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最終章 エピローグ編

第137話 大演説(後編)

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 そのカリオスの言葉の直後、不自然に静まり返った庭園――そして、すぐに先ほど以上のどよめきが走る。

 王族として当然だとうなずく者は、おおよそ常識的な考えの持ち主だと言っていいだろう。

 しかし中には、反乱を宣言しても尚リリライトを信奉している人間もおり、そういった人間は悲壮な表情を浮かべている。

 また同じ悲壮な表情でも、リリライトへの道場ではなく、カリオスに対する同情――それは、普段カリオスがどれだけリリライトを愛しているのかを理解し、その辛い決断をしたカリオスを気遣う者だ。

 更には、この宣言により、これから始まるであろう第2王女派との戦争に表情を曇らせる者。逆に胸を躍らせる者。

 他にも、単純にリリライトを悪と断じるカリオスに対して、不信感を抱く者。

 これ以上ない程に明確なカリオスの意志表示に、そこに集結した多くの人々が、様々な思いを巡らせる。

 そして、カリオスの言葉は続く。

「リリライト=リ=アルマイトは、あそこまで明確に王家に対して叛意を示した。宣戦布告の内容は、皆も大体承知しているだろうが、めちゃくちゃもいい所だ。実際、俺は国王陛下を幽閉などしていない。していない……が、病床に伏せっているため、今この場で皆に姿を見せることは出来ない。こればっかりは信じてもらうしかない。残念ながら、こちらとしては証明しようがない。そういった所を申し立てられて、正直“敵”ながら、なかなか上手い演説をしてくるなと思わされた」

 庭園で多くの複雑な感情が混ざり合う中、カリオスを尚も“敵”と断じながら、続けていく。

「とにかくだ。リリライトは全てを己の都合の良いように解釈し国民を扇動し、他国であるヘルベルト連合国と結託し、王家に対して批判的な諸侯を引き入れて、王都ユールディアに対して宣戦布告してきた。俺に代わって次の王位を継ぎたいのか、何を考えているのかはよく分からんが、これは立派な国家反逆罪だ。国民を守るべき同じ王族として、決して許してはおけない大罪人だ。武力行使と同時に、俺はここにリリライト=リ=アルマイトの第2王女としての王族の地位を剥奪することも宣言する」

 それはカリオスの決意の強さのあらわれか。一息に、しかし決して早口ではなく、むしろ民衆1人1人にしっかりと言い聞かせるようにゆっくりと言い切る。

「――そう、リリライト=リ=アルマイトは……もはや、聖アルマイト王国にとってはただの反逆者――討つべき、敵なんだ」

 それはカリオスが自分自身に言い聞かせるように言っているのだろうか。あえて直接的な言葉を使うカリオスは、しかしそこに苦渋の色は混じっていない。

 ただ淡々と己の決断と覚悟を、民衆が集う前で堂々と言い放った。

「さて、せっかくのリリライトの宣戦布告に対する反対声明だから、あっちの言い分に対しての反論もしておこうか」

 相変わらず堂々とした態度は王族のそれだが、軽々しい口調は今どきの不真面目な若者にも見える。若くして国王の代理を務める王子は、その矛盾した様相を併せ持ちながら続ける。

「まあ、反論つったって、おおむねはリリライトの言う通りだ。俺が今まで打ち出して来た色々な改革案は、みんなに受け入れてもらうために、耳障りの良いことばかり言ってきた。それは事実だ」

「あばばばば……」

 その忌憚のない言葉に、後ろで泡を吐くのは内政執行官リューゲルだった。隣のクルーズが慌てて介抱するのに、さすがにカリオスは気づいたが、一瞥しただけで構わず続ける。

「ああいう方法でこっちの痛い所を突いてくるのは、正直卑怯だなと思わなくもない。ただ、やり方は何であれ事実は事実だ。大きな変革を実行しようとする人間として、それは認めよう。俺が提案する、奴隷取引を始めとした階級制度や王政による専制政治の撤廃ーー俺はこれまで、リリライトの言う「耳障りの良い言葉」ばかり言ってきた。それを聞いて賛同してくれた人間も少なくはないと認識している。だから、リリライトが言ったこと、そしてそれを俺が認めたことでがっかりする奴も多いと思う」

