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第一章 エリカと圭介
第30話 梅干し味のハッピーエンド
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え……嘘でしょ……
リカちゃんが差し出したラムネの瓶を見た瞬間、僕の意識は一気に過去に飛んだ。
『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』
あの一言。
大好きなリカちゃんから言われて、僕が過去一番舞い上がった言葉だ。
保育園児だったあの頃、僕がリカちゃんに向けていた思いと、リカちゃんが僕に抱いていただろう感情が同じだったとは思わない。
僕は完全に初恋だったけれど、リカちゃんは僕を単なる遊び相手の友達としてしか見ていなかったと思う。
だから、あの言葉がリカちゃんの本音だったとは思ってない。
リカちゃんはあの時、どう頑張っても取れないラムネ瓶のビー玉がどうしても欲しかったから、あの台詞を言ったんだ。
それがわかっていても……僕は嬉しかった。
不確かな未来の中で、バラ色に輝く約束された未来がそこにある!
ていうか、大好きな女の子に“お嫁さんになってあげる”なんて言われたら、喜ばない男なんていないよね?
結局ビー玉は取れなくて、リカちゃんのあの言葉は流れてしまった。
ああ、そうだよね。
だって、リカちゃんは僕のことが好きじゃないんだもの。
でも……
今、僕はラムネの瓶を差し出すリカちゃんに聞きたかった。
「もし僕が中のビー玉を取って、それをリカちゃんにプレゼントしたら、僕のお嫁さんになってくれる?」
それがあまりにもリアルに僕の耳に響いて、目を丸くしてるリカちゃんのように僕自身も驚いていた。
※※※※※
「もし僕が中のビー玉を取って、それをリカちゃんにプレゼントしたら、僕のお嫁さんになってくれる?」
そんな台詞、真顔でいうなよ、馬鹿!
いやいや、ちょっと待て、今は怒っている場合じゃない!
花、あの白い花はどうなった⁉
あ……地面に落ちてる……あぁ、良かった……勝ったんだ、私……
げっ、は、花が!
虫になった⁉
私は少し気が遠くなった。
可愛かったあの白い花は別の姿形になって、カサカサ音をたてて草むらに姿を消した。
あれは、デカいムカデだった。
あんなサイズのムカデなんか、今まで見たことない!
虫、本当に害虫だったんだ……
うわあ……気持ち悪い……
「あ、あのさ……その……僕達まだ高校生だし、具体的な話は、学校を卒業して就職してからだけど」
あ、圭介の話、まだ続いてたんだ。
しかし、久しぶりに交わす会話がこれかよ……
まいったな……
「あ、あのさ圭介……」
「僕は弱くて頼りないけど! リカちゃんの為なら僕、頑張れるから!」
あ……なんだろ……
今のはカウンター食らった気がする。
「ほんとに?」
「うん、ホントだよ! いい会社就職できるように、頑張って勉強するから!」
「いや、その前にさ……あんた、私に怒ってないの?」
私はずっと、圭介に謝りたかったんだよ。
「怒る?」
「だって、昔あんなに一緒に遊んでたのにさ……あんたが苦しんでた時……私……ごめん、圭介……」
私は圭介から視線を外してじっと地面を見つめた。
微妙な空気が流れて、心臓がどくどく鳴る音がうるさかった。
「うん……正直、冷たいなって思ってたし、羨ましかったしさみしかったよ……でも、リカちゃんは僕にもう一度チャンスをくれたから」
「チャンス?」
見上げた圭介は手にしたラムネの瓶を大事そうに握りしめていた。
「今度こそ取るんだ! ビー玉!」
「あ、あぁ、その話ね……」
ビー玉かぁ……
保育園児時代の私の言葉を、今でも真に受けて……
ほんとに、どこまで純粋なんだよ!
ああ、なんだか急に心配になってきた。
「おい圭介、連絡先教えろ」
私はリュックからスマホを取り出しながら言った。
「いいか、今後、ぜっっったいに一人で抱え込むなよ! どんなにくだらないことでもいいから、悩んだら私に言え!」
「え……う、うん、わかった……あぁ……声の人のお陰でスマホに登録されてるアドレスが増えてる」
「声の人? ああ、あの虫……」
「虫?」
あ、いや、さすがに本当のことを知ったら圭介は気絶するかもしれん。
「これからはその声の人より、私を頼れ! いくらでも支えてやるから!」
「うん、わかった……ありがとう、リカちゃん」
ちっくしょ、圭介め、なんてかわいい顔して笑うんだ……
この卑怯者め!
