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4巻
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しおりを挟むラ・ヴァナ帝国第3皇女、クリスティアーネ=ラ・ヴァナ。
皇女として生まれながらも、武術将軍であるゴスペル=ハウザーより幼少から教えを受け、齢17にして帝国有数の剣豪と讃えられる変わり種の皇族。
彼女は強い正義感から不正や不義を嫌い、弱者救済こそ己の務めと見定めた。
現皇帝クロウスター――つまり父親が病に倒れ、姉の第2皇女クリュスが国政を任されるようになった砌、帝国各地を巡る旅に出た。
この世で誰よりも慕う姉の心労を少しでも軽くするため、クリスタと名を変えて、仮面を被って正体を隠し、帝国に蔓延る悪の芽を摘んだ。
そうすることで姉を助け、民を救った。
人の心に触れる能力を持つエルフの血を継ぐクリスティアーネは、隠れ潜む悪を暴くことに秀でていた。
方々を巡り、賊徒を、罪人をひたすらに斬った。
斬って斬って斬り続けて、いつしか彼女の掲げる正義は、少しずつその形を変えて行った。
力無き者達を救う。弱者を護る。
民衆の盾となることを望んでいたクリスティアーネの信念は、己自身でも気付かぬ内に、変わっていた。
護るから斬るへと。全ての民を護る盾ではなく、遍く悪を斬る刃へと。
悪を裁く剣こそが、絶対の正義であるのだと。
――こうやって帝都に戻るのは、いつ以来だろうか。
クリュス姉さまは10年近く前から全く変わっていない気もするが、姉さま曰く、わたしが旅立つ前と比べ、身長が3ミリ伸びたらしい。
リスタル姉さまは、心なしか顔色が良くなっていて安心した。
どうやら好きな男――クリュス姉さまが召喚したという勇者の1人――が出来たらしく、嬉しそうにそのことを話していた。
帝都に戻る途中、勇者達の活躍はわたし自身何度も耳にした。
数万もの魔族軍をただの一撃で壊滅させた、『巨橋ゴリアテ』を粉々に砕いた、など。
果たしてどこまでが本当かは分からないが、頼もしい限りだった。
実のところ、そうした噂の数々を聞いて居ても立ってもいられず、わたしはこうして帝都に戻って来たのだから。
陽の沈みかけた夕刻。
宮殿を離れていた勇者達が戻ったと衛兵から聞いたわたしは、胸が躍るのを抑え、彼らが居るという第3練兵場へ向かった。
――けれどその途中、何かが崩れるような轟音が響く。
何事かと走った私の目に映ったのは、激しく破壊された壁の数々。
まさか敵襲か。練兵場に居るはずのクリュス姉さまは無事か。
わたしは、血の気が引く思いで練兵場に辿り着いて――そいつを見付けた。
「――ッ!?」
フードをすっぽりと被った、赤黒いロングコート。
視界に姿を収めた瞬間、背筋を貫かんばかりに伝わってくる禍々しい気配。
凝り固まった怨嗟、溢れる憎悪。かつて呪いの品を目の当たりにした時と同じ、あるいはそれ以上に強い圧迫感。
考えるよりも早く、腰に佩いた『ジャッジメント』を引き抜く。
魔力を通し、剣身に青薔薇の模様が浮かび上がるのを視界の端に収めて、あの男の――ヤコウの胸を貫いた。
わたしは独りでに口の端が吊り上がるのを感じつつ、更に切っ先を押し込んで、己が胸から突き出た切っ先を眺める悪へ向けて叫んだ。
「探したぞ、ジョーンズゥ……いや……ヤコオォォォォッ!!」
Ψ
――ずるり、と。
青薔薇を浮かべた剣身が、戌伏夜行の身体からゆっくり引き抜かれる。
衣服には穴どころか傷ひとつないが、夜行はその場から動くことも倒れることもなく、衣服の隙間と口元から、止まることなく血を流し続けていた。
