水平線と夜の闇

鹿嶋 雲丹

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第十八話 手を繋いだ理由

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「そっか、シノ物流の人達は皆優しいねぇ」
「うん……ほんとに心苦しいったらないよ……」

 サトはげんなりとして手にしたおにぎりを齧った。
 おにぎりは祖母が握ったもので、中にごろっとした鮭が入っている。

「相田さんも太田さんも、私を思って言ってくれたんだと思うとさ」
「うん……そうだよね……でもいいじゃない。今後の参考にすれば。太田さんの話は、私も参考にしたいからよく覚えておこう」

 チカはいつものお手製サンドイッチを口に運ぶ。

「後ろめたいけど、とりあえずチカの役に立ったんなら、まあいいか」
「……実はさ、サトに言えずにいたんだけど……私ももらったんだ、エンゲージリング」
「えっ」

 サトは目を丸くして、少し恥ずかしそうに笑うチカを見つめた。

「そりゃめでたい! おめでとう、チカ!」
「ありがとう、職場にはまだ内緒だから、指輪はお出かけの時にしかつけられないのが残念だけど」
「うんうん……そっかあ……で、式は来年?」
「うん、一年後位かな……今、彼と式場を選んでるところなんだ」
「そうか……普通は式挙げるもんだもんな……両家顔合わせとかしてさあ……擬装結婚には必要ないけど」
「まあ、そうだね……擬装ならね」

 チカはサトの薬指で輝く指輪をちらりと見た。

「チカ、私と隊長のは擬装なんだよ。万が一にも、リアルにはならない。指輪を返す時の為の箱も、ちゃんと持ってるしね」
「ふぅん……そうなんだ……なぁんか、ちょっと複雑なんだよなぁ」

 チカはふと表情を曇らせた。

「病気のお父さんの為とは言え、薬指に指輪を嵌めてるのって、サトは辛くないの? そりゃ、エンゲージリングは単なる指輪だけどさ……嵌めてる間はずっとその存在を感じるし……サトの性格上、それってすごくストレスになりそうな気がするんだよね」
「さすがチカ……ほんと、奴に成功報酬を倍以上請求してやろうと思ってるんだ」

 サトは真面目な表情で深く頷いた。

「うん、それでいいと思う」

 チカも真剣な表情で頷く。

「そういえば、二回目のデートで動物園に行ったんだっけ?」
「あっ、そうだった忘れてた……動物園で、チカにお土産を買ったんだよ! はい、これ!」

 サトは思い出したようにポケットから手のひらに乗るサイズのぬいぐるみを取り出した。

「わあ、かわいい! ペンギンだぁ! ありがとう……サトは? 記念になにか買った?」
「私は……ふふっ……ジャーン、これだ!」
「?」

 サトが笑いをこらえながらチカに示したのは、ハシビロコウのぬいぐるみだった。やはり、手のひらに乗る位のサイズのものだ。

「これ……ハシビロコウっていうんだっけ? サト、この鳥が好きなんだ?」
「いや、特に好きってわけじゃないんだけどさ。これ、隊長にそっくりだろ? そう思ったら可笑しくてさ、つい買っちまったんだよ!」
「そっかあ……楽しかったんだね、動物園」
「……まあ、行ったの久々だったしね……それよりさ、チカに聞きたいことがあるんだ」

 急にゴニョゴニョとした口調になったサトに、チカは首を傾げる。

「あ、相手の手を取りたくなるのって、なんでだと思う?」
「……え? 相手の手を取るって……つまり、手を繋ぐってこと?」
「ああ、えー、まあ、傍から見たら手を繋いでるように……見えるかもしれないんだろうけども」
「……手、繋いだんだ? やるなぁ、平戸隊長」
「……い、いや、そうしたのは私からなんだ」
「えっ?」

 チカはしばらくの間、絶句した。

「……そうだったの、サト……いったいいつから……」
「いや違う、奴に好意なんて微塵もないんだ! それなのにどうしてそんな行動をしたのか、自分でもよくわからなくてさ!」
「……なにか、ついそうしちゃうようなきっかけがあったんじゃない?」

 それはサトにも心当たりがあったが、なんとなく腑に落ちていなかった。

「うん……なんかさ、あいつ……妙に寂しそうに見えたんだ……その時だけだったけど……そう思ったら、体が勝手に動いてたんだよね」
「寂しそう、か……確かに普段の平戸隊長からは、そんな感じは少しもしないよね」

 チカは社内でのレンの姿を思い出す。
 若くして一個隊の長を担っているということもあるだろうが、近寄り難いパリッとした雰囲気を醸し出している。それでいて甘いマスクをしているから、事務方の女子社員に隠れファンが多いのだ。当然、寂しいなどという感情など無縁に思える。

「サトは、放っとけないって思ったんじゃない? 私の時みたいに。でも、それは恋愛感情からじゃなかったかもしれないけど、平戸隊長は嬉しかったんじゃないかな? だって、私も嬉しかったもの……海から連れ出されて『放っといて』って言った私を、サトがただじっと抱きしめてくれたあの時」

 チカはその当時の事を思い出し、目を細めた。

「……あの後、二人して風邪ひいたっけな」

 サトも思い出したように微笑んだ。

「……そうか、だからあの時手を離さなかったのか、あいつは」

 サトは呟き、晴天の空を見上げた。

「なんかスッキリした気がする。ありがとう、チカ」
「うん……」

 サトから笑顔を向けられ、つられたように笑ったチカの胸には、ほんの少しだけレンを羨む気持ちが湧いていたのだった。
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