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第二部 1章 森の国

奇妙な町

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「痛いよう、痛いよう……」

 町の入り口にて勃発した乱闘騒ぎも、どうにか流血沙汰となる前に収まり。
 一部に少々険悪な空気を残しつつだが、夜行達一行は街中を歩いていた。

「ボディが辛いよう、前が見えないよう……」

 全身痣だらけ傷だらけ、たんこぶだらけの姿でサクラに襟首を掴まれ、引き摺られるマレイシャ。
 顔面が凹んでいて前すら見えない彼女は、例えるなら死に掛けのアブラゼミとでも呼ぶべき有様で。
 聞いている方の気が滅入りそうな泣き言を、絶えることなくめそめそと垂れ流している。

「肋骨が全部折れたよう、10本粉々だよう……」
「もっとあるから大丈夫よ。お願いだから少し黙ってて」

 とは言え喋り続けるだけの余裕があるのだから、恐らく平気だろう。
 うんざりした声音で、九々が無慈悲に切り捨てる。

 ちなみに彼女とサクラは、全くの無傷だった。

「ちくしょうめぇ、強過ぎだよこのおっぱいお化け……てか、どうしてクク君は無傷なのさ」
「私、魔力障壁あるから」

 なんて不公平な世の中だろうかと、マレイシャは毒づく。
 更に。

「雪代には加減した、わ。怪我させたら、たぶん戌伏……本気で、怒るから」
「ボクはいいのか。だからってボクをこんなにボコボコにしていいのか、許されるのか」
「ええ」

 淡々と呟かれたサクラの言葉に、益々世の無慈悲を嘆くマレイシャ。
 紛うことなき差別。万民平等など決して有り得ないと知った、16歳の晩夏である。

「つかお前、治療薬持って来てるんだから使えばいいじゃねぇか。ほら」
「わーいわーい、高いのですぅ」

 内実はどうあれ、外見に限れば幼子でしかないミリーに荷物を持たせたままでは世間体が悪いので、彼女に代わって巨大なリュックを片掛けに背負った夜行が、呆れ混じりに言う。
 当のミリーはリュックの上で楽しそうにはしゃいでいて、引き摺られているマレイシャとは扱いが雲泥の差だった。

 投げ渡された薬を頭から被りながら、マレイシャは言い知れない敗北感に打ちひしがれる。
 虐めや差別、かっこ悪い。

「不当待遇だぁ、訴訟を起こしてやるぅ……」
「怪我したのはほぼ自業自得だろうよ。美作さんと喧嘩なんて、俺でもボコボコにされる」
「それに、訴えてもいいけど……たぶん姫に揉み消されると思う、わ」

 やってられなかった。





「それにしても、意外と目立たないもんだな」

 行き交い、すれ違う人々の様子を見つつ、ふと夜行が首を傾げる。

「ただでさえ希少種のエルフを3人も連れてるんだから、もっとこう、注目を集めると思ってたんだが」

 ボロボロだったマレイシャに向けられていた引き気味の視線も、魔法薬ポーションにより全快したので既に消えている。
 ……とは言え、確かに今もこちらへと注がれる視線が全く無いワケではない。
 しかし夜行の想定していたそれとは、恐らく違う。

 何故か、と理由を問われれば。

「見られてんの、ほぼ美作さんだし……」

 傷ひとつ、シミひとつない真っ白な肩と太腿を晒した、色々と丈の合っていない着物姿。
 ロリ巨乳がそんな格好をしていれば、男の目を惹くのは至極当然のこと。着物自体大陸では珍しい服装であることも重なり、3人に1人はサクラを二度三度見している。
 言うまでもないが、全員男だった。