 リリライトが指摘したカリオスの政治方針の問題点については全面的に受け入れる姿勢を見せるカリオス。

 もう何度目のどよめきになるかは分からない。ざわつく民衆の中、明らかに「ふざけるな」という怒鳴り声も交じり始める。

 その向けられた悪意に、カリオスはまっすぐと向き合い、決して逃げようとしない。

「俺からも言わせて欲しいことがある。もし今の俺の言葉に「ふざけるな」と思うやつがいるのなら、こちらこそ「ふざけるな」だ。一体何様だ」

 淡々としており、どこか軽々とした口調だったカリオスが、今度は明確な敵意をむき出しにするように、強い口調で呼びかける。

「例えば奴隷制の廃止についてだ。リリライトの言う通り、突然奴隷の身から解放されたところで、路頭に迷うことなんて言われなくても分かる。奴隷という鎖が外れたとして、いきなり平民と同様に自由を謳歌出来るはずがない。苦しいことの方が多いに決まっている。ーー当たり前だ。自由には責任が伴う。奴隷は嫌だけど、衣食住は国が何としかしてくれ? 自分は何も分からないから何も出来ない? そこは解放した王家が責任を持ってくれ? ふざけるな。自分の人生だろう。自分で責任を持て。王族として、俺は一切それを助ける意志なんてない! 今、ここで断言してやる! 大いに苦しめ!」

 アルマイト王家の代表として底の場に立つカリオス。

 言葉など選ぶ必要が無い。今必要なのは、自分が考えることを、寸分の祖語なく民衆に伝えることだ。自分に付いてこさせることが目的ではない。大切なのは自分の考えを伝えること--そのために、形式ぶった王族らしい、小難しい言葉回しは邪魔だ。

「国民の政治参加も同じだ! お前ら、多かれ少なかれ、アルマイト家の政治に不満を持ってんだろう? だったら、自分自身で変えてみろ。その機会を作るための王政撤廃だ。血統や家柄で決められた人間しか口を出せない政治じゃない。国民1人1人の声を、何かしらの形で必ず政治に反映させるためだ。そのために、何も勉強も努力も必要じゃないと思ってんのか! 自分で学べ! まずは行動しろ! 王族を頼るな! 自分が生きていく道を、人生を、他人任せにするんじゃない! 1人1人が自分の人生を納得出来るように生きるため、せいぜい苦しむがいい! 言っとくが、俺が正式に国王になったら、そういうやつは徹底的に見捨てるからな!」

 その態度は、横暴たる王のようにも見える。自分の個人的な考えを強引に押し付け嬌声させるような、まさに暴君そのもの。

……しかし、民衆は聞き入っていた。それは、その横暴さに圧倒されているのではなく、1人1人が、そのカリオスの想いと感情を剥き出しにした言葉に、心を奪われて自主的に耳を傾けているのだ。

 横暴というにはあまりにも必死さが伝わるカリオスの声は、言葉以上のものを大衆に訴えかける。

 先般、第2王女が披露した、巧みな演説技法や役者じみた演技などとはかけ離れた、第1王子の素の声が民衆を揺さぶる。

「自分の人生の決定権を他人に委ねて、貴族や王の庇護を受けながら、死ぬまで安穏と家畜のような人生を選びたい奴は、さっさとリリライト側に回れ。今すぐに立ち去れば見逃してやる。どうもあっちは、奴隷志望の人間なら、生かさず殺さず一生優しく飼い殺してくれるみたいだからな。我儘な元お姫様の都合の良い人形にでもなってろ。ただ開戦後は覚悟しろよ? その甘え腐った性根は、微塵も容赦なく叩き潰して、リリライト側に付いたことを後悔させてやる。俺の気に入らないことはとことん横暴にやらせてもらう! 何せ今の俺は国王代理ーー王政政治の最高権力者だからな。そういうやつらは、こんな感じの王族の言うことが絶対な政治がいいんだろう? だったら、望み通りにしてやるよ!」

 ずっとカリオスの背を見ながら演説を聞いていたコウメイは、呆れていた顔が徐々に感心するようなものへと変化していた。

 おおよそ、これまでの親和的なカリオスの口調とは打って変わって、本人が言う通り横暴極まりない言葉に聞こえるが、意外にも理屈が通っているように感じさせる。

「一部の狡い奴ばかりが得をする社会ーーそれの温床となっているのが、今大陸中に蔓延している身分階級制度と専制政治だ。そんなのおかしいだろう。貴族だの王族だのって、そんなつまらないことが理由で、他の誰かを奴隷と呼んで、必要最低限の庇護と引き換えにそいつの人生を好き勝手に搾取する権利なんて無いはずだ。そんな理不尽な社会制度、俺はぶっ壊したい。だから、俺のこの思いに賛同してくれるなら、苦しんでくれ。苦しんで、それでも自分の人生に責任を持って、そして自信と誇りを持って生きて欲しい。どんなに辛くて苦しい人生でも、生まれてきた子供に胸を張って、自分がこの世界に生きていることを笑って自慢できる父親や母親ーーそんな人間が溢れる国を作りたいんだ、俺は」

