1. 千里眼 2. 和服 3. キミがボクの助手になること 〜引きこもりが名探偵になるための必須条件〜

田作たづさ

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ミーちゃんハーちゃん失踪事件 下

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 ワタシは、大きな正門の前に溜まった落ち葉を箒で払いながら、昨日の出来事を思い出していた。

「は~あぁ……」

 万冬は、ワタシと千冬様に部屋を出るように指示したのち、その数十分後に部屋から出てきた。当然ワタシはミーちゃんとハーちゃんのことが気になり尋ねたが、万冬は首を横に振るばかりであった。つまり、ワタシからの問いに関して、万冬は全く言葉を紡ごうとはしなかった。

「なんだかなぁ……」

 ワタシは尚も食い下がったが、攻防戦を見るに見かねた千冬様に「この事件は、もう終わったんだよ」と、宥められる始末。ワタシはなんとなく万冬と気まずいまま、いつもの様に夕食を作り、万冬の世話をして、そして朝食を作り。先ほど千冬様を小学校へと送り出したが、心のモヤは全く晴れないのだった。

「おはよう!!」
「ふうぇ!?」

 いきなり誰かに話しかけられて、ワタシは飛び上がった。ドギマギしながら、どうにか声の主を探す。するとそこには、女性が立っていた。両手いっぱいに野菜を抱えている、ご年配の女性。腰は少し曲がっているが、とても健康的で血色が良く、顔はふっくらとしている。大量の野菜も相まって、福の神を彷彿とさせた。鬼は外、福は内である。

「も、もしかして山田さんですか?」
「そうよ~! 昨日はありがとうね。はいこれ! 報酬の野菜ね。果物と米が、まだ軽トラにあるから。あ! お米はね、親戚が米農家してて、貰いものなんだけど!」
「え、あ、ありがとうございます」

 山田さんは玄関の前に野菜をおろすと、ワタシに手招きをした。どうやら山田さんの車へと向かうようだ。

「あの後、万冬ちゃんの言った通り、ハーちゃん自分から家に帰って来たわ!」
「おー! 良かったです! それじゃあミーちゃんは?」
「え?」
「え? あ、いや、そのー……」

 ワタシは、視線を右往左往させた。

「あぁ、そういうことね。万冬ちゃんは、事の顛末を助手ちゃんには教えてないと」
「はい……」
「万冬ちゃんはね、とっても優しい子なの」
「──え?」

 山田さんの返答は、ワタシにとって想像外のものだった。万冬が優しい? 何も教えてくれない万冬は、ワタシにとって意地悪な存在であって、どう考えても優しいとは思えない。

「万冬ちゃんが言わないって決めたなら、こちらからは何も伝えないわ。でも、これだけは言わせて」

 山田さんは一度言葉を切った。そして、ワタシの顔を覗き込むと、優しく微笑んだ。微笑んだその表情は、やっぱり福の神そのもので────

「万冬ちゃんは、助手ちゃんことを、よっぽど大切に思っているのでしょうよ」
「え?」

 ワタシは、雲一つない澄んだ青空を、なんとなく見上げた。万冬がワタシを大切にしている? もしかすると万冬は何か理由があって、ワタシの問いに答えないのだろうか。

「どんな理由が……」
「はい、これ!」
「っんも!! 重過ぎっ!!」

 山田さんは、軽トラックの荷台から大きなダンボール箱をおろすと、それをワタシに手渡した。山田さんは軽々と持っていたが、そのダンボール箱はとてつもなく重いのだった。多分20kg以上ある。

「えぇ、米が入っているからね! 運べる? 大丈夫そう?」
「だだだ大丈夫です……!!」
「そう? じゃあワタシは行くからね~」
「は、はい! あああありがとうございました」

 車は颯爽と去っていった。対するワタシはというと、あまりのダンボール箱の重さに、深く絶望しているのだった。

「ど、どどどどうしよよよよよ。一度地面に置いて、中身をちょっとずつ持って行けば──」
「ボクが運ぼう」

 いつの間にか現れた万冬は、ワタシからあっさりと、ダンボール箱を奪い取った。

「──え? 万冬?」

 万冬は、涼しい顔で難なく、荷物を屋敷の中まで運び込んだ。そして何事も無かったかのように、自室へ戻ろうとする。

「あ、待って!」
「なんだい?」

 万冬はこちらへと振り返らずに、言葉を発した。なんとなく気まずいというのは、お互いに共通の認識だったようだ。

「えっと……ありがとう。重かったから助かった」
「別に構わないよ」
「そっか……」

 それからワタシ達の間にあるのは、気まずい沈黙のみであった。困ったものである。どうしても次の言葉が見つからない。

「部屋に戻っても良いかい?」
「え? うん、あ、いや、その……」

 ワタシは……ワタシは……。ワタシはどうしたいんだ……?