「な、んで……え? どうし、て? なんで、やこうさま……血……あ、え?」
頭上に添えられたままの、硬く強張った夜行の手。
飛び散った真紅の血液で、べっとりと頬が濡れた。
眼球が零れそうなほど目を見開いたクリュスが、言葉にならない声を零す。
そんな彼女の姿を、血で飾られた剣を握ったままのクリスティアーネが一瞥して叫ぶ。
「ッ……クリュス姉さまから、離れろぉぉ!!」
煌く白刃が青い軌跡を描く。
下段から振り上げられた斬撃は――夜行の右手首を撥ね飛ばした。
ぼとりと、音を立てて落ちる右手。
「――ぁ」
それを目で追ったクリュスは、斬り落とされた手首が、なんの前触れもなく燃え上がるのを見た。白い火柱が熱を撒き散らし、灰すら残さず焼き尽くす。
その刹那、血溜まりの中に夜行が音を立てて崩れ落ちた。
「――ッ!?」
赤い飛沫を散らし、うつ伏せに倒れる夜行。
ピクリとも動かないその姿を、クリュスは声も出せず見下ろした。
凍り付いた脳髄が再び動き始めたのは、およそ数秒を経てからのこと。
そこでようやく彼女は、致命傷を負った夜行が目の前に倒れていることを理解した。
「……やこう、さま……?」
返り血塗れの身体で膝をついたクリュスが、夜行の肩を揺する。
「おき、て……ねえやこうさま、おきて……」
声を震わせ、瞳を揺らして、ぽろぽろ涙を零しながら、クリュスは夜行の身体を揺すった。
「やこうさま……ヤコウ様ぁッ! 起きて、起きてよぉッ!!」
サイズの合っていない眼鏡がずり落ち、血溜まりに転がる。
黄金の瞳が溢れ出る雫で歪んだ。
「起きてぇッ! お願いだから、起きてぇッ! わたし、何でも言うこと聞くから……だから……ッ!」
漏れ出る嗚咽。瞬く間に冷たくなる身体に、己の熱を分け与えるように覆い被さった。
「――ヤコウ様ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
かぶりを振って子供のように泣き、クリュスは喉が裂けんばかりに、ひたすら夜行の名を呼び続ける。
その一方で、倒れ伏す夜行に縋りつく姉の姿に、クリスティアーネは動揺と困惑を隠し切れなかった。
「……クリュス、姉さま? 一体どうされたのです、何をそんなに――」
自分の言葉が全く届いていないクリュスへ近寄ろうと、クリスティアーネは1歩踏み出す。
その時――横合いから突き付けられた殺気に、反射的に剣を構えた。
「ぐうッ!?」
瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲う。
辛うじて防御したものの、大きく吹き飛ばされたクリスティアーネ。
空中で体勢を立て直し、捻るように身体を回しながら着地して、衝撃を受けた方向へ鋭い視線を向けた。
そこに居たのは小柄な少女。
黒地に赤い模様の入った、風変わり且つ特徴的な衣装を着ている。
クリスティアーネの記憶では、それは確か、極東の島国『ワコク』に伝わる着物と呼ばれる民族衣装だった。
露出した肩を微かに震わせ、伏せた顔は長い黒髪がカーテンとなってよく見えない。
唐突に攻撃を受けたクリスティアーネは、正眼で剣を構え直した後、怒声を上げた。
「貴様、どういうつもりだ! 何故わたしに剣を向ける!?」
「……どういう、つもり? 何故、剣を向ける……?」
ひらひら、ひらひら、ひらひらと。
少女の持つ長大な刀から、魔力で模られたピンク色の花弁が噴き出して舞う。
「そんなの……そんな、こと」
やがて刀の刃が、直前まで炉にくべられていたかの如く赤々と熱を宿した。
