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魔王の復活
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はじまりの街で働くシスターが全ての事情を知っているはずがなく、エルシー・エクリシアの知っている情報は曖昧で、かつ断片的なものでしかない。
けれど。
中には確信めいた情報もある。
「……ここ、ね」
はじまりの街、スティエゴから次の街へと向かい、そこから北に進むと閉ざされた扉がある。といっても、今は古くなり押すだけで開くようになっているので力のないエルシーにも容易に侵入することが可能だ。
「かつては鉄壁の不可侵領域と呼ばれていたというのに、今はこんなか弱いシスターでさえ入れるのだから、時代が変わったことを痛感するわね」
鉄壁の不可侵領域。
不可侵、といっても入れないわけではない。ただ、簡単には入ることは出来ず、また入れたとしても先に進むことが困難なことからいつからかそう呼ばれるようになったのだ。
それも昔の話だが。
七年前からこの場所は誰にでも入れる場所となっていた。
この先に何があるのか、否、何があったのかというと、それは勇者の誰もが目指す最終目的地点、魔王城である。
七年前に魔王グレイシアが死に、当時の魔王軍は滅びた。新たな魔王とその軍が立ち上がった際にこの城を捨て新たな拠点を別の場所に立てた、らしい。
その辺の話はエルシーも聞いただけなので確証はない。ただ、ここが前魔王城であるということは確実だ。
扉をくぐると長い森がある。
かつてはこの場所にも様々なトラップと番兵がいて侵入者の行く手を阻んでいたのだろう。
番兵の姿はないが、古くなり朽ちたトラップの残骸が至るところに見受けられた。そんな森を進むともう一度扉がある。
そこを進めば魔王城は目の前だ。
エルシーは城の中には入らず、城の周りを囲む道を進む。そこの奥まで行ったところでエルシーの足が止まった。
ここが目的地だ。
「あった」
エルシーの前にあるのは一つの墓だ。
それこそがエルシーの探していたものである。墓には『グレイシア・ベルゼルイン』の名前が掘られていた。
魔王グレイシア。
七年前、とある理由により死んでしまった存在。
どういう理由で、あの最強と言われた存在をどうやって殺したのかは分からない。それは魔王軍の、極々一部しか知らないことだ。大陸の中でも小さな街の一シスターでしかないエルシーには知る由もない。
彼女が知っているのは、ただこの場所にグレイシアの魂が眠っているということだけ。
「それじゃ、始めましょうか」
この世界には魔法というものがある。
それは体内に魔力を宿していれば誰にでも使えるものだ。その種類は多く、まだ名前もつけられていないものさえ存在すると言われている。魔法と使用者の相性もあり、全ての魔法を使えるわけではなく、魔力量などを考慮し自分に見合った魔法を使用する。
魔力がゼロとなり無理に発動しようとすると死に至る。そのリスクを考えると、身の丈に合わない強い魔法は使うべきではないのだ。
そんな中に、誰にも使うことが許されていない魔法がある。
禁断魔法、と言われている。
その魔法は強大な力を秘めており、使用することで世界の理さえも捻じ曲げてしまう恐れがあることから使用することを禁じられたのだ。
といっても、それを使用していた人間は随分昔に死んでしまい、禁断魔法は今や古い書物に記されているだけのものとなった。使える人間はおろか、最早その存在を知っている者さえ少ないだろう。
「――――……」
エルシーがぶつぶっと何かを唱えている。
この世界の言語ではないように聞こえる、不思議な言葉。
強い魔法には呪文詠唱が必要となる。詠唱をせずに放つことも可能だが、その場合は威力や効果が弱まってしまうのだ。詠唱を行うことで、強力な魔法の力を最大限に発揮することができる。
エルシーの呪文詠唱が進むにつれて、目の前のグレイシアの墓が徐々に光を強めていく。
最初は小さく弱い光だったが、それがだんだんと強いものとなる。次第に直視することさえ困難な光を放つ。
禁断魔法の中に、死者を蘇らせる魔法がある。
その『死者蘇生』の魔法は、一度死した人間に再び命を吹き込むもの。正確に言えば、生き返らせるとは少し違うのだが、動けるようにこの世界に蘇生させるという意味では同じだろう。
死んだ人間は二度と生き返ることはない。
それは世界の誰もが知っている共通認識だ。それを否定することとなるこの魔法は、使うことを禁止された。誰にも知られることなく、誰にも使われることなく、この魔法は永遠の眠りにつくはずだった。
だが、それをエルシーが開いたのだ。
「――――――……」
墓が放つ光はさらに強さを増し、そして次の瞬間にカッと爆発したように弾け、その光を失った。
失敗したか? そう思っても不思議ではないが、エルシーの顔はそんな不安を抱いているものではなかった。
まるで百発百中の的あてを成功させた後のような、満足感に満ちた表情。
「……ふふ」
ガタガタ、ゴトン。
墓石が揺れ、そして倒れる。
その瞬間にエルシーは確信した。
「……ここは」
墓石の下から出てきたのは一人の男。
灰色の髪。
目付きの悪い鋭い目。
不機嫌そうな低い声。
「初めまして。私の名前はエルシー・エクリシア。どこにでもいるただのシスターよ」
エルシーが小さく頭を下げる。
それを灰髪の男は不思議そうに眺めている。今、自分の目の前で何が起こっているのか理解が追いついていないようだ。混乱というか、困惑しているような表情をしている。
「ところで、貴方の名前を聞いてもいいかしら?」
名前を聞かれ、白髪の男はぴくりと反応する。
少し、じっと考えるように口を閉じていた白髪の男はやがて、エルシーの方を睨みながらゆっくりと口を開く。