「ま、万冬!!」

 拳をグッと握って、顔をパッと上げ、ワタシは決意を固めた。そして、尚もワタシに背を向ける万冬の正面へと、大股で一歩一歩確実に歩みを進めた。

「万冬、お願い。ワタシとちゃんと話そう?」

 ワタシは、万冬の瞳をじっと見つめた。対する万冬は表情を変えず、そして何も言わなかった。

「万冬が意地悪だから、今回の事件について何も言わないのだと、そう思ってた。でも、それ以外の理由があるのかなって。他の理由があるんじゃないかって、今はそう思ってる。でもだから、理由だけでも、話せない理由だけでも良いから教えてほしい。ワタシ、このまま万冬と気まずいなんて嫌だよ。そんなの絶対に嫌だから……お願い」

 万冬は小さくため息を吐くと、困ったような表情になった。

「これは弱った。そんな風に頼まれてしまうと、ボクも断れないじゃないか」
「えっ! じゃあ!」
「答えるとも。しかしその問いに答えるということは、失踪事件の核心を白状したようなものだよ。それでも良いのかい?」

 ワタシは一度、深く頷いた。万冬はそんなワタシを見て優しく微笑むと、指先で垂れた髪を掬って、それをワタシの耳へとかけた。

「キミに、傷付いてほしくなかった」
「え?」

 予想外の回答に、ワタシは目を丸くした。

「優しいキミにとって、悲しい結末は苦でしかないだろう? だから、事の顛末を知らせたくは無かったんだ」
「え、じゃあ、それってつまり、ミーちゃんは……」

 ワタシは鼻の奥がツーンとなるのを感じて、咄嗟に下唇を噛んだ。

「ほらやっぱり。キミは既に泣きそうになっている」
「ご、ごめん……」
「いいや、キミが謝る必要はないんだ。しかし、ここまできたら、全てを話す他あるまい。覚悟は良いかい?」

 ワタシは、一度深呼吸をした。

「うん、大丈夫。だからお願い。話を聞かせて」


 ミーちゃんは、山田家の裏山にいたんだ。しかしボクが見つけた時、カノジョは既に息を引き取っていた。特に外傷は無かったのと、高齢だったという観点から、ミーちゃんは老衰によって亡くなったのだと、そう推測できたよ。

 ボクは考えたんだ。どうして、ミーちゃんは家を抜け出したのか。そしてボクは思い出した。ネコという生物は、自分がもう少しで亡くなると察すると、その姿を消すと言われているって。姿を消す理由については、ハッキリとはしていないけれども。家族に迷惑をかけないためだとか、静かなところで最期を迎えたいだとか、本能だとか……。しかし本当の理由なんて、ネコ自身にしか分からないことだ。そうは思わないかい?

 だから実際のところ、ミーちゃんが家を抜け出した理由は誰にも分からない。誰にも分からないが、家を抜け出すことは、ミーちゃん本人の意思であった。それだけは間違いないはずだ。そうだろう?

 ハーちゃんはというと、ミーちゃんにぴったりと寄り添っていたよ。それはもうぴったりと。

 ここからは、ボクの想像なんだがね。ハーちゃんが家から抜け出した理由は、ミーちゃんを看取るためではないかと、ボクはそう思うんだ。ミーちゃんとハーちゃんは、本当の親子のように仲が良かったみたいだからね。ボクはそう考えずにはいられなかったよ。

 つまりこの失踪事件は「看取ったネコと看取られたネコの話」だと、ボクはそう結論付けたんだ。


「そう……だったんだ……」

 ワタシの瞳から涙が溢れ、それは頬を伝った。万冬はその涙を、着物の袖で優しく拭った。

「やっぱりキミは泣くんだね」
「うん、そうみたい。とっても悲しいもん。いや、でも、それだけじゃないよ。悲しいだけじゃなくて……。ちゃんと話してもらって、本当に良かった」

 ワタシは万冬を見つめて、微笑みを浮かべた。すると、万冬も同様に優しく微笑んだ。

「でも凄いね。万冬って本当に探偵だったんだ。名推理だよ」
「そうかい?」
「うん! ん? あれ?」

 ワタシの中で、1つの疑問が湧いてきた。

「でも推理というより、まるで実際に見たみたいじゃない? うーん?」

 先ほどの口ぶりからしても、まるで全てが見えているかのようだった。「ボクが見つけた時」って、そう言ってたし。

「よくよく考えてみたら、にゃんこ達をどうやって見つけたの?」

 ワタシの言葉を聞いて、万冬はしめしめといったような表情を浮かべた。そして、ゆっくりと次の言葉を続けた。

「ボクの行動を思い返してみてはどうだい?」
「え? 行動? あ……」

 行動といえば、万冬は昨日、不可思議な動きをしていた。万冬は、片目を瞑ってキョロキョロとしていたのだ。あ、そうだ。その後、何もない壁を凝視していた。あれはホラーだったな。

「ん? うーん?」

 もしかして、万冬はキョロキョロとしただけで、にゃんこ達を見つけられたと言うの? そんなことが可能なのは────

「万冬って千里眼とか、そういった特殊能力を持ってたりする? いや、ま、まさか──」
「キミの推理は正しい」
「ぬっ!?」

 ワタシは、驚き固まった。特殊能力!? そんなモノが本当に存在するのだろうか?

「キミはボクの想像以上に、愉快なリアクションを見せてくれるね」
 
 万冬はとても楽しそうに笑い、そして両手を大きく広げた。

「あぁ、そうだとも!! 特別な探偵であるボクには、全てが見えているのさ!!」
「……ふぇ?」
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