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第一章 エリカと圭介
第19話 サプリメントの真実
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「うわっ、けっこう混んでる」
フリマ会場には、既にけっこう人がいた。
団地の敷地内にある広場がその会場だ。
今日は天気が良いから、散歩がてら立ち寄る人も沢山いそうだ。
私が探してるもの、見つかりますように!
そう祈りながら、賑やかな店先を覗いていく。
古着や食器などの雑貨、本やCD、おもちゃ。
「あ、ここ、ミニカーがある……ちょっと見てみよう」
私はとある店先にしゃがみこんで、10円、とでかでかと値段が示されている箱の中身を物色し始めた。
「えーっと、カードゲームにミニカー……電車のおもちゃ、猫のぬいぐるみにビー玉……」
ん? ビー玉?
私はふと手を止めた。
なんだろう?
なんか……ひっかかるような気がする。
「んー……なんだっけ……」
私は手の中の赤いビー玉をじっと見つめて、必死に何かを思い出そうとした。
だけど。
「……だめだ……なんにも出てこないや……まあいいか、もしビー玉になにかあるんなら、圭介が見た時になにか反応があるだろ」
私は記憶を蘇らせる役を圭介に委ねることにした。
だって、自分じゃ思い出せないんだから、しょうがないじゃん。
「もう、なにがヒットするかわからんから、とりあえずこれ全部買っちゃえ……全部10円だし! すいませーん、これください!」
私はさらに、けん玉やベーゴマみたいなおもちゃを追加して、お店の人に小銭を手渡した。
「あれ?」
ちゃんと戸締まりして出てきた筈なのに、玄関のドアが少し開いている。
中に入るとすぐに無造作に転がっているスニーカーが目に入る。
お母さんのだ。
「お母さん、もう帰ってるの? ただいまぁ!」
私はお母さんのスニーカーをきれいに揃えながら、部屋に向かって叫んだ。
「あらお帰り、エリカ」
すぐに、今帰ってきたばかりのようなお母さんが顔を見せた。
「お母さん、もう仕事から帰ってきたの? 随分早いじゃん」
朝8時から近所の倉庫会社で働いているお母さんの帰宅予定時刻は、12時30分だ。
今はまだ11時30分だから、予定より1時間も早い。
「毎年ゴールデンウィークは仕事が暇なのよ」
「あれ、そうだったっけ? あー、暑かったから喉乾いたぁ……」
5月の日差しは強い。1時間も日差しの下にいたら、すっかり汗をかいてしまった。
私は冷蔵庫から麦茶の入ったティーポットを取り出し、コップに注いだ後すぐに飲み干した。
「あ、そういえばあんた宛に郵便物が来てたわよ、はい」
「ありがと」
お母さんから受け取ったのは、薄くて小さい包みだった。
ちょうど、サプリメントのパッケージほどの大きさだ。
「あっ、もう来たんだ、早!」
心当たりは一つしかない。昨日の朝注文した、お試し用のサプリメントだ。
差出人を確認すると、やっぱりサプリメントの販売会社の社名がある。
よし、早速部屋で開封しよう!
「あんたそれ、よく眠れるようになるサプリでしょ? 夜、眠れてないの?」
……ちょっと待って……どうして、お母さんがそれを知ってるの? まさか……
私は慌てて振り返る。
「お母さん! もしかしてこのサプリ……」
「いやあ、お母さんも更年期症状なのか疲れすぎなのかよくわからないけど、最近寝つきが悪くてさぁ」
あはは、とお母さんはいつものようにあっけらかんと笑った。
「そ、そんなことより、頭!」
私はすぐさま、私と同じくらいの背の高さのお母さんの頭頂部をまじまじと見た。
でも、そこには白い花なんか咲いていない。
ああ、良かった……間に合ったんだ……
「このサプリ、まだ飲んでないんだね?」
「いやあ、飲んでる間は効くのよ。でもやっぱり続けなきゃだめねぇ」
「なっ……飲んだの⁉」
飲んだ……飲んじゃったの! この、虫入りサプリを⁉
私の体の中から力がどっと抜けて、椅子にぶつかってガタンと音をたてた。
「いつ……これ飲んだのは、いつの話なの⁉」
「え? えっと……2ヶ月くらい前かな? どうしたのよ、そんなに真剣な表情しちゃってさ」
そりゃ、真剣にもなるよ!
お母さんも圭介みたいになっちゃうんだから!
