※完結済 【R-18】白薔薇の騎士と純白の姫

白金犬

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第3章 欲望と謀略の秋 編

第38話 不穏な噂

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「なんだとぉ?」

 王宮内の廊下を歩いていたカリオスは、腹心のルエールに呼び止められると不機嫌な顔を彼に向けた。

「一応、殿下の御耳に入れておいた方がいいと思いまして。噂に過ぎない程度ですが」

「……火の無いところに煙は立たないからな」

 不機嫌な顔をそのままカリオスが再び廊下を歩きだすと、ルエールもそれに付き従う。

 リリライトへの手紙をようやく作成したカリオスは、それを届ける者を今日中に決めておくようルエールに指示していた。

 彼に呼び止められたのはその報告だと思いきや、内容は全く異なるものだった。

 同盟締結の際の条約で禁止と定めた人身売買が、ヘルベルト連合国で横行しているという。しかも、どうも国内だけではなく、裏で諸国の有力者達との取引の痕跡もあるらしい。その諸国には聖アルマイトも含まれているとのこと。

「やっぱり、あの豚野郎に任せておくわけにはいかないじゃないか」

「そもそも、あれだけ大陸全土に根付いていた奴隷制度を、こんな短期間で完全に排除するなど不可能ですよ。むしろグスタフ卿は、よくヘルベルト連合を説き伏せた方だと思いますが」

 珍しくあの醜悪な大臣の肩を持つルエールに、カリオスは面白くなさそうな表情を作る。実際、ルエールの言う通りだから何も言い返せなかったが。

「――あの豚野郎本人が関わっているってことはないのか? いかにもやりそうな面してるだろう」

 意地悪そうに問いかけてくるカリオスに、ルエールはふうとため息をつく。

「確証が無いという意味では、その可能性は否定出来ませんが……近くにはリリライト殿下もいらっしゃいますし、彼の立場で誰にも知られずに奴隷の売買に手を出すというのは難しいでしょうね。奴隷とはいえ、例え1人でさえ人を誰にも知られずに囲うというのは、なかなか手間と金がかかるものです」

「まあ、そうだな」

 いかにもやっていそう、という部分には言及せずに答えるルエール。至極真っ当な返答にカリオスは顎に手をやり、考え込んでいた。

 カリオスが奴隷制度を否定するのは、何も人権の尊重だとか、そういった正義感といった感情のみが理由ではない。

 勿論感情の部分が大半を占めてはいるのは否定できない。だが同時に国政に関わるものとして、奴隷制度を運用することには賛成出来ないのだ。やり方によってはメリットもあるかもしれないが、所詮奴隷制度など、一部の限られた特権階級だけが得をする制度だ。

 逆らう術も力も持たない奴隷に労働の一切を任せて、一部の者が贅の限りを尽くす社会――そんな国に人が集まるはずもない。そんな国は限られた閉鎖的な社会となり、長期的に見れば衰退していくことは目に見えている。

 それよりも生まれや血筋など関係なしに、己の力や才能、努力が報われる社会。どんな人間でも豊かになるチャンスがある国こそが、健全に豊かに発展していける。それがカリオスの持論だ。

 だからこそ、夏の最高評議会にてリリライトが提案した高齢者の保護政策に賛成した。それも妹への溺愛感情だけではない。若い時分に国に貢献してくれた老人達は、国が手厚く保護して報われるべきという主張を持っていたからだ。

「確か、今の連合国の代表は……」

「フェスティア女史――ですね。史上初の女性代表者ということで、何かと話題になっていますが」

「ふーん」

 条約内容の交渉の場にて、カリオスも彼女と対面したことがある。

 柔らかな雰囲気の中にも、決して自己の信念を曲げようとしない意志の強さを感じる美人だった。カリオスが受けた印象としては、政治家と言うよりはむしろ商人とか経営者という雰囲気を感じた。彼女は経済発展のため奴隷制度は必要不可欠との考えを主張していたと記憶している。