舞い散る淡い色の花弁は、小さくも激しい火の粉へ変わっていく。切っ先に触れた地面が、じゅうっと熱で溶ける。
黒髪のカーテンで覆われた少女の面が、人形のような動きで持ち上げられた。
「――こっちの、台詞だ」
派手さこそ無いものの端整な容姿。
赤い瞳が嵌め込まれた、光の宿っていない双眸。
大きく見開かれた眼には、たったひとつの感情がある。
その眼は真っ黒な怒りに埋め尽くされていた。
数メートルあった間合いを膂力任せの踏み込みで詰め、上段から――否。上段からの斬撃と見せかけ、もう片方の手に持っていた鉄拵えの鞘を用いた突きを放つ。
「ッぐう!!」
クリスティアーネは剣による防御が間に合わず、身に付けた軽鎧で受けた。
小柄な体躯からはおよそ考えられない怪力で、鎧を突き抜け骨さえ砕きそうな衝撃がクリスティアーネを襲う。
息を詰まらせつつも、次いで放たれた袈裟斬りはどうにか剣で流した。
「く……なんなんだ、貴様は!? 見かけぬ顔だが、もしや勇者か!? だったら、わたし達が戦う理由など――」
「だまれ」
腹を蹴り飛ばされ、間合いが開いたところで横薙ぎの斬撃が振るわれた。
太刀筋をなぞり、飛来する真空の刃。
十中八九技と思われるその刃に対し、クリスティアーネもまた同系統の技で応戦する。
剣術系技『カッターブレイド』。
ぶつかり合ったふたつの刃は、しばし拮抗した後に大きく爆ぜた。
「ハァッ……ハァッ……こうなっては、致し方ない……先に手を出したのは貴様だ、死んでも知らんぞ!!」
「……どの口が……どの口がそんなことを言うんだ、キサマァァァァッ!!」
剣戟が舞い、火花が散る。
互いの刃がぶつかる度、双方の刀と剣が悲鳴を上げる。
「よくも……よくもォッ!!」
掠めるだけで骨まで灰になるだろう切っ先を、紙一重でかわすクリスティアーネ。
だが刀にばかり気を取られていては、時折攻撃の中に混ざる蹴りや、鞘による打撃に対応できない。
(なんだ、こいつは……ッ!? 何故、急に攻撃を……!!)
背筋に冷や汗を伝わせながら、クリスティアーネは頭の中に疑問符を躍らせた。
何故眼前の少女、美作サクラが烈火の如き憎悪で刃を向けてくるのか。
己の言動が間違っているなど、生まれてこの方考えたこともない憐れな女は気付かない。
――そして、彼女の行いは、決して怒らせるべきではない、怒らせてはいけない人間の逆鱗に爪を立ててしまった。
伊達雅近は、感情の宿らない瞳で静かに見下ろしていた。
白い服を血で赤く染めたクリュスが縋りつく、倒れ伏した親友を。
「…………」
胸を、心臓を貫かれ破壊された。
残っていた右腕の手首を、斬り落とされた。
雅近は驚くほどクリアな思考で、夜行の現状を見たままに確認していた。
そうして出た結論――夜行が殺された。
雅近は首だけで振り返り、サクラの猛攻に必死に耐えるクリスティアーネに視線を遣った。
「お前か……」
僅かな声の震えすらない、極自然な口調。
「お前が、夜行を……」
けれど次に囁かれたのは、喉の奥から怨嗟の全てを絞り出したかのような、おぞましい声音。
「お前が夜行を、オレの……」
――よし、決めた。
「取り敢えず、50年ほど思いつく限りの拷問にかけるとするか」
殺すのはそれからでいい。半世紀もかければ、今よりもっといい手段を思いつくかも知れない。
だから、まずは生かして捕らえなければ。
このままでは、怒り狂ったサクラが楽に死なせてしまう。
無造作な所作で、雅近が右手を天に掲げた。
掌を中心に形成されるのは、十重二十重の複雑怪奇な魔法陣。
「……美作なら、まあ避けられるか」
それに、たとえ当たったとしてひとまず死にはしない。