 そのカリオスが語る世界は、現実が伴っているかどうかはさておいて、コウメイが『この世界』に来る前の世界で言われていたことに非常に似通っている。『この世界』よりも、文化も文明も進み、物も利便さも比べ物にならない近代社会レベルの政治の話だ。

 それを、よもや『この世界』で同じレベルで語る人間がいるとは。しかもそれが、既得権益の恩恵を誰よりも受けている王家の人間が言っている。そんなことが本当に成したならば、誰よりも損をする人間が。

「俺が実現しようとする世界は、多分皆にこれまで以上に辛さと苦しさを強いることになると思う。でも俺はそれで良いと思っている。苦しくても、1人1人が生きていることに自信を持って胸を張って生きていくことが出来る世界だ。苦しいかもしれないけど、理不尽じゃない。誰もが自分の人生に納得して満足して生きていける世界だ。子供に誇れる世界を作れたらな、俺はその国の将来は明るいと思っている。

――これは、反逆者リリライトが言う、権力者の庇護の下で安心して暮らせる世界とは決して両立しない。いいか、よく聞いてくれ。この場の勢いや、俺の声に流されるのではなく、1人1人が冷静に想像して、考えてくれ。どちらの世界を望むのか。これから生まれてくる子供達にはどっちの世界で生きて欲しいのか。そして、もし俺が言う世界に賛同できるのであれば――頼む、力を貸して欲しい。俺が作りたい世界を作るには、ちっぽけな俺1人の力ではまるで足りない。今、この俺の後ろに控える頼れる臣下――いや、仲間達の協力は勿論、みんなの力が必要不可欠だ」

 それまでの暴君ぶりの口調とは違い、それは真摯なる1人の人間としての懇願。決して演技などではない。カリオスは己が成そうとする理想に賛同してくれる人間に、王家などと貴族などと平民など関係ない、対等な1人の人間として懇願する。

 彼が立っている場所は、王族やそれに連なる者だけが許される、高くそびえる王宮のテラス――しかし、そんなことは微塵にも感じさせない、カリオスの誠実な願いだ。

「これが、みっともなく散々苦しんで悩んで、ようやく出した俺の覚悟と決断だ。王都に反旗を翻したリリライトは、その後は他国にも手を伸ばして、必ず大陸を支配しようとするだろう。その先に成そうとする世界――その方が良いというのなら、妹についてやってくれ。そういう奴がいても、俺は容赦しないが、否定もしない。

俺は、俺が求められたのと同じように、皆にも求める。農民だろうが商人だろうが平民だろうが貴族だろうが騎士だろうが、全員俺と同じ人間だ。だから1人1人が覚悟を持って決断してくれ。これから聖アルマイトを2分する戦争が始まる……どちらにつくか、それぞれが自分で覚悟を決めるんだ」

 そしてカリオスは振り向く。

 彼自身が臣下ではなく仲間と言った、現状でカリオスが最も信頼を寄せる者達へ。

「お前たちもだ。王家だとか忠義とかなんだとか、そんなことはどうでもいい。俺がこれからやりたいことに賛成出来るかどうか、ただそれだけだ。無理強いはしない。それぞれの責任において、それを決めてくれ。だから、俺は今日この時まで、この覚悟を誰にも話さなかった」

 確固たる決意。

 己の成し遂げようとする事を必ず実現させる――そのために反逆したリリライトを討つという、最早迷いのない意志の力に満ちた強い瞳で、カリオスはテラスに控える面々を1人ずつ見据える。

 誰も――何も言えない。何の言葉も発せない。

 誰もがただ待っていたのだ。カリオスがどう決断をするのか。自分達は何も考えることなく、ただただ国王代理若しくは第1王子というカリオスに全ての責任を押し付けて待っていた。内心では、第1王子たる立場にも関わらず、溺愛する妹への私情を挟んでいるであろう、カリオスへの軽蔑と不信感を持ちながら。

 なんという無責任なのだろうか。普段は『耳障りの良い』というカリオスの言葉にさんざん賛同しておきながら、いざこのような状況になれば責任を全て権力者に押し付けるだけ。自らは何もせずに、ただ文句を言うだけ。

