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第1章『3領地同時攻防戦』編

第10話 戦況報告<第1王子派>(前編)

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「まあ、控えめに言って絶望的ってところですかね」

 王都ユールディアにある王宮ーーその中にある会議室で御前会議が行われていた。

 第2王女の反乱が起こるまでは、御前会議は国王ヴィジオール主催の下、そのたびに開催場所を変えて、各地方で開催されていた国の最高意志決定会議だった。

 それが、国王ヴィジオールが病床に伏し、第2王女が反旗を翻した緊急事態と言うべき今ーー最高意志決定会議という性格は変わらないものの、その参加者は大きく制限されており、開催場所も王都に限定されていた。

 かつては王族を始めとして、王宮内の高級官僚、会議が開催される領地の領主の他、国内の有力貴族など、なるべく幅広い人物を招聘していた。しかし今はカリオス以下、反乱発生に伴ってカリオスが『最高幹部』と呼んだ5名が出席するのみである。

 つまり参加者は

 第1王子にして国王代理カリオス=ド=アルマイト。

 王下直轄部隊総指揮官『大元帥』コウメイ=ショカツリョウ。

 第1王女『鮮血の姫』ラミア=リ=アルマイト

 最高執政官リューゲル=イマリティ。

 龍牙騎士団騎士団長『堅鱗』クルーズ=ルメイラ。

 紅血騎士団騎士団長『王国最強の騎士』ディード=エレハンダー。

 以上、計6名である。

 ちなみに、驚くべきことに、カリオスが各々に与えている権力の序列は、記した通りなのである。

 実の妹――つまり王族であるラミアよりも、軍事最高責任者であるコウメイに大きな権力を与えているのだった。

 さて、会議の開始と同時にカリオスから意見を求められたのはそのコウメイ。

 ”絶望的”という発言の内容とは対照的な、コウメイの軽い口調で受け止めたカリオスは、無言で席を立つ。そして、つかつかとコウメイの席まで歩いていくと、その頭にぽかりと拳を叩きこむ。

「痛いっ?」

「あー、なんかすげームカつく。殴りてぇ」

「殴ってますから! 地味に痛いっ! 非戦闘員なのにっ!」

 カリオスが席に戻った後も、涙目になりながら頭を抑えるコウメイ。恨みがましい目でカリオスを見ていたが、カリオスはそれを取り沙汰するつもりはないようだった。

 なんとも不思議な関係の2人である。

 いくら広く民衆に気軽なカリオスといえど、ここまで気安く接することが出来るのはコウメイくらいのものだろう。

 コウメイもカリオスに対して最低限の礼儀は弁えているし、問題がある程に非常識な言動があるわけではない。2人が主従関係であるのは間違いないのだが、どちらかという先輩・後輩と表現するのが相応しいような間柄だ。

 彼らの人間性を全く知らない人間からすれば、王族に対するただの不敬にしか見えないのだが、少なくともその場にいる他4人からしてみれば、むしろ安心すらするようなやり取りだった。

「お前なぁ、これ御前会議だぞ? お前は俺の次に偉いんだぞ? 言葉を選べよ。無意味に皆を不安にさせるな」

「う、確かに……ごめんなさい」

 正論で叱られるコウメイは素直に頭を下げると、この中で一番の穏健派であるリューゲルが割って入る。

「ま、まあまあ。コウメイ閣下は客観的な事実を口にしただけで……これから対策の程を話されるのは分かっておりますから。……ありますよね、対策?」

 と、さすがのリューゲルも不安を隠せずに問い質してくるような有様。

 そのリューゲルの不安が、現在の第2王女反乱に関する戦況をそのまま表していた。

 リューゲルに問い質されたコウメイは返事に窮して、真面目な表情で押し黙ってしまう。

 コウメイの口から伝えられた、第2王女派との戦況報告は、第1王子派にとって暗いものだった。

 グラシャス領に続き、第2王女派の侵攻は続いていた。続いて攻撃を受けたのは、ヒルトリア=バーグランド侯爵が治めるバーグランド領だった。

 緒戦のグラシャス領での戦いと同様に、現地のバーグランド侯が抱える軍勢を主としながら、王都からは龍牙騎士団を派遣して迎え撃ったが、第2王女派の猛攻に劣勢を強いられていた。

