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26.先生の謎をつきとめる

天空の魔女 リプルとペブル

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26.先生のなぞをつきとめる

 それからしばらくの間、週末になるとリプルは、あのケヤキをこっそりみはるようになった。
 近くの草のしげみは、ホキントン先生に隠れていることをあっさりみやぶられてしまったようなので、花壇かだん芙蓉ふようの花の後ろとか、ベンチの下とか、いろんな場所にひそんでみたものの、なぜか先生が現れる時間と去っていく時間にはリプルは寝落ちしてしまうのだった。

 その話を聞いたペブルは、
「それって、先生が来てないだけでは?」
 と、ツッコミを入れたが、
「違うの、地面にはくっきりと車輪の後があるんだよ。だから、先生はケヤキの木に来ている。でも、そこでかき消したみたいに消えていなくなるの」

「ふむ……」
 と、ペブルは腕ぐみをして天井を見た。
「わかったよ。リプル。謎は解けた」
 瞳をキランと光らせるペブル。

「え、ペブル、すごい。教えて、教えて、知りたいよ」
 ペブルは人差し指を自分の顔のまえでピンとたてた。
「それは……」
「それは?」

 リプルが答えを期待するあまり、そばにあったクッションをギュッと抱きしめる。
 ペブルは、探偵気取りで、自信たっぷりに、
「先生が木の前で消える。それは先生が幽霊だか……ぶふっ」

 言おうとしたセリフを最後まで言うことができなかった。
 途中であきれたリプルがペブルの顔にむかってクッションを投げたからだった。

 ある週末のこと。

 5月のメイストームが、オルサト村に降りそそいでいる。
 強い雨だが、この土地は魔の力によって守られているので、自然災害が起きるほどの降りにはならない。

 ただし、雨の日は、雨音にさえぎられて、鳥や動物たちの警戒心もゆるみがちだ。
 ホキントン先生は、今日も大切な本をケヤキの保管庫に移すために台車に乗せた。そして、全体を魔法の布で覆った。
 こうすれば、どれだけ雨が激しく降ろうとも本は安全に守られる。先生が保管庫に運んでいるのは、この魔法世界の歴史や秘密を記した本だった。

 近づきつつあるかもしれない、とある脅威きょういから大切な本を守るために、少しずつ準備を始めているのである。

「これほどの雨じゃ、さすがに知りたがり屋の魔女さんも外で待っていることはないでしょうね」
 ホキントン先生は、そうつぶやくと、雨にぬかるんだ道の上を慎重に台車を押しはじめた。
 先生が頭の上で開いた傘は、手に持たなくても鳥のように頭の上を飛んで先生の後をついてくる。

 地面が低くなっていて水がたまっている場所は、先生は魔法で木の橋をかけて渡っていく。
 そうしていつものように先生はケヤキの木までやってきた。
 
 まっすぐに木の幹を見つめると小さく呪文を唱える。
「ケーグル、マイグル」
 すると、ケヤキの幹の一部が扉のようにパタンと開いた。
 
 先生は台車を押してケヤキの幹に入っていった。そのとき、ガタンと台車がゆれて、一冊の本を落としたことに先生は気がつかなった。
 
 その様子をリプルはケヤキの木の上から見ていた。



 どこに隠れていても先生は、リプルの存在に気づいていたが、人は頭の上には案外注意を払わないものである。
 
 そして、今日は雨に気配がまぎれやすいという点もリプルに味方してくれた。

 リプルはするすると木からおりると、先生が落とした本を拾い上げた。
 リプルは本を片手に、もう片手でケヤキの木の幹の先生が入っていったあたりをなでてみたけど、もうすっかり元どおりの固い木肌に戻っていた。
 
 木に入ることをあきらめたリプルは拾った本のタイトルを見た。
『闇の天魔たちの生態』
「何これ……闇の……天魔?」
 
 リプルは、その本が濡れないようにしっかりと胸に抱えたままずっとそこにたたずんでいた。
 雨のしずくに打たれて、リプルの三角帽子のつばは、へにゃと垂れ下がってきている。
 それでもリプルは、立ち続けていた。

 ケヤキの木の幹がボウッと明るく光った。
 と、思うと幹の一部がドアのようにパタンと開いて、そこから先生がからの台車を押してでてきた。
 
 先生は、正面に立っているリプルを見て、思わず「あっ!」と声をあげた。
 リプルは雨の冷たさに震えながら「先生、落とし物です」と、本を差し出した。
 ホキントン先生は厳しい表情で、リプルを見つめた。


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