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26、暴力はいけない
しおりを挟むセライナは呆れるほどに優秀なまま成長した。
そして、そんな彼を気に入らない輩も一定数いた。無愛想だが優秀で、家柄も良く、美男とくれば、婦女子の評価は甘くなる。しかし同性の、特に同年代からの嫉妬は根強かった。
とある社交の場に集まった時、某伯爵家の少年がやたらとセライナの悪口を言っていた。初めはおそるおそるだったが、セライナが無反応なのをいいことに、だんだんと声は大きくなり、聞こえよがしに言ってくる。
セライナは顔色を変えずにその場から去り、ルディスは彼を追いかけずにとどまって少年達の話に耳を傾けていた。
「結局、隠し子なんじゃないのか? 病気持ちの娼婦に産ませて、ああいう出来損ないが生まれてきたんだ。さすがに良心が痛んで引き取ったんだよ」
伯爵家の少年は、意地悪く顔を歪めて友人達と笑っていた。礼儀も恐れも知らない、馬鹿な子供である。いくら子供の言うこととはいえ、公爵家を侮辱すれば、自分の親にも影響があるというのがわからないのだろうか。
「偉そうに辺りに睨みをきかせて、本当に感じが悪いよな。おい、奴に近づくなよ。黒いのがうつるぞ。見たか? あの、気味の悪い色……。目に入るだけでぞっとするし、震えるよ」
ルディスは少年達の方に近づいていった。付き合いはないが、互いに顔と名前くらいは知っている。
「失礼。そういう品のない話ばかりしていて、君達は恥ずかしくないのか?」
「フェルリーン伯爵子息のルディスか。今日も太鼓持ちは忙しそうだな。偉い奴にへこへこして、ごまをするばかりの生活は、さぞ大変だろう」
ルディスは自分に対する暴言を無視して言った。
「君は大変な臆病者のようだね」
「何だと?」
「だって、黒いものが気味悪くて仕方ないんだろう? 夜空は黒いし、影も黒い。黒いものなんて世の中にたくさんあるから、震えっぱなしで気の毒だ。もしかして、焦げた卵にも怯えて腰を抜かすのかな」
この嘲笑に、伯爵家の少年は顔を真っ赤にし、取り巻きは笑うのをこらえていた。卵に怯える彼の姿を想像してしまったのだろう。
「男の妬み嫉みほど見苦しいものはない」
とルディスは言ってやった。この少年にはもう婚約者がいるが、その令嬢がセライナに好印象を抱いているのに激怒していると、ルディスは聞き知っていたのだ。それで勝手に恨んで、何もかなわないから貶めようとする。恥知らずな竜である。
少年は竜のうなり声をあげ、噛みつくように言った。
「僕だったら、あんなおぞましい姿で生まれたら生きてなんていけないがな!」
次の瞬間、ルディスの拳は少年の頬にめりこんでいた。
悲鳴をあげる相手を、立て続けにルディスは殴る。憤激のあまり手が出たが、殴りながらもルディスは冷静に思考していた。
こんな発言が口から飛び出す者はどういう神経をしているのか、理解に苦しむ。ただ他と違う色であるというだけで、そこまで罵倒されなければならないのだろうか。
セライナがどれだけ努力しているか、肩身の狭い思いをしながら生きているか、彼らは知らないのだ。
(顔をあんまり殴ると、こういう奴は周りに痣を見せびらかして自慢するだろうから、それも癪だ。顔はやめておこう。怪我をしない程度に、腹に……)
父には少々迷惑がかかるだろうが、子供同士の喧嘩だと、大目に見られるはずだ。まだ一発くらいはいけるか……。
と腕を振り上げたところを、誰かが「ルディス!」と呼んで羽交い締めにした。
騒ぎを聞きつけたセライナが戻ってきたようだ。
喧嘩相手から引き離され、向こうの少年は何やら泣きわめいている。殴られる覚悟もないくせに、悪口なんか言うなよ、とルディスは呆れていた。
「ルディス、私の……」
とセライナが言いかけたので、ルディスはすぐさま遮った。
「私に侮辱の言葉を吐いた彼に、思い知らせてやったんですよ」
ふん、とルディスは鼻を鳴らす。
セライナは自分のために、ルディスが相手を殴ったのだと思っているのだろう。セライナは子供ながらもう三人くらいは手にかけていそうな顔をしているが、実は暴力が嫌いなのである。自分が腕力が強いという自覚もあるから、誰かに手を出したこともない。
セライナのことがきっかけでルディスが暴れたと知れば、彼は落ち込んでしまうはずだ。だから、あなたには関係ない、とルディスは何度も強調しておいた。
その日の晩、当然のようにルディスは父に呼ばれてお叱りを受けた。
「暴力はいけないと言っているはずだぞ、ルディス」
「父上にも面倒をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
殴ったのはルディスの方であるから、ルディスの父はあちらの家に謝罪をする羽目になったのだった。あちらの少年も深刻な怪我を負ったわけではないので、これ以上の問題にはならないだろうとのことだ。
何故手を出したのかと問われたので、ルディスは父に、向こうが口にした罵倒の言葉を一言一句違わずに伝えた。すると父はため息をついて沈黙した後、「それでも私は父親として、お前の暴力を容認はできない」と言った。
「私がお前であったら、向こうが気を失うまで殴っていただろう……。お前は我慢強いらしい。だが、暴力はいかんぞ」
フェルリーン伯爵は、セライナの義父と親しいのだ。セライナを悪く言う輩を許せないのは、伯爵も同じなのだった。
「彼の具合は、具体的にどうなのですか?」
殴った後に引き離されてからルディスはそのまま帰ることになり、詳しい状態は聞いていなかった。怪我の程度は深刻ではない、というくらいだ。すると伯爵はこう言った。
「顔が腫れているくらいだな。歯などは折れていないらしい。残念なことに」
ルディスは吹き出しそうになったが、伯爵令息としてその反応は相応しくないと思い直し、一応神妙な表情は保っていた。
今度から、こらしめる時は拳ではなくて頭を使うように、と父から諭されて、なるほどとルディスは納得したのだった。
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