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男の娘爆誕

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 結局俺の水着は佳織と似たようなデザインで落ち着いた。肩ひもが首元でクロスするタイプの水着だ。フリルとパレオも標準装備していて、セパレートタイプの水着としては露出度は低めになっている。

「男子の水着はいいの?」

 最後に支払いを終えた静が何気なく問いかける。

「そんな毎年買うもんでもないから大丈夫だ」

 が、祐平の返事はそっけない。拓也も後ろでうんうんと頷いている通り、男子は水着なんてそう頻繁に買い替えるものでもない。

「ふーん。まぁ夏休みにわたしたちと一緒にプール行ったときの水着があればそれでいいけどね」

「……はい?」

 さらっと決定事項のように告げる静に、祐平から疑問の声が漏れる。

「へー、祐平がんばってね」

 拓也はなぜか他人事だ。自分も対象になってることに気が付いていないのか。

「いや当然お前もだからな?」

「えっ? ……聞いてないんだけど!?」

 祐平にツッコまれて慌てる拓也だが、素だったのか……。

「あたしも今聞いたけど、別に異論はないわね」

「うん。むしろ来てくれるとありがたいというか」

 千亜季にそこまで言われると断れないのか、反論がいったん静かになる。

「それならもう一人男子を増やしたいところだが」

 切実に告げられるが、俺としては別にこのメンバーでいいんじゃないかと思ってる。

「そうですよ。女子四人に男が二人だとちょっとバランスが……」

「いいじゃない。両手に花ってことで役得だと思っておけば」

「4対2より4対3のほうがバランス悪くないですか?」

「えぇ……」

 静と千亜季の言葉にこれ以上言葉が出ない拓也。何かを言いたそうに口を開け閉めするのみだ。

「それもあるんだが、男二人のうち一人が拓也ってのが……」

 祐平はそんな拓也の肩に手を置き、『お前はホントに男子側か?』とでも言いたげに追い打ちをかける。ここに連れてくるときはれっきとした男子扱いだったのに、なんという手のひら返しだ。

「なんでだよ!?」

「そうよねぇ。拓也くんはどっちかっていうと男の娘枠だし……」

 静はどっちかっていうともう一人男子が増えてもいい派なのか。

「その『おとこのこ』って言い方は何か違う意味に聞こえるんですけど!?」

「ハハハ……、気のせいじゃねぇか?」

 乾いた笑いで否定する祐平だがまったく説得力はない。

「当たり前じゃないですか! さすがに水着で女子に間違えられることはないでしょ!」

 半ばキレ気味で祐平に詰め寄っているが、これで上下セットの水着を着てきたらかなり笑える。
 しかしなんだろうな、このカオスな状態は。今日初めて会う男子がどんな奴かと思ってたが、ホントいじりがいがあって楽しそうなヤツでよかったよ。あの佳織と同レベルでいじりがいがあるとは思ってなかったけどな。

「あはははは!」

 ふと冷静になって感じたカオスぶりに、自分がこの中に交じってることを実感して笑いが漏れる。
 なんだかんだ言って男子との交流も無難にこなせてるな。

「よし、じゃあ次は服を見に行こうぜ」

「そうね。まだ時間はあるし、行きましょうか」

「「異議なーし」」

「はぁ……、まぁしょうがねぇか」

「オレは! 男ですからね!」

 えーっと、そのセリフは振りかな? そんなに女子と思われたいのであれば可愛い服を選んであげようじゃないか。



「えーっと、五十嵐さん? ……何をやってるんでしょうか?」

 足首まであるロングワンピースを拓也に当てて確認している俺に、ご本人様からそんな声がかかる。

「ん? いや、可愛いから着て欲しいなと思って」

「どストレートに来ますね……」

 個人的な本音を素直にぶつけてみるが、思ったより反発はこない。やっぱり拓也からの振りというのは間違いないかもしれない。水着という無茶な要求からハードルが下がったいうところもあるか。

「普通に似合うと思うんだけどねぇ」

 水着を選んでいたときよりも落ち着いたテンションの静も同意する。……が、静だとネタにされているだけだと思ったのか、疑いの表情は一切変わらない。

「いやいや、そもそも男のオレに似合うわけがないじゃないですか」

 他のメンバーにも確認するように周囲を見回すが、もちろん誰からも否定の言葉が返ってくるはずもない。

「あたしもすごく似合うと思うんだけど」

「うん……、私もそう思う」

「ノーコメントで」

 当事者ではない唯一の男子である祐平からも、否定の言葉は出ない。ノーコメントとは言っているが、結局そういうことだろう。

「祐平まで……」

 なんだか裏切られたような表情を見せつつも、どこか期待の入り混じったように見えなくもない。カチューシャとヘアピンを付けた時もそうだったが、ここまでくればほぼ間違いないだろう。

「実際に似合うかどうか試着してみればいいんじゃね」

 すぐさま店員さんを呼んで試着室を使っていいか確認してみる。勝手に使えばいいんだろうが、ここは店員さんにも推してもらわねばなるまい。

「はい、試着室はあちらになりますのでご自由にお使いください」

「他にどんな服が似合うと思います?」

 ついでとばかりに店員さんの意見も聞いてみようと声をかけてみる。

「そうですね……。今着ている服装から見ても、やはりボーイッシュな服装が合うとは思うのですが、私としては可愛い系の服も似合うと思います。……こちらなどいかがでしょう」

 いい笑顔と共に服を二着ほど手渡してくる店員さん。

「いいね。他はこれも似合うと思うんだよねー」

 ここぞとばかりに静や佳織まで服を選んで拓也に押し付けている。

「えええ……」

 店員さんは拓也を男子と女子のどっちと見ているのか不明だが、だからこそ見た目に似合う服を選んでくれていることには間違いない。

「はい、じゃあ行ってらっしゃい!」

 戸惑っているところを有無を言わせぬ形で試着室へと送り出す静。こういうことはもう開き直ったらいいと思う。なんか本人も背中押して欲しそうだったし。
 知らんけど。

 そうして待つことしばらく。

「……どうかな?」

 そっと試着室のカーテンを開けて佇むのは、恥ずかしそうにもじもじする立派な男の娘だった。
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