に貧乳の割合が大多数を占めるエルフにしては、中々に豊かなものをお持ちで。
 ……鳳龍院さんよりも、ちょっと小さいくらいか。

「こんなに汚れて……後で洗ってやる、だがその前に傷を見ないと……」
「おーい。扱いに差があるぞー、あんまり蔑ろにされるとみっともなく泣いちゃうぞー」

 極め付けが、燃えるように色鮮やかな赤い髪。
 肩口の上あたりで切り揃えられたそれは、本来ごく僅かな例外を除いてエルフにはありえない髪色。

 そして俺の知る限り、赤毛のエルフはこの村にただ1人。
 以上の点を踏まえて鑑みるに、彼女の正体は――

「ああ、なるほど。つまりニーヴァちゃんの妹さんか娘さんあたりだな!」
「さっきも同じこと言ったけど、正真正銘本人だよヤコウ君」





 魔族の手により襲撃を受けたエルフの村。
 そこに訪れた俺達を待ち受けていたものは、むごい傷痕と慌しく飛び込んできた生き残りの少女達。

 再会を果たしたミリーちゃんとマレイシャに連れられ、向かった先にあったのは洞窟だった。
 なんでも、500年前『エルフビレッジ』が『魔国』により攻め滅ぼされた際、落ち延びたエルフ達が最初に隠れ住んでいた場所らしい。
 当時はまだ残党狩りなども数多く居て、ほとぼりが冷めるまで数十年ほどそこで暮らした後、あの村に移り住んだのだと言う。

 要するに、隠れるには最適の場所とのこと。
 認識を阻害する結界や侵入者用のトラップなども、多少劣化こそしているが使える状態で残っていると聞いた。
 無論、俺達が入る時には解除して貰ったが。

 ……と、閑話休題それはともかく

 隠れ家に到着すると同時に、入り口で俺達を迎えてくれたエルフが1人。
 そしてそれは、なんとニーヴァちゃんだったのだ。


 ただし俺の記憶に残る彼女とは、どう考えても外見年齢含む諸々が一致していなかったけれど。


 ………………………………。
 ……………………。
 …………。

 どういうことなのこれ……。

「質問だ委員長、化粧とかで二十代女性が十代に見せるって可能か?」
「知らない。口紅ひとつ使ったことないから」

 ですよねー。だってメイクした姿とか見たことないもの。
 美作さんも香水以外使ってないっぽいし……ウチじゃ鳳龍院さんくらいか、化粧の心得ありそうなのは。

 ともあれ俺達3人は円陣を組み、ひそひそと話し合う。
 それくらい衝撃的だった。

「イメチェンってレベルじゃねーだろあれ。そもそもなんでちゃんと服を着てるんだ、標準よりは露出多めだけれども」
「あのちっちゃい子が懐いてるのも違和感しかないわ。前に会った時は、肉1枚のために大喧嘩してたのに」
「……でも、身体の傷痕は同じ位置、ね。一度しか会ったことないけど……脇腹の傷は、目立ってたからよく覚えてる、わ」

 ニーヴァちゃん(仮)を時々チラ見しながら、見る度に疑問符を頭上に浮かべる俺達。

 年齢トシが違う、雰囲気が違う、なんか色々違う。
 けれど他人と断ずるには共通点が多過ぎて、やはり妹や娘と言われた方が、こちらとしては大いに納得出来た。

「……え、えっと、ニーヴァさ――ちゃん?」

 遠巻きにしていても始まらない。
 こうなったら真偽を確かめるべく、俺は意を決してニーヴァちゃん(仮)に話しかけた。

「ヤコウ……ああ、よく来てくれた……歓迎するよ。と言っても、村はあの有様だが」

 こちらへと歩み寄り、自嘲気味に笑うニーヴァちゃん(仮)。
 ……本当に、本人なのか?