「まさか、ぜ、全部飲んだとか」
私はなんとか呼吸を整えながら聞いた。
「そりゃ飲んだわよ。だってそれ試供品だから、20日分しか入ってないのよ」
全部飲んだ⁉
嘘でしょ!
「ま、まさか、なんともないの? なんか変な声が聞こえるようになったとかさ、飲んでから変わったこと、なにかあるでしょ?」
「変な声? なにそれ? 単によく眠れるようになるだけよ、そのサプリ」
「そんなバカな……だって、圭介はこれで……」
でも確かに、あっけらかんとしているお母さんは、いつもと変わらない。
このサプリメントを飲んだのは、もう2ヶ月も前の話だっていうのに。
「どういうことなんだよ……悩みがない人には、虫は取り憑けないってことなの?」
「それよりあんた、そんなサプリ試そうとするなんて、眠れない程なにかに悩んでるの? あっ、わかった、恋の悩みでしょ? そういうのはね、まずお母さんに相談しな……って、あら、行っちゃった……」
私はお母さんの言葉が終わるのを待たずに、部屋に駆け込んだ。
無言でビリビリと包装紙を破り、サプリメントを取り出す。
そして、机の上に置いてある鉛筆立てから、ハサミを手に取った。
カプセルの中を確認しなくちゃ。
怖いけど……やらないわけにいかない。
私は震える手でパッケージを開封した。
中に入っていたのは、ホームページで見たあの白いカプセルだ。
「切る……切るんだ……」
ガタガタ震える白いカプセルを、ハサミの刃に当てる。
切ったら……カプセルの中には、中には……
変な汗が額に浮かび、自分が呼吸しているのかどうかわからなくなる。
私は目をつぶって、ハサミの柄に掛けた指に力をこめた。
ばつん!
カプセルを切断した確かな手応えが、手に伝わってくる。
そっと瞼を開いた私の目に映ったのは、千切れた虫の体ではなく、なにかどろりとしたものだった。
途端に、体から緊張感が抜けていく。
「なんなの、これ……ハッ……まさか、あの話……嘘なんじゃ……」
私はぐしゃりとサプリメントの袋を握り潰した。
「くそっ、虫……!」
脳裏にニヤリと笑った圭介が浮かぶ。
私はそれを睨みつけて、サプリメントの袋を乱暴にリュックに押し込んだのだった。
フリマ会場には、既にけっこう人がいた。
団地の敷地内にある広場がその会場だ。
今日は天気が良いから、散歩がてら立ち寄る人も沢山いそうだ。
私が探してるもの、見つかりますように!
そう祈りながら、賑やかな店先を覗いていく。
古着や食器などの雑貨、本やCD、おもちゃ。
「あ、ここ、ミニカーがある……ちょっと見てみよう」
私はとある店先にしゃがみこんで、10円、とでかでかと値段が示されている箱の中身を物色し始めた。
「えーっと、カードゲームにミニカー……電車のおもちゃ、猫のぬいぐるみにビー玉……」
ん? ビー玉?
私はふと手を止めた。
なんだろう?
なんか……ひっかかるような気がする。
「んー……なんだっけ……」
私は手の中の赤いビー玉をじっと見つめて、必死に何かを思い出そうとした。
だけど。
「……だめだ……なんにも出てこないや……まあいいか、もしビー玉になにかあるんなら、圭介が見た時になにか反応があるだろ」
私は記憶を蘇らせる役を圭介に委ねることにした。
だって、自分じゃ思い出せないんだから、しょうがないじゃん。
「もう、なにがヒットするかわからんから、とりあえずこれ全部買っちゃえ……全部10円だし! すいませーん、これください!」
私はさらに、けん玉やベーゴマみたいなおもちゃを追加して、お店の人に小銭を手渡した。
「あれ?」
ちゃんと戸締まりして出てきた筈なのに、玄関のドアが少し開いている。
中に入るとすぐに無造作に転がっているスニーカーが目に入る。
お母さんのだ。
「お母さん、もう帰ってるの? ただいまぁ!」
私はお母さんのスニーカーをきれいに揃えながら、部屋に向かって叫んだ。
「あらお帰り、エリカ」
すぐに、今帰ってきたばかりのようなお母さんが顔を見せた。
「お母さん、もう仕事から帰ってきたの? 随分早いじゃん」
朝8時から近所の倉庫会社で働いているお母さんの帰宅予定時刻は、12時30分だ。
今はまだ11時30分だから、予定より1時間も早い。
「毎年ゴールデンウィークは仕事が暇なのよ」
「あれ、そうだったっけ? あー、暑かったから喉乾いたぁ……」
5月の日差しは強い。1時間も日差しの下にいたら、すっかり汗をかいてしまった。
私は冷蔵庫から麦茶の入ったティーポットを取り出し、コップに注いだ後すぐに飲み干した。
「あ、そういえばあんた宛に郵便物が来てたわよ、はい」
「ありがと」
お母さんから受け取ったのは、薄くて小さい包みだった。
ちょうど、サプリメントのパッケージほどの大きさだ。
「あっ、もう来たんだ、早!」
心当たりは一つしかない。昨日の朝注文した、お試し用のサプリメントだ。
差出人を確認すると、やっぱりサプリメントの販売会社の社名がある。
よし、早速部屋で開封しよう!