 ああまでカリオスの考えに反対していたフェスティアが、今回の聖アルマイトとの同盟に同意して、奴隷制度撤廃を受け入れるに至ったのか、今になっても違和感しか残っていなかった。

「ネルグリア帝国との戦争を見て、侵略される前に仲良くなろう――って、魂胆だったのか? 表面上だけは」

 大陸最大国家の聖アルマイトの武力を目の当たりにして、早々に同盟締結という方針を取らざるを得なかったのかもしれない。しかしその条件に、こちらが奴隷制度の撤廃を訴えてくるのは明らかだったはずだ。

 とりあえず攻め込まれない口実を作っておいて、裏では変わらずに人身売買に手を染めているということか。

「あり得ますな。あの女傑であれば」

 腕っぷしという意味ではなく、フェスティアは連合国という経済大国をまとめ上げるにふさわしい胆力の持ち主だった。パッと見は「気のいい優しげなお姉さん」といった人物像だが、清濁併せ呑みながら、自分が正しいと思う道を進む強さを秘めている、というのがカリオスとルエールの共通の評価だ。

「何にしろ、その噂が事実なら重大な条約違反だ。ヘルベルトには制裁が必要になるな。さて……」

 どうしようかとカリオスは思案にくれる。

「――そういや、ミュリヌス学園はもうじき御前試合の時期か」

 と、唐突に全く関係の無い話題を持ち出すと、ルエールは顔を上げて主の背中を見やる。
「リリも忙しいだろうから、行くのは御前試合が終わってからの方がいいだろうな。とすると、少し時間が出来るわけだが――手紙を届ける奴に、そこら辺のこと探らせておきたいな。適任者はいるか」

 カリオスの真意を理解し、今度はルエールが考える番だった。

 ミュリヌス学園があるミュリヌス地方はヘルベルト連合国との国境にある。今の話が嘘か真か、現地に赴くことで掴める情報もあるだろう。

 王子であるカリオス自らが嗅ぎまわるのはいかんせん目立ち過ぎる。そういった情報収集や分析などに長けている人物に、龍牙騎士団内にはカリオスの心当たりはなかった。

「――ネルグリア帝国の統治をラミア殿下にお任せしては、と提案したのを覚えておりますか?」

 今度はカリオスが意表を突かれる番だった。後ろからそう言われた言葉に、カリオスは足を止めて振り返る。

「確か、お前の考えだったな?」

「確かに私の口から申し上げたことではありますが、実は私の部下――騎士団長付きとして目をかけている若いのがおりまして、その者の提言なのです」

「ほほう」

 ラミアに任せているネルグリア帝国内の統治――苛烈な方法を用いて行われており、上手くいっているかと聞かれれば、うなずけないのが現状である。

 あのラミアと紅血騎士団に占領地の統治を任せるといった突飛な提案をしてきた腹心に、その時は目を丸めたカリオスだった。

 その結果については、それはそれとして――そんな型破りな提案は、大変にカリオスの興味を刺激したのだった。

「そいつを推薦したいってことか?」

「ええ。頭も回り、弁も立ち、我々が知らないような知識などを持ち合わせ、何より騎士らしくない飄々とした物腰――今回の任務にうってつけではないかと」

 その言い方は、王子らしくない自分に対する当てつけか、と思わず返しそうになった言葉を飲み込むカリオス。

「なかなか面白そうな人物だな。お前が勧めるなら間違いないだろうな。任せる」

「――御意」

 腰を曲げてカリオスの命令を承諾するルエールを見て、カリオスは再び歩き始める。

「出来れば俺も一度会ってみたいが、生憎と予定に余裕がなくてな。俺がリリに会いに行った時に、そいつから直接話を聞けるようにしておいてくれ」

 追加の注文も、黙ってうなずいてルエールは受け入れた。
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