 そしてその猛攻に耐え切れず、遂に先日グラシャス領に続いてバーグランド領が陥落したのだった。

 グラシャス領、バーグランド領と第1王子派に対して2連勝を重ねた第2王女派の主戦力は、新白薔薇騎士団とヘルベルト連合所属の戦闘部隊『龍の爪』の混成部隊である。つまり、第2王女の近衛兵に過ぎない白薔薇騎士団で構成された新白薔薇騎士団と、ほとんどが傭兵と奴隷兵で構成されている、軍隊としては練度が低いはずの『龍の爪』である。

 この会議に参加している面々は、先のミュリヌス攻略戦に参加したカリオス、コウメイ、ディードの3者から、黒幕がグスタフであることとその「異能」の効果は耳にしている。

 それでも聖アルマイト王国が誇る龍牙騎士団がそれらの軍勢に押されるなど、その現実を目の当たりにしてもとても信じられない…というのが、現地でグスタフの力を目の当たりにしていない人間達の正直な感想だった。

「少なくとも今言えることは、最悪の状況だけは回避出来ている…ってことくらいですかね」

 コウメイがようやく重い口を開いてリューゲルへ返事をする。

 此度の第2王女との戦争において、コウメイがとにかく最優先にしているのは人的被害を最小限にとどめることだった。特に非戦闘員の保護。その意味においては、コウメイはそれなり以上の戦果を挙げられている。

「バーグランド侯は、元帥の意向を無視して徹底抗戦に走った。それが、今回の結果だ」

 苦々しく補足するのはカリオスだった。

「――や、まあ……事情を知らない諸侯に対して、自分の土地を犠牲にして『戦わずに逃げろ』って言ってるようなもんですからね。むしろグラシャス侯が不満を残しながらとはいえ、よく従ってくれていますよ。そこら辺は、現地のジュリアス将軍の尽力あってこそですけどね」

 ポリポリと頭を掻きながらコウメイが続ける。

 コウメイが現地のジュリアスに指示したことは、まずは領民を避難させることを最優先とすること。領地防衛も重要だが、被害が拡大するようなら領地を捨ててすぐさま撤退すること。避難民については王都が責任を持って引き受ける。それを前提に、防戦と撤退の判断は迅速にすること。こんなところである。

 要約すれば、自身の領地をみすみす敵に明け渡せという、当事者からすればとんでもない命令ではある。しかし実際に第2王女派の戦力を身を持って思い知らされ、さらにそこに龍牙騎士団副団長に説得されれば、もはや領地を明け渡して撤退するしかないという現実もあった。

 しかしバーグランド侯のように、反カリオス派とまではいかないものの、あまり王都に対して好感を持っておらず且つ自身の武力に自信を持っている領主もいる。そしてバーグランド侯は、コウメイの方針を無視した。

 その結果は、領地を奪われたという部分はグラシャス侯と同じだが、バーグランド侯はそれに加えて兵士や領民に大きな被害が出たことが大きく異なる部分だ。

 グラシャス領の戦いにおいては「実質勝ち」と言っていたコウメイも、今回の件については「甚大な被害」とはっきりと言った。

「まだ詳細な被害報告は出ていませんが、バーグランド領の被害は燦燦たるものみたいですよ。少なくともバーグランド侯の戦死は確認されていますし、噂レベルでは彼の娘を始めとした女性はみんな捕らえられて、男性は奴隷のような扱いを受けているらしいです」

 コウメイは報告の中で明言しないが、何を言わんとしているのか、会議の参加者は全員理解している。

 第2王女派の真の首魁はグスタフ――あの、欲望の塊のような男の手に落ちた女性は、おそらく……

「とりあえず、戦況としては苦しいと言わざるを得ない状況ですね」

 そんな重い空気に沈む中で、コウメイは自身の報告を締めくくった。

 コウメイが冒頭に発した絶望的というのは過剰表現ーー少なくともグラシャス領の戦いについては、ほぼコウメイの思惑通りの結果だった--だとしても、少なくともジリ貧状態というのは間違いない。