全容を把握することさえ、並の魔法使いには不可能な情報量を持った魔法陣が一斉に崩壊し、空へ1本の光柱が伸びる。
光柱は天高く上った後、音も無く砕け散った。
「『ペイン・ザ・レイン』」
そして輝く雨に姿を変えて、クリスティアーネとサクラの頭上に降り注いだ。
剣戟の交叉を幾度も繰り返し、それと同じ数だけ死の気配を感じる。
1歩どころか半歩判断を誤れば命の終わりに直結する崖っ縁で、クリスティアーネは我武者羅に抗った。
だがそれも虚しく、火で視界が狭まったところを突かれ、肋を砕かれる。
戦いの最中、敵の間合いで動きを止めてしまうという最大の愚行を犯してしまった。
首狙いの一閃。切っ先が歪むほどの速さを持った斬撃。
回避も防御も、到底間に合いそうになかった。
「ッ!」
だが唐突に、サクラが攻撃を中断した。そればかりか大きく後ろに跳び、一気に間合いを離したのだ。
「……な……ん、だ……?」
砕けた骨が訴える痛みにより、零す言葉が途切れ途切れになる。
頭上がやたらと明るい気がして、クリスティアーネはぎこちなく顔を持ち上げた。
見えたのは、すぐ近くまで迫っていた無数の光雨。
それが何であるのか考える暇すら無く、クリスティアーネの頬に落ちた。
じわりと、光は雨粒のように肌に染み入って、込められた効力を発動する。
「ッあああぁあぁぁぁぁぁッ!? ああああぁぁぁぁぁぁ、あああああぁぁあああぁぁッッ!?」
大きく見開かれた目の瞳孔が、一瞬で開き切った。
空気を揺らすほど響くのは、喉が張り裂けんばかりの絶叫。
実際に喉を痛め、口から血飛沫を吐いたクリスティアーネが崩れ落ち、地面を掻き毟る。
今し方の骨折など比較にならないほどの激痛が全身を貫いた。
「いや、いや、いや、いやぁぁぁぁッ!! あが、いぎゃ、えぁぁ、あっぐぎゃぁぁぁぁッ!!」
もがき苦しむクリスティアーネに次々に降り注ぐ光の雨。
ひとつ身体に染み入る度、痛みは加速度的に増した。
極限まで圧縮された痛みの情報は時間感覚さえ狂わせ、1秒が数時間にも引き延ばされた。
その間に意識を失うことも、痛みに慣れることも、精神が壊れることすら出来ず、たっぷり数十秒、体感で数十時間から数百時間にも及ぶ幻痛を受けた。
全てが終わった後、クリスティアーネは、身体を起こすことさえ出来なくなっていた。
――『ペイン・ザ・レイン』。
『殲滅魔法マスタリー』のレベルが5以上で行使できる、一風変わった魔法だ。
魔力を光に変換し、上空へ打ち上げた後に降り注がせる。
さながら雨のようなこの光に触れた者は、純粋な痛みだけを味わう。
元々は、ゴーストなど実体を持たない精神体に、有効なダメージを与えるためのもの。
雅近はその術式を少しだけ作り変え、生身を持つ存在にも効果が出るよう改良した。
「今回は更に、ブラックアウトやショック死を防止し、魔法の発動中は脳内麻薬の分泌を妨げ、精神崩壊しないようガードもつけておいたぞ」
どうだ、親切だろうと、冷たい眼をクリスティアーネに向けたまま、雅近が皮肉げに呟いた。
その横に立ち、雅近を激しく睨みつけるサクラが言う。
「……私にまで当たったら、どうするつもりだったの」
「しっかり避けただろう? 世の中とは結果が全てだ」
事も無げに言い、視線を背後に移す雅近。
1分前と変わらぬ姿で倒れている夜行と泣き喚くクリュス。
……ぎりっと歯を軋ませ、また正面に視線を戻した。
「さて。オレはこれからあれの四肢を落とそうかと思う。取り敢えず向こう10年は、ギリギリ死なない程度の責め苦を与えながら、納得できる処刑法を考える」
――君は、どうする?
