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5.大波乱の中等部入学試験(2)
天空の魔女 リプルとペブル
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5.大波乱の中等部入学試験(2)
魔女が青ワンピを脱ぐ時、それは魔女失格のらく印を押された時である。
魔女の村に生まれた女の子たちは、全員が魔女になれるわけではない。
子どもの頃からいくつかの試練をくぐりぬけて、適性があると見なされた女の子だけが大人になって正魔女となることができるのだ。
最初の試練は生まれたとき。
赤ちゃんとしてこの世に生まれてきた時に、使い魔がついていなければ、その子は魔女と認められない。
コウノトリが他の世界へ、こっそり運んでいくのだ。
ただし、例外もある。リプルがそうだ。
リプルには使い魔がついていなかったが、それでも魔女として育てられることになった。
それは、リプル自身の体に使い魔の能力が宿っていたからだ。
うまれたときにリプルには、狼の耳としっぽがついていた。
これがリプルの秘密。
リプルの半狼姿を見た魔女たちは大騒ぎをした。
「予言の書のとおりです!」
「使い魔の能力を宿した赤子だわ」
予言書いわく。
――数百年に一度、自身の体に使い魔の能力を宿した魔女が生まれてくる。その魔女は大いなる力を持つ――
その予言が示すとおり、リプルは魔法の才能に優れているばかりか、まじめで勉強熱心でもあった。まさに魔法の申し子である。
でも、パルであるペブルは、リプルの心の中をうすうす理解していた。
なぜリプルがまじめで勉強熱心なのか……それは、自分が特別な魔法使いであることに責任を感じているからだ。
と、ペブルは思っている。
まだ小さかったリプルが、周囲に狼の耳をからかわれて泣いていたとき、乳児院の先生が
「あなたはすごい力を持った特別な魔法使いなのよ」
と、なぐさめてくれたことがある。
それは、小さなリプルにとっては、はげましではなく、プレッシャーとなった。
特別な魔法使いであるために、ひとよりもたくさん勉強しなければならない。
小さなリプルの性格の根っこは、そこから育ちはじめた。
ペブルが「ふが~っ」と、いびきをかいて昼寝している間も、おもちゃの馬にシズクをのせて遊んでいる間も、リプルは、本を読んだり、魔法の呪文を練習したりしていた。
みんなが、リプルをすごい才能の持ち主だとほめそやすが、そのうらにはリプル自身のなみなみならぬ努力があることをペブルはよく知っている。
翌日。
いよいよ魔女学校中等部入学試験の本番。
試験会場では、次々と魔女の見習いの子たちが魔法を披露していく。
しかし、もちろん全員がうまくいくわけではない。
中等部の試験は、自由課題となっている。
どんな魔法を使ってもいいし、いくつかの魔法を組み合わせてもいい。
その分、実力の差が出やすい。
魔法をどの順番でどのように見せるか工夫したり、スムーズに魔法を繰りだす必要があるのだ。
リプルの番が近づいてきた。
今、演台の上にいるのは、赤い髪の女の子。
この次がリプルの番だ。
赤い髪の女の子は、早口で呪文を唱えた。
風がかすかにそよぐ。
観客席で見守る生徒たちも、シーンと静まり返っている。
大きな切り株の演台の上で、赤い髪の子は、祈るような表情で、自分の手元を見つめた。
しかし、残念ながら何も起こらなかった。
その子は、ふるえる手をそっと下ろした。
目線を落とし、あきらめたようにため息をつく。
彼女の使い魔であるトカゲが、悲しそうにうつむく。
(あの子は、今日から普通の女の子になっちゃう。魔法学園を去り、王都や他の街で普通の子として生きることになる)
その心中を思うと、リプルの心の中もざわざわと波立つ。
もちろん他人に同情している場合では、ない。次は、リプルの番なのだ。
リプルは、静かに立って、演台へと向かった。
演台の上に立ったリプルは、自分では落ち着いているつもりだった。
でも、指先にいつもより力が入っているのが感じられる。心なしか心臓のどきどきも早いような……。
リプルがぎゅっと目をつぶったとき、
「……それでは次の方、始めてください」
と、声がかかった。
5人並んだ試験官のうち真ん中に座った先生が、おごそかな声で告げる。
もしゃもしゃの白ヒゲをたくわえたその人は、ここ魔女学園中等部の校長先生。
そのとなりに座っているふわふわの長い髪、魔女帽子に紫色のリボンを結んでいる女の先生は、ずっと前にリプルとペブルがこの世の果てを探しに行ったとき、壁の上から二人を見まもっていた魔女。
えりもとには金のドラゴンのバッジが光っている。
彼女の名はホキントン。ここ魔女学校中等部の先生だったのだ。