 領地を犠牲にすることで人的な被害を最小限に留めようとしても、バーグランド侯のように反目する領主もいるし、どちらにせよこのままではジワジワと王都に向けて攻め上られるのを見ているしかない。避難してきた領民を受け入れるのも限界がある……という、苦しい現状ばかりがある。そしてそれを打開するための決定打も、今のところ第1王子派は有していなかった。

「よし、ただ黙ってうんうん唸っているだけじゃ仕方ない。とりあえず次に行こう。次は……国内の状況はどうだ、リューゲル?」

 そんな重苦しい空気を打ち払うようなカリオスから、無理に活気を込めた言葉が放たれる。国王代理の視線が、今度は参加者の内で最も高齢な最高執政官へと向けられた。

「は。やはり叙勲式をあれだけ盛大に行ったのは効果絶大でした。王都内の国民感情については、不安がありつつも、ほぼほぼ落ち着いているようです」

 この非常時に最前線にいたジュリアスを呼び戻してまで、あそこまで盛大な叙勲式を執り行ったのはコウメイの意図が多分に入っている。

 領地を奪われた、表面的には「敗戦」であるはずのグラシャス領での戦いを、人的被害が少なかったことから「勝利」と宣言。それに大きく貢献したコウメイとジュリアスを、それぞれ元帥と龍牙騎士団副団長に大抜擢した叙勲式。

 そうすることで、第1王子派は領地よりも、人を守ったことを戦果としていること。つまりカリオスは人命第一主義者の正義の王だということ、そしてグラシャス領を奪われたことは想定の範囲内ーー決して第2王女派に負けているわけではないと知らしめる狙いがあった。

 これに関してはコウメイの意図が見事にハマり、グラシャス領の陥落で一気に不安に陥っていた国民感情が、叙勲式をきっかけにして、リューゲルの報告通り落ち着きを取り戻していたのだった。

「ただ龍騎士の叙勲に関しては、国民だけではなく各騎士団内でも疑念と不信の声が噴出しておるようです。あまり良くない傾向かと」

「ああ……」

 控えめに言ったリューゲルの言に、カリオスはいまいち感情の読めない声で相槌を打つ。

 龍騎士の称号は、聖アルマイトにおいて極めて重い。騎士を目指し、騎士になった者全ての憧れの称号で、目標にしている到達点。更にあれだけ人望のあったルエール元龍牙騎士団長すら、己には身に余ると辞退したという程のもの。

 ルエールは重傷により戦線離脱、白薔薇騎士団団長のシンパもミュリヌス領において消息不明だとしても、まだ王国3騎士の最後の1人が残っている。

『王国最強の騎士』ディード=エレハンダー。彼がいるこの状況で、特別な功績があるわけでもないポッと出の新人騎士――しかも平民出の――が、国王代理より直々にその称号を叙勲する。

 各所で不平不満が出ないことの方が、おかしいだろう。

 そしてそれは少なからずカリオスの不信にもつながることだ。

「その件については、ここにいるお前らも納得出来ねぇだろうし、俺もこの場でお前らを説得するつもりはねぇ。既に叙勲は終わった。後は俺の問題じゃなくて、あいつ――リューイの問題だ。俺を信じるというなら、とりあえず黙って見とけ。……そういや、今あいつは何してるんだ?」

 龍騎士リューイはコウメイの護衛騎士でもある。そのコウメイに所在を聞くと

「今は王都に待機してもらっていますが、もう間もなく前線で頑張ってもらいます。龍騎士の称号に見合う働きを期待していますよ」

 リューイの龍騎士叙勲については擁護派であるコウメイは笑って返した。

 そのやり取りを見ながら、リューゲルはそれ以上の言及を避けた。決して些末なことではないし、捨ておいて良い問題でもない。しかしこの場で論議しても仕方ないことでもあるし、カリオスも考えを変えることはないだろう。

 リューゲルは「以上です」と言葉を切って報告を終えるのだった。
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