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1巻

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 3度目の静寂が訪れた。
 やがて声を押し殺すように、夜行が笑い始める。

「クク、ククク……聞いた? マサ、ちー君。このお姫さん、俺達を買収ばいしゅうするつもりらしいよ」
「呆れてものも言えんな。札束で頬を叩かれた気分だ」
「これだからおえらい奴はよぉ……金さえ積めばどうにかなると思ってやがる、嫌になるぜ」

 3人から、剣呑けんのんな雰囲気が漂う。
『買収』などという俗物ぞくぶつ的な行為が、彼等の気分をいちじるしく害したのだろうかと、クリュスの背後に立つ騎士達が顔をしかめ、思わず武器に手をかける。
 そして。


「「「その話乗ったぁッ!!」」」


 騎士達がずっこけそうになった。

「財宝……これでオレは一生働かないで済む!」
「美味珍味、楽しみだねぇ……」
「ダークエルフ! サキュバス! まさに男の浪漫ろまんだ、合コンなんぞもうどうでもいい!」

 一転しててのひらを返す雅近、夜行、千影に、唖然あぜんとしたのは残るクラスメイト達である。
 ただ、それも一瞬のことだった。

「戌伏君達がやるんでしたら、私も参加致します。何だか面白そうですし」
「俺っちもやるぜ! うひひひ、美女美少女……たまりませんなぁ!」
「……やる」

 ほんわか笑う躑躅と、もう2人。柳本やなぎもと平助へいすけ、そして美作みまさかサクラが名乗りを上げた。
 学園でも『スケベ』『変態』『女の敵』と名が知れ渡っている平助の脳内は、既にピンク色の楽園となっているようで、だらしなく顔が緩んでいた。
 ちなみに、先程「腹ペコ系美少女~」という不用意な発言をかまして殴られたのは、この男である。
 対して、小柄な体躯たいくに陰の差した表情が特徴的なサクラ。
 普段から口数が少なく、変わり者と言われる彼女の心中は、さほど親交の深くない夜行にはうかがえなかった。
 とにかく、これで一気に6人。慌てたのは瞬く間に孤立した最後の1人である。
 キツめの目をしたショートカットの少女、クラス委員の雪代ゆきしろ九々くくが声を張った。彼女が平助を強制的に気絶させた張本人だ。

「ちょ、本気なの貴方達!? ゲームじゃないのよ、戦争だって言われたでしょ!? 人が死ぬのよ!?」
「承知の上だ。敵方には、オレの素晴らしきニートライフが為のにえとなってもらう。そもそも人間は、大なり小なり他人の生命いのちを喰って生き長らえている」

 無駄に男前な顔で、とてもかっこ悪いことを堂々と言い放つ雅近。

「自分が死ぬかも知れないって言ってるのよ!! それに今帰らなかったら、当分は戻れなくなるんでしょ!?」
「人は死ぬ、いずれ死ぬ。ニート道をきわめる為、こころざし半ばで果てるのならそれも本望だ」
「何その無駄に固い意志!?」

 てか、ニート道って何だ。

「あなたねぇ……もう少しちゃんと考え――」
「委員長! 貴様にひとつ、真理を教えてやる!」
「はい? 真理?」

 首を傾げ怪訝けげん表情かおをする九々へと、一拍置いて雅近が叫んだこと。


「現代日本でまともに就職するより――魔王でも魔族でも倒す方が、百倍は楽だッ!!」


 それは確かに、真理なのかもしれない。
 そんな雅近の魂からの叫びに、九々は唖然とした。まさに『ぐうのも出ない』という有様を、実体験させられたかのように。
 そして、その1分後。
 夜行達7人は誰1人として欠けることなく、勇者となることを決意したのであった。


         Ψ


「戌伏夜行。生活スタイルは昼型。関係ないけど、どっちかっつーと猫派」
「鬼島千影だ。『川ヶ岬高校ベンチプレスが似合う男』ランキング、2年連続1位」
「伊達雅近……好きな言葉は『悠々自適ゆうゆうじてき』、嫌いな言葉は『骨折り損』」
「鳳龍院躑躅と申します。犬派です」
「柳本平助! エルフは耳が弱いって割と鉄板スけど、マジッすか?」
「……美作サクラ……よろしく……」
「雪代九々です。これからお世話になります」
「はい、勇者様方。こころよい御協力、誠に有難う御座います」