ホキントン先生は、リプルの顔をみて、すぐにあのときの幼い魔女だと気づいたらしく(あら、ついにこの日が来たのね、どんな魔法を見せてくれるか楽しみ♪)と、ほほえんだ。
演台に立ったリプルは、ずらりとならぶ先生を見た。
校長先生のゴワゴワひげを見たリプルは、(うふふ、あの先生のおひげったら、まるで、ペブルが雷魔法を失敗して髪の毛がバリバリになってしまった時のよう)と思った。
そして、髪の毛バリバリになったペブルを思い出したリプルは、演台の上でかすかにほほえんだ。
「リプルったら、なんで笑ってるの? よ、余裕すぎる」
観客席のペブルは、小声でシズクにささやいた。
「そりゃ、リプルはいつも冷静沈着だし優秀だもん。きっと、この中でも一番の成績で受かるよ。それより、ペブルもちょっと落ち着きなよ。さっきから足動かしたり体揺らしたりで、危なくて仕方ないんだから。肩に乗ってるボクの身にもなってよ」
シズクの声がだんだん大きくなってきたので、ペブルは、あわてて、しましまくるんのシズクのしっぽで、その口をふさいだ。
シズクは、口をふさがれても、まだもごもご言っている。
ペブルが演台に目をやると、リプルがふっと目を上げ、呪文を唱えはじめたところだった。
期待感と緊張感。会場がしんと静まりかえる。
「ホールカイルリ、ラ、トルーリ……」
リプルの澄んだ声が、ひとことずつ天へと吸い込まれていく。
耳にここちよい呪文だ。
ほどなく天から一筋の光が地に落ちた。そして、光の筋の周りを花びらがひとひら、またひとひらと、舞い降りてきた。
赤やピンク、黄色、水色。カラフルな花びらが、空からつぎつぎに降ってくる。
その美しい光景に、会場にいる誰もがうっとりと天を見上げた。
「でも、これで終わりじゃないんだな」リプルは片目をつぶると「カンテ、ライナ、ハールア」と唱えた。
すると、地面に落ちたたくさんの花びらは、ポン、ポンと次々にはじけて、小さな鳥になった。
花びらだった時の色を羽に染めた色取り取りの小鳥たちは、一斉に空に飛び上がると、美しいさえずりで、歌をかなでた。
空には大きな虹色の輪を描いて飛ぶ鳥たち。空から降ってくる鳥の歌。
その場所は、もはや試験会場ではなく、鳥たちのコンサートホールになったようだった。
先生たちも試験を受ける生徒たちも、心地よさそうに鳥たちの歌を聞いている。
「リプル、おめでとう!」
ごわごわヒゲの校長先生が、立ち上がるとバチバチバチとせいだいな拍手をした。
他の試験官の先生たちも全員が立ち上がり拍手をしている。
ほっと肩の力を抜いたリプルの顔に、花のような笑みがうかんだ。
魔女が青ワンピを脱ぐ時、それは魔女失格のらく印を押された時である。
魔女の村に生まれた女の子たちは、全員が魔女になれるわけではない。
子どもの頃からいくつかの試練をくぐりぬけて、適性があると見なされた女の子だけが大人になって正魔女となることができるのだ。
最初の試練は生まれたとき。
赤ちゃんとしてこの世に生まれてきた時に、使い魔がついていなければ、その子は魔女と認められない。
コウノトリが他の世界へ、こっそり運んでいくのだ。
ただし、例外もある。リプルがそうだ。
リプルには使い魔がついていなかったが、それでも魔女として育てられることになった。
それは、リプル自身の体に使い魔の能力が宿っていたからだ。
うまれたときにリプルには、狼の耳としっぽがついていた。
これがリプルの秘密。
リプルの半狼姿を見た魔女たちは大騒ぎをした。
「予言の書のとおりです!」
「使い魔の能力を宿した赤子だわ」
予言書いわく。
――数百年に一度、自身の体に使い魔の能力を宿した魔女が生まれてくる。その魔女は大いなる力を持つ――
その予言が示すとおり、リプルは魔法の才能に優れているばかりか、まじめで勉強熱心でもあった。まさに魔法の申し子である。
でも、パルであるペブルは、リプルの心の中をうすうす理解していた。
なぜリプルがまじめで勉強熱心なのか……それは、自分が特別な魔法使いであることに責任を感じているからだ。
と、ペブルは思っている。
まだ小さかったリプルが、周囲に狼の耳をからかわれて泣いていたとき、乳児院の先生が
「あなたはすごい力を持った特別な魔法使いなのよ」
と、なぐさめてくれたことがある。
それは、小さなリプルにとっては、はげましではなく、プレッシャーとなった。
特別な魔法使いであるために、ひとよりもたくさん勉強しなければならない。
小さなリプルの性格の根っこは、そこから育ちはじめた。
ペブルが「ふが~っ」と、いびきをかいて昼寝している間も、おもちゃの馬にシズクをのせて遊んでいる間も、リプルは、本を読んだり、魔法の呪文を練習したりしていた。
みんなが、リプルをすごい才能の持ち主だとほめそやすが、そのうらにはリプル自身のなみなみならぬ努力があることをペブルはよく知っている。
翌日。
いよいよ魔女学校中等部入学試験の本番。