私は圭介と連絡先を交換しながら、自分の感情をすっかり持て余したのだった。
※※※※※
月曜日になった。
「あぁ……なんか、ほんっとにろくでもないゴールデンウィークだったな……お陰で昨日の夜はぐっすり眠れたけどさぁ……はあ、宿題やらないと……」
しんとした朝の空気。
朝のホームルーム開始時間まで、あと一時間ある。
この時間、教室には私しかいない。
うん。
これが通常モードってやつだ。
私は誰もいない圭介の席をチラ見しながら、自分の机に教科書とノート、それにおにぎりと水の入ったペットボトルを並べた。
「おはよう、リカちゃん」
「うわあ!」
突然現れた、いるはずがない圭介の声に私は飛び上がった。
「な、な、なんでもう登校してるんだよ……まさか、虫……いや、声の人が……」
「あぁ、今日はリカちゃんにプレゼントがあって早く来たんだよ……それにもう、声の人はどっかに行っちゃったみたい」
あ……そうか、そりゃ良かった……
「はい、これ!」
にこりと笑った圭介が差し出してきたのは、一切柄の入っていない透明なビー玉だった。
「これ……まさか……」
私はそれを受け取りながら、言葉を失った。
「昨日私があげた、あのラムネの瓶から取ったの?」
「うん、取り方が動画でアップされててさ……でも、僕不器用だからちょっと怪我しちゃった」
「な、なにやってんだよ!」
慌てて見ると、圭介の指先には絆創膏がいくつも貼られている。
「だって、どうしても取りたかったから」
『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』
「あ、あれは、その……保育園児だった頃の話だし!」
なんでこんなにゴニョゴニョ言ってるんだ、私は。
「うん……だめかな、やっぱり」
ばっかやろう、そんなにシュンてするな!
胸がざわざわするだろうが!
「だ、だめっていうかさ、その、いきなり飛びすぎだって……昨日の夜、久々に話して連絡先交換したばっかりなんだぞ」
そ、そうなんだぞ!
「うん……そうだよね……でも僕は、今までもこれからも、ずっとリカちゃんしか見えないから」
「はあ? そんなの……未来のことなんか、わかるわけないだろ……」
おい……そんなに急に近づかれたら、私だって抵抗できないだろうが……卑怯だぞ……ていうか、私の初チューが!
「おい!」
「へへ、やった! 怪我した甲斐があった!」
足取り軽く自分の机に向かう圭介の背中を、私は懸命に睨みつけた。
が、ガキかよ……ち、チューくらいで……くそ、落ち着け私!
「圭介!」
私は振り返った圭介めがけて、アルミホイルに包まれたおにぎりを投げつけた。
「え……これ、まさか……」
「安心しろ! そっちはおかかだから!」
私はすぐに視線をリュックに向け、中からもう一つのアルミホイルの塊を取り出した。
圭介が苦手な。
私が大好きな、梅干しが入ったおにぎりだ。
「あぁ、うまい……」
「おいしいよリカちゃん、ありがとう!」
うん……その笑顔が見られるなら、お前の彼女になってやってもいいかな……
私は目の前の現実と格闘しながら、はちみつ梅の甘酸っぱさを噛みしめていたのだった。
リカちゃんが差し出したラムネの瓶を見た瞬間、僕の意識は一気に過去に飛んだ。
『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』
あの一言。
大好きなリカちゃんから言われて、僕が過去一番舞い上がった言葉だ。
保育園児だったあの頃、僕がリカちゃんに向けていた思いと、リカちゃんが僕に抱いていただろう感情が同じだったとは思わない。
僕は完全に初恋だったけれど、リカちゃんは僕を単なる遊び相手の友達としてしか見ていなかったと思う。
だから、あの言葉がリカちゃんの本音だったとは思ってない。
リカちゃんはあの時、どう頑張っても取れないラムネ瓶のビー玉がどうしても欲しかったから、あの台詞を言ったんだ。
それがわかっていても……僕は嬉しかった。
不確かな未来の中で、バラ色に輝く約束された未来がそこにある!
ていうか、大好きな女の子に“お嫁さんになってあげる”なんて言われたら、喜ばない男なんていないよね?
結局ビー玉は取れなくて、リカちゃんのあの言葉は流れてしまった。
ああ、そうだよね。
だって、リカちゃんは僕のことが好きじゃないんだもの。
でも……
今、僕はラムネの瓶を差し出すリカちゃんに聞きたかった。
「もし僕が中のビー玉を取って、それをリカちゃんにプレゼントしたら、僕のお嫁さんになってくれる?」
それがあまりにもリアルに僕の耳に響いて、目を丸くしてるリカちゃんのように僕自身も驚いていた。
※※※※※
「もし僕が中のビー玉を取って、それをリカちゃんにプレゼントしたら、僕のお嫁さんになってくれる?」
そんな台詞、真顔でいうなよ、馬鹿!
いやいや、ちょっと待て、今は怒っている場合じゃない!
花、あの白い花はどうなった⁉
あ……地面に落ちてる……あぁ、良かった……勝ったんだ、私……
げっ、は、花が!
虫になった⁉
私は少し気が遠くなった。
可愛かったあの白い花は別の姿形になって、カサカサ音をたてて草むらに姿を消した。
あれは、デカいムカデだった。
あんなサイズのムカデなんか、今まで見たことない!
