結婚ー彼女と再会するまでの男の長い話ー

キュー

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第十一章 結婚

6 チャアコとソニー

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「チャアコ」
「ファー……う…」
何か言いかけて眠ってしまった。
  チャアコはもう、長い間寝たきりである。会話もほとんど出来ないが、たまに昔の事を思い出して呟いている。
「チャアコ……う…何?」
目を閉じた彼女のシワだらけの手を握る。同じように俺の手もシワだらけだ。
  こうして、彼女も先に逝ってしまうのだろう。
  知り合いは何人も先に逝ってしまった。今度は俺の番かと考えていた頃、チャアコの様子に変化があった。

  一日中俺にくっついて離れない。雑貨屋を継いだ孫が、暇なら店番をやってよ、と言うのでいつも二人でぼんやり座っていた。
「仲良し?」
近所の子どもがやって来て話かける。
「うん。仲良し。」
チャアコがいつも言っていたから、俺達を知っている子ども達は挨拶変わりにそう聞いてくる。
「いいな、仲良し…」
どうしたのだろう。いつも元気な子がちょっと沈んだ顔をしている。
「友達とケンカしたの?」
いつも一緒にいる子が隣にいないので、多分ちょっとした口喧嘩でもしたのだろうと予想する。
「違うの。浮気なの。」  
え?浮気?この子達まだ五歳くらいだよね?
「私と結婚したのに。チュウしたのに。」
「チュウ…したんだ…」
「ミヤコともしてた。」
うん、大人なら浮気だね。でも、まだ小さい子どもだし……
「チャアちゃん言っていたの。仲良しは結婚してチュウしたら、ずっと一緒にいるって……でも、仲良し、いなくなっちゃった。」
「いなくなった?ファーいない?」
チャアコが呟くと、泣き出した。
「どうしたの?チャアコ。俺はここにいるよ。」
チャアコに話かけたその子も驚いて泣き出してしまった。俺はどうしたらいいのか、チャアコを抱いたまま動けずにいた。
  騒ぎを聞き付けた孫と曾孫が泣いてる子をあやし、チャアコと俺に事情を尋ねた。
「チャアコはファーと離れちゃうの。それが嫌で悲しくなったの。」
「俺はここにいるよ?離れないよ?」
そう何度も言うのだが、嫌と言うばかりで、気持ちが落ち着かない。
「…ファーは、あの人と行ってしまうの?」
急に、チャアコが真面目な顔をして俺を見た。
「どこにも行かないよ?ずっと一緒だよ。」
「ファーのあの人はずっと待っているから。」
「チャアコ?」
「うん。先に……お願いする。ファーは心配しないで。ファーとチャアコはずっと一緒。最初にチュウするから。でも結婚は諦める。うん。」
チャアコは泣き止んで笑った。どうして泣いたのか、何を納得したのか、俺にはわからなかったが、チャアコは凄く満足そうだった。
  その翌日からだ。チャアコがぼんやりしたり、家族の名前を忘れたり、一日中歌っていたり……細い腕が益々細くなり、彼女との別れが近い事を予感した。
  うつらうつら眠るチャアコに思い付いたことを話しかける。二人の思い出。子どもの生まれた時の話。チャアコに出会う前の話。小さな王子の話。……いままで話したことの無かった数々の話も聞かせた。もう、こちらの声も届いていないかも知れないが、途切れることなく話して聞かせた。
「チャアコ、愛してるよ。」
「…ファー…」
「ここにいるよ。」
「…浮気…者…」
「ふぇ?」
何か今、変な言葉が聞こえた気がするが……
「チャアコ?」
俺の妻チャアコは静かにこの世を去った。
「最期の言葉が浮気者って………」
そりゃないよ。俺は泣きながら笑った。
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