花の貴人と宝石王子

muku

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第二部 旅

155、夜

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 * * *

 しばらく考え事がしたいから、一人にしてくれと黒薔薇に頼まれた。リーリヤとジェードは黒薔薇を花の前に残し、二人でそこを離れた。
 虫の国から出る前に、集めなければならないものがあった。前宰相アルト・ソルムの病を癒すために、万年茸マンネンタケに似たきのこが必要なのだ。

 そこらにいる虫の子をつかまえて尋ねると、ありそうな場所を教えてくれた。ここでも豊富に見つかる種類ではないようだが、さほど珍しい茸でもないという話だ。
 リーリヤとジェードは早速それを集めて歩いた。樹木の表面に見つかることもあれば、寝ている巨虫の頭に見つかることもあった。

 片っ端から刃物でこそげとって、鞄に入れていく。他にも持ち帰れそうな薬草があれば、摘んでいった。メルディンに渡せば喜ばれるだろう。
 虫の子達は、ジェードとリーリヤにあまり関心を持っていないようだった。虫の子は変わった種族で、生活様式もそれぞれ異なっている。

 彼らの巣は木の中であったり、あるいは土の中であった。天を突くほど高い木には、葉で作られた巣がいくつもぶらさがっており壮観だ。
 無秩序で、野性的で、自然と一体となって生きている。

 歩いていると、足の裏に微かな振動を感じた。大きな蚯蚓みみずが通過しているのかもしれない。虫の国は花の子や人の子にとっては、まるで異世界だった。
 もっと奥へと足を踏み入れたなら、奇絶怪絶、想像もつかない不可思議なものも多く目にするのだろう。繁茂した茂みの奥、絡み合った蔦の向こう、深い地面の下。彼らだけの無数の秘密が隠されている。

 ジェードは何かが近づく度に警戒していたが、危害を加えてこようとする虫はいない。腕くらいの大きさがある空飛ぶ細長い青い虫は、リーリヤのそばまでくると額に口づけをして去っていった。
 ジェードは眉をしかめたが、虫を攻撃することはなかった。

 陽が暮れると辺りの景色はまたがらりと変わる。照明の類はほとんどないのだが、光る虫や光る苔、光る茸もあって、人の国の賑やかな夜の街を彷彿とさせる。
 背中から羽を生やした虫の女が数人、笑いながらこちらへやって来た。

「お前達が女王陛下の客人かえ? せっかくだから、見晴らしの良いところから妾らの国を見てはどうだ?」

 目の前には一際巨大な茸がそびえている。これは見晴らし台のようなものらしく、彼女達は客を上げ下げしているそうなのだ。
 観光で来ているわけではないのですが、とリーリヤは少し渋ったが、結局はのぼることとなった。紐のついた簡素な籠に乗り、虫の子達がその紐を持って上昇する。揺れもなく、乗り心地はまずまずだった。

 燐光を放つ茸の傘の上は、なるほど一帯を見渡せて、見事な景色であった。

「どうぞ、ごゆっくり。美しい恋人達よ」

 虫の子は笑い声をあげながら、さらに高く飛んでいった。
 蛍に似た小さな虫が飛び回っている。あちこちの木々で、不思議な実が明滅している。
 茸より高い木々の樹幹の向こうに、花の月が覗いていた。

「あなたに、改めてお礼を申し上げなければなりませんね。この旅では、ジェード様に何度も助けていただきました。ありがとうございました。おかげで無事、虫の国の女王陛下の元へたどり着けました」

 ジェードは微笑を浮かべている。

「完璧な護衛とは言い難かったがな。すまない」
「とんでもありません。あなたがいてくださって、どれほど助かったでしょう。翡翠の王子の護衛は、心強かったです」

 ジェードはリーリヤの額に口づけを落とした。リーリヤに求められることを、彼は何より喜ぶのである。
 ジェードと共に旅に出られて、良かったと思う。それぞれの強さや弱さ。互いをより深く知れた気がした。

 リーリヤは眼下に広がる景色を眺めた。

「お詫びしておきます、ジェード様。自分の望みにだけ心を向けてしまう私は、この先もあなたの思いやりを無下にしてしまうかもしれません」

 私は誰かを救いたい。皆に幸せでいてほしい。身勝手でも、誰かに手を差しのべ続けるだろう。誰よりリーリヤが傷ついてほしくないという、ジェードの気持ちを知りながら。

「構わない。お前が望むままに咲くことこそが、私の望みだ」

 ジェードがリーリヤの手に指を絡ませてきた。

「そう難しく考えるな。私はお前の趣味に付き合うだけだ。そうだろう?」

 私は、果報者だ。この人に会えたことを、誰に感謝したらいいのだろう。どれほどの富や力より、良き理解者の存在の方が勝ると知った。
 あなたがいると、美しい世界がより美しくなる。

 体を重ねなくても、一つになったと思う時があった。魂のようなものが溶け合って、気持ちを共有するのだ。そばにいるとほっとして、ここが私の居場所なのだと思えてくる。絶対的な安らぎを、彼が与えてくれた。
 リーリヤが微笑みかけると、ジェードも微笑を返す。お前が笑うのを見るのが、本当に幸せだとでも言いたげに。
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