いつもの仕草で眼鏡を上げるが、よく見れば指先が震えている雅近の問いに対し、今度はサクラが後ろをちらと見る。
「私は、戌伏を」
「……そうか……たの、む」
何かを必死に堪えた声音で、雅近は短くそう告げた。
雅近がクリスティアーネに向けて歩き出す姿を見遣ってから、サクラもまた踵を返した。
「……夜行……ッ」
小さく……だが不思議と通った雅近の声。
それを聞きながら、サクラは刀を鞘に収め、泣きじゃくるクリュスの肩に手を置く。
そして、ピクリとも動かない夜行の姿に……とうとう自身も涙を溢れさせた。
サクラは頬を伝う涙を拭うことも忘れ、夜行の背に触れようとした。
その時、西の地平線に太陽が完全に沈み――世界が夜に染まる。
Ψ
…………。
例えるのならば……そう。
まるで電池の切れかけた懐中電灯のような、薄ぼんやりしてハッキリしない意識。
眠っているのか、起きているのか。それさえ定かでない、とても据わりの悪い感覚。
ここは――ここは一体、どこなのだろう。
前後左右、どこを向いても何ひとつ変わらない、全く同じ景色だった。
何も存在せず、ただ黒とも闇ともつかない空間が、遥か先まで広がっている。
一瞬、自分は目を閉じたまま周囲を見渡しているのでは、と思った。
しかし腕を持ち上げると、見慣れた手がしっかり視界に入った。
……あ、れ? 手……?
なんとはなしに掌を握り、開いてみる。それを幾度か行う内、俺は唐突に気が付いた。
自分にはもう、手など左右どちらも残っていないはずじゃないか、と。
だって、そうだ。よく思い出してみろ。
俺の左腕は、ビセッカの町で『切り裂きジョーンズ』と殺し合ったあの夜に、顔を思い出すことさえ忌々しい仮面の剣士に斬り落とされ、灰すら残さず焼かれた。
そして右腕もつい先程、何故か全身から力が抜け、倒れてしまう直前に、撥ね飛ば、され……て……。
「あ、ぁ……あ……!?」
脳裏にフラッシュバックする、青薔薇の浮かぶ剣身が俺の胸を、背後から貫く光景。
思い出した。寧ろ何故、忘れていたのか。
反射的に俺は、自分の胸に両手で触れた。
けれど腕と同様、心臓に穿たれた風穴など見当たらず、規則的な鼓動を刻んでいた。
いよいよ、一体何がどうなっているのか分からない。
……ああ。
もしかしたら俺は既に死んでいて、ここは所謂死後の世界なのだろうか。
そんな笑えない考えを払うように、かぶりを振った。
だが、だったらこの状況はなんなんだ。
途方に暮れた俺は、無意識に天を仰ぎ見て――視界一面に、紅い輝きが広がった。
前後左右、どこまで見渡しても黒と闇しか無かった虚空。
しかしその上方には、目を見張るほど大きく美しい、紅い満月が浮かんでいた。
異世界の『大陸』の夜空に在る蒼い月とは、対極の彩りを持った神秘の化身。
俺はお世辞にも芸術の類に理解がある方ではないが、そんな俺でも心から断言できるほど美しかった。
ついさっきまで胸に巣食っていた動揺や焦燥を忘れ、届くはずもないのに、思わず月に向かって手を伸ばしたその瞬間。
――グルルルル。
突然、獣の低い唸り声が、耳の奥を小さく叩いた。
応援ありがとうございます!
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