 ……やべえ、なんかやたらとキャラの濃そうな連中が集まったぞオイ。
 自己紹介する夜行達の姿を見て、クリュスの後ろに控える騎士2人が思ったことである。

「では皆様。早速ですが、ステータスの御確認をお願いできますか?」
「先程の話にあった、個人の能力を数値化して表すという奴だな。どうすれば出せる?」

 雅近が問うと、騎士達が前へと進み出てきた。
 彼らは夜行達全員に、掌に収まるくらいの大きさの黒い金属板を手渡すと、元の位置に戻る。

「そちらは『パーソナルカード』と言って、この世界で最も数多く作られている『魔具マグ』です。ステータスの開示には、主にそのカードを使用します。身分証にもなりますので、くさないよう御注意下さい」

 と言うことで、まずは手渡されたパーソナルカードに持ち主を認証させる流れとなった。
 その為には、対象者の血を一滴いってきカードにらさなければならないらしい。
 メンヘラじゃあるまいし、自分を傷付けるなんて行為には抵抗あるなあ……と夜行は思ったが、やらないことには話が進まない。
 苦い顔をしながらも、貸してもらったナイフで親指の付け根辺りを軽く切り、にじみ出た血をカードにこすり付ける。
 すると黒いカードが一瞬、あわく発光した。どうやらこれで認証完了のようだ。
 他の面子も同じようにして、カードの認証を終わらせる。
 ワイルド気質な千影に至っては、指先を噛んで血を出していた。
 逆に手間取ったのが、躑躅であった。

「い、痛くしないで下さい……戌伏君、お願いですから……!」
「多少の痛みは仕方ないし、あと震えを止めてくれ。手元が狂う」

 自分ではどうしても刃物を指に突き立てられず、文字通り夜行の手を借り何とか完了。
 やはりお嬢様育ちには、自傷じしょう行為は厳しかったようである。


 ともあれ、ひと悶着もんちゃくありつつも全員無事カードの認証が終わり、いよいよステータスの開示となった。

「では、その方法ですが」

 使い終えたナイフの刃をハンカチでぬぐいながら、クリュスが一拍置く。
 必然、夜行達全員の視線が彼女へと集中する。

「自身の思う最高にカッコいいポーズを決めつつ、声の限り叫んで下さい。『オープン・ザ・ステータス!』と」

 …………はい?
 クリュスの放った言葉は、夜行の想像を遥かに超えていた。ナイフで指を傷付ける、なんて程度の話ではない。
 7人全員が絶句する。

「……冗談、だよな?」
「マジですヤコウ様、私は冗談なんて言いません。この世界では常識です。町に出れば皆してポーズ決めまくりの叫びまくりですよ」

 明らかに嘘だ。
 何故なら彼女の後ろに控える騎士達も、驚愕きょうがくの表情になっていたから。そもそも、さっきからプリンセスジョークとか普通に言ってたし。
 しかし、その冗談をに受け、つ覚悟を決めてしまった人物が1人。
 千影である。

「ッ……オ、オープン・ザ・ステータァァァァァァァァスッ!!!!」

 顔を羞恥しゅうちで赤く染めながら、荒ぶるたかの構えで千影が叫ぶ。
 ………………………………。
 ……………………。
 …………。
 10秒が経過。彼の持つパーソナルカードは、何の反応も示さない。
 夜行も雅近も他のクラスメイトも、クリュスの後ろに居る騎士も、周囲から遠巻きに見ている者達も。
 誰もが気まずそうに、千影から目をらしていた。
 そんな中で、クリュスが口を開く。

「……うわ……冗談はさておき、カードを持って『ステータスよ開け』みたいなことを念じれば、普通に表示されます」
「ヤコォォォォッ! 伊達ぇぇぇぇッ! 離せ、離してくれ! こいつだけは1発殴らないと気が済まねえッ!!」
「抑えるんだ、ちー君! 後ろのおじさん達がすごい勢いで頭下げてるから!」
「あんなでも、このボロ儲けを提供してくれた、わば雇い主! 報酬をもらうまでは耐えろ、鬼島!」