「あんたそれ、よく眠れるようになるサプリでしょ? 夜、眠れてないの?」
……ちょっと待って……どうして、お母さんがそれを知ってるの? まさか……
私は慌てて振り返る。
「お母さん! もしかしてこのサプリ……」
「いやあ、お母さんも更年期症状なのか疲れすぎなのかよくわからないけど、最近寝つきが悪くてさぁ」
あはは、とお母さんはいつものようにあっけらかんと笑った。
「そ、そんなことより、頭!」
私はすぐさま、私と同じくらいの背の高さのお母さんの頭頂部をまじまじと見た。
でも、そこには白い花なんか咲いていない。
ああ、良かった……間に合ったんだ……
「このサプリ、まだ飲んでないんだね?」
「いやあ、飲んでる間は効くのよ。でもやっぱり続けなきゃだめねぇ」
「なっ……飲んだの⁉」
飲んだ……飲んじゃったの! この、虫入りサプリを⁉
私の体の中から力がどっと抜けて、椅子にぶつかってガタンと音をたてた。
「いつ……これ飲んだのは、いつの話なの⁉」
「え? えっと……2ヶ月くらい前かな? どうしたのよ、そんなに真剣な表情しちゃってさ」
そりゃ、真剣にもなるよ!
お母さんも圭介みたいになっちゃうんだから!
「まさか、ぜ、全部飲んだとか」
私はなんとか呼吸を整えながら聞いた。
「そりゃ飲んだわよ。だってそれ試供品だから、20日分しか入ってないのよ」
全部飲んだ⁉
嘘でしょ!
「ま、まさか、なんともないの? なんか変な声が聞こえるようになったとかさ、飲んでから変わったこと、なにかあるでしょ?」
「変な声? なにそれ? 単によく眠れるようになるだけよ、そのサプリ」
「そんなバカな……だって、圭介はこれで……」
でも確かに、あっけらかんとしているお母さんは、いつもと変わらない。
このサプリメントを飲んだのは、もう2ヶ月も前の話だっていうのに。
「どういうことなんだよ……悩みがない人には、虫は取り憑けないってことなの?」
「それよりあんた、そんなサプリ試そうとするなんて、眠れない程なにかに悩んでるの? あっ、わかった、恋の悩みでしょ? そういうのはね、まずお母さんに相談しな……って、あら、行っちゃった……」
私はお母さんの言葉が終わるのを待たずに、部屋に駆け込んだ。
無言でビリビリと包装紙を破り、サプリメントを取り出す。
そして、机の上に置いてある鉛筆立てから、ハサミを手に取った。
カプセルの中を確認しなくちゃ。
怖いけど……やらないわけにいかない。
私は震える手でパッケージを開封した。
中に入っていたのは、ホームページで見たあの白いカプセルだ。
「切る……切るんだ……」
ガタガタ震える白いカプセルを、ハサミの刃に当てる。
切ったら……カプセルの中には、中には……
変な汗が額に浮かび、自分が呼吸しているのかどうかわからなくなる。
私は目をつぶって、ハサミの柄に掛けた指に力をこめた。
ばつん!
カプセルを切断した確かな手応えが、手に伝わってくる。
そっと瞼を開いた私の目に映ったのは、千切れた虫の体ではなく、なにかどろりとしたものだった。
途端に、体から緊張感が抜けていく。
「なんなの、これ……ハッ……まさか、あの話……嘘なんじゃ……」
私はぐしゃりとサプリメントの袋を握り潰した。
「くそっ、虫……!」
脳裏にニヤリと笑った圭介が浮かぶ。
私はそれを睨みつけて、サプリメントの袋を乱暴にリュックに押し込んだのだった。
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