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3、空の島
* * *
絞め殺されるのだ、私は。
自分の喉に、竜帝セライナの大きな手がかかっている。ひんやりと冷たくて、少し手に力を入れればミカの細い頸など容易にへし折ってしまえるだろう。
「私に慣れてきたようだぞ。ほら、喉を鳴らしている」
「恐ろしい時に喉を鳴らす猫もおりますよ、陛下。ミカ様は震えていらっしゃるじゃないですか」
ミカは何故だかセライナの膝の上に座らされていた。ここへ来てから知ったことだが、竜人は皆高身長である。その中でもセライナはまた長身な方で、ミカとの体格差はかなりのものだ。だからこうして膝にのせるのも平気なのだが――どうしてのせられているのだろうか。
ミカはいきなり抱き上げられてのせられたので、どうにもできずにそこにいる。今度は気絶もせず腰も抜かさなかったのだが、震えだけはおさえられなかった。
セライナは四つ足の猫にやるように、ミカの顎をさわさわとさすっていた。くるる、とミカの口から声がもれる。困惑の音である。
「申し訳ありませんね、ミカ様。竜帝陛下は大変な強面でいらっしゃいますが、乱暴者ではありませんのでご安心ください。まあ、強面なのに優しくなでなでしてくるから余計に怖いんですよね。わかりますよ……」
白い長髪の一部を結っているのは先日の彼であり、セライナの側近のルディスだ。いわく、彼らは幼なじみであり、気安い仲なのだという。ルディスの役職は宰相だそうだ。
「陛下、あなたはお仕事がおありでしょう。ミカ様も少し落ち着いてきたようですし、私が城を案内してきますから。さあ、もう離してください」
ルディスがミカを膝から下ろすと、セライナがあからさまに不機嫌になった。彼が眉根を寄せて誰かを睨むさまは、あの笑顔までとはいかないが迫力があって恐ろしい。
ミカはルディスの丈の長い服の一部をすがるようにつかんだ。ルディスは物腰が柔らかく、笑顔も優しいから近づきやすかった。自分の服をつかむミカの様子を見て、ルディスはニマニマと笑って見せる。
「おや、もしかするとセライナ様より私の方になついているのかもしれませんね……」
「調子にのるなよ、貴様」
セライナから殺気が放たれ、ミカはいよいよ縮み上がってルディスの後ろへと身を隠した。
「ほらほら、そんな怖い顔をなさらず。ミカ様がもう近寄ってくださらなくなりますよ」
黙り込むセライナに礼をして、ルディスはミカを連れて部屋を出ていった。ルディスも忙しい身分のはずだが、セライナはミカの身を気心知れた幼なじみにしか任せられないようだった。
――それほど私は、あの方のとっておきの食料だということなのだろうか。
今のところ丁寧に扱われてはいるが、ミカの心中は複雑であった。
◇
ミカが竜族達の住む空の島に連れて来られてから数日が経過した。賓客のような待遇で、今までの人生で経験したことがないような至れり尽くせりの生活を送っている。虐げられるのに慣れているミカにはかえって落ち着かないというか、むず痒いような感じがしていた。
ここは竜帝が住まう城である。働く侍従も女官も全て獣人の竜族だ。猫族のように毛の生えた耳や尻尾は生えておらず、種族によっては鱗が体表に見られたりするらしいが、白竜の民はそうではないらしい。竜族で最も力があるのは白竜の民なのだそうで、城にいるのもほとんどが白竜だった。
「ミカ様。ここで過ごして何か不足なものがございましたら、何なりとお申しつけくださいね」
前を歩くルディスが、にっこりとしながら振り向いた。ミカはぶんぶんと首を左右に振る。
「足りないものなどありません。ありがとうございます」
渡り廊下を歩いていたミカは、遠くに広がる光景を見てつい足を止めた。
どこまでも青い空が広がっている。
海よりわずかに明るい色で、そこに点在しているのは島々だ。あの宙に浮かぶ島に、竜達は太古から住み着いていた。
自分がいる位置より下に雲が浮かんでいる景色は、何度見ても見慣れなかった。不思議で、そして美しい。
風が前髪を揺らして、ミカはいつものようにぎくりとした。黄金の目が誰かに見られたら大変だ――しかし、ここではそんな心配をしなくてもいいのだと思い出してほっとする。
「高いところは苦手ですか、ミカ様」
立ち止まってしまったミカを注意することもなく、ルディスが近寄ってくる。
「いいえ。猫ですから、高所は平気です」
「よかった。ここはどこもかしこも高いですからね。何せ、雲の上の世界なので。翼を持たない種族がやって来ることは滅多にないのですよ。もし苦手でしたら、どう対処していいものか悩みました」
陛下はあなたの希望も聞かずにあなたをさらってきてしまいましたからねぇ、とルディスが笑うので、ミカも苦笑いを浮かべた。どの道、竜帝ほど力のある彼に意見できる猫族などいない。来いと言われたらミカも行くしかなかった。
「セライナ様は不器用なところがおありですけど、一途なのは間違いないですから。安心してください」
それは、食べられない可能性がまだ残っているということなのか、食べられるまではうんと大事にされるということなのか。ミカの暗い気持ちは晴れなかった。
「何かわからないことがあれば、どうぞ気軽にこのルディスに尋ねてくださいね」
「では、あの……ルディス。獣人が獣人を食べることはあるのでしょうか」
この質問がルディスには突飛に感じたのか、彼は少しの間目をぱちくりさせていた。
「そうですね……。私も下界に降りる機会がないので直接他種族の食文化を知ることはなかったのですが、書物で読んだり噂で聞いたりはしました。あるそうですよ。鬣犬族だったかな、鷲族だったかな。好んで食べるというよりは、儀式ですね。何でも、力が増すそうで」
ということは、竜族でもあり得るわけだ。
どこか他人事みたいな言い方ではあるが、それは当事者である自分に配慮をしているからだろう。
ミカはあらためて遠くまで視線をのばした。翼のない自分はどこにも飛んでけない。逃げ場などなさそうであった。
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