試験会場では、次々と魔女の見習いの子たちが魔法を披露していく。
しかし、もちろん全員がうまくいくわけではない。
中等部の試験は、自由課題となっている。
どんな魔法を使ってもいいし、いくつかの魔法を組み合わせてもいい。
その分、実力の差が出やすい。
魔法をどの順番でどのように見せるか工夫したり、スムーズに魔法を繰りだす必要があるのだ。
リプルの番が近づいてきた。
今、演台の上にいるのは、赤い髪の女の子。
この次がリプルの番だ。
赤い髪の女の子は、早口で呪文を唱えた。
風がかすかにそよぐ。
観客席で見守る生徒たちも、シーンと静まり返っている。
大きな切り株の演台の上で、赤い髪の子は、祈るような表情で、自分の手元を見つめた。
しかし、残念ながら何も起こらなかった。
その子は、ふるえる手をそっと下ろした。
目線を落とし、あきらめたようにため息をつく。
彼女の使い魔であるトカゲが、悲しそうにうつむく。
(あの子は、今日から普通の女の子になっちゃう。魔法学園を去り、王都や他の街で普通の子として生きることになる)
その心中を思うと、リプルの心の中もざわざわと波立つ。
もちろん他人に同情している場合では、ない。次は、リプルの番なのだ。
リプルは、静かに立って、演台へと向かった。
演台の上に立ったリプルは、自分では落ち着いているつもりだった。
でも、指先にいつもより力が入っているのが感じられる。心なしか心臓のどきどきも早いような……。
リプルがぎゅっと目をつぶったとき、
「……それでは次の方、始めてください」
と、声がかかった。
5人並んだ試験官のうち真ん中に座った先生が、おごそかな声で告げる。
もしゃもしゃの白ヒゲをたくわえたその人は、ここ魔女学園中等部の校長先生。
そのとなりに座っているふわふわの長い髪、魔女帽子に紫色のリボンを結んでいる女の先生は、ずっと前にリプルとペブルがこの世の果てを探しに行ったとき、壁の上から二人を見まもっていた魔女。
えりもとには金のドラゴンのバッジが光っている。
彼女の名はホキントン。ここ魔女学校中等部の先生だったのだ。
ホキントン先生は、リプルの顔をみて、すぐにあのときの幼い魔女だと気づいたらしく(あら、ついにこの日が来たのね、どんな魔法を見せてくれるか楽しみ♪)と、ほほえんだ。
演台に立ったリプルは、ずらりとならぶ先生を見た。
校長先生のゴワゴワひげを見たリプルは、(うふふ、あの先生のおひげったら、まるで、ペブルが雷魔法を失敗して髪の毛がバリバリになってしまった時のよう)と思った。
そして、髪の毛バリバリになったペブルを思い出したリプルは、演台の上でかすかにほほえんだ。
「リプルったら、なんで笑ってるの? よ、余裕すぎる」
観客席のペブルは、小声でシズクにささやいた。
「そりゃ、リプルはいつも冷静沈着だし優秀だもん。きっと、この中でも一番の成績で受かるよ。それより、ペブルもちょっと落ち着きなよ。さっきから足動かしたり体揺らしたりで、危なくて仕方ないんだから。肩に乗ってるボクの身にもなってよ」
シズクの声がだんだん大きくなってきたので、ペブルは、あわてて、しましまくるんのシズクのしっぽで、その口をふさいだ。
シズクは、口をふさがれても、まだもごもご言っている。
ペブルが演台に目をやると、リプルがふっと目を上げ、呪文を唱えはじめたところだった。
期待感と緊張感。会場がしんと静まりかえる。
「ホールカイルリ、ラ、トルーリ……」
リプルの澄んだ声が、ひとことずつ天へと吸い込まれていく。
耳にここちよい呪文だ。
ほどなく天から一筋の光が地に落ちた。そして、光の筋の周りを花びらがひとひら、またひとひらと、舞い降りてきた。
赤やピンク、黄色、水色。カラフルな花びらが、空からつぎつぎに降ってくる。
その美しい光景に、会場にいる誰もがうっとりと天を見上げた。
「でも、これで終わりじゃないんだな」リプルは片目をつぶると「カンテ、ライナ、ハールア」と唱えた。
すると、地面に落ちたたくさんの花びらは、ポン、ポンと次々にはじけて、小さな鳥になった。
花びらだった時の色を羽に染めた色取り取りの小鳥たちは、一斉に空に飛び上がると、美しいさえずりで、歌をかなでた。
空には大きな虹色の輪を描いて飛ぶ鳥たち。空から降ってくる鳥の歌。
その場所は、もはや試験会場ではなく、鳥たちのコンサートホールになったようだった。
先生たちも試験を受ける生徒たちも、心地よさそうに鳥たちの歌を聞いている。
「リプル、おめでとう!」
ごわごわヒゲの校長先生が、立ち上がるとバチバチバチとせいだいな拍手をした。
他の試験官の先生たちも全員が立ち上がり拍手をしている。
ほっと肩の力を抜いたリプルの顔に、花のような笑みがうかんだ。
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