「ワタシ達が襲撃を受けたと聞いて、わざわざ来てくれたんだってな。嬉しいよ」
「一人称変わってるじゃねーか! 言葉遣いとか口調とかも、なんか微妙に違うんですけど!?」

 意味分からん、混乱してきた。
 落ち着け俺、こうなったら現状を整理しようじゃないか。

 マレイシャやミリーちゃん、そして目の前に居る当人の口振りだと、紛れもなくニーヴァちゃん本人。
 だがしかし、俺の知る彼女とは似通っているようで、どこかが致命的にズレている。
 つか、そも見た目からして違うし。

「な、何があったんだニーヴァさ――ちゃん。その姿は……?」
「うん? ああ、そうか。オマエは知らなかったな」

 ――逡巡の末、取り敢えず目の前の少女をニーヴァ本人だと考えたらしい。
 そして、その場合疑問として真っ先に浮上してくる容姿の激変について、恐る恐る尋ねる夜行。

 『星喰』から呪いでも受けたのか、それとも更にタチの悪い何かか。
 いずれにせよ、肉体構造が変異するなどただ事ではない。

 一体全体何があって、彼女はこんなことに――


「若返りの秘薬を飲んだ。今のワタシは、そうだな。人間で言うところの15歳くらいか?」


 ――オーケイ。
 要するに、マレイシャあのアホが全ての元凶か。

「マレイシャちゃぁ~ん。ちょぉっと、こっち来ようか~?」
「おおう、なんてあからさまな猫撫で声。ボクは行かないぞ、行ってたまるか!」
「……お菓子あるぞ」

「んわーい! お菓子お菓子ー!」

 今日び小学生相手でも通用しない手にまんまと引っかかる暴食エルフ。
 夜行はちょうだいちょうだいと寄って来た食欲の権化の襟首を掴み、捕獲する。

「みゃー!? 捕まったー! 騙したなこのー!!」
「オイコラこのポンコツ薬師。どういうことか説明しろ」

 じたじた暴れるマレイシャだが、当然そんなことをしても拘束を抜け出すことなど出来ない。
 やがて観念したのか、ぷくっと不機嫌そうに頬を膨らませつつ、そっぽを向いて彼女は答える。

「……ボクのせいじゃないもん。ニーヴァさんの怪我を早く治すために代謝を上げる必要があったから、頼まれて作っただけだもん」
「なんで若返っただけでキャラまで変わってんのかを聞いてんだよ!!」

 若返り云々は、この際まあ良しとする。
 アバウトとマイペースに服を着せたような存在たるマレイシャだが、誰もがお手上げだったリスタルの身体を治せる薬を材料さえあればポンと作るような技術チート。
 人類の夢のひとつである若返りの薬が作れようと、今更大して驚きはしない。

 が、何故外見の変化に伴って内面まで変化しているのか。
 ハッキリ言って意味不明だった。

「どーせお前がなんか変なことでもしたんだろうが!」
「ち、違うよ! アレはアレだよ、精神が肉体に引っ張られたんだよ! ホラ、外見が若々しい人は言動もそれ相応なものだろう!? 若さゆえの過ちだよ!」
「何それ、意味分かんない」

 ぼそりと呟く九々。
 そして夜行も、全くの同意見である。

「人間換算で24歳から15歳になったことで、心もツヤとハリを取り戻しただけなんだよー!」
「それでどこをどうすりゃヤンキー露出魔がクールビューティにクラスチェンジすんだよ!! 年齢でキャラ激変とかどこの英雄王!? どこの征服王!? キャラエディット最初からやり直したレベルじゃねえか、なんだあの有り得ないビフォーアフター第2弾は!!」

 小首を傾げてこちらを見ているニーヴァを指差しながら、頑なにこちらと目を合わせようとしないマレイシャを糾弾する夜行。
 ちなみに、第1弾がマッスルクリーチャー化した千影なのは言うまでもない。

「正直に言っていいんだぞマレイシャ。アレだろ、薬作る時にくしゃみでもして材料ぶちまけたんだろ?」
「むぐ……確かに瓶ごとひっくり返したけども! 分量も少し間違えたけども! 薬なんて目分量でどうにかなるんだから、それとこれとは関係ないよ!」
「ぶちまけてんじゃねぇか、関係大有りだろうが!! つーか料理じゃねぇんだぞ、どうにもならんわ!!」
「シロートのくせに知った風な口利くなー! ボクは専門家だー!」

 げしげしと蹴りを入れてくるマレイシャ。
 痛くはなかったが地味に腹立たしかったらしく、デコピンで応戦する夜行。

「……正直、精神年齢同レベルよ、ね……あの2人」
「それに関しては同意せざるを得ないわ、悲しいけど」

 喧嘩する2人の姿を、遣る瀬無い眼差しで見つめる九々とサクラ。
 実年齢である16歳よりも幼く見える少女と争う姿は、お世辞にも器が大きいようには見えなかった。

「この、このこの! ボクは天才薬師様なんだぞ、偉いんだぞ! て言うかいいじゃないか別に、ミリーちゃんだって今のニーヴァさんの方が好きだって言ってたし!」
「人格に影響の出る薬なんぞ作っといて何が天才だ! このポンコツ!」
「なにをー! キミなんか脳味噌空っぽのNO味噌男じゃないかー!!」
「ッだとゴルァァァァッ!!」