 夜行、雅近による必死の説得により、どうにか怒りの矛先ほこさきを収める千影だった。
 とにかく今はステータスだ、と気を取り直し、手にしたパーソナルカードを見ながら、夜行達はそれぞれ念じる。

(ステータスよ、開け)

 …………。
 数秒が経ち、夜行は眉をひそめた。
 何も表示されなかったのだ。カードはうんともすんとも言わず、ただ黒い光沢を放つのみ。
 やり方が間違っているのかと思いつつ、夜行はなんとはなしに他の面々を見回してみる。

「なあヤコ、どうだったよ? 俺はこんな感じなんだが」

 すると、不意に千影がカードを差し出してきた。
 どうやら無事にステータスを開けたようで、黒い板の表面に光る文字が映し出されている。

「わたしにも見せて下さい」

 夜行は興味津々きょうみしんしんな感じで割り込んできたクリュスと一緒に、その内容を読んだ。


 ===================
鬼島きしま 千影ちかげ
 レベル1
 クラス:機甲将軍マシナリー・ジェネラル
 称号:無し
 HP(ヒットポイント):500/500
 MP(マジックポイント):60/60
 SP(スタミナポイント):350/350
 STR(筋力):100
 VIT(耐久力):90
 INT(知力):15
 RES(抵抗力):80
 DEX(技巧力):30
 AGI(速力):50
 ▼個人技能スキル
 古傷(頭):頭を強く打って出来た古傷。INTマイナス補正。
 体術レベル6:数多くの喧嘩けんかつちかわれた技術。格闘戦での能力補正。
 男の友情:特定の人物がパーティ内に居る際、攻撃力10%アップ。対象者『戌伏夜行』。
 日々鍛錬:筋トレ趣味。STR上昇率アップ、INT上昇率ダウン。
 ▼クラス技能スキル
 機甲マスタリーレベル0:機甲系アーツを習得可能。
 鎧の加護:全身鎧を装備時、INT、MP以外の全能力上昇。
 ===================


 平たく言ってしまえば、『クラス』とは才能。『技能スキル』とは努力により得た結果である。
 クラスはこの世界の住人なら誰もが持っているとはいえ、もちろん別世界の者には当てはまらない。
 故に召喚の際に与えられるのだが、総じて強力な物となり易い。各能力も、それに応じて強化されると言う。
 現に千影のステータスを見たクリュスは、目を丸くして唖然あぜんとしていた。

「これってどんなもんなんだ? つーか何だよ、このマシナリーなんたらって」
「マシナリー……? まさか、機甲将軍マシナリー・ジェネラルですか!?」
「お?」

 興奮した様子で鎧をガシャガシャ鳴らし、駆け寄りながら叫んだのは、今まで1度も口を開くことのなかったクリュスの護衛。
 周りを囲んだ者達もまた、ざわめき始める。

始皇帝しこうていアレクサンドラ様がお持ちであったという稀少レアクラス! 纏う鎧を意のままの形へと変え、白兵戦においては最強のひとつに数えられる騎士のあこがれ!」
「お、おう。そうなのか」
「……ステータスの高さも驚きです。我が国の一般的な兵士の能力平均が大体30弱、HPやSPも150あればいい方。この数値なら、すぐにでも近衛このえたいに所属できるくらいです。レベル1でこれなんて予想以上……まあ知力はかなり残念な様子ですけど」
「残念言うな!!」

 憤慨ふんがいする千影だが、実際の数字がそう物語っている。
 彼の成績が不時着ふじちゃく寸前の低空飛行であることをよく知っている夜行からすれば、妥当だとうな評価であった。

「では、オレはどうだ? こんな感じなんだが」

 続いてパーソナルカードを差し出してきたのは雅近。
 そのステータスは、このような感じであった。


 ===================
伊達だて 雅近まさちか
 レベル1
 クラス:滅魔導スレイヤー
 称号:無し
 HP:110/110
 MP:600/600
 SP:90/90
 STR:30
 VIT:25
 INT:105
 RES:95
 DEX:55
 AGI:40
 ▼個人技能スキル
 怠惰たいだ生来せいらいなまけ者。取得経験値10%ダウン。
 秀才:優れた頭脳の持ち主。INT上昇率アップ。
 幼馴染おさななじみ本願ほんがん:パーティメンバーに『戌伏夜行』が居る場合、全能力ダウン。
 不屈の精神:曲げることのない信念。INT、RES、MP上昇率アップ。
 ▼クラス技能スキル
 殲滅せんめつ魔法マスタリーレベル0:殲滅系魔法を習得可能。
 精神の泉:MP回復速度上昇。上昇率はMP最大値とINT値に依存。
 術式合成:異なる2つの魔法を組み合わせ、行使することが可能。
 ===================


