猫の王子は最強の竜帝陛下に食べられたくない

muku

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37、指をさすな


 * * *

「ヒヒヒ……、で、では、ミカ様は、セライナ様の口づけを……、あ、味見だと思われていたのですか……? ほ、本当の味見……? あの、食事の時の……? ヒヒヒ、ヒィヒヒ……、セ、セライナ様が、あれほど思い焦がれていた相手を、やっとものにできたと思ったら、全然通じてなくて、味を見られていたと思われていた……? ヒヒ、お可哀想に……! そんな、無敵の竜帝陛下が……! あんなに喜んでたのに……、ヒヒヒ、ヒヒヒ……ど、どうしよう、腹の傷に響く……っ!」

 寝台に横たわるルディスは、先ほどから身を震わせていた。隣の椅子には、恥ずかしさで顔を真っ赤にしたミカと、仏頂面のセライナが腰かけている。
 セライナから必要な知識を与えられたミカは、自分が相当な思い違いをしていたのだと初めて知った。その詳細を聞いたルディスは、笑いっぱなしなのである。

 ルディスは無理がたたって床につくことになってしまった。それを二人で見舞いに来たのだ。

「味見って……、ヒィイヒヒヒ、き、気の毒すぎる……!」
「貴様、どういうつもりで竜帝に指をさしているのだ? いつまで笑っている?」
「同情して悲しんでいる、に……ィヒヒ、決まっているではないですか。私はあなたの無二の親友ですよ……笑うはずがない……!」

 目尻の涙を拭い、ルディスは睨みつけるセライナの視線を避けてミカの方を向いた。

「ちなみにミカ様。セライナ様にどのように召し上がられると想像していたのかうかがってもよろしいですか? こう、何かしらの調理をされると思われていたとか?」
「いいえ、セライナ様はお優しい方ですから、火は通さずに私を生でお食べになると思っていました」
「ブハッ!! 痛たたたたたた」

 演技ではないらしく、笑いすぎたルディスは傷が痛むのか腹を押さえているのでミカは心配になってしまう。ルディスのためにも、この話はこの辺でやめておいた方がいいのではないだろうか。

 最低でも一ヵ月は休まれた方がいいと医者に言われているルディスだったが、そんな暇はないから休みは五日だけとる、と頑なだった。睡眠不足もあって丸一日は昏々と眠っていたルディスだが、二日目には目を覚まし、顔色も良くなっている。

「もう少し眠っていた方がいいのではないか? 強制的に眠らせてやるぞ。私の拳で」
「またまた……陛下はこれまで誰も殴られたことがないではないですか」

 仲が良い二人の馴れ合いだとは知りつつ、物騒な言葉が出るとミカもハラハラしてしまう。

「勘違いをしてしまい、申し訳ありませんでした」

 小さくなってミカは謝る。
 本当に食べたりはしませんよ、さすがに、とルディスに言われたが、それもそうである。ミカは昔から少々思い込みが激しいところがあり、そうだと決めつけてしまっていた。セライナに対してもこの思い込みは相当失礼だっただろう。

 まさか竜帝陛下が自分に好意を持っているなど、求婚されるまで全く気がつかなかった。

「いえいえ、私達が品のない隠語で話をしていたのが悪いのです。無駄に怯えさせていたとは知らず、こちらこそお詫びしなければ」

 ミカ様はいつも謝られてばかりですが、そんなに何でも気に病むことはありませんよ、とルディスは笑っていた。
 あの騒ぎの後、アグエン皇子は全ての財産を没収され、塔へ幽閉されることが決まった。ミカをさらったのに加えて、伯爵であるルディスに重傷を負わせたので、罰を受けるのは致し方ないだろう。

 それに皇子は悪霊をまとわりつかせていたせいで、精神に異変をきたし始めていた。その治療をしてやるように、セライナが指示を出している。
 例のガルザルグ侯爵はやはり皇子と繋がっていて、厳しい処罰が下されるそうだ。

 狩人の処遇については、リドが引き受けた。彼らは白い猫の国に連れて行かれ、今後同じ悪事を働かないよう、リドが対策を練ると竜族へ約束した。狩人については油断はできないので、今後竜族と猫族で協議していこうという話になった。
 とりあえずは、一段落だ。

「食べるというのが、そのままの意味ではなくてよかったですね、ミカ様」

 ルディスが笑い、ミカは頷いたがこう返事をした。

「でも、私はそれでもいいと思ったのです。セライナ様になら、召し上がられてもいい、と」
「おやおや、命を捧げても構わないということですか。お熱いですねぇ」

 からかうように言われて、ミカはまた赤面する。
 セライナは穏やかな顔でミカを見つめていた。

「幸せになってくださいね、ミカ様。あなたとセライナ様の幸せが、私の幸せです」

 二人がそうして仲良くなって、結ばれるのが嬉しくて仕方ないといった様子でルディスが微笑む。彼は幼い頃から、友の幸福を願い続けていたのだろう。そんな彼にも幸せになってもらわなければ、とミカは思う。

「そういえば、セライナ様。ミカ様には優しく笑いかけられるようになったそうですが……」

 それは本当である。ミカを抱きとめたあの時から、顔の強ばりがなくなって、ミカは何度かセライナに柔らかい笑顔を向けられていた。

「ちょっと見せてみてくれます?」

 ルディスにせがまれ、セライナは笑ってみせた。
 ニヤァ、と世にも恐ろしい笑みが浮かぶ。ミカは思わず毛を逆立てそうになり、ルディスは額を手で打った。

「怖すぎる! 全然ダメではないですか! どうしてミカ様には自然に笑えるようになったのに、他の者にはできないのです? 恋人特権で、ミカ様にしか見せられないのですか?」

 いやそういうわけではないが、とセライナは不機嫌そうにごにょごにょ言い訳していたが、ルディスはやかましく遮った。

「これから外交に力を入れようという時に、そんなお顔でどうするんです? 子供の時は大目に見ておりましたが、今のあなたは竜帝なのですよ! それでは鬼か悪魔です、女子供が泣きます、いえ、男も泣くでしょう! セライナ様ともあろう者が、にっこり笑うこともできないなんて、ああ、嘆かわしい!」

 あんなに訓練したのにまだ無理だとは、とルディスは大げさに嘆き続け、セライナをしかめ面にさせてしまう。
 ミカはセライナの手を握って慰めた。

「あなたならできますよ、セライナ様。一緒に頑張りましょうね」
「ミカ……」

 セライナが微笑む。ミカに向けたのなら、自然な笑みが浮かべられるのだ。
 それそれそれ、とルディスが指をさすので、セライナが「竜帝に指をさすな」と手を払った。
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