虫、本当に害虫だったんだ……
うわあ……気持ち悪い……
「あ、あのさ……その……僕達まだ高校生だし、具体的な話は、学校を卒業して就職してからだけど」
あ、圭介の話、まだ続いてたんだ。
しかし、久しぶりに交わす会話がこれかよ……
まいったな……
「あ、あのさ圭介……」
「僕は弱くて頼りないけど! リカちゃんの為なら僕、頑張れるから!」
あ……なんだろ……
今のはカウンター食らった気がする。
「ほんとに?」
「うん、ホントだよ! いい会社就職できるように、頑張って勉強するから!」
「いや、その前にさ……あんた、私に怒ってないの?」
私はずっと、圭介に謝りたかったんだよ。
「怒る?」
「だって、昔あんなに一緒に遊んでたのにさ……あんたが苦しんでた時……私……ごめん、圭介……」
私は圭介から視線を外してじっと地面を見つめた。
微妙な空気が流れて、心臓がどくどく鳴る音がうるさかった。
「うん……正直、冷たいなって思ってたし、羨ましかったしさみしかったよ……でも、リカちゃんは僕にもう一度チャンスをくれたから」
「チャンス?」
見上げた圭介は手にしたラムネの瓶を大事そうに握りしめていた。
「今度こそ取るんだ! ビー玉!」
「あ、あぁ、その話ね……」
ビー玉かぁ……
保育園児時代の私の言葉を、今でも真に受けて……
ほんとに、どこまで純粋なんだよ!
ああ、なんだか急に心配になってきた。
「おい圭介、連絡先教えろ」
私はリュックからスマホを取り出しながら言った。
「いいか、今後、ぜっっったいに一人で抱え込むなよ! どんなにくだらないことでもいいから、悩んだら私に言え!」
「え……う、うん、わかった……あぁ……声の人のお陰でスマホに登録されてるアドレスが増えてる」
「声の人? ああ、あの虫……」
「虫?」
あ、いや、さすがに本当のことを知ったら圭介は気絶するかもしれん。
「これからはその声の人より、私を頼れ! いくらでも支えてやるから!」
「うん、わかった……ありがとう、リカちゃん」
ちっくしょ、圭介め、なんてかわいい顔して笑うんだ……
この卑怯者め!
私は圭介と連絡先を交換しながら、自分の感情をすっかり持て余したのだった。
※※※※※
月曜日になった。
「あぁ……なんか、ほんっとにろくでもないゴールデンウィークだったな……お陰で昨日の夜はぐっすり眠れたけどさぁ……はあ、宿題やらないと……」
しんとした朝の空気。
朝のホームルーム開始時間まで、あと一時間ある。
この時間、教室には私しかいない。
うん。
これが通常モードってやつだ。
私は誰もいない圭介の席をチラ見しながら、自分の机に教科書とノート、それにおにぎりと水の入ったペットボトルを並べた。
「おはよう、リカちゃん」
「うわあ!」
突然現れた、いるはずがない圭介の声に私は飛び上がった。
「な、な、なんでもう登校してるんだよ……まさか、虫……いや、声の人が……」
「あぁ、今日はリカちゃんにプレゼントがあって早く来たんだよ……それにもう、声の人はどっかに行っちゃったみたい」
あ……そうか、そりゃ良かった……
「はい、これ!」
にこりと笑った圭介が差し出してきたのは、一切柄の入っていない透明なビー玉だった。
「これ……まさか……」
私はそれを受け取りながら、言葉を失った。
「昨日私があげた、あのラムネの瓶から取ったの?」
「うん、取り方が動画でアップされててさ……でも、僕不器用だからちょっと怪我しちゃった」
「な、なにやってんだよ!」
慌てて見ると、圭介の指先には絆創膏がいくつも貼られている。
「だって、どうしても取りたかったから」
『ビー玉とってくれたら、圭介のお嫁さんになってあげるから!』
「あ、あれは、その……保育園児だった頃の話だし!」
なんでこんなにゴニョゴニョ言ってるんだ、私は。
「うん……だめかな、やっぱり」
ばっかやろう、そんなにシュンてするな!
胸がざわざわするだろうが!
「だ、だめっていうかさ、その、いきなり飛びすぎだって……昨日の夜、久々に話して連絡先交換したばっかりなんだぞ」
そ、そうなんだぞ!
「うん……そうだよね……でも僕は、今までもこれからも、ずっとリカちゃんしか見えないから」
「はあ? そんなの……未来のことなんか、わかるわけないだろ……」
おい……そんなに急に近づかれたら、私だって抵抗できないだろうが……卑怯だぞ……ていうか、私の初チューが!
「おい!」
「へへ、やった! 怪我した甲斐があった!」
足取り軽く自分の机に向かう圭介の背中を、私は懸命に睨みつけた。
が、ガキかよ……ち、チューくらいで……くそ、落ち着け私!
「圭介!」
私は振り返った圭介めがけて、アルミホイルに包まれたおにぎりを投げつけた。
「え……これ、まさか……」
「安心しろ! そっちはおかかだから!」
私はすぐに視線をリュックに向け、中からもう一つのアルミホイルの塊を取り出した。
圭介が苦手な。
私が大好きな、梅干しが入ったおにぎりだ。
「あぁ、うまい……」
「おいしいよリカちゃん、ありがとう!」
うん……その笑顔が見られるなら、お前の彼女になってやってもいいかな……
私は目の前の現実と格闘しながら、はちみつ梅の甘酸っぱさを噛みしめていたのだった。
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