 ……個人技能スキルとやらが半分近くなことは置いておこう。
 クリュス達の反応を見るに、こちらも結構凄いらしかった。

滅魔導スレイヤー! なんと、またも稀少レアクラスではありませぬか!」
「殲滅戦において最強のクラス……チカゲ様に続いて、数千から数万に1人の稀少レアクラスが一気に2人も……既にこれだけで、大金をかけ召喚の儀をり行った価値がありました」

 白兵戦特化らしい千影に、強力な魔法使いである雅近。
 想像を超える素質を備えていたらしい2人に、周囲は興奮冷めやらぬといった様子である。

「魔法使いか。せわしなく動かずに済むのはいい、まさに天職だ」
「マサは平常運転だなぁ……そだ、鳳龍院さんはどうだったん?」
「え!?」

 何気なく夜行がそう尋ねると、躑躅はどういうワケかった表情で、パーソナルカードから顔を上げた。
 どうしたのかと思い、首を傾げつつ近寄る。

「? 何かステータスにおかしなことでも――」
「そ、そんなことありませんよ!? 至って普通、極めて普通です!!」

 さっとカードを背後に隠し、じりじり後ずさりながら笑みを浮かべる躑躅。努めて冷静を装っていたが、内心では気が気でなかった。

(こ、こんな物を誰かに見られるワケには……!)

 躑躅は頬に冷や汗を伝わせ、必死に愛想笑いで誤魔化そうとする。


 ===================
鳳龍院ほうろんいん 躑躅つつじ
 レベル1
 クラス:強奪者シーザー
 称号:無し
 HP:80/80
 MP:120/120
 SP:70/70
 STR:20
 VIT:20
 INT:60
 RES:50
 DEX:90
 AGI:25
 ▼個人技能スキル
 本性ほんしょう偽装ぎそうレベル8:おのれいつわる技術。卓越たくえつしており、日常の態度からこれを見破ることは困難。
 サディスト:他者を痛め付けることに快感を覚える。攻撃力30%上昇、防御力30%ダウン。
 楽器演奏レベル4:楽器を扱う技術。アマチュアクラスでは最上級。
 権謀術数けんぼうじゅっすう:裏での暗躍あんやくに秀でている。諜報ちょうほう、政治能力に補正。
 ▼クラス技能スキル
 強奪ごうだつマスタリーレベル0:強奪系アーツを習得可能。
 エクスペリエンス・グリード:取得経験値20%上昇。
 ピックポケット:スリの成功率上昇。上昇率はDEX依存。
 アンロック:鍵開けの成功率上昇。上昇率はDEX依存。
 ===================


 彼女もまた、まぎれもない稀少レアクラスであった。
 強奪者シーザー。あらゆる物を『奪う』ことに特化したクラスで、極めれば『レベル』や『ステータス』といった形のない物さえ奪取だっしゅ可能となる。
 しかし躑躅からしてみれば、取り敢えず今はそんなこと凄くどうでもよかった。

(こんなの見られたら、私の今まで築き上げてきたものが全部パーじゃない! 何とか、この場は誤魔化さないと……!)

 プライバシーも何もあったものではないパーソナルカードにうらみの念を飛ばしつつ、躑躅はほわほわとした笑みで話題を変える。

「え、えっと……そ、そうだ! 戌伏君はどうだったんですか? 気になります、見せて下さい」
「俺の? ああ、そういや、ステータスが出てこないんだよな……おーい、お姫さーん」

 躑躅の態度に若干違和感を覚えつつも、自分のカードが機能しなかったことを思い出す夜行。
 九々やサクラのステータスを興味深げに見ていたクリュスの方へ夜行が歩いていくと、躑躅はホッと息を吐いた。
 ちなみに、パーソナルカードのスキル欄は任意で隠すことが出来る。
 後日それを知った躑躅は、真っ先に個人技能スキルの幾つかを隠蔽するのであった。


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