「――よせ、2人とも」


 彼等の不毛な諍いを止めたのは、割って入ったニーヴァ。
 襟首を掴み上げられたマレイシャを抱き止め、そっと下ろす。

「ヤコウ、あまりマレイシャを責めないでやってくれ。この子はありあわせの材料で、必死になって薬を作ってくれたんだ」
「う……まあ、ニーヴァさ――ちゃん本人がいいなら、別に……」

 不機嫌そう、ともすれば凶暴性すら滲み出ていた以前のそれとはまるで異なる、静けさをたたえた双眸。
 澄んだ泉を連想させるイロで見つめられ、バツが悪そうに頬を掻く夜行。

「それに人格改変コレは、別にマレイシャのせいじゃないさ。ワタシは若い頃こんな感じだったからな……こうして薬を飲むのは4度目になるが、若返ってから数十年はいつもこうなんだ」
「若かりし頃のアンタに一体何があったんだ!?」

 180度とまでは言わないにしろ、性格や性癖が90度以上も捻じ曲がるような出来事とは。
 本当にどこをどうすれば、このクールガールがヤンキーヘビースモーカーになってしまうのか。

 ……いずれにせよ、知人が最早人格レベルで別人になっていると言う状況は、ひどく据わりが悪い。
 夜行のそんな思いを気取ったのか、ふとニーヴァの表情に影が差した。

「…………」
「ニーヴァさ――ちゃん? えっと、どうかした?」

 どうでもいいが。外見年齢が大きく下がったにも拘らず、精神面では寧ろ今の方が落ち着いているような印象を受けるせいか、ちゃん付けで呼ぶことをつい躊躇ためらってしまう。

「……なあ、ヤコウ。今のワタシは、嫌いか?」
「へ?」

 そっ、と自らの胸に両手を重ね置くニーヴァ。
 以前の彼女ならば絶対やらないだろうそんな仕草に、夜行の心拍が僅かばかり上昇した。

「その……今のワタシにとって、100歳前後で確立されたあの人格は、恥以外の何物でもない……けど、もしオマエがそうしろと言うのなら、ワタシは……」
「…………」

 ニーヴァのそんな言葉に、夜行はぱちくりと目をしばたかせる。
 そして彼女の姿を正面から見据え、ふと考えた。

 ――左眼が前髪で隠れるような形になった、赤毛のショートヘア。
 若返ることで骨格そのものが変わったのか、女性にしてはそれなりに筋肉がついていたはずの身体つきは、少し細くなっている。
 透けるような肌理きめ細かい肌。身体のそこかしこに刻まれた傷痕のコントラストが、なんとも悩ましい。

 何より、雑っぽかった仕草や言動が一新されたことで女性らしさが前面に押し出されている。
 落ち着きのあるクールな雰囲気も相俟って、思わず見蕩れてしまいそうだった。

 好きか嫌いかと聞かれれば、夜行は当然――

「――今の方が断然いい。モロ好みだ、先輩って呼ばれたい」

 容姿や人格の激変にしか目が向いていなかったけれど……落ち着いて考えると、凄まじくストライクだった。
 クールビューティ最高、年下万歳。
 やっとエルフらしいエルフの姿を見たような気がして、感動すら覚える。

 これが将来的にはあんな残念美女になるなど、予め知っていなければ想像すら出来ない。

「ずっとこのままでいて下さい。そうだ、今度町に出てデートでも――」

 思わずナンパに走ろうとした夜行の後頭部を、鋭い衝撃が貫いた。
 吹っ飛ばされつつ空中で体勢を立て直し、何事かと振り返ってみれば蹴り足を戻す最中の九々。
 どうやら、彼女に蹴られたらしい。

「いきなり何すんだよ委員長!?」
「後にしなさい、このバカ」

 刺々しい不機嫌な口調。
 文句のひとつも言ってやりたい夜行だったが、向けられるナイフの如き眼光にビビり、封殺される。

 そしてそんな彼等の傍らで、サクラが溜息混じりに呟くのだった。

「はぁ……とんだ茶番、ね」





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 夜行の好みは年下。と言うかぶっちゃけて言えば後輩。
 髪は短め、クール系が好き。
 けれどどこぞの元カノは、この条件に掠りすらしていない。
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