 リリライトの反乱は、聖アルマイト王国に住む全ての人々にとって、決して他人事などではないのに。

 その場にいる多くの人間が、自らの愚かさを痛感させられ、言葉を失っている中――例外の人間が、その場に2人だけいた。

 その2人はとうに己の覚悟を決めていた、カリオスが誇るべき『仲間』だ。

 パチパチパチ、と乾いた拍手の音が、おもむろに響き渡る。

 この演説を後ろで聞いている中、七変化とばかりにぐるぐると表情を変えていたコウメイは、今は満足そうな微笑みをカリオスへ向けていた。

 そしてそのコウメイに少し遅れるようにして、ラミアもまた拍手を重ねる。

「兄様の覚悟、受け取りましたぁ~。私は、旧き時代を切り裂いて、兄様の理想の世界を拓くための刃となりますよ~」

 ラミアの方は終始にこやかとしながら演説を聞いていた。その顔を隣のディードの方へ向けながら。

「あなたもいいわね、ディード? あなたも私の剣となり、盾となって、兄様が目指す世界を作るために貢献しなさい? ねぇ、『王国最強の騎士』?」

 カリオスが言う個々人の意志の尊重など全く無視して、ラミアは迫力のある笑顔で強権を発動し、威圧感たっぷりに言う。

 しかし、もともとこの主従はそういう関係なのか、あのディードがくすりと口元を歪めながら、拍手を重ねる。

「御意。もとよりこの身、王国3騎士の末席に加えられた時より、既にアルマイト家のために生涯を尽くすと誓っております。ほんのささやかなものではありますが、私の力を存分にご活用下さい」

「――お前ら、王家とかそういうの関係ねえって言ってるのに、本当可愛くねぇな」

 不満気な声を出すカリオスだったが、その表情はどこか嬉しそうではあった。

 そして残る2人、龍牙騎士団の新団長に任命されたクルーズと、最高齢の内政執行官リューゲルは――

 当然、彼らも拍手を重ねる。

 その表情は、いくばくか呆れた色も混じっているようではあったが。

「仕方ないですな。もともとカリオス殿下はこういう御方なのは承知しておりますからな。今更付いていけないなどと宣う気はございません。争い事は不得手なこの老骨の身ですが、存分に使い潰して下され」

 泡を吹いていた程に、カリオスの演説に悶絶していたリューゲルだったが、どうやら吹っ切ったようだった。カリオスへ寄せるその表情は、全幅の信頼を寄せている。

「ルエール団長に比べれば、到底及ばぬこの身ですが、カリオス殿下が理想とする世界の実現のため、全力を尽くします。どうか、殿下の信じる道をお行き下さい。未熟なるこの身でどこまでご期待に沿えるかは分かりませんが、どこまででも付いていきます」

「――お前ら……」

 カリオスが彼らの反応をどう予想していたのかは分からない。いや、そもそも予想すらしていなかったのかもしれない。その強い決意を伝えるだけで、心が精一杯だったのかもしれない。

 そんなカリオスが、『仲間』達の想いに目を見開き、次の言葉を発しようとした。

 ――その前に。

 聖アルマイト国民が集結した庭園から、空気を揺さぶる程の拍手の嵐が巻き起こる。

「お……おぉ……」

 その拍手の凄まじさに、思わず間抜けな声を零してしまうカリオス。

 拍手の中には、「カリオス」「次期国王、バンザイ!」という歓声すら混じるようになる。

 自らが信奉する王たる立場のカリオスに、国民もまた応えたのだ。

 カリオスの言う通り、この場の勢いに、権力者の言う耳障りの良い言葉に流されるのではない。冷静に考え、己の責任において、自らが生きたいと思う世界はどちらか考えた。そして、これから生まれてくる子供達に生きて欲しい世界は、どちらなのかを!

 冷静に決断した国民は、その思いを熱狂に変えて、あらんばかりの想いを口々にカリオスへ伝えるのだった。

 そして、カリオスがリリライト側に間者を放っていたように、当然第2王女派の間者もその中に混じっていた。

 リリライトの狂った演説に眩暈を感じていたカリオス側の間者に対して、フェスティアが放ったグスタフ側の間者は、その熱狂に苦々しい表情を浮かべていたのだった。

「あーあー、やっちゃいましたね。殿下」

 それは、冒頭の元帥任命からずっと驚かされてばかりいたコウメイからの意趣返しでもあったのだろう。

 意地悪そうな笑顔をカリオスに向けるコウメイ。

「国民を苦しませるなんて、最悪の王様ですね」

 その皮肉たっぷりのコウメイに、それまで生真面目に表情を硬くしていたカリオスも、ようやくいつもの不敵な笑みを浮かべる。

「大丈夫だ。それを実践するのは俺じゃなくてお前だ、元帥閣下。せいぜい国民から嫌われてくれや」

 皮肉たっぷり笑い合う2人は、しかとお互いの覚悟を認め合うのであった。

 いよいよ開戦である。

 この、カリオス=ド=アルマイトの一世一代の大演説を皮切りに、第1王子派と第2王女派の戦争が始まる。
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