「なんとも悲しき雄のさがだな。でも気持ちは分かる、すっごく」

 自分も逆の立場ならきっと同じことをすると、力強く頷いた夜行。
 どこまで行こうと所詮そんなものなのだ、男とは。正味の話、平助を真っ向から糾弾できる立場ではない。

「ばか」
「今回ばかりは素直に認めるけど、ひと言で切り捨てるのは流石に酷くないすかいいんちょさん」

 そんな夜行に胡乱げな眼差しを向けた九々が、心なしかトゲのある口調でぼそりと呟く。
 どうやら、まだ機嫌が直っていない様子。彼女は足下の小石を蹴り飛ばしながら、恨めしそうに言葉を続けた。

「……どうせ私は小さいもん」
「美作さーん、謝ってー。委員長にさっきのこと謝ってー」
「嫌よ。私、悪くないわ」
「まあまあそう言わず。とりま形だけでもいいから、な?」

 すっかり拗ねている九々を尻目に両手を合わせ、小声で懇願する。
 サクラは暫しの間、物申したげに無機質な瞳で彼を見上げていたけれど。憎からず思っている相手に頭を下げられては、無碍にするのもはばかられる。
 やがて諦めたように溜息を吐き、不承不承ながらも首を縦に振った。

 割と根に持つタイプの九々には、ちゃんと謝るのが一番手っ取り早い解決方法。
 自分は悪くないと主張するサクラの言い分も分からないではないが、ここは大人になって欲しい。

 そう思い、渋るサクラを促した夜行だったが……結果的に、その考えは完全な裏目となる。

「胸が大きくて、ごめんなさい。肩凝りで苦労してて、ごめんなさい」
「嫌い! こいつ嫌い、だいっ嫌い!!」

 まさしく火に油。言葉尻にごめんなさいを添えているだけで、完全に煽っていた。
 夜行を間に挟んで睨み合う2人の姿に、彼は薄々感じていたことを確信する。

「(やっぱり相性最悪じゃねぇか、この2人……)」

 自尊心が強く他人に興味がないサクラ、身内以外に心をとざしている九々。
 加えて双方共に我が強く、歩く際には対面から来る相手に道を譲らない思考回路の持ち主達。

「アンタなんて横にばっかり膨れ上がったチビじゃない! 厚底靴で誤魔化して、無駄な努力ご苦労様!」
「グランドキャニオン」
「根暗チビ!」
「マリアナ海溝」

 だからこうして、些細なことでも喧嘩になる。
 実のところ理由などどうでも良く、ぶつけられる罵詈雑言そのものも然程気にしてすらいないのかも知れない。
 要は互いが互いに、ケチをつけたくてしょうがないのだ。仲裁に入る側としては、最も始末が悪かった。

「ねえ、ちっちゃい子を見下ろしてお話しするのって首が痛くなるのよね。どうにかならない?」
「貧乳絶壁平原荒野焼け野原空気抵抗ゼロ。貴女の復活の呪文、よ。ちゃんとメモして、し餅」
「……いい加減にしないとぶっ殺すわよミニマム火星人」
「やってみれば、削れた洗濯板」

 今まではそもそもの接点が少なかったため、取り立てて問題が起きることも無かったけれど。一緒になって旅をする以上、これからはそうも行かない。
 こんな諍いが起きる度に彼女達を宥めなければならないのかと思うと、夜行は早くも頭痛を感じ始めていた。

 あと、出来れば自分を間に挟まないで欲しい。

「……はは……あぁそうだ、ワタシ達が目立たない理由だったな。説明を忘れていたよ」

 罵り合うサクラと九々。彼女達の放つ険悪な空気に晒され、げんなりしている夜行を見かねてか。
 ニーヴァが苦笑交じりに割って入り、話題を逸らす。

「認識阻害の魔具を使っている。周りからは、ワタシ達の耳は人間と変わらない」

 そう告げた彼女の指先が、耳元の小さなイヤリングに触れる。
 見れば、マレイシャとミリーも同じ物を着けていた。

「過度な注目は騒動の種になるからな。外に用がある時は、これを使う」
「へぇ……あれ、でも俺達には効いてないっぽいけど」
「最初からワタシ達をエルフと認識している者には効果が無い。それに魔具や魔法で調べられたら一発だから、入るために検問を通る必要のある大都市では使えない代物さ」