「グレイシア……グレイシア・ベルゼルインだ」
この瞬間、最強の魔王はここに復活を遂げた。
けれど。
中には確信めいた情報もある。
「……ここ、ね」
はじまりの街、スティエゴから次の街へと向かい、そこから北に進むと閉ざされた扉がある。といっても、今は古くなり押すだけで開くようになっているので力のないエルシーにも容易に侵入することが可能だ。
「かつては鉄壁の不可侵領域と呼ばれていたというのに、今はこんなか弱いシスターでさえ入れるのだから、時代が変わったことを痛感するわね」
鉄壁の不可侵領域。
不可侵、といっても入れないわけではない。ただ、簡単には入ることは出来ず、また入れたとしても先に進むことが困難なことからいつからかそう呼ばれるようになったのだ。
それも昔の話だが。
七年前からこの場所は誰にでも入れる場所となっていた。
この先に何があるのか、否、何があったのかというと、それは勇者の誰もが目指す最終目的地点、魔王城である。
七年前に魔王グレイシアが死に、当時の魔王軍は滅びた。新たな魔王とその軍が立ち上がった際にこの城を捨て新たな拠点を別の場所に立てた、らしい。
その辺の話はエルシーも聞いただけなので確証はない。ただ、ここが前魔王城であるということは確実だ。
扉をくぐると長い森がある。
かつてはこの場所にも様々なトラップと番兵がいて侵入者の行く手を阻んでいたのだろう。
番兵の姿はないが、古くなり朽ちたトラップの残骸が至るところに見受けられた。そんな森を進むともう一度扉がある。
そこを進めば魔王城は目の前だ。
エルシーは城の中には入らず、城の周りを囲む道を進む。そこの奥まで行ったところでエルシーの足が止まった。
ここが目的地だ。
「あった」
エルシーの前にあるのは一つの墓だ。
それこそがエルシーの探していたものである。墓には『グレイシア・ベルゼルイン』の名前が掘られていた。
魔王グレイシア。
七年前、とある理由により死んでしまった存在。
どういう理由で、あの最強と言われた存在をどうやって殺したのかは分からない。それは魔王軍の、極々一部しか知らないことだ。大陸の中でも小さな街の一シスターでしかないエルシーには知る由もない。
彼女が知っているのは、ただこの場所にグレイシアの魂が眠っているということだけ。
「それじゃ、始めましょうか」
この世界には魔法というものがある。
それは体内に魔力を宿していれば誰にでも使えるものだ。その種類は多く、まだ名前もつけられていないものさえ存在すると言われている。魔法と使用者の相性もあり、全ての魔法を使えるわけではなく、魔力量などを考慮し自分に見合った魔法を使用する。
魔力がゼロとなり無理に発動しようとすると死に至る。そのリスクを考えると、身の丈に合わない強い魔法は使うべきではないのだ。
そんな中に、誰にも使うことが許されていない魔法がある。
禁断魔法、と言われている。
その魔法は強大な力を秘めており、使用することで世界の理さえも捻じ曲げてしまう恐れがあることから使用することを禁じられたのだ。
といっても、それを使用していた人間は随分昔に死んでしまい、禁断魔法は今や古い書物に記されているだけのものとなった。使える人間はおろか、最早その存在を知っている者さえ少ないだろう。
「――――……」
エルシーがぶつぶっと何かを唱えている。
この世界の言語ではないように聞こえる、不思議な言葉。
強い魔法には呪文詠唱が必要となる。詠唱をせずに放つことも可能だが、その場合は威力や効果が弱まってしまうのだ。詠唱を行うことで、強力な魔法の力を最大限に発揮することができる。
エルシーの呪文詠唱が進むにつれて、目の前のグレイシアの墓が徐々に光を強めていく。
最初は小さく弱い光だったが、それがだんだんと強いものとなる。次第に直視することさえ困難な光を放つ。
禁断魔法の中に、死者を蘇らせる魔法がある。
その『死者蘇生』の魔法は、一度死した人間に再び命を吹き込むもの。正確に言えば、生き返らせるとは少し違うのだが、動けるようにこの世界に蘇生させるという意味では同じだろう。
死んだ人間は二度と生き返ることはない。
それは世界の誰もが知っている共通認識だ。それを否定することとなるこの魔法は、使うことを禁止された。誰にも知られることなく、誰にも使われることなく、この魔法は永遠の眠りにつくはずだった。
だが、それをエルシーが開いたのだ。
「――――――……」
墓が放つ光はさらに強さを増し、そして次の瞬間にカッと爆発したように弾け、その光を失った。
失敗したか? そう思っても不思議ではないが、エルシーの顔はそんな不安を抱いているものではなかった。
まるで百発百中の的あてを成功させた後のような、満足感に満ちた表情。
「……ふふ」
ガタガタ、ゴトン。
墓石が揺れ、そして倒れる。
その瞬間にエルシーは確信した。
「……ここは」
墓石の下から出てきたのは一人の男。
灰色の髪。
目付きの悪い鋭い目。
不機嫌そうな低い声。
「初めまして。私の名前はエルシー・エクリシア。どこにでもいるただのシスターよ」
エルシーが小さく頭を下げる。
それを灰髪の男は不思議そうに眺めている。今、自分の目の前で何が起こっているのか理解が追いついていないようだ。混乱というか、困惑しているような表情をしている。
「ところで、貴方の名前を聞いてもいいかしら?」
名前を聞かれ、白髪の男はぴくりと反応する。
少し、じっと考えるように口を閉じていた白髪の男はやがて、エルシーの方を睨みながらゆっくりと口を開く。
「グレイシア……グレイシア・ベルゼルインだ」
この瞬間、最強の魔王はここに復活を遂げた。
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