 別にエルフだからとそれだけで捕まることは無いけれど、希少種である以上注目されるのは当然。
 奴隷商や人攫いなどに狙われる恐れも考えれば、無闇に種族を明かすのは避けるべきだろう。

「まあ、邪な思いで近付いてくる輩は心の色を見ればひと目で分かるんだが。1人1人あしらっていては、この規模の町を真っ直ぐ抜けるだけでも2日は掛かってしまう」
「はははっ、そりゃ面倒だ」

 肩をすくめたニーヴァのジョークに、刺々しかった空気も幾らか和む。
 毒気を抜かれ、取り敢えずここでこれ以上いがみ合うのも馬鹿らしくなったのか、全く同時にそっぽを向いた九々とサクラ。

 仲良くしろとまでは言わないからせめてそうしていてくれと、切に願ってしまう夜行であった。





 ――ともあれ、嵐が去ったことで話は元に戻る。
 ダンジョン入りの準備として必要な、食料や物資。それ等を買い集めるため、ニーヴァ曰く数日は町に滞在するとのこと。
 そして一行はその間の宿を取るべく、前に此処へ来たことのある夜行の案内を受け、街中を進んでいた。

「そう言やニーヴァちゃん。俺こっちの世界の通貨とか相場とか、金銭感覚のイカれたお姫様のせいで未だに曖昧なんだけど……道中の資金ってこれで足りる?」

 じゃら、と音を立ててコートのポケットから持ち金を引っ張り出す夜行。
 開かれた手の中には、500円玉サイズの金貨が20枚ほど収められていた。

「……十分どころか過分なくらいだな。国や地域で多少異なるが、金貨1枚あれば一般的な4人家族が3ヶ月近くは暮らせる。オマエ達は2ヶ月で帝国に帰るんだろう? なら、多目に見ても諸々込みで金貨2枚あれば大丈夫だ」
「あ、そうなのか。良かったー、急な出発だったから俺しか現金持ってなくてさ。前に買い物したくて姫さんから金貨200枚貰ってたんだけど、その時のお釣りで」
「どんな買い物をすれば金貨150枚以上も一度に使えるんだ……屋敷でも買ったのか?」

 サクラに約束した着物と簪代である。色々と細かく注文を付けていたら、積もり積もってそんな額になってしまった。
 言うまでもないが、普通は服一着にそんな大金などかけない。

「ヤコウ君、お小遣い! ボクお小遣い欲しい!」
「中年相手に身売りでもして稼ぎやがれ、希少種。ミリーちゃん、これでお菓子でも買うといい」
「ありがとうですぅ、おにーちゃん!」
「いいんだよ、どうせ貰いもんだし。委員長達も幾らかずつ持っとけ」

「不公平だぞー! こいつペドフィリアだって大声で叫び倒してやるー!」

 軽い冗談だったのだけれど、だーだー涙を流すマレイシャが面白かったので、夜行は暫し放っておくことにした。
 ちなみにもしも最後の言葉を実行すれば、彼女の命はない。

「ありがとう……ねえ、戌伏君? ところで、さっきから気になってることがあるんだけど」
「連立方程式に関する質問なら答えられないぞ」
「聞かないわよそんなこと。しかもそれ、中学生レベルの問題じゃない……」

 中学生レベルだろうと、分からないのだから仕方ないのだ。
 何故かドヤ顔をしている夜行を見て嘆息し、それからおもむろに辺りを見渡す九々。
 周囲を映す彼女の双眸は、訝しげにひそめられていた。

「……この街、何で掃除してる人があちこちに居るの?」

 ゴミ拾い、雑草取り、花壇の手入れ。
 ざっと見ただけでも数十人単位の人間が、そうした美化活動に勤しんでいる。

「ホント、ね。清掃週間かしら」
「ワタシが最後にここを訪れたのは数年前になるが、その時はそんなもの無かったぞ……?」

 九々の言葉で他の面々もそれに気付いたらしく、一様に首を傾げる。
 綺麗な街づくりは確かに素晴らしいことだけれど……何やら取り憑かれたように黙々と掃除を行うサマは、見ていて少々気味が悪い。

 更に。

「あ……あの人、目の焦点が合ってないのですぅ! 虚ろな目で笑いながらゴミを拾っているのですぅ!」
「あっちはなんか往来のど真ん中で熱心に祈ってるよ!? 大丈夫なのここ、ボク達この町に居て大丈夫なの!?」

 他にも探せば続々と見付かる不審な点に、ミリーとマレイシャが怯えた様子で寄り添う。
 小さく震える彼女達の肩に手を置き、夜行は苦々しい表情を浮かばせながら内心で舌打ちした。

 ――明らかに、よりも酷くなってやがる……!

「落ち着け、大丈夫。心配は要らない、関わりさえしなければ無害な連中だ。保証する」
「戌伏君……? 何か、知ってるの?」
「……知ってるけど言いたくない。思い出したくもない」

 かぶりを振る夜行の脳裏に一瞬だけフラッシュバックする、嘗てこの町を訪れた時の記憶。
 忌まわしき思い出を無理矢理頭から払い除けると、彼は勢いのままにきびすを返した。

「とにかく一度宿に向かおう。いいか、くれぐれも掃除してる奴とか道の真ん中で祈ってる奴に話しかけるなよ」

 下手に刺激してボス・・を呼ばれては堪らない。
 一刻も早く安全な場所へと避難するべく、早足で歩き始める夜行。

 そして彼は、細い路地に入ろうとして。
 死角から飛び出してきた小さな影と、ぶつかった。

「あうっ」
「っと」

 体重の極端に軽い夜行でも、特にバランスを崩さない程度の衝撃。
 彼とぶつかった影も倒れるまでには至らず、数歩たたらを踏んで持ち直した。

「あうあう、ごめんなさいでち。ちゃんと前を見てなかったのでち」
「いや、こっちこそ御免な。何せ急いでたもん……で……」

 幼い少女の声色で紡がれる謝罪の言葉に、手振りを交えながら返す最中。
 はたと何かに気付いた夜行の動きが、ぴたりと数秒停止する。

「…………でち・・?」

 まずその辺では聞かないだろう、特徴的な語尾。舌足らずな口調。
 錆び付いたロボットを思わせるぎこちない動作で、耳朶に届いた声の位置まで視線が下がる。

「まさ、か」

 ――上質な布で仕立てられた、黒い修道服。
 頭巾ウィンプルを被っていないことにより露わとなっている、柔らかそうな癖っ毛の白髪。

 そんな、そのまま修道女シスターを連想させる出で立ち。
 けれどそうと呼ぶには、あまりに幼い容貌。

 外見からして恐らくミリーと同年代だろう幼子。
 彼女はくりくりとした胡桃くるみ色の瞳で夜行を見上げ、やがて自身の双眸を驚きに見開かせる。

 そしてやや長く間を置いた後、呆然としていた幼子の表情が輝くような笑みに変わり。
 対照的に夜行の面差しは、怯えを含んだ渋面へと移って行く。

「……戌伏?」

 2人の様子に疑問符を浮かべ、夜行の背後からサクラが声をかけた瞬間。
 それを合図として、向かい合う彼等は声の限りに叫ぶのだった。





「きゃーッ! 信者たーん!!」
「うぎゃぁぁぁぁッ!? 教祖たんんんんッ!!」





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Q.大陸の通貨は?
 
 銅貨、銀貨、金貨の三種類。
 銅貨1枚100円、銀貨1枚1万円、金貨1